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忘れ物を届けに

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 まさか、つい最近まですれ違っていてまともに会話すらしていませんとは言えず、言葉を濁す。
 そんな事も知らない所長は、満足そうに頷いていた。

「そうかそうか。カエデはわたし達の家族も同然なんだ。子供の頃から知っているからね。ジェニファーの事もずっと気に掛けてくれて」
「ジェニファーを?」
「わたしは早くに妻を亡くしてね。ただわたし以上にジェニファーが落ち込んでしまったんだ。母親との急な別れだったからね」
「そうだったんですね……」

 さっきのジェニファーの様子からは微塵も感じられなかったが、そんな過去があるとは思わなかった。

「そんなジェニファーを気遣ってくれたのがカエデなんだ。でもわたし達は知っている。カエデもああ見えて本当は寂しがり屋なんだ。家族を早くに亡くしたからね」
「寂しがり屋なんですか?」
「本人は隠しているつもりだろうけど、本当は人の温もりに憧れているんだ。出来る事なら、末永くカエデと一緒にいてくれ」
「所長さん……」
「ところで、子供が産まれたら会わせてくれよ。ジェニファーは司法試験の合格どころで結婚なんてしばらくしないだろうし、他の弁護士仲間は結婚していないか、子供がいてもすっかり大きくなってしまったし」
「こ、子供って、私達はそんな……!」
「いいじゃないか。カップルに人気のホテルを知っているんだ。部屋にはニューヨークの夜景を一望出来るバスルームがあって、二人でゆっくり入れるぞ。その内、二人で泊まるといい。それとも、もうバスタイムくらいは一緒に過ごしたかな?」

 赤面して狼狽えていると、ようやく楓さんとジェニファーが戻って来たので、これ幸いと、私はソファーから立ち上がると話題を変えたのだった。

「私もこれで失礼します。コーヒーご馳走様でした」
「またいつでも来てくれ。わたし達は大歓迎だ」
「わたしも大歓迎よ! カエデに嫌な事をされたらすぐに相談してね。裁判の用意はわたしがするわ!」
「それはいいな。その裁判はわたしが担当しよう」
「ジェニファーだけじゃなく、所長まで止めて下さい。弁護士が言うと冗談に聞こえません。それから、所長の専門は労働問題でしょう」

 楓さんは大きな溜め息を吐くと、二人に挨拶をして応接室を後にした。私も一礼すると、楓さんを追いかけたのだった。

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