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真実と想い

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「傷口が化膿しない様に適度に絆創膏は替えろよ」
「はい。あの、日本に帰国したという話を聞いてもいいですか?」
「そうだな。気になるよな」

 私が頷くと、楓さんは大きく息を吐き出した。外はすっかり暗くなっており、日本と同じ様に宵の口の空には月が昇っていた。

「小春は、手帳に『帰国』と書かれた日付を見た時、何か気づかなかったか?」
「帰国と書かれた日ですか……?」

 手帳を見た時を思い出すが、「帰国」の二文字にばかり目が行ってしまい、日付はよく見てなかった気がする。

「……すみません。日付はよく見てなかったです」
「あの日は、俺達の結婚記念日だったんだ。厳密に言えば、役所に婚姻届を出した日じゃなくて、小春と初めて出会った日だけどな」
「あ……」

 その言葉で私も思い出す。今まで夫婦らしい事を何もしていなかったからすっかり忘れていた。
 あの日は楓さんと初めて出会った日――橋の上から飛び降りようとしていた日だったのだと。

「……その様子だと、すっかり忘れていたようだな」

 苦笑いした楓さんの言葉にハッと我に返ると「すみません……」と謝る。

「責めているつもりはないんだ。夫婦らしい事は何もしてこなかった訳だしな。だからこそ、今年はしたいと思ったんだ。渡したい物もあったからな」
「渡したい物ですか?」
「こればかりは自分自身の手で渡したかった。それで休みを取って日本に帰国したんだ。最初の年は慣れないニューヨーク生活で、二年目は仕事で帰国出来なかったから、今年こそは必ず帰国すると決めていたんだ」

 そう言って、楓さんはポケットから布貼りの白い小箱を取り出すと手渡してくる。氷袋をテーブルの上に置いてそっと両手で受け取ると、開けていいか目線だけで伺う。意図に気付いた楓さんが頷いたので、小箱の蓋を開けると思わず声を弾ませたのだった。

「これっ……!」

 振り向くと、楓さんはただ静かに穏やかな微笑を浮かべていただけだった。

「サイズや好みが分からなかったから、気に入るといいんだが……」

 中に入っていたのは、ウェーブデザインのプラチナの指輪だった。外の明かりを受けて僅かに輝く銀色の細い指輪、リングの内側には「K to K」という刻印まで刻まれていた。

「ニューヨークでも人気のブランドショップで買ったんだ。種類が沢山あって、どれがいいか迷った」
「綺麗……素敵です! 本当にもらっていいんですか?」
「勿論だ。小春に渡そうと思って買ったからな。結婚指輪として」
「結婚指輪ですか……」
「まだ渡していなかったからな。といっても、当初は一時的な契約結婚だったから必要ないと思って用意しなかった。でも、そうじゃなくなったから」
「そうじゃなくなった?」
「お互いの契約結婚の目的を果たしても、これからもずっと一緒に居たいと考える様になったんだ。今までは仮初めの契約夫婦として、これからは――生涯を共にする本当の夫婦として」

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