上 下
69 / 88
真実と想い

69

しおりを挟む
 その後、ジェニファーと取り留めもない会話をしてカフェ代を支払うと、外は夕陽が登り始めたところだった。

「ごめんね。長居して。仕事中だったんだよね?」
「いいのよ。これくらい気にしないで。それよりお迎えが来てるわよ」

 ジェニファーが示した先を見ると、カフェが併設している美術館の受付近くにはスマートフォンを見ながら、チラチラとカフェの入り口を伺う楓さんの姿があった。
 私達がカフェから出ると、楓さんはスマートフォンを仕舞って、私達に近づいて来たのだった。

「ごめんなさい。待った?」
「いや、いま来たところだ」

 話しについていけず、瞬きを繰り返していると「ジェニファーが教えてくれたんだ」と楓さんが答えてくれる。

「行く時にバスの中から連絡したの。帰りにここのカフェに寄るって」
「そうだったんだ……。でも楓さん、お仕事は……?」
「今日中に片付けなければならない仕事は片付けてきた。たまには小春とゆっくり過ごしたいと思って」

 言われてみれば、楓さんは仕事帰りといった姿だった。するとジェニファーは「じゃあ、私は事務所に戻るわ」と手を振ったのだった。

「コハル、今日は楽しい時間をありがとう!」
「こっちこそありがとう!」
「ジェニファー、今日は助かった」
「カエデは心配性なのよ。こういうの、日本語では『カホゴ』って言うんだっけ?」
「過保護で間違っていない。間違えていないが、そこまで過保護か?」
「過保護よ! もう少し、コハルの事も見てあげて」

 バス停に歩いて行くジェニファーを見送ると、楓さんに促されて私達も帰路に着く事にする。

「今日はどうだった。裁判、傍聴していたんだろう?」
「内容は……英語だった事もあって、よく分からなかったんですが、でも楓さん達の有利で話が進んでいたってジェニファーに教えてもらいました。弁護士として仕事をされている楓さんはとても素敵で、生き生きとされていて、法廷内でも一際輝いて見えていました」

 私と居る時よりも。という言葉はぐっと飲み込む。
 何を期待しているんだろう。私と楓さんは一時的な関係であって、利害関係の一致から契約結婚している身。離婚届を渡された以上、その関係ももうすぐ終わりを迎えるというのに――。
 そんな私の気持ちに気づいているのかいないのか、楓さんは「それはそうだろう」とさも当然の様に返す。

「依頼人は俺達弁護士を信用して依頼してきているんだ。期待には応えなければならない。……もう、後悔はしたくないんだ」
「それ……」
「危ない!」

 私の事ですか、と聞こうとしたその時、余所見をして歩いていたからか、前方の横断歩道が赤信号になっていた事に気づかず、渡ってしまいそうになる。
 後ろから楓さんに腕を引かれた事で渡らずに済んだが、楓さんの力が強かったからか、自力で体勢を立て直せなかったからか、勢い余ってそのまま楓さんの胸の中に倒れたのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

お前を誰にも渡さない〜俺様御曹司の独占欲

ラヴ KAZU
恋愛
「ごめんねチビちゃん、ママを許してあなたにパパはいないの」 現在妊娠三ヶ月、一夜の過ちで妊娠してしまった   雨宮 雫(あめみや しずく)四十二歳 独身 「俺の婚約者になってくれ今日からその子は俺の子供な」 私の目の前に現れた彼の突然の申し出   冴木 峻(さえき しゅん)三十歳 独身 突然始まった契約生活、愛の無い婚約者のはずが 彼の独占欲はエスカレートしていく 冴木コーポレーション御曹司の彼には秘密があり そしてどうしても手に入らないものがあった、それは・・・ 雨宮雫はある男性と一夜を共にし、その場を逃げ出した、暫くして妊娠に気づく。 そんなある日雫の前に冴木コーポレーション御曹司、冴木峻が現れ、「俺の婚約者になってくれ、今日からその子は俺の子供な」突然の申し出に困惑する雫。 だが仕事も無い妊婦の雫にとってありがたい申し出に契約婚約者を引き受ける事になった。 愛の無い生活のはずが峻の独占欲はエスカレートしていく。そんな彼には実は秘密があった。  

旦那様、離婚しましょう

榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。 手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。 ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。 なので邪魔者は消えさせてもらいますね *『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ 本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......

処理中です...