賽の河原の拾い物

ミドリ

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46 浴衣姿

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 私と龍の縁が切れてご満悦の春彦とは、家の前で一旦別れる。

 夕方の待ち合わせまでに、この剛直なおかっぱ頭を何とかしなければならない。

 そして自分の力で何とかしようと長時間格闘していた私が「無理……」と敗北宣言をすると、同情顔の母が言った。

「髪質って、七年置きに変わるらしいから」
「あと何年待てばいいのー!」

 浴衣と帯の組み合わせをああでもないこうでもないと言っていた母が、憐れみを含む視線を私に寄越す。

 結局は見かねた母が、私の髪を必死に結んだり束ねたりした後、かんざしを挿して何とか見られるまでに誤魔化してくれた。すごい。私には無理だ。

 ということで、こけしと呼ばれて久しい私の頭は、今日は少し華々しい。

 伊達眼鏡のない自分の顔にも、少しずつ慣れてきた。だけど正直、化粧に手を出そうとまではまだ思っていなかった私を、母は容赦なく叱りつける。

「あんたね! 春彦くんがどれだけ楽しみにしてると思ってるの!」

 母の剣幕がすごい。鬼気迫る表情で迫られた。

「春彦くんの愛の上に胡座を掻いてないで、少しは努力しなさい!」
「いや、あの……」

 別に春彦の愛の上に胡座を掻いているつもりはなかったけど、どうも母の目にはそう映っているらしい。

「浴衣が見たいなんて、健気なことを言うじゃないの……!」
「あのー……」

 母が目頭を押さえて、泣き真似をした。演技派だ。

「あんたね、こんなに色んなことに雑なあんたを好きでいてくれるのなんて、この世で春彦くんくらいよ!」
「あの……」

 色んなことに雑。的確すぎる表現に、私の反論の余地は残されていなかった。それにしても、この世で春彦くらいはなくないか。実の娘なのに。

「飽きられないように、こんな日くらいは可愛くしていきなさい!」
「……はい」

 ということで、私の眉毛は母によって整えられ、まつ毛には違和感満載のつけまつ毛が盛られた。

 更にまぶたにはピンクブラウンのアイラインを引かれ、最後には色付きグロスを渡される。常に唇をてからせておけということらしい。

 着付けの段階になると、母は私の胸の下にタオルを詰め、かなり盛った。

 母よ、何故そこまですると思ったけど、目が怖いくらい真剣だったので聞くのは憚られた。

 母が選んだ浴衣は藍色に薄いピンクの朝顔の柄が描かれたものだ。そこに黄色い帯を結んでもらい姿見の前に立つと、二割、いや三割増しくらいの私がそこに立っているじゃないか。

「馬子にも衣装……!」
「あのね、そういうのは自分で言うものじゃないのよ」

 結局全部やってくれた母が、疲れ切った様子で溜息を吐いた。

 巾着袋に財布とスマホを入れ、ソワソワと家の中で待つ。

 ちょっと張り切り過ぎだと思われないかなとか、それこそ馬子にも衣装だと言われないかなとか余計なことをあれこれ考えながらふと横を見ると、何故だか母もソワソワとしていた。

 そしてピンポン、とチャイムが鳴らされると、これまた何故か母が真っ先に飛んで行く。早いな。

「あらあ春彦くん男前ね!」

 とか言う声が聞こえてきたので、もしや春彦も浴衣を着用しているんだろうか。

「小春ー! 春彦くんがお迎えに来たわよ!」

 知ってる。丸聞こえだ。

「あ、はーい!」

 できるだけ自然な返答を心がけ、鏡の前で最終チェックを行なってから玄関に向かう。

「春彦、お待たせ」

 ひょいと顔を覗かせると、母さんと雑談をしていた紺色の浴衣を着た春彦が私を見て固まった。あれ、おかしいな。

「……何、その顔」
「あ、こは、あ……っ」

 スススッと横を通り過ぎた母が、私にだけ聞こえるくらいの小さなクスッという笑いを残していった。後は若い二人でどうぞ、といったところだろう。

 母が奥へと消えると、明らかに挙動不審な春彦が言う。

「に、似合ってる、よ」

 鼻から色々と出そうになったけど、急いで咳き込んで誤魔化すことで耐えた。すると、心配性の春彦が顔を覗かせる。

「小春、大丈夫か?」
「う、うん」

 こっちの方が春彦らしくて落ち着く。

 ゲホゲホした後、春彦に小さく笑ってみせた。浴衣姿の春彦はやけに男らしく、後ろに撫で付けられた髪がイケメン度合いを爆上げしている。

「じゃ、じゃあ行こうか!」

 恥ずかしそうに視線を彷徨わせた春彦を見て、私も照れてしまった。

「そ、そうだね!」

 慌てて下駄を履くと、慣れない高さにバランスを崩してよろける。

「あぶなっ」

 春彦が慌てて私を支えると、ふんわりと香の匂いが浴衣から漂ってきた。やるな春彦。いや、春彦のお母さんかもしれないなと思い直す。

 もしや、あちらサイドも母親の意気込みが凄いのか。

「……行こうか」
「う、うん」

 いつもと違う雰囲気に、お互い少しぎこちない。玄関を出た所でまた転びそうになると、春彦が苦笑しながら私の手を握ってきた。

 うお! と心の中で思ったけど、龍と連日手を繋いできた経験から、何とか叫ばずに済んだ。やっぱり何事も経験だ。

 カラン、コロン、という二人の下駄の音が、暗くなり始めた町に鳴り響く。神社へと向かっているのか、浴衣を着て同じ方向へと進む人がちらほらいた。

「……小春」
「うん?」

 春彦の手が、やけに熱く感じて仕方ない。龍の手はいつもひんやりとしていたけど、そういえば泣きながら春彦の病室へと走ったあの日も、春彦の手は燃えるように熱かったことを思い出す。

「あの日さ。俺のオーラ、見た……よな?」

 春彦が尋ねてきた。
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