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家族と別れ、そして――
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「子供を産んでも私は春雷と一緒に生きていきたい。簡単なことじゃないかもしれないけれど、春雷とお腹にいるこの子のためなら、そんな困難も乗り越えられそうな気がするの。私は春雷とお腹の子が好きだから」
春雷を見つめると、心なしか春雷の頬が赤く染まっているように見えなくもなかった。
「……れも」
「えっ……?」
「俺も睡蓮と……俺たちの子供が好きだ」
「春雷……!」
華蓮は顔を輝かせると自ら春雷に身を寄せる。黒犬と同じ瑞々しい香りが心地良いのに加えて、自分の気持ちを正直に口にしたことで心は清々しいまでに澄み切っていた。
そんな華蓮を支える春雷も優しく、身体を抱き寄せる腕にそっと力を込めたのだった。
「睡蓮。俺はな君に対して罪悪感しかなかった。いくら君が『犬神使い』だからといって、君の同意なしに抱いて、妊娠させてしまったことに責任を感じていた。そんなつもりであの時、声を掛けた訳じゃ無かったんだ。ただ君があまりにも辛く、苦しそうだったから放っておけなかっただけで……」
「うん。大丈夫。分かってるよ。春雷は優しい人だから、お父さんと約束していても、そのままにしておけなかったんだよね」
「後は君と同じだ。君と同じ時間を過ごす中で、君の存在が大きくなった。自分が妖力の無いあやかしで、この地でこの身が朽ちるのを待つだけの存在だったことも忘れられた。そんな君の血を引く子供には君に似て思いやりがある子に育って欲しいと思ったんだ。勿論、そうなるように育てるのは俺だが……」
春雷は華蓮のお腹をそっと撫でる。春雷の大きな掌に触れられると不思議と安心する。
それだけ華蓮の中で春雷の存在が大きくなっているということだろう。
「こいつが生まれたら、母親である睡蓮の話を沢山聞かせるんだ。俺の部屋にあるあの鏡で、君の姿を見せながら。母親が恋しくて泣き出した時は代わりに側にいて、気が済むまで睡蓮の話をする。お前の母親は人間だったが、お前のことを心底愛していたんだと教えて、寂しさを感じさせないようにする。俺と同じ思いは決してさせない」
春雷の部屋にあった人間界を映すという鏡を思い浮かべる。これまでは春雷の母親を映していたが、これからは華蓮の姿が映るようになるのだろう。
華蓮の知らないところで、恥ずかしい姿や年老いた姿を見られるのかもしれないと考えると、嬉しいような恥ずかしいような、こそばゆい気持ちになる。
「君はここであったことを忘れてしまうし、人間である君は俺たちあやかしよりも早く旅立つだろう。それでも君と過ごした記憶はいつまでも残って、語り継がれることになる。君に恋した思い出と共に……。姿は無くても、君という存在はいつまでもここに残り続けるんだ。それだけで俺は幸せだよ。思い出を共有する相手も増えるからな」
短命の人間と長命のあやかしは生きている時間が違う。一時でも同じ時間を過ごせたのは奇跡に等しい。
同じ時間を過ごせず、いずれは人間が先に土に還ってしまうが、思い出だけは永遠に残る。
言葉を交わし、想いを共有して、ふたりの間で積み重ねた日々の思い出だけは、いつまでも色褪せずに存在し続けるだろう。
誰かが語り、記憶に残り続ければ、人間とあやかしはずっと一緒にいられるのかもしれない。
心だけはいつまでも側にいられるのかもしれない――。
華蓮はそんな期待を抱いてしまうのだった。
「やっぱり、春雷は素敵なお父さんになるね」
「君も良い母親になれるな。君に想ってもらえる男は幸せ者だな」
目尻に残っていた涙を春雷の指先に拭ってもらうと、気恥ずかしさで笑ってしまう。
そんな二人を今まで黙って眺めていた春雷の父親は嘲笑したのだった。
「馬鹿な。それならその想いがどこまで本当か試してやる」
空から雷の音が聞こえてきたかと思うと、春雷の父親は掌に光が集まっていく。
春雷は華蓮の手を引いてその場から逃げようとするが身重の華蓮はすぐに動けず、加えて柔らかい畑の土に足を取られて時間が掛かってしまう。
もつれそうになる足を動かして、どうにか距離を取ろうとしている間も、春雷の父親の頭上では雷が鳴り続け、掌には電流を帯びた黄色い球が形成されたのだった。
「止めろ、親父! 罰するなら俺だけにしてくれ!」
春雷の叫びを無視して、春雷の父親は雷の球がサッカーボールほどの大きさになると、華蓮に向けて放ってきたのだった。
「睡蓮!」
「ダメっ! 春雷!!」
春雷が雷の球から庇ってくれるが、満身創痍の春雷が受けたら、今度こそ無事では済まないだろう。華蓮は春雷の脇をすり抜けて二人の間に出ると、自ら雷の球に向かって行く。彼の子を守るようにお腹を腕で防ぐと、身体を横に向けて少しでも衝撃を和らげようとする。
(自分はどうなってもいい。でも春雷とお腹の子は傷付けさせない!)
今度こそ春雷には幸せになって欲しい。これから産まれてくる春雷の子供にも……。
そのためなら自分の命は惜しくなかった。
「睡蓮!!」
春雷の悲痛な叫びが華蓮の心に深く刺さる。
華蓮の視界が真っ白に染まり、覚悟を決めて目を瞑ろうとした時、華蓮の身体から水色の光が放たれたのだった。
「えっ……」
水色の光の筋を辿ると、光は華蓮の膨らんだお腹――春雷との子供から放たれているようだった。
(もしかして、お腹の子が両親を守ろうとしてくれてるの?)
水色の光は雷の球に当たるとわずかに球の軌道を逸らしたようで、真っ直ぐ飛んできていた球は華蓮たちの横を通り過ぎて後ろの木に当たった。
枝葉が音を立てて揺れている中、華蓮の膝から力が抜けてその場に倒れそうになると、すかさず春雷が駆け寄って支えてくれたのだった。
「睡蓮! 無事か!?」
「うん。お腹の子が守ってくれたみたい……」
春雷を安心させようと笑みを浮かべた時、下半身に違和感を覚える。裾から足を出せば、華蓮の足を水が伝い落ちていた。
華蓮にも分かった。今の衝撃で破水してしまったのだと。
「睡蓮?」
華蓮が真っ青になったまま固まったからか、春雷も異常に気づくと華蓮の足元に目線を向ける。
同じように破水したことに気づくと、華蓮を支える腕に力を込めたのだった。
「睡蓮。しっかりしろ。すぐに雪起が産婆を連れて来る。それまで中に戻って安静にしていよう……!」
「春雷、私……」
「何も心配しなくていい。俺たちの子供は強い子だ。無事に産まれる。俺も側にいるからな!」
「手を握っていてくれる……?」
「ああ!」
小刻みに震える手を差し出すと、春雷の大きな手が握ってくれる。それでもわずかに手の震えが感じられるのは、余程華蓮の手が震えているのか、それとも春雷も緊張しているのか。
華蓮が力一杯手を握り返したところで、雪起の声が近づいて来たのだった。
「兄さん、どうしたの? 急に走り出したかと思うとわたしや産婆さんを置き去りにして……。睡蓮と……どうして父さんまでいるの!?」
「雪起! 睡蓮が破水した。すぐにお産の用意に入ってくれ!」
「ええっ!?」
庭に顔を出した雪起だったが、春雷に急かされるとすぐに戻って行く。おそらく産婆に声を掛けに行ったのだろう。
華蓮も春雷に支えられながら、慎重に家に向かう。いつの間にか春雷の父親は姿を消しており、雷の球が当たって焦げた木だけが一連の出来事が現実であったことを表していたのであった。
破水から数時間後、とうとう陣痛が始まると、家中に華蓮の呻き声が響いた。
そして厚い雲の切れ目から見え隠れする朧月が天の中心に昇った頃、呱呱の声が春雷の家を包んだのだった。
春雷を見つめると、心なしか春雷の頬が赤く染まっているように見えなくもなかった。
「……れも」
「えっ……?」
「俺も睡蓮と……俺たちの子供が好きだ」
「春雷……!」
華蓮は顔を輝かせると自ら春雷に身を寄せる。黒犬と同じ瑞々しい香りが心地良いのに加えて、自分の気持ちを正直に口にしたことで心は清々しいまでに澄み切っていた。
そんな華蓮を支える春雷も優しく、身体を抱き寄せる腕にそっと力を込めたのだった。
「睡蓮。俺はな君に対して罪悪感しかなかった。いくら君が『犬神使い』だからといって、君の同意なしに抱いて、妊娠させてしまったことに責任を感じていた。そんなつもりであの時、声を掛けた訳じゃ無かったんだ。ただ君があまりにも辛く、苦しそうだったから放っておけなかっただけで……」
「うん。大丈夫。分かってるよ。春雷は優しい人だから、お父さんと約束していても、そのままにしておけなかったんだよね」
「後は君と同じだ。君と同じ時間を過ごす中で、君の存在が大きくなった。自分が妖力の無いあやかしで、この地でこの身が朽ちるのを待つだけの存在だったことも忘れられた。そんな君の血を引く子供には君に似て思いやりがある子に育って欲しいと思ったんだ。勿論、そうなるように育てるのは俺だが……」
春雷は華蓮のお腹をそっと撫でる。春雷の大きな掌に触れられると不思議と安心する。
それだけ華蓮の中で春雷の存在が大きくなっているということだろう。
「こいつが生まれたら、母親である睡蓮の話を沢山聞かせるんだ。俺の部屋にあるあの鏡で、君の姿を見せながら。母親が恋しくて泣き出した時は代わりに側にいて、気が済むまで睡蓮の話をする。お前の母親は人間だったが、お前のことを心底愛していたんだと教えて、寂しさを感じさせないようにする。俺と同じ思いは決してさせない」
春雷の部屋にあった人間界を映すという鏡を思い浮かべる。これまでは春雷の母親を映していたが、これからは華蓮の姿が映るようになるのだろう。
華蓮の知らないところで、恥ずかしい姿や年老いた姿を見られるのかもしれないと考えると、嬉しいような恥ずかしいような、こそばゆい気持ちになる。
「君はここであったことを忘れてしまうし、人間である君は俺たちあやかしよりも早く旅立つだろう。それでも君と過ごした記憶はいつまでも残って、語り継がれることになる。君に恋した思い出と共に……。姿は無くても、君という存在はいつまでもここに残り続けるんだ。それだけで俺は幸せだよ。思い出を共有する相手も増えるからな」
短命の人間と長命のあやかしは生きている時間が違う。一時でも同じ時間を過ごせたのは奇跡に等しい。
同じ時間を過ごせず、いずれは人間が先に土に還ってしまうが、思い出だけは永遠に残る。
言葉を交わし、想いを共有して、ふたりの間で積み重ねた日々の思い出だけは、いつまでも色褪せずに存在し続けるだろう。
誰かが語り、記憶に残り続ければ、人間とあやかしはずっと一緒にいられるのかもしれない。
心だけはいつまでも側にいられるのかもしれない――。
華蓮はそんな期待を抱いてしまうのだった。
「やっぱり、春雷は素敵なお父さんになるね」
「君も良い母親になれるな。君に想ってもらえる男は幸せ者だな」
目尻に残っていた涙を春雷の指先に拭ってもらうと、気恥ずかしさで笑ってしまう。
そんな二人を今まで黙って眺めていた春雷の父親は嘲笑したのだった。
「馬鹿な。それならその想いがどこまで本当か試してやる」
空から雷の音が聞こえてきたかと思うと、春雷の父親は掌に光が集まっていく。
春雷は華蓮の手を引いてその場から逃げようとするが身重の華蓮はすぐに動けず、加えて柔らかい畑の土に足を取られて時間が掛かってしまう。
もつれそうになる足を動かして、どうにか距離を取ろうとしている間も、春雷の父親の頭上では雷が鳴り続け、掌には電流を帯びた黄色い球が形成されたのだった。
「止めろ、親父! 罰するなら俺だけにしてくれ!」
春雷の叫びを無視して、春雷の父親は雷の球がサッカーボールほどの大きさになると、華蓮に向けて放ってきたのだった。
「睡蓮!」
「ダメっ! 春雷!!」
春雷が雷の球から庇ってくれるが、満身創痍の春雷が受けたら、今度こそ無事では済まないだろう。華蓮は春雷の脇をすり抜けて二人の間に出ると、自ら雷の球に向かって行く。彼の子を守るようにお腹を腕で防ぐと、身体を横に向けて少しでも衝撃を和らげようとする。
(自分はどうなってもいい。でも春雷とお腹の子は傷付けさせない!)
今度こそ春雷には幸せになって欲しい。これから産まれてくる春雷の子供にも……。
そのためなら自分の命は惜しくなかった。
「睡蓮!!」
春雷の悲痛な叫びが華蓮の心に深く刺さる。
華蓮の視界が真っ白に染まり、覚悟を決めて目を瞑ろうとした時、華蓮の身体から水色の光が放たれたのだった。
「えっ……」
水色の光の筋を辿ると、光は華蓮の膨らんだお腹――春雷との子供から放たれているようだった。
(もしかして、お腹の子が両親を守ろうとしてくれてるの?)
水色の光は雷の球に当たるとわずかに球の軌道を逸らしたようで、真っ直ぐ飛んできていた球は華蓮たちの横を通り過ぎて後ろの木に当たった。
枝葉が音を立てて揺れている中、華蓮の膝から力が抜けてその場に倒れそうになると、すかさず春雷が駆け寄って支えてくれたのだった。
「睡蓮! 無事か!?」
「うん。お腹の子が守ってくれたみたい……」
春雷を安心させようと笑みを浮かべた時、下半身に違和感を覚える。裾から足を出せば、華蓮の足を水が伝い落ちていた。
華蓮にも分かった。今の衝撃で破水してしまったのだと。
「睡蓮?」
華蓮が真っ青になったまま固まったからか、春雷も異常に気づくと華蓮の足元に目線を向ける。
同じように破水したことに気づくと、華蓮を支える腕に力を込めたのだった。
「睡蓮。しっかりしろ。すぐに雪起が産婆を連れて来る。それまで中に戻って安静にしていよう……!」
「春雷、私……」
「何も心配しなくていい。俺たちの子供は強い子だ。無事に産まれる。俺も側にいるからな!」
「手を握っていてくれる……?」
「ああ!」
小刻みに震える手を差し出すと、春雷の大きな手が握ってくれる。それでもわずかに手の震えが感じられるのは、余程華蓮の手が震えているのか、それとも春雷も緊張しているのか。
華蓮が力一杯手を握り返したところで、雪起の声が近づいて来たのだった。
「兄さん、どうしたの? 急に走り出したかと思うとわたしや産婆さんを置き去りにして……。睡蓮と……どうして父さんまでいるの!?」
「雪起! 睡蓮が破水した。すぐにお産の用意に入ってくれ!」
「ええっ!?」
庭に顔を出した雪起だったが、春雷に急かされるとすぐに戻って行く。おそらく産婆に声を掛けに行ったのだろう。
華蓮も春雷に支えられながら、慎重に家に向かう。いつの間にか春雷の父親は姿を消しており、雷の球が当たって焦げた木だけが一連の出来事が現実であったことを表していたのであった。
破水から数時間後、とうとう陣痛が始まると、家中に華蓮の呻き声が響いた。
そして厚い雲の切れ目から見え隠れする朧月が天の中心に昇った頃、呱呱の声が春雷の家を包んだのだった。
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