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42 夏休みのとある一日
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春彦は、懸命にリハビリに挑んだ。
そこからの追い上げは、圧巻のひと言だった。努力とはこのことを指すのだと、自分が如何に怠け者だったのかを思わず恥じてしまうくらいには凄かった。
中学一年生の夏休みに事故に遭い、意識が戻らなくなってしまった春彦。例の公立高校に通っていたというのは、何も気付かず呑気に進学先を尋ねた私に咄嗟についた嘘だったそうだ。
かといって今更訂正もできず、春彦なりに気に病んでいたらしい。
それもあって、できるだけ早く社会復帰して、失った期間を取り戻したい。春彦の両親は、そんな春彦の願いを叶えるべく、様々な道を模索した。
そして、中学は不登校でも、学力や内申書がよければ高校への進学が可能になることを知る。
春彦の場合、二年半の不登校は不可抗力なこともあり、試験さえ通れば進学することが可能だった。
目標を定めた春彦は、恐ろしいほどの学習能力と集中力であっという間に勉強に追いつき、編入試験をパスする。元々塾通いをしていた為、中学の先の範囲まで予習していたのも大きかったらしい。
そしてこの度目出度く、全日高校では珍しく中学時代の不登校児を受け入れている私の高校に、二学期から編入することが決まった。
猛勉強とリハビリから解放されてようやく自由となった春彦が、そんな朗報とともに、入手したてのスマホを介してアイスを食べに行こうと誘ってきた。
誘われたら、必ず行こうと心に決めていた。よりによってアイスとは思わなかったけど、これも過去のトラウマを乗り越える意味があるのかもしれない。
私は二つ返事で誘いに応じた。
ちなみに、夏休みの遊び相手としてあてにしていたえっちゃんが井ノ原くんに独占されるというまさかの事態に陥っていたことも、ちょっと怖気づいていた私の背中を押してくれていたりする。
夏休みのうだるような暑さの中、今回はきちんと落ち着いて踏切を渡った私たちは、無事に駅前で買ったアイスに齧りついていた。
すると春彦が、私のピンク色のアイスを横からがぶりと噛んで、かなりの部分を持っていってしまう。
「あー! 私のイチゴが!」
春彦はほわりと優しい笑みを浮かべると、春彦の食べかけのメロンシャーベットを私の前に差し出した。
大分ふっくらしてきたその顔は、毎朝賽の河原からおはようを私に言ってくれていた頃の春彦とほぼ同じものになっていた。
「ほら、これ齧っていいぞ」
「全部食べてやる!」
顔を膨らませながら復讐のつもりで言うと、春彦は嬉しそうにはにかみながら頷く。
「うん、いいよ。小春に全部あげる」
……甘い。相変わらず、春彦は私にだけ極端に甘い。
春彦の手を介して賽の河原の小石を元の場所に返却したあの日から、私の目はオーラを一切映さなくなった。
だから、三年間私を悩ませつつも人の想いを読み取るのに役立ってくれていたあの能力は、やっぱりあの小石がもたらしたものだったと結論づけた。
これまでは、そこそこオーラに頼って生きてきた私だ。最初はどうなることかと思ったけど、案外何とかなるものだ。
視えなくてもえっちゃんがしょっちゅう私を心配しているのはもう分かっているし、部長が呆れながらも私を可愛がってくれているのも知っている。
それにそもそも、春彦のオーラを視たのはあの病室でのピンク色が最初で最後だ。だからオーラがなくても大丈夫。何も問題はなかった。
だけどひとつ問題がある。
そう、あのピンク色について、私はまだ春彦に聞くことができないでいたのだ。
『春彦長い眠りから覚める事件』の後、私も春彦もあれよあれよという間に状況に押し流され、現在に至っている。元来が流され易い質の私に、身体が弱り切っていた春彦だ。仕方ないけど、正直なところずっと気になってモヤモヤしている。
――あれは一体どういう意味だったんだろう。
勇気を出せば答えに辿り着きそうだったけど、その一歩が踏み込めない。
春彦も何も触れてこないから、余計に聞き辛かった。試験勉強もあるし、春彦を煩わせてもいけないと思ったのもあった。
そんな中、こうして誘ってくれた。ならば聞けるチャンスがあるかと思ったけど、今のところそれもない。
どう切り出したらいいかも分からなくて、結局ヘタレな私は目の前に集中することにした。
「本当に全部食べちゃっていいの?」
「いいよ。小春の為に違う味にしたんだし」
……こんなに甘やかされてばかりいると、駄目人間になるかもしれない。私がジト、と春彦を見ると、春彦は笑顔を返した。
大口を開ける私を幸せそうに眺める春彦のこめかみから、汗が流れ落ちる。春彦も暑そうだ。それに病み上がりだから、のぼせちゃ拙いんじゃないか。
先にひと口齧ると、私は春彦に「春彦も食べなよ。半分こしよう」と提案してみた。
前までの何も考えない迂闊で向こう見ずな私は、もう卒業するつもりでいた。オーラを読まなくても、状況をみて気配りを心掛ければ、きっと春彦に心配されたり怒られたりすることもなくなりはしなくても減るに違いないから。
春彦は更に目を細めて嬉しそうな顔になると、私が齧った所をがぶりと食べた。ほらね、私だってできるんだから。
すると、春彦が、ぽつりと呟いた。
そこからの追い上げは、圧巻のひと言だった。努力とはこのことを指すのだと、自分が如何に怠け者だったのかを思わず恥じてしまうくらいには凄かった。
中学一年生の夏休みに事故に遭い、意識が戻らなくなってしまった春彦。例の公立高校に通っていたというのは、何も気付かず呑気に進学先を尋ねた私に咄嗟についた嘘だったそうだ。
かといって今更訂正もできず、春彦なりに気に病んでいたらしい。
それもあって、できるだけ早く社会復帰して、失った期間を取り戻したい。春彦の両親は、そんな春彦の願いを叶えるべく、様々な道を模索した。
そして、中学は不登校でも、学力や内申書がよければ高校への進学が可能になることを知る。
春彦の場合、二年半の不登校は不可抗力なこともあり、試験さえ通れば進学することが可能だった。
目標を定めた春彦は、恐ろしいほどの学習能力と集中力であっという間に勉強に追いつき、編入試験をパスする。元々塾通いをしていた為、中学の先の範囲まで予習していたのも大きかったらしい。
そしてこの度目出度く、全日高校では珍しく中学時代の不登校児を受け入れている私の高校に、二学期から編入することが決まった。
猛勉強とリハビリから解放されてようやく自由となった春彦が、そんな朗報とともに、入手したてのスマホを介してアイスを食べに行こうと誘ってきた。
誘われたら、必ず行こうと心に決めていた。よりによってアイスとは思わなかったけど、これも過去のトラウマを乗り越える意味があるのかもしれない。
私は二つ返事で誘いに応じた。
ちなみに、夏休みの遊び相手としてあてにしていたえっちゃんが井ノ原くんに独占されるというまさかの事態に陥っていたことも、ちょっと怖気づいていた私の背中を押してくれていたりする。
夏休みのうだるような暑さの中、今回はきちんと落ち着いて踏切を渡った私たちは、無事に駅前で買ったアイスに齧りついていた。
すると春彦が、私のピンク色のアイスを横からがぶりと噛んで、かなりの部分を持っていってしまう。
「あー! 私のイチゴが!」
春彦はほわりと優しい笑みを浮かべると、春彦の食べかけのメロンシャーベットを私の前に差し出した。
大分ふっくらしてきたその顔は、毎朝賽の河原からおはようを私に言ってくれていた頃の春彦とほぼ同じものになっていた。
「ほら、これ齧っていいぞ」
「全部食べてやる!」
顔を膨らませながら復讐のつもりで言うと、春彦は嬉しそうにはにかみながら頷く。
「うん、いいよ。小春に全部あげる」
……甘い。相変わらず、春彦は私にだけ極端に甘い。
春彦の手を介して賽の河原の小石を元の場所に返却したあの日から、私の目はオーラを一切映さなくなった。
だから、三年間私を悩ませつつも人の想いを読み取るのに役立ってくれていたあの能力は、やっぱりあの小石がもたらしたものだったと結論づけた。
これまでは、そこそこオーラに頼って生きてきた私だ。最初はどうなることかと思ったけど、案外何とかなるものだ。
視えなくてもえっちゃんがしょっちゅう私を心配しているのはもう分かっているし、部長が呆れながらも私を可愛がってくれているのも知っている。
それにそもそも、春彦のオーラを視たのはあの病室でのピンク色が最初で最後だ。だからオーラがなくても大丈夫。何も問題はなかった。
だけどひとつ問題がある。
そう、あのピンク色について、私はまだ春彦に聞くことができないでいたのだ。
『春彦長い眠りから覚める事件』の後、私も春彦もあれよあれよという間に状況に押し流され、現在に至っている。元来が流され易い質の私に、身体が弱り切っていた春彦だ。仕方ないけど、正直なところずっと気になってモヤモヤしている。
――あれは一体どういう意味だったんだろう。
勇気を出せば答えに辿り着きそうだったけど、その一歩が踏み込めない。
春彦も何も触れてこないから、余計に聞き辛かった。試験勉強もあるし、春彦を煩わせてもいけないと思ったのもあった。
そんな中、こうして誘ってくれた。ならば聞けるチャンスがあるかと思ったけど、今のところそれもない。
どう切り出したらいいかも分からなくて、結局ヘタレな私は目の前に集中することにした。
「本当に全部食べちゃっていいの?」
「いいよ。小春の為に違う味にしたんだし」
……こんなに甘やかされてばかりいると、駄目人間になるかもしれない。私がジト、と春彦を見ると、春彦は笑顔を返した。
大口を開ける私を幸せそうに眺める春彦のこめかみから、汗が流れ落ちる。春彦も暑そうだ。それに病み上がりだから、のぼせちゃ拙いんじゃないか。
先にひと口齧ると、私は春彦に「春彦も食べなよ。半分こしよう」と提案してみた。
前までの何も考えない迂闊で向こう見ずな私は、もう卒業するつもりでいた。オーラを読まなくても、状況をみて気配りを心掛ければ、きっと春彦に心配されたり怒られたりすることもなくなりはしなくても減るに違いないから。
春彦は更に目を細めて嬉しそうな顔になると、私が齧った所をがぶりと食べた。ほらね、私だってできるんだから。
すると、春彦が、ぽつりと呟いた。
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