5 / 58
待ち人来たらず、珍客来る
【5】
しおりを挟む
「ふむ。最近はこんな姿形が流行っているのか……。つくづく人の文化とは面白い」
「あ、はははは……」
から笑いをすると、男性から文庫本を受け取る。何度も開いて折り癖がついたページの片面には莉亜の推しキャラクターである小説の登場人物の挿し絵が大きく載っていた。
莉亜が持ち歩いている桜と猫のブックカバーを掛けた文庫本――同級生に見られるのが恥ずかしいので、ブックカバーで隠しているだけだが。は、女性読者を中心に人気急上昇中の小説であった。
物語は現代日本から明治時代によく似た異世界に転移した主人公である女子大生が不審者として警察に捕まりかけた時、書生を名乗る青年・花房忍――ファンからの通称は「忍さま」、に助けられるところから始まる。
忍の正体はあやかしを退治する陰陽師の末裔であり、一人前の陰陽師になるための最後の試練に必要な条件――自らの伴侶となる女性、を探しているところであった。主人公は元の世界に戻る方法が分かるまで、忍は一人前の陰陽師になるため、一時的な契約結婚する、といった恋愛ファンタジー小説であった。
陰陽師としてのクールな姿と、主人公に好意を寄せていくにつれて甘く溺愛するようになる忍のギャップに多くの女性ファンが虜になり、原作小説や原作小説のコミカライズを中心に人気を集めるようになった。その忍こそが莉亜が愛する意中の推しキャラクターであり、男性が触媒とした姿であった。
開き癖がついていたページには現代日本について主人公と忍が話すシーンが書かれており、挿し絵には忍が現代日本の大学生だったらこんな格好もするだろうと、主人公が想像した姿がイラストで描かれていた。その現代日本の青年風の姿をした忍のイラストが莉亜の好みにぴったりと当てはまったのだった。
元々、恋愛ファンタジー作品が好きでこの話を読んでいた莉亜だったが、この挿し絵がきっかけとなって、忍を推すようになった。
堅苦しい書生姿の忍の姿と、現代の若者風の気取らない忍の姿とのギャップに莉亜も熱に浮かされたようにすっかり魅了されてしまったのだった。
何度も開いて眺めている内に挿し絵が描かれているページに開き癖がついてしまったのだろう。男性が忍の姿を元にしてくれたのは嬉しいが、推しが身近にいるようで、どこか気恥ずかしさを感じてしまう。
好きなアイドルや推しの芸能人を目にした時のファンも、こんな気持ちになるのだろうか。
「背丈は書かれていなかったから、俺が知っている男を参考にした。それ以外にもいくつか。この絵の男とはかけ離れてしまったかもしれないが……」
「……いえ、大丈夫です。ファンのイメージを壊すことなく再現できています」
「それで、猫を追いかけて気づいたらここに居たと言っていたが、それだけでは生身の人間はここには来られない。誰かに招かれたか、それとも通行手形を持っていない限り……。ここはあやかしの世界と神の世界との狭間に存在しているのだからな」
「そう言われても……」
その時、「にゃぁ~ん」という猫の鳴き声が近くで聞こえたかと思うと茶色と白色の塊が、男性の身体をよじ登っているところであった。目を凝らしてよく見ると、その塊は茶と白の毛が生えたキジ白の成猫であり、首元には赤い首輪と小さな木の札が付けられていた。それに気付いた莉亜は思わず「あっ!」と叫んでしまったのだった。
「その猫っ!!」
「なんだ。ハルを知っているのか?」
「その猫に御守りを盗られたんです! 後を追いかけて、それで気づいたらここに……」
「ハルが護符を……」
そう呟くと、男性は肩に登ってきたキジ白の猫を撫でる。どうやら先程莉亜の御守りを盗んだキジ白の猫はハルという名前らしい。ハルと呼ばれた猫は、莉亜の代わりに答えるかのように鳴いたのだった。
「ということは、お前はハルに招かれたのか」
「招かれたことになるんですか? 私……」
「ハルはここと人の世界を自由に行き来できる。俺が使役している神使だ。たまにこうして行く当てのない者を、ここに招くことがある。あやかしや神、後は道に迷った死者の霊魂を」
「私はあやかしや神でも無ければ、死者でもありませんが……」
「生身の人間を招いたのは初めてだが、まあ偶然だろう。大方お前が持っていた御守りを食い物と勘違いしたか」
「食べ物……」
食べ物の単語に反応して莉亜のお腹が情けない音を鳴らす。思い返せば、夕食のおにぎりをハルに奪われてそれきりだった。今の時刻は分からないが、夕食の時間は過ぎてしまったかもしれない。すると、男性がカウンター席を指したのだった。
「あ、はははは……」
から笑いをすると、男性から文庫本を受け取る。何度も開いて折り癖がついたページの片面には莉亜の推しキャラクターである小説の登場人物の挿し絵が大きく載っていた。
莉亜が持ち歩いている桜と猫のブックカバーを掛けた文庫本――同級生に見られるのが恥ずかしいので、ブックカバーで隠しているだけだが。は、女性読者を中心に人気急上昇中の小説であった。
物語は現代日本から明治時代によく似た異世界に転移した主人公である女子大生が不審者として警察に捕まりかけた時、書生を名乗る青年・花房忍――ファンからの通称は「忍さま」、に助けられるところから始まる。
忍の正体はあやかしを退治する陰陽師の末裔であり、一人前の陰陽師になるための最後の試練に必要な条件――自らの伴侶となる女性、を探しているところであった。主人公は元の世界に戻る方法が分かるまで、忍は一人前の陰陽師になるため、一時的な契約結婚する、といった恋愛ファンタジー小説であった。
陰陽師としてのクールな姿と、主人公に好意を寄せていくにつれて甘く溺愛するようになる忍のギャップに多くの女性ファンが虜になり、原作小説や原作小説のコミカライズを中心に人気を集めるようになった。その忍こそが莉亜が愛する意中の推しキャラクターであり、男性が触媒とした姿であった。
開き癖がついていたページには現代日本について主人公と忍が話すシーンが書かれており、挿し絵には忍が現代日本の大学生だったらこんな格好もするだろうと、主人公が想像した姿がイラストで描かれていた。その現代日本の青年風の姿をした忍のイラストが莉亜の好みにぴったりと当てはまったのだった。
元々、恋愛ファンタジー作品が好きでこの話を読んでいた莉亜だったが、この挿し絵がきっかけとなって、忍を推すようになった。
堅苦しい書生姿の忍の姿と、現代の若者風の気取らない忍の姿とのギャップに莉亜も熱に浮かされたようにすっかり魅了されてしまったのだった。
何度も開いて眺めている内に挿し絵が描かれているページに開き癖がついてしまったのだろう。男性が忍の姿を元にしてくれたのは嬉しいが、推しが身近にいるようで、どこか気恥ずかしさを感じてしまう。
好きなアイドルや推しの芸能人を目にした時のファンも、こんな気持ちになるのだろうか。
「背丈は書かれていなかったから、俺が知っている男を参考にした。それ以外にもいくつか。この絵の男とはかけ離れてしまったかもしれないが……」
「……いえ、大丈夫です。ファンのイメージを壊すことなく再現できています」
「それで、猫を追いかけて気づいたらここに居たと言っていたが、それだけでは生身の人間はここには来られない。誰かに招かれたか、それとも通行手形を持っていない限り……。ここはあやかしの世界と神の世界との狭間に存在しているのだからな」
「そう言われても……」
その時、「にゃぁ~ん」という猫の鳴き声が近くで聞こえたかと思うと茶色と白色の塊が、男性の身体をよじ登っているところであった。目を凝らしてよく見ると、その塊は茶と白の毛が生えたキジ白の成猫であり、首元には赤い首輪と小さな木の札が付けられていた。それに気付いた莉亜は思わず「あっ!」と叫んでしまったのだった。
「その猫っ!!」
「なんだ。ハルを知っているのか?」
「その猫に御守りを盗られたんです! 後を追いかけて、それで気づいたらここに……」
「ハルが護符を……」
そう呟くと、男性は肩に登ってきたキジ白の猫を撫でる。どうやら先程莉亜の御守りを盗んだキジ白の猫はハルという名前らしい。ハルと呼ばれた猫は、莉亜の代わりに答えるかのように鳴いたのだった。
「ということは、お前はハルに招かれたのか」
「招かれたことになるんですか? 私……」
「ハルはここと人の世界を自由に行き来できる。俺が使役している神使だ。たまにこうして行く当てのない者を、ここに招くことがある。あやかしや神、後は道に迷った死者の霊魂を」
「私はあやかしや神でも無ければ、死者でもありませんが……」
「生身の人間を招いたのは初めてだが、まあ偶然だろう。大方お前が持っていた御守りを食い物と勘違いしたか」
「食べ物……」
食べ物の単語に反応して莉亜のお腹が情けない音を鳴らす。思い返せば、夕食のおにぎりをハルに奪われてそれきりだった。今の時刻は分からないが、夕食の時間は過ぎてしまったかもしれない。すると、男性がカウンター席を指したのだった。
3
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
『後宮薬師は名を持たない』
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。
帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。
救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。
後宮が燃え、名を失ってもなお――
彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
【完結】皇帝の寵妃は謎解きよりも料理がしたい〜小料理屋を営んでいたら妃に命じられて溺愛されています〜
空岡立夏
キャラ文芸
【完結】
後宮×契約結婚×溺愛×料理×ミステリー
町の外れには、絶品のカリーを出す小料理屋がある。
小料理屋を営む月花は、世界各国を回って料理を学び、さらに絶対味覚がある。しかも、月花の味覚は無味無臭の毒すらわかるという特別なものだった。
月花はひょんなことから皇帝に出会い、それを理由に美人の位をさずけられる。
後宮にあがった月花だが、
「なに、そう構えるな。形だけの皇后だ。ソナタが毒の謎を解いた暁には、廃妃にして、そっと逃がす」
皇帝はどうやら、皇帝の生誕の宴で起きた、毒の事件を月花に解き明かして欲しいらしく――
飾りの妃からやがて皇后へ。しかし、飾りのはずが、どうも皇帝は月花を溺愛しているようで――?
これは、月花と皇帝の、食をめぐる謎解きの物語だ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる