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春と雷、そして真名を貴方にーー
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初めて彼氏と喧嘩した日から数ヶ月が経った。
季節は巡って春になる頃には、彼氏に対する未練はすっかり無くなっていた。
廃社となった神社から戻った後、華蓮は彼氏の部屋を出て、一人暮らしを始めた。
喧嘩をした時は怒りや悲しみ、悔しさがない混ぜになっていたが、神社で寝ている間に頭が冷えたらしい。彼氏の元に戻って、改めて別れ話を切り出された時にはすんなりと受け入れることが出来たのだった。
一人暮らしをすることになった時、彼氏も責任を感じたのか、華蓮の新しい住まいとなる部屋選びから引っ越しまで手伝ってくれた。華蓮が出て行った後は妊娠させてしまったという女性とすぐに籍を入れて、今は別の場所で一緒に暮らしているとのことだった。
その連絡を最後に彼氏とは連絡を取っていないが、産まれてくる子供を含めた三人で今頃幸せな家庭を築いているだろう。
一人暮らし以外で変わったこととして、道端や店などで赤ちゃん連れの若い夫婦を見かける度に、何故か胸が締め付けられるようになった。
また飼い主に連れられた散歩中の黒い犬を見ると、無意識のうちに目で追うようになってしまったのだった。
赤ちゃんや黒犬を見る度に華蓮の身体は何かを覚えていて反応するものの、華蓮自身は何も覚えていない。何か大切なことを忘れているような気にはなるものの、それが何か思い出せない。
そんな状態が何度か続き、やがて胸の中に穴が空いているような空虚さまで感じられるようになった。それをどうすることも出来ないまま、華蓮はもどかしい気持ちを抱えて、日々を過ごしていたのであった。
その日も華蓮は仕事を終えると、最寄り駅で電車を降りて駅舎の外に出た。
夕日が照らす春茜の空の下を歩いていた華蓮だったが、不意に頭上から雨粒が落ちてきたのだった。
(傘を持っていない日に限って、最悪……)
近くのコンビニに着いた時には雨脚は激しくなっていた。
傘を買って帰ろうと出入り口に向かうと、入れ違いにジュースや酒類が沢山入ったコンビニのビニール袋と、買ったばかりと思しき傘を持った大学生数人が出て来たのであった。
「うわっ、最悪。こんなに雨が強くなったら、せっかくの新入生歓迎コンパが台無しじゃん」
「アイツら、花見会場で場所取りしながら雨に濡れてるぜ。きっと」
「場所を変更して、サークル棟の部室でやるか?」
「部室に全員は入らないだろう。とにかく全員にメッセージを送って、一度大学に集まるように言うか……」
コンビニの前で大学生たちが傘を広げた直後、遠くから雷の音まで聞こえてきた。
店の奥にある雨具の棚に向かいながら、華蓮は先程の大学生たちに同情する。
(今日お花見をしていた人たちは可哀想だよね。せっかく咲いた桜はこの雨で散るだろうし、時期外れの雷は鳴っているしで楽しめなさそう……。春を今満喫出来なかったら、次は来年になっちゃうだろし……)
春と雷、が結びついた時、華蓮の中で閃く二文字があった。
「春雷……」
口にした瞬間、今まで堰き止められていた水が流れ出したかのように、華蓮の身体中を巡る。
身体に衝撃が走ると、居ても立っても居られなくなる。
遠雷が鳴り響く中、華蓮はコンビニを飛び出すと傘も差さずに走り出したのだった。
途中の横断歩道で赤信号に引っ掛かると、いつもより長いような気がしてじれったい気持ちになる。待ち切れなくなって、車がいない隙を見計らって道路に飛び出そうか考えたくらいであった。
向かう場所は分かっていた。一度しか行ったことがないにも関わらず、華蓮の足は迷うことなく目的地に向かっていた。
信号が青に変わると、華蓮は我先にと横断歩道を渡ったのだった。
やがてシャッター街となった商店街を抜けて、廃社となった神社に辿り着くと、華蓮は息を弾ませながら石段を上って行く。鳥居を通った瞬間、鈴の音が聞こえてきたが、華蓮は躊躇うことなく、荒れた拝殿に向かう。
「春雷……春雷!」
だんだんと強くなってきた雨音に声がかき消されそうになると、華蓮は声を高くして叫ぶ。
まだ全て思い出した訳ではなかったが、この場所で「春雷」を繰り返すと、何かが起こるような予感がしていた。
忘れていた「何か」を思い出せるような気さえしたのだった。
「春雷っ! 春雷! しゅん、らいっ……!」
何度も叫んだからか、声も掠れるようになった頃、華蓮の後ろから男性の声が聞こえてきたのだった。
「君はいつも傘を持たないんだな」
呆れたように緑の番傘を差し出してきたのは、濡羽色の長い髪を頭の上で一つに結んだ和装姿の青年だった。一見すると普通の青年に見えるが、頭と腰からは犬のような耳と尻尾を生やしていたのだった。
季節は巡って春になる頃には、彼氏に対する未練はすっかり無くなっていた。
廃社となった神社から戻った後、華蓮は彼氏の部屋を出て、一人暮らしを始めた。
喧嘩をした時は怒りや悲しみ、悔しさがない混ぜになっていたが、神社で寝ている間に頭が冷えたらしい。彼氏の元に戻って、改めて別れ話を切り出された時にはすんなりと受け入れることが出来たのだった。
一人暮らしをすることになった時、彼氏も責任を感じたのか、華蓮の新しい住まいとなる部屋選びから引っ越しまで手伝ってくれた。華蓮が出て行った後は妊娠させてしまったという女性とすぐに籍を入れて、今は別の場所で一緒に暮らしているとのことだった。
その連絡を最後に彼氏とは連絡を取っていないが、産まれてくる子供を含めた三人で今頃幸せな家庭を築いているだろう。
一人暮らし以外で変わったこととして、道端や店などで赤ちゃん連れの若い夫婦を見かける度に、何故か胸が締め付けられるようになった。
また飼い主に連れられた散歩中の黒い犬を見ると、無意識のうちに目で追うようになってしまったのだった。
赤ちゃんや黒犬を見る度に華蓮の身体は何かを覚えていて反応するものの、華蓮自身は何も覚えていない。何か大切なことを忘れているような気にはなるものの、それが何か思い出せない。
そんな状態が何度か続き、やがて胸の中に穴が空いているような空虚さまで感じられるようになった。それをどうすることも出来ないまま、華蓮はもどかしい気持ちを抱えて、日々を過ごしていたのであった。
その日も華蓮は仕事を終えると、最寄り駅で電車を降りて駅舎の外に出た。
夕日が照らす春茜の空の下を歩いていた華蓮だったが、不意に頭上から雨粒が落ちてきたのだった。
(傘を持っていない日に限って、最悪……)
近くのコンビニに着いた時には雨脚は激しくなっていた。
傘を買って帰ろうと出入り口に向かうと、入れ違いにジュースや酒類が沢山入ったコンビニのビニール袋と、買ったばかりと思しき傘を持った大学生数人が出て来たのであった。
「うわっ、最悪。こんなに雨が強くなったら、せっかくの新入生歓迎コンパが台無しじゃん」
「アイツら、花見会場で場所取りしながら雨に濡れてるぜ。きっと」
「場所を変更して、サークル棟の部室でやるか?」
「部室に全員は入らないだろう。とにかく全員にメッセージを送って、一度大学に集まるように言うか……」
コンビニの前で大学生たちが傘を広げた直後、遠くから雷の音まで聞こえてきた。
店の奥にある雨具の棚に向かいながら、華蓮は先程の大学生たちに同情する。
(今日お花見をしていた人たちは可哀想だよね。せっかく咲いた桜はこの雨で散るだろうし、時期外れの雷は鳴っているしで楽しめなさそう……。春を今満喫出来なかったら、次は来年になっちゃうだろし……)
春と雷、が結びついた時、華蓮の中で閃く二文字があった。
「春雷……」
口にした瞬間、今まで堰き止められていた水が流れ出したかのように、華蓮の身体中を巡る。
身体に衝撃が走ると、居ても立っても居られなくなる。
遠雷が鳴り響く中、華蓮はコンビニを飛び出すと傘も差さずに走り出したのだった。
途中の横断歩道で赤信号に引っ掛かると、いつもより長いような気がしてじれったい気持ちになる。待ち切れなくなって、車がいない隙を見計らって道路に飛び出そうか考えたくらいであった。
向かう場所は分かっていた。一度しか行ったことがないにも関わらず、華蓮の足は迷うことなく目的地に向かっていた。
信号が青に変わると、華蓮は我先にと横断歩道を渡ったのだった。
やがてシャッター街となった商店街を抜けて、廃社となった神社に辿り着くと、華蓮は息を弾ませながら石段を上って行く。鳥居を通った瞬間、鈴の音が聞こえてきたが、華蓮は躊躇うことなく、荒れた拝殿に向かう。
「春雷……春雷!」
だんだんと強くなってきた雨音に声がかき消されそうになると、華蓮は声を高くして叫ぶ。
まだ全て思い出した訳ではなかったが、この場所で「春雷」を繰り返すと、何かが起こるような予感がしていた。
忘れていた「何か」を思い出せるような気さえしたのだった。
「春雷っ! 春雷! しゅん、らいっ……!」
何度も叫んだからか、声も掠れるようになった頃、華蓮の後ろから男性の声が聞こえてきたのだった。
「君はいつも傘を持たないんだな」
呆れたように緑の番傘を差し出してきたのは、濡羽色の長い髪を頭の上で一つに結んだ和装姿の青年だった。一見すると普通の青年に見えるが、頭と腰からは犬のような耳と尻尾を生やしていたのだった。
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