44 / 58
同じ釜の飯を食うて、水魚の交わる間柄となる
【44】
しおりを挟む
金魚の店で答えを見つけてから数日経った日の夜、ようやく用意が整った莉亜は初更にも関わらず、蓬の元に向かっていた。いつもと違って、背中には大きなリュックサックを背負い、両手にはクーラーバッグを下げているからか、自然と歩みは遅くなってしまう。公園の山を登る時に至っては、途中で何度も足を止めて休憩を取らなければならなかった。
(最後に会ってから数日が経っちゃったけど、蓬さんはまだお店にいるよね……?)
セイのおにぎり作りに必要な材料の取り寄せに思ったより時間が掛かってしまった。材料が揃っても自宅でおにぎり作りの練習をしていたので、ここに来る時間も取れなかった。料理に慣れていないせいか、慌てると分量を間違えてセイの味から遠のいてしまう。どうにかセイのおにぎりに近いものを安定して作れるようになると、取る物も取り敢えず、蓬の元に来たのだった。
いつものように桜の木から神域に入ると、いつもより遅い時間に来たにもかかわらず出迎えてくれた牛鬼の番人が、大荷物姿の莉亜を心配そうに気遣ってくれたのだった。
「どうしたっすか? こんな時間に、そんな大荷物で……」
「ごめん。急いでいるから、また後で! これ、いつものっ!」
訝しそうな牛鬼にコンビニエンスストアで購入した季節限定のおにぎりを押し付けるように渡すと、左右によろけながら花忍の道を急ぐ。
早くしなければ蓬が消えてしまうかもしれないと気持ちばかり逸っていたからか、莉亜の足元はすっかりおろそかになっていたらしい。つま先を小石に引っ掛けると危うく転倒しそうになったのだった。
(うわっ……!?)
いつもと違って荷物が重いからか受け身が取れず、もう少しで地面に身体がつくかという時、後ろから誰かに肘を引っ張られたのだった。
「そう慌てずとも、店主はすぐに消えたりしない。……おれがついているからな」
忘れもしない透き通るように澄んだ低い声が近くから聞こえてくる。振り返ると、古風なデザインをした黒い学生服姿の青年が莉亜の腕を掴んでいたのだった。
「貴方は……」
会った場所こそ違うものの、見間違えようがなかった。蓬によく似た声や話し方だけではなく、身長や輪郭までそっくりな姿。顔や服装こそは違うものの、蓬と並んだら似通った雰囲気から双子と思ってしまいそうな男子学生。
蓬のただ一人の良友にして親友。そして蓬が営むおにぎり処のきっかけとなった蓬の待ち人。
莉亜に二人の思い出の味をご馳走して、友を救って欲しいと頼んできた青年。
自然と青年の名前を口にしていた。
「セイ……さん……」
「ようやく見つけたのだな。おれの……おれたちの友を救う方法を」
青年――セイは莉亜の目を真っ直ぐに見つめると、清々しいまでの笑みを浮かべる。これが答えだと言わんばかりに。
「これが正解かどうかは分かりません。蓬さんの話を聞いて、調べて、考えて。これしか思いつかなくて……」
「自信を持て。お前が正しいと思ったのなら、道理や法に適わなくても、きっと店主の心に届くだろう。ここは神の領域。人智を越える奇跡が起きても不思議ではない」
荷物を持つというセイに半分任せると、店に着くまでの間、花忍が咲く道を並んで歩く。身長差があるにも関わらず、置いていかれることなく隣を歩けるのは、きっとセイが莉亜の歩幅に合わせてくれているのだろう。それとも莉亜に話す時間をくれるつもりなのか。
