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真実と想い
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「私がカエデの立場だったら同じ事をするわ。だってコハル、見ていて危なっかしいし」
「そ、そう?」
「どうしてこの国が訴訟大国って呼ばれているか知ってる? その分、犯罪が多いからよ。そんな国に言葉が分からないコハルを連れて来たら、もうヒヤヒヤしちゃう。コハルって優しいし、可愛いから目が離せないもの。安心出来ないわ」
「そ、そんな事ないよ! ジェニファーの方が絶対可愛いし!」
「ふふふっ! ありがとう。でもね。犯罪が多いのは本当よ。私のママも犯罪に巻き込まれて死んじゃったようなものだし。……ママの話、パパから聞いた?」
「少しだけ。でも話しづらい事ならいいから。誰にだって話したくない事の一つや二つ、あるだろうし……」
「……ありがとう。コハルは優しいのね」
ずっと笑っていたジェニファーの顔に翳りが帯びた様な気がしたが、すぐにいつもの表情に戻ると話し出した。
「私のママも、パパと同じで弁護士だったの。パパの事務所って元々はパパとママが共同で立ち上げた事務所なのよ。パパは労働問題、ママは離婚調停やDV専門の弁護士としてね。でも私が七歳の時に、ママが担当していたDVを受けていた女性の離婚調停中に、相手の男性に逆恨みされて殺されちゃった」
「逆恨み?」
「職業柄、珍しくないのよ。弁護士や裁判官、検察官が被告やその関係者に逆恨みされて、嫌がらせや傷害事件に巻き込まれるのは。
ママは仕事帰りに事務所近くで待ち伏せしていたDV被害に遭っていた女性の夫に銃殺されたの。銃声に気づいて事務所内に居たパパが駆けつけた時には、近くに居た人達が犯人を取り押さえて、ママに応急処置を施していたんだって。
それから救急車を呼んで、病院に搬送されたんだけど、その日の内に死んじゃった」
日本では聞き慣れない「銃殺」の単語に言葉を失ってしまう。ジェニファーは小さく息を吐いた。
「ママが殺された日の朝、ママはいつも通りにスクールに行く私を見送ってくれた。それなのに、その日の夜にはもう居ないのよ。別れも何も言えなかった……。酷く落ち込んで、家から出られなくなったの。
そんな時に、パパが日本に住むパパの友人の息子に会いに行かないかって言ったの。それがカエデだったわ」
「その時に楓さんと知り合ったの?」
「そうよ。カエデの話はパパから聞いていたけど、実際に会うのは初めてだったから楽しみしていたの。それなのに素っ気なくて、冷めていて、最初はガッカリしちゃった」
その時を思い出したのか、ジェニファーは苦笑していた。
「でもね。カエデは両親を亡くしても、前に進もうとしていた。カエデのお父さんは弁護士だったの。自分もお父さんと同じ弁護士になって、お父さんが救えなかった人達を救うんだって。自分と同じ様な思いをする子供を減らす様に。それって、両親の死を乗り越え様としているって事よね。ママが亡くなってからずっと泣いて、家に引きこもっていた私とは大違い……」
「そんな事はないよ。誰だって、家族を亡くしたら泣くものだし、悲しむものだよ!」
「それでも私にとってカエデは眩しかったの。そんなカエデを見ていたから、私もママの様な弁護士になろうって決めたのよ。……なかなか司法試験に合格出来ないけど」
そう言って、紅茶に口を付けるジェニファーがどこか哀愁を漂わせていたので、私はそっと微笑んだのだった。
「ジェニファーなら合格出来るよ! お母さんの様な弁護士になれるといいね」
「うん。……ありがとう。コハルもコハルの不安をカエデに聞いてみたら? きっとコハルの頼みなら、カエデも聞いてくれるわ」
「そうかな……?」
「そうよ。私を信じて!」
ジェニファーに後押しされたからか、勇気づけられる様に胸の中が温かくなっていく。
今なら聞けるかもしれない。臆病な私から抜け出せるかもしれないという気がしたのだった。
「そ、そう?」
「どうしてこの国が訴訟大国って呼ばれているか知ってる? その分、犯罪が多いからよ。そんな国に言葉が分からないコハルを連れて来たら、もうヒヤヒヤしちゃう。コハルって優しいし、可愛いから目が離せないもの。安心出来ないわ」
「そ、そんな事ないよ! ジェニファーの方が絶対可愛いし!」
「ふふふっ! ありがとう。でもね。犯罪が多いのは本当よ。私のママも犯罪に巻き込まれて死んじゃったようなものだし。……ママの話、パパから聞いた?」
「少しだけ。でも話しづらい事ならいいから。誰にだって話したくない事の一つや二つ、あるだろうし……」
「……ありがとう。コハルは優しいのね」
ずっと笑っていたジェニファーの顔に翳りが帯びた様な気がしたが、すぐにいつもの表情に戻ると話し出した。
「私のママも、パパと同じで弁護士だったの。パパの事務所って元々はパパとママが共同で立ち上げた事務所なのよ。パパは労働問題、ママは離婚調停やDV専門の弁護士としてね。でも私が七歳の時に、ママが担当していたDVを受けていた女性の離婚調停中に、相手の男性に逆恨みされて殺されちゃった」
「逆恨み?」
「職業柄、珍しくないのよ。弁護士や裁判官、検察官が被告やその関係者に逆恨みされて、嫌がらせや傷害事件に巻き込まれるのは。
ママは仕事帰りに事務所近くで待ち伏せしていたDV被害に遭っていた女性の夫に銃殺されたの。銃声に気づいて事務所内に居たパパが駆けつけた時には、近くに居た人達が犯人を取り押さえて、ママに応急処置を施していたんだって。
それから救急車を呼んで、病院に搬送されたんだけど、その日の内に死んじゃった」
日本では聞き慣れない「銃殺」の単語に言葉を失ってしまう。ジェニファーは小さく息を吐いた。
「ママが殺された日の朝、ママはいつも通りにスクールに行く私を見送ってくれた。それなのに、その日の夜にはもう居ないのよ。別れも何も言えなかった……。酷く落ち込んで、家から出られなくなったの。
そんな時に、パパが日本に住むパパの友人の息子に会いに行かないかって言ったの。それがカエデだったわ」
「その時に楓さんと知り合ったの?」
「そうよ。カエデの話はパパから聞いていたけど、実際に会うのは初めてだったから楽しみしていたの。それなのに素っ気なくて、冷めていて、最初はガッカリしちゃった」
その時を思い出したのか、ジェニファーは苦笑していた。
「でもね。カエデは両親を亡くしても、前に進もうとしていた。カエデのお父さんは弁護士だったの。自分もお父さんと同じ弁護士になって、お父さんが救えなかった人達を救うんだって。自分と同じ様な思いをする子供を減らす様に。それって、両親の死を乗り越え様としているって事よね。ママが亡くなってからずっと泣いて、家に引きこもっていた私とは大違い……」
「そんな事はないよ。誰だって、家族を亡くしたら泣くものだし、悲しむものだよ!」
「それでも私にとってカエデは眩しかったの。そんなカエデを見ていたから、私もママの様な弁護士になろうって決めたのよ。……なかなか司法試験に合格出来ないけど」
そう言って、紅茶に口を付けるジェニファーがどこか哀愁を漂わせていたので、私はそっと微笑んだのだった。
「ジェニファーなら合格出来るよ! お母さんの様な弁護士になれるといいね」
「うん。……ありがとう。コハルもコハルの不安をカエデに聞いてみたら? きっとコハルの頼みなら、カエデも聞いてくれるわ」
「そうかな……?」
「そうよ。私を信じて!」
ジェニファーに後押しされたからか、勇気づけられる様に胸の中が温かくなっていく。
今なら聞けるかもしれない。臆病な私から抜け出せるかもしれないという気がしたのだった。
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