上 下
48 / 88
忘れ物を届けに

48

しおりを挟む
 エレベーターが三階に着いたので、楓さんの案内で降りてすぐの右手の部屋に入る。ここが応接室の様で、中には高級そうなテーブルとソファーセットが置かれ、壁際の本棚には洋書がずらりと並んでいたのだった。

(洋書がたくさん。全部法律関係の本かな……)

 柔らかな日差しが差し込む窓辺にはパキラが置かれており、青々とした葉が応接室を優しい雰囲気にしていた。

「適当に座ってくれ」

 先にソファーに座った楓さんに勧められて、私も対面に座る。楓さんはすぐに私が届けた手帳を開いて、中を確認し始めたので、私も静かに応接室の本棚を眺めていたのだった。

「小春」

 名前を呼ばれて振り向くと、片手で手帳を振りながら楓さんは続ける。

「これの中、見たか?」

 どこか不機嫌そうに聞こえなくもない声音に及び腰になりそうになるが、私はおずおずと頷く。

「すみません。見るつもりはなかったんですが、カバンに入れる際に床に落としてしまって……。その際に今月の予定が見えてしまいました。他のページは見ていません」
「そうか。いや、そこのページならいいんだ。連絡先のページに、他の弁護士仲間や仕事関係者の連絡先を書いていたから一応な」

 そこで話が終わってしまいそうだったので、私は話しを続ける。

「今月の予定を見てしまった際に『帰国』って書かれていた日があったんですが……。その日って日本に戻って来ていたんですか?」

 楓さんは今まで浮かべていた笑みを消すと、いつもの無愛想にも見える顔になった。

「……答える必要があるのか?」

 これまでと同じ冷然とした声音と態度に私は俯く。心なしか部屋の室温まで下がった気さえした。

「いいえ……」

 私はそう返したが、それでも楓さんのその態度が答えを表していた。ただ答える気は無いようで、そのまま黙ってしまったのだった。

(少しは距離が縮まったと思ったのに……)

 呼び方や話し方を変え、声を掛けやすくなり、普通に会話も出来るようになった。それでも私達の間にはまだまだ距離があるようだった。

(これ以上の関係にはなれないのかな……)

 私達の間にある溝に気づいてショックを受けていると、ノックの音と共にジェニファーが入って来たのだった。

「コーヒーメーカーにコーヒーが無くて時間かかかっちゃった。ごめんなさい」

 お洒落なティーセットを乗せたトレーを持ったジェニファーの後ろには、体格の良いスーツ姿の中年男性がついていた。

「どれどれ、カエデの奥さんが来ているんだって」
「所長! 何しに来たんですか!!」

 大柄な身体とスキンヘッドが特徴的な白皙の男性に流暢な日本語で話しかけられると、急に楓さんは声を荒げてソファーから立ち上がった。

「何しにって、ランチから帰って来たらジェニファーからカエデの奥さんが来てるって聞いたから見に来たんだ。いや~。別嬪だね! まさに日本の女性、大和撫子って感じだ!」

 所長と呼ばれた男性に褒められて、ぽかんとしてしまった私だったが、はっと気づくと慌ててその場で立ち上がる。

「は、初めまして。若佐小春と言います。夫の楓がお世話になっています」

 こんな挨拶でいいのかと思いながら、頭を下げる。すると、所長は野太い声で笑い出したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

俺の妖精すぎるおっとり妻から離縁を求められ、戦場でも止まらなかった心臓が止まるかと思った。何を言われても別れたくはないんだが?

イセヤ レキ
恋愛
「離縁致しましょう」 私の幸せな世界は、妻の言い放ったたった一言で、凍りついたのを感じた──。 最愛の妻から離縁を突きつけられ、最終的に無事に回避することが出来た、英雄の独白。 全6話、完結済。 リクエストにお応えした作品です。 単体でも読めると思いますが、 ①【私の愛しい娘が、自分は悪役令嬢だと言っております。私の呪詛を恋敵に使って断罪されるらしいのですが、同じ失敗を犯すつもりはございませんよ?】 母主人公 ※ノベルアンソロジー掲載の為、アルファポリス様からは引き下げております。 ②【私は、お母様の能力を使って人の恋路を邪魔する悪役令嬢のようです。けれども断罪回避を目指すので、ヒーローに近付くつもりは微塵もございませんよ?】 娘主人公 を先にお読み頂くと世界観に理解が深まるかと思います。

悪役令嬢は毒を食べた。

桜夢 柚枝*さくらむ ゆえ
恋愛
婚約者が本当に好きだった 悪役令嬢のその後

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...