聞きたいことは山ほどあった。どれから尋ねようか迷っていると、先にセイが口を開く。
「お前は料理がどうやって後世に伝わるか知っているか?」
「ええっと……。作り方を記したレシピ帳……料理本によって、でしょうか?」
「それなら味付けはどうだ? 例えば、同じ塩むすび一つとっても作り手によって味が違う。ともすれば姿形さえも。だがそれらに正解は無い。全てが正しく、誤りはない。それがどうしてか考えたことはあるか?」
「それは……」
言われてみれば、料理に正誤は存在しない。勿論、食べる者や作り手の好みによる正しい味や、調味料の入れ間違いによる成功と失敗というのはある。それでも正解と呼ばれるものは存在しない。一応、レシピ本には模範回答としての味は載っているものの、それが必ずしも正解だと断言していない。結局のところ、個人の好み、家庭の味、地域性などで正誤は変わってしまうものだから。作り手の数だけ、多様な味が存在するとしか言えないだろう。
「考えたこと、なかったです」
「作り方は人に聞くなり、書物を読むなりすれば自ずと知れる。だが味付けについてはどうだ。同じ料理にしても全く異なる。人や書物によって調理過程は同じでも、材料は違ってくる。当然材料が違えば、味付けも変わってくる。不可思議だと思わないか。元は一つの料理がどこかで枝分かれして、それぞれの枝の先で花を咲かせ、枝葉を伸ばす。そしてそれは途切れることなく今日まで続いている。その料理を初めて口にしたものが、その味付けを正解だと思い、次の代に伝えていく。そうして料理は後の世に伝わっていくのだ……。万が一、元となる幹が枯れて、原型となった料理が失われてしまったとしても」
時代や人、物の移り変わりによって、オリジナルとなる料理は途絶え、過去の遺物として歴史書の中に埋没する。その代わり、オリジナルから派生した料理は脈々と残り続ける。
言い換えれば、全ての料理には原型となる料理が宿っているので、姿形が違うだけでオリジナルとなる料理が失われたわけではないということになる。
(最後に会ってから数日が経っちゃったけど、蓬さんはまだお店にいるよね……?)
セイのおにぎり作りに必要な材料の取り寄せに思ったより時間が掛かってしまった。材料が揃っても自宅でおにぎり作りの練習をしていたので、ここに来る時間も取れなかった。料理に慣れていないせいか、慌てると分量を間違えてセイの味から遠のいてしまう。どうにかセイのおにぎりに近いものを安定して作れるようになると、取る物も取り敢えず、蓬の元に来たのだった。
いつものように桜の木から神域に入ると、いつもより遅い時間に来たにもかかわらず出迎えてくれた牛鬼の番人が、大荷物姿の莉亜を心配そうに気遣ってくれたのだった。
「どうしたっすか? こんな時間に、そんな大荷物で……」
「ごめん。急いでいるから、また後で! これ、いつものっ!」
訝しそうな牛鬼にコンビニエンスストアで購入した季節限定のおにぎりを押し付けるように渡すと、左右によろけながら花忍の道を急ぐ。
早くしなければ蓬が消えてしまうかもしれないと気持ちばかり逸っていたからか、莉亜の足元はすっかりおろそかになっていたらしい。つま先を小石に引っ掛けると危うく転倒しそうになったのだった。
(うわっ……!?)
いつもと違って荷物が重いからか受け身が取れず、もう少しで地面に身体がつくかという時、後ろから誰かに肘を引っ張られたのだった。
「そう慌てずとも、店主はすぐに消えたりしない。……おれがついているからな」
忘れもしない透き通るように澄んだ低い声が近くから聞こえてくる。振り返ると、古風なデザインをした黒い学生服姿の青年が莉亜の腕を掴んでいたのだった。
「貴方は……」
会った場所こそ違うものの、見間違えようがなかった。蓬によく似た声や話し方だけではなく、身長や輪郭までそっくりな姿。顔や服装こそは違うものの、蓬と並んだら似通った雰囲気から双子と思ってしまいそうな男子学生。
蓬のただ一人の良友にして親友。そして蓬が営むおにぎり処のきっかけとなった蓬の待ち人。
莉亜に二人の思い出の味をご馳走して、友を救って欲しいと頼んできた青年。
自然と青年の名前を口にしていた。
「セイ……さん……」
「ようやく見つけたのだな。おれの……おれたちの友を救う方法を」
青年――セイは莉亜の目を真っ直ぐに見つめると、清々しいまでの笑みを浮かべる。これが答えだと言わんばかりに。
「これが正解かどうかは分かりません。蓬さんの話を聞いて、調べて、考えて。これしか思いつかなくて……」
「自信を持て。お前が正しいと思ったのなら、道理や法に適わなくても、きっと店主の心に届くだろう。ここは神の領域。人智を越える奇跡が起きても不思議ではない」
荷物を持つというセイに半分任せると、店に着くまでの間、花忍が咲く道を並んで歩く。身長差があるにも関わらず、置いていかれることなく隣を歩けるのは、きっとセイが莉亜の歩幅に合わせてくれているのだろう。それとも莉亜に話す時間をくれるつもりなのか。
聞きたいことは山ほどあった。どれから尋ねようか迷っていると、先にセイが口を開く。
「お前は料理がどうやって後世に伝わるか知っているか?」
「ええっと……。作り方を記したレシピ帳……料理本によって、でしょうか?」
「それなら味付けはどうだ? 例えば、同じ塩むすび一つとっても作り手によって味が違う。ともすれば姿形さえも。だがそれらに正解は無い。全てが正しく、誤りはない。それがどうしてか考えたことはあるか?」
「それは……」
言われてみれば、料理に正誤は存在しない。勿論、食べる者や作り手の好みによる正しい味や、調味料の入れ間違いによる成功と失敗というのはある。それでも正解と呼ばれるものは存在しない。一応、レシピ本には模範回答としての味は載っているものの、それが必ずしも正解だと断言していない。結局のところ、個人の好み、家庭の味、地域性などで正誤は変わってしまうものだから。作り手の数だけ、多様な味が存在するとしか言えないだろう。
「考えたこと、なかったです」
「作り方は人に聞くなり、書物を読むなりすれば自ずと知れる。だが味付けについてはどうだ。同じ料理にしても全く異なる。人や書物によって調理過程は同じでも、材料は違ってくる。当然材料が違えば、味付けも変わってくる。不可思議だと思わないか。元は一つの料理がどこかで枝分かれして、それぞれの枝の先で花を咲かせ、枝葉を伸ばす。そしてそれは途切れることなく今日まで続いている。その料理を初めて口にしたものが、その味付けを正解だと思い、次の代に伝えていく。そうして料理は後の世に伝わっていくのだ……。万が一、元となる幹が枯れて、原型となった料理が失われてしまったとしても」
時代や人、物の移り変わりによって、オリジナルとなる料理は途絶え、過去の遺物として歴史書の中に埋没する。その代わり、オリジナルから派生した料理は脈々と残り続ける。
言い換えれば、全ての料理には原型となる料理が宿っているので、姿形が違うだけでオリジナルとなる料理が失われたわけではないということになる。
1
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
『後宮薬師は名を持たない』
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。
帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。
救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。
後宮が燃え、名を失ってもなお――
彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
【完結】皇帝の寵妃は謎解きよりも料理がしたい〜小料理屋を営んでいたら妃に命じられて溺愛されています〜
空岡立夏
キャラ文芸
【完結】
後宮×契約結婚×溺愛×料理×ミステリー
町の外れには、絶品のカリーを出す小料理屋がある。
小料理屋を営む月花は、世界各国を回って料理を学び、さらに絶対味覚がある。しかも、月花の味覚は無味無臭の毒すらわかるという特別なものだった。
月花はひょんなことから皇帝に出会い、それを理由に美人の位をさずけられる。
後宮にあがった月花だが、
「なに、そう構えるな。形だけの皇后だ。ソナタが毒の謎を解いた暁には、廃妃にして、そっと逃がす」
皇帝はどうやら、皇帝の生誕の宴で起きた、毒の事件を月花に解き明かして欲しいらしく――
飾りの妃からやがて皇后へ。しかし、飾りのはずが、どうも皇帝は月花を溺愛しているようで――?
これは、月花と皇帝の、食をめぐる謎解きの物語だ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる