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37 親友
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無事にマンションの一階に降りると、真っ先にコンシェルジュの立て札があるカウンターに向かった。
コンシェルジュのお姉さんに、手首の結束バンドをハサミで切ってもらう。
少し怯えたような濃い青のオーラを出しているお姉さんは、私に何か聞きたそうな様子だった。でもそれ以上に、私の横にいる春彦の気配がどうしたって気になるらしい。
見るからにビクビクしながら、それでも笑顔で「いってらっしゃいませ」と送り出してくれた。
コンシェルジュの鑑がここにいる。
これがプロなのだと、感心した。横にいる春彦に「ただの受付係じゃないじゃないか」と言いたかったけど、ここはぐっと抑える。人目がある以上、怪しい独り言に見られたくはない。
離れた瞬間お姉さんのオーラが暖色に変わったので、やっぱり怖かったらしい。あのお姉さんはどこまで視えていたのかな、と気になった。ホラーでないとよかったんだけど。
ようやく自由になった手で、鞄の中に入れっ放しにしていたスマホを取り出す。
まあ見事に着信だらけだ。先日の龍の比じゃない。
全てえっちゃんからだった。熱を出した時とは違い、心がほわんと暖かくなる。
「えっちゃん……」
これだけ着信があるということは、部長と繋がったんだろうか。とにかく電話を掛けてみることにする。
えっちゃんは、ワンコールもしない内に出た。
大音量が、鼓膜を揺さぶる。
「小春! 今どこ!」
えっちゃんの声は、涙でぐしゃぐしゃだった。私の目も、えっちゃんの声を聞いてすぐに潤む。
「えっちゃん……! 龍くんのマンションから出た所だよう……!」
「どこよ! あ! いた!」
「え?」
居住者しか入れないゲートの外側にいたのは、心配と安心とが入り混じった橙色のオーラを纏うえっちゃんだった。
「えっちゃん!」
あと、ほっとした様子の緑色と鮮やかなオレンジ色とが混在している部長と、緊張した風な少し赤っぽいオーラの見知らぬ坊主頭の男子もいる。……誰だろう。
ゲートを通り抜けてえっちゃんに駆け寄ると、涙で顔がぐしゃぐしゃのえっちゃんが飛びついてきた。暖かい柔らかさに堪らなくなり、私もひし、と抱きつく。
「小春! 心臓が止まるかと思ったよ……!」
「えっちゃん……!」
えっちゃんのボリューミーな胸を押しつけられ、私が少しうへっとなったことは内緒だ。
親友に心配をかけてしまったことが申し訳なくて、それと同時にこんなにも心配してくれたことが嬉しかった。
顔を上げると、部長が真っ青な顔で私の横に立つ春彦を見ている。芸術肌が関係あるのかは分からないけど、結構ガッツリと視えているみたいだ。
その証拠に、緑だったオーラがどんどん濃紺と黒の恐怖の色に変わっていっている。
部長が、震え声で尋ねてきた。
「し、篠原さん……。隣に透けてる人が……!」
「あ、これ幼馴染みの春彦です」
私が春彦の方を見ながら春彦を紹介すると、えっちゃんが顔を上げて辺りをキョロキョロと見回す。
「……勝田くんが一体どこにいるんだって?」
どうやらえっちゃんは、あまりそういった物が視える質じゃないらしい。私が春彦を指差すと、思い切り眉間に皺を寄せながら、首を傾げた。
「……何かいるような……?」
視えるふりをしない辺りが、さすが私の親友。潔くていい。
だけど、今はそれよりも状況確認だった。
「それにしても、えっちゃんがどうしてここに?」
部長とは面識はなかった筈だ。部長はかなり目立つ有名人なのでえっちゃんは知っているだろうけど、逆は恐らくはない。
すると、えっちゃんが私の腕を掴んで一気に捲し立てた。
「そう! そうなの! 今日は部活が終わったら真っ直ぐ帰ろうと思ってたら、井ノ原くんに呼び止められて、こっこっこっ」
突然鶏になってしまったえっちゃんが、自分の頬をパン! と叩いた。うわっ。
白い頬は赤くなってしまい、そこそこ痛そうだ。
「こここ告白されてそれで帰りの時間が遅くなってねえ!」
「え! 告白!」
「やだ小春ってば、復唱しないでよ!」
井ノ原くんというのは、人の良さそうな顔をして部長の横にいる、えっちゃんと春彦を交互に見ている坊主頭の男の子のことだろう。野球部で見たことがあるかもしれない。
ぺこりと私に会釈をしてきたから、多分告白した本人で間違いなさそうだ。
「そしたら、道端で美術部の部長が倒れてたじゃない! 小春が一緒に帰る筈だったのにと思って、こっちは大慌てよ!」
なるほど、告白で帰宅時間が遅くなったお陰で、倒れていた部長に遭遇できたらしい。
私は「ん?」と思った。ちょっと待てよ。この感じだと、坊主頭の井ノ原くんとやらと一緒に帰ろうとしたんじゃないか。するとえっちゃんの返事は――。
私の下世話な想像にも気付かず、えっちゃんは涙目で続ける。
「事情を聞いたら、あいつが小春を連れて行ったって聞いて急いで駅前の派出所に行ったら、巡回中の札があって! だからじゃあ王子のマンション知ってるしって思って急いで来たんだけど、入れてもらえなくて!」
どうも気が動転しすぎたのか、110番通報の存在が吹っ飛んでしまったらしい。
でも、必死で探してここまで来てくれたんだ。友情が嬉しくて、涙がぼろぼろ溢れた。ポテチネタで使ってごめん。心から思った。
「えっちゃん……!」
えっちゃんが、がっと手に力を込める。目が真剣そのものだ。
そして、聞いてきた。
「小春! あんたやられてないわよね?」
うわお、どストレート。さすがは私の親友だ。
「だ、大丈夫……」
「よかった……っ」
へなへな、と腰が抜けたようにえっちゃんが座り込む。そんなえっちゃんの前にしゃがみ込むと、この大切で愛しい親友に思い切り抱きついたのだった。
コンシェルジュのお姉さんに、手首の結束バンドをハサミで切ってもらう。
少し怯えたような濃い青のオーラを出しているお姉さんは、私に何か聞きたそうな様子だった。でもそれ以上に、私の横にいる春彦の気配がどうしたって気になるらしい。
見るからにビクビクしながら、それでも笑顔で「いってらっしゃいませ」と送り出してくれた。
コンシェルジュの鑑がここにいる。
これがプロなのだと、感心した。横にいる春彦に「ただの受付係じゃないじゃないか」と言いたかったけど、ここはぐっと抑える。人目がある以上、怪しい独り言に見られたくはない。
離れた瞬間お姉さんのオーラが暖色に変わったので、やっぱり怖かったらしい。あのお姉さんはどこまで視えていたのかな、と気になった。ホラーでないとよかったんだけど。
ようやく自由になった手で、鞄の中に入れっ放しにしていたスマホを取り出す。
まあ見事に着信だらけだ。先日の龍の比じゃない。
全てえっちゃんからだった。熱を出した時とは違い、心がほわんと暖かくなる。
「えっちゃん……」
これだけ着信があるということは、部長と繋がったんだろうか。とにかく電話を掛けてみることにする。
えっちゃんは、ワンコールもしない内に出た。
大音量が、鼓膜を揺さぶる。
「小春! 今どこ!」
えっちゃんの声は、涙でぐしゃぐしゃだった。私の目も、えっちゃんの声を聞いてすぐに潤む。
「えっちゃん……! 龍くんのマンションから出た所だよう……!」
「どこよ! あ! いた!」
「え?」
居住者しか入れないゲートの外側にいたのは、心配と安心とが入り混じった橙色のオーラを纏うえっちゃんだった。
「えっちゃん!」
あと、ほっとした様子の緑色と鮮やかなオレンジ色とが混在している部長と、緊張した風な少し赤っぽいオーラの見知らぬ坊主頭の男子もいる。……誰だろう。
ゲートを通り抜けてえっちゃんに駆け寄ると、涙で顔がぐしゃぐしゃのえっちゃんが飛びついてきた。暖かい柔らかさに堪らなくなり、私もひし、と抱きつく。
「小春! 心臓が止まるかと思ったよ……!」
「えっちゃん……!」
えっちゃんのボリューミーな胸を押しつけられ、私が少しうへっとなったことは内緒だ。
親友に心配をかけてしまったことが申し訳なくて、それと同時にこんなにも心配してくれたことが嬉しかった。
顔を上げると、部長が真っ青な顔で私の横に立つ春彦を見ている。芸術肌が関係あるのかは分からないけど、結構ガッツリと視えているみたいだ。
その証拠に、緑だったオーラがどんどん濃紺と黒の恐怖の色に変わっていっている。
部長が、震え声で尋ねてきた。
「し、篠原さん……。隣に透けてる人が……!」
「あ、これ幼馴染みの春彦です」
私が春彦の方を見ながら春彦を紹介すると、えっちゃんが顔を上げて辺りをキョロキョロと見回す。
「……勝田くんが一体どこにいるんだって?」
どうやらえっちゃんは、あまりそういった物が視える質じゃないらしい。私が春彦を指差すと、思い切り眉間に皺を寄せながら、首を傾げた。
「……何かいるような……?」
視えるふりをしない辺りが、さすが私の親友。潔くていい。
だけど、今はそれよりも状況確認だった。
「それにしても、えっちゃんがどうしてここに?」
部長とは面識はなかった筈だ。部長はかなり目立つ有名人なのでえっちゃんは知っているだろうけど、逆は恐らくはない。
すると、えっちゃんが私の腕を掴んで一気に捲し立てた。
「そう! そうなの! 今日は部活が終わったら真っ直ぐ帰ろうと思ってたら、井ノ原くんに呼び止められて、こっこっこっ」
突然鶏になってしまったえっちゃんが、自分の頬をパン! と叩いた。うわっ。
白い頬は赤くなってしまい、そこそこ痛そうだ。
「こここ告白されてそれで帰りの時間が遅くなってねえ!」
「え! 告白!」
「やだ小春ってば、復唱しないでよ!」
井ノ原くんというのは、人の良さそうな顔をして部長の横にいる、えっちゃんと春彦を交互に見ている坊主頭の男の子のことだろう。野球部で見たことがあるかもしれない。
ぺこりと私に会釈をしてきたから、多分告白した本人で間違いなさそうだ。
「そしたら、道端で美術部の部長が倒れてたじゃない! 小春が一緒に帰る筈だったのにと思って、こっちは大慌てよ!」
なるほど、告白で帰宅時間が遅くなったお陰で、倒れていた部長に遭遇できたらしい。
私は「ん?」と思った。ちょっと待てよ。この感じだと、坊主頭の井ノ原くんとやらと一緒に帰ろうとしたんじゃないか。するとえっちゃんの返事は――。
私の下世話な想像にも気付かず、えっちゃんは涙目で続ける。
「事情を聞いたら、あいつが小春を連れて行ったって聞いて急いで駅前の派出所に行ったら、巡回中の札があって! だからじゃあ王子のマンション知ってるしって思って急いで来たんだけど、入れてもらえなくて!」
どうも気が動転しすぎたのか、110番通報の存在が吹っ飛んでしまったらしい。
でも、必死で探してここまで来てくれたんだ。友情が嬉しくて、涙がぼろぼろ溢れた。ポテチネタで使ってごめん。心から思った。
「えっちゃん……!」
えっちゃんが、がっと手に力を込める。目が真剣そのものだ。
そして、聞いてきた。
「小春! あんたやられてないわよね?」
うわお、どストレート。さすがは私の親友だ。
「だ、大丈夫……」
「よかった……っ」
へなへな、と腰が抜けたようにえっちゃんが座り込む。そんなえっちゃんの前にしゃがみ込むと、この大切で愛しい親友に思い切り抱きついたのだった。
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