33 / 58
塩むすびは友との約束と忘れがたき味ー現代②ー
【33】
しおりを挟む
「本当ならセイを失ったあの時、神力の全てを解放した俺は消滅するはずだった。それが何の因果か消えずに残ってしまった。ほんのわずかに俺の中に神力が残ってしまったのだろう。もしくは神としての俺を強く信仰する者がまだ残っていたか。いずれにしても神としての力だけではなく、神名や現人神の姿を含めた全てを失った以上、何千年といった長い時間を掛けて神力が回復するまで、俺は目覚めないはずだった」
そう言って、長い昔話を締めくくった蓬は深く嘆息する。隣で話を聞いていた莉亜は、いつの間にか膝の上に乗ってきたハルの身体を撫でながら気になったことを尋ねたのだった。
「どうして目が覚めたんですか?」
「眠りについてから、百年以上経ったある日、本殿があった一帯を区画整理することになり、余所の土地に移されることになった。その衝撃で起こされてしまったらしいな。目が覚めた時には見たこともない場所に居た。移設の際に本殿を無くしたのか、代わりとなる真新しい祠が建立されて、その中で目を覚ました。その祠の傍にコイツがいたのだ」
蓬は莉亜の膝から慣れた手付きでハルを抱き上げる。くつろいでいたところを急に抱えられたからか、ハルは不機嫌そうに唸ったのだった。
「ハルがいたんですか?」
「ああ。祠を守護する守り手のようにずっとな。俺の傍から離れないから、気に入って名を与えて神使にした。それぐらいの力はあったからな。……皮肉にも神としての全てを失った俺に残されていたのは、ハルを神使にするのに必要なわずかな力と、セイから借りた名前と姿だけだった」
いつからハルが蓬の祠にいたのかは知らないが、もしかするとハルは普通の猫の寿命以上の時間を生きているのかもしれない。神使になったことで、ハルもただの猫じゃなくなったのだろうか、と莉亜は推測する。蓬の膝の上で退屈そうに欠伸をする姿は、どこにでもいる普通の猫と同じに見えるが。
「だが、俺が消えずに存在している以上、セイの魂に姿と名前が返されていないことが判明してしまった。広漠とした人の世を彷徨うセイを探すには人手が必要だった。目覚めたばかりの俺は今とは違って、神やあやかしの世界を自由に行き来できなかった。俺の目の代わりとなる存在が必要だった。その点、猫の神使は身軽だから、俺が行けないような遠方にも軽々と行ける」
「神やあやかしの世界を自由に行き来できなかったのは、力が無かったからですか?」
「それもあるが、神やあやかしの世界を出入りするのに必要な通行手形を持っていなかったというのもある。今度こそ神としての名や姿を失い、神の証である神力さえ無かった。旧知の神々を渡り歩いて頼み倒して、どうにか通行手形を用立ててもらえた。大半の神々は力を使い果たして消滅していたものと思っていたのか、俺の存在を信じてくれなかった。たらい回しにされて、通行手形の入手に時間が掛かってしまってな」
「神の世界にもあるんですね。たらい回し……」
「ようやく通行手形を入手した俺は何の思い入れのない新しい祠を離れた。ハルと共に現世の各地を巡ってセイの魂を探し、神やあやかしの世界に出入りしては少しでもセイに関する情報が無いか探索した。目覚めるまで百年以上もの時間が流れてしまったので、早く見つけなければ怨霊になってしまうかもしれないと焦るが、それでも神力を失った俺にはセイの気配すら感知することが出来なかった。他の神やあやかしたちに捜索を頼もうにも、たかだか人間一人の魂を探すために、人間に見つかる危険を冒したくないと断られてしまった」
結局、神やあやかしたちからの協力は得られなかったので、蓬とハルは人の世に隠れ住むあやかしたちを見つけては地道に聞き込み、自分の足で探し歩いた。人間の振りをして人の世に出て、時にはあやかしと間違われて退魔師や陰陽師たちに祓われそうになったこともあったらしい。
「今の人の世ではあやかしは存在してはならないものとして考えられているのだろう。あやかしを見かけたら問答無用で調伏しようとする退魔師や陰陽師も多く、あやかしたちにとっては肩身が狭いばかりだ。だが、その途中で行き場を失くした切り火たちを拾えた」
「切り火ちゃんたちですか?」
莉亜は知らなかったが、火の神が熾した火から生まれた切り火たちでも火を操る以外の力が無いことから、火の神からは不要物として扱われている悲しい存在らしい。
他のあやかしたちより力が弱いことからあやかしの世界で共存することも敵わず、また人の世に出て来てもまれに霊感が強い人間に鬼火や狐火として騒がれてしまうそうで、普段はあやかしや人から離れた場所で隠れて暮らしているらしい。それも出来ればいいが、住処を追われて各地を転々としている切り火も少なくないという。蓬が出会ったのは、そんな行き場を失くして各地を彷徨う切り火たちらしい。
そう言って、長い昔話を締めくくった蓬は深く嘆息する。隣で話を聞いていた莉亜は、いつの間にか膝の上に乗ってきたハルの身体を撫でながら気になったことを尋ねたのだった。
「どうして目が覚めたんですか?」
「眠りについてから、百年以上経ったある日、本殿があった一帯を区画整理することになり、余所の土地に移されることになった。その衝撃で起こされてしまったらしいな。目が覚めた時には見たこともない場所に居た。移設の際に本殿を無くしたのか、代わりとなる真新しい祠が建立されて、その中で目を覚ました。その祠の傍にコイツがいたのだ」
蓬は莉亜の膝から慣れた手付きでハルを抱き上げる。くつろいでいたところを急に抱えられたからか、ハルは不機嫌そうに唸ったのだった。
「ハルがいたんですか?」
「ああ。祠を守護する守り手のようにずっとな。俺の傍から離れないから、気に入って名を与えて神使にした。それぐらいの力はあったからな。……皮肉にも神としての全てを失った俺に残されていたのは、ハルを神使にするのに必要なわずかな力と、セイから借りた名前と姿だけだった」
いつからハルが蓬の祠にいたのかは知らないが、もしかするとハルは普通の猫の寿命以上の時間を生きているのかもしれない。神使になったことで、ハルもただの猫じゃなくなったのだろうか、と莉亜は推測する。蓬の膝の上で退屈そうに欠伸をする姿は、どこにでもいる普通の猫と同じに見えるが。
「だが、俺が消えずに存在している以上、セイの魂に姿と名前が返されていないことが判明してしまった。広漠とした人の世を彷徨うセイを探すには人手が必要だった。目覚めたばかりの俺は今とは違って、神やあやかしの世界を自由に行き来できなかった。俺の目の代わりとなる存在が必要だった。その点、猫の神使は身軽だから、俺が行けないような遠方にも軽々と行ける」
「神やあやかしの世界を自由に行き来できなかったのは、力が無かったからですか?」
「それもあるが、神やあやかしの世界を出入りするのに必要な通行手形を持っていなかったというのもある。今度こそ神としての名や姿を失い、神の証である神力さえ無かった。旧知の神々を渡り歩いて頼み倒して、どうにか通行手形を用立ててもらえた。大半の神々は力を使い果たして消滅していたものと思っていたのか、俺の存在を信じてくれなかった。たらい回しにされて、通行手形の入手に時間が掛かってしまってな」
「神の世界にもあるんですね。たらい回し……」
「ようやく通行手形を入手した俺は何の思い入れのない新しい祠を離れた。ハルと共に現世の各地を巡ってセイの魂を探し、神やあやかしの世界に出入りしては少しでもセイに関する情報が無いか探索した。目覚めるまで百年以上もの時間が流れてしまったので、早く見つけなければ怨霊になってしまうかもしれないと焦るが、それでも神力を失った俺にはセイの気配すら感知することが出来なかった。他の神やあやかしたちに捜索を頼もうにも、たかだか人間一人の魂を探すために、人間に見つかる危険を冒したくないと断られてしまった」
結局、神やあやかしたちからの協力は得られなかったので、蓬とハルは人の世に隠れ住むあやかしたちを見つけては地道に聞き込み、自分の足で探し歩いた。人間の振りをして人の世に出て、時にはあやかしと間違われて退魔師や陰陽師たちに祓われそうになったこともあったらしい。
「今の人の世ではあやかしは存在してはならないものとして考えられているのだろう。あやかしを見かけたら問答無用で調伏しようとする退魔師や陰陽師も多く、あやかしたちにとっては肩身が狭いばかりだ。だが、その途中で行き場を失くした切り火たちを拾えた」
「切り火ちゃんたちですか?」
莉亜は知らなかったが、火の神が熾した火から生まれた切り火たちでも火を操る以外の力が無いことから、火の神からは不要物として扱われている悲しい存在らしい。
他のあやかしたちより力が弱いことからあやかしの世界で共存することも敵わず、また人の世に出て来てもまれに霊感が強い人間に鬼火や狐火として騒がれてしまうそうで、普段はあやかしや人から離れた場所で隠れて暮らしているらしい。それも出来ればいいが、住処を追われて各地を転々としている切り火も少なくないという。蓬が出会ったのは、そんな行き場を失くして各地を彷徨う切り火たちらしい。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
晴明さんちの不憫な大家
烏丸紫明@『晴明さんちの不憫な大家』発売
キャラ文芸
最愛の祖父を亡くした、主人公――吉祥(きちじょう)真備(まきび)。
天蓋孤独の身となってしまった彼は『一坪の土地』という奇妙な遺産を託される。
祖父の真意を知るため、『一坪の土地』がある岡山県へと足を運んだ彼を待っていた『モノ』とは。
神さま・あやかしたちと、不憫な青年が織りなす、心温まるあやかし譚――。
金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷
河野美姫
キャラ文芸
古都・金沢、加賀百万石の城下町のお茶屋街で巡り会う、不思議なご縁。
雨の神様がもてなす甘味処。
祖母を亡くしたばかりの大学生のひかりは、ひとりで金沢にある祖母の家を訪れ、祖母と何度も足を運んだひがし茶屋街で銀髪の青年と出会う。
彼は、このひがし茶屋街に棲む神様で、自身が守る屋敷にやって来た者たちの傷ついた心を癒やしているのだと言う。
心の拠り所を失くしたばかりのひかりは、意図せずにその屋敷で過ごすことになってしまいーー?
神様と双子の狐の神使、そしてひとりの女子大生が紡ぐ、ひと夏の優しい物語。
アルファポリス 2021/12/22~2022/1/21
※こちらの作品はノベマ!様・エブリスタ様でも公開中(完結済)です。
(2019年に書いた作品をブラッシュアップしています)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる