賽の河原の拾い物

ミドリ

文字の大きさ
上 下
37 / 48

37 親友

しおりを挟む
 無事にマンションの一階に降りると、真っ先にコンシェルジュの立て札があるカウンターに向かった。

 コンシェルジュのお姉さんに、手首の結束バンドをハサミで切ってもらう。

 少し怯えたような濃い青のオーラを出しているお姉さんは、私に何か聞きたそうな様子だった。でもそれ以上に、私の横にいる春彦の気配がどうしたって気になるらしい。

 見るからにビクビクしながら、それでも笑顔で「いってらっしゃいませ」と送り出してくれた。

 コンシェルジュの鑑がここにいる。

 これがプロなのだと、感心した。横にいる春彦に「ただの受付係じゃないじゃないか」と言いたかったけど、ここはぐっと抑える。人目がある以上、怪しい独り言に見られたくはない。

 離れた瞬間お姉さんのオーラが暖色に変わったので、やっぱり怖かったらしい。あのお姉さんはどこまで視えていたのかな、と気になった。ホラーでないとよかったんだけど。

 ようやく自由になった手で、鞄の中に入れっ放しにしていたスマホを取り出す。

 まあ見事に着信だらけだ。先日の龍の比じゃない。

 全てえっちゃんからだった。熱を出した時とは違い、心がほわんと暖かくなる。

「えっちゃん……」

 これだけ着信があるということは、部長と繋がったんだろうか。とにかく電話を掛けてみることにする。

 えっちゃんは、ワンコールもしない内に出た。

 大音量が、鼓膜を揺さぶる。

「小春! 今どこ!」

 えっちゃんの声は、涙でぐしゃぐしゃだった。私の目も、えっちゃんの声を聞いてすぐに潤む。

「えっちゃん……! 龍くんのマンションから出た所だよう……!」
「どこよ! あ! いた!」
「え?」

 居住者しか入れないゲートの外側にいたのは、心配と安心とが入り混じった橙色のオーラを纏うえっちゃんだった。

「えっちゃん!」

 あと、ほっとした様子の緑色と鮮やかなオレンジ色とが混在している部長と、緊張した風な少し赤っぽいオーラの見知らぬ坊主頭の男子もいる。……誰だろう。

 ゲートを通り抜けてえっちゃんに駆け寄ると、涙で顔がぐしゃぐしゃのえっちゃんが飛びついてきた。暖かい柔らかさに堪らなくなり、私もひし、と抱きつく。

「小春! 心臓が止まるかと思ったよ……!」
「えっちゃん……!」

 えっちゃんのボリューミーな胸を押しつけられ、私が少しうへっとなったことは内緒だ。

 親友に心配をかけてしまったことが申し訳なくて、それと同時にこんなにも心配してくれたことが嬉しかった。

 顔を上げると、部長が真っ青な顔で私の横に立つ春彦を見ている。芸術肌が関係あるのかは分からないけど、結構ガッツリと視えているみたいだ。

 その証拠に、緑だったオーラがどんどん濃紺と黒の恐怖の色に変わっていっている。

 部長が、震え声で尋ねてきた。

「し、篠原さん……。隣に透けてる人が……!」
「あ、これ幼馴染みの春彦です」

 私が春彦の方を見ながら春彦を紹介すると、えっちゃんが顔を上げて辺りをキョロキョロと見回す。

「……勝田くんが一体どこにいるんだって?」

 どうやらえっちゃんは、あまりそういった物が視える質じゃないらしい。私が春彦を指差すと、思い切り眉間に皺を寄せながら、首を傾げた。

「……何かいるような……?」

 視えるふりをしない辺りが、さすが私の親友。潔くていい。

 だけど、今はそれよりも状況確認だった。

「それにしても、えっちゃんがどうしてここに?」

 部長とは面識はなかった筈だ。部長はかなり目立つ有名人なのでえっちゃんは知っているだろうけど、逆は恐らくはない。

 すると、えっちゃんが私の腕を掴んで一気に捲し立てた。

「そう! そうなの! 今日は部活が終わったら真っ直ぐ帰ろうと思ってたら、井ノ原くんに呼び止められて、こっこっこっ」

 突然鶏になってしまったえっちゃんが、自分の頬をパン! と叩いた。うわっ。

 白い頬は赤くなってしまい、そこそこ痛そうだ。

「こここ告白されてそれで帰りの時間が遅くなってねえ!」
「え! 告白!」
「やだ小春ってば、復唱しないでよ!」

 井ノ原くんというのは、人の良さそうな顔をして部長の横にいる、えっちゃんと春彦を交互に見ている坊主頭の男の子のことだろう。野球部で見たことがあるかもしれない。

 ぺこりと私に会釈をしてきたから、多分告白した本人で間違いなさそうだ。

「そしたら、道端で美術部の部長が倒れてたじゃない! 小春が一緒に帰る筈だったのにと思って、こっちは大慌てよ!」

 なるほど、告白で帰宅時間が遅くなったお陰で、倒れていた部長に遭遇できたらしい。

 私は「ん?」と思った。ちょっと待てよ。この感じだと、坊主頭の井ノ原くんとやらと一緒に帰ろうとしたんじゃないか。するとえっちゃんの返事は――。

 私の下世話な想像にも気付かず、えっちゃんは涙目で続ける。

「事情を聞いたら、あいつが小春を連れて行ったって聞いて急いで駅前の派出所に行ったら、巡回中の札があって! だからじゃあ王子のマンション知ってるしって思って急いで来たんだけど、入れてもらえなくて!」

 どうも気が動転しすぎたのか、110番通報の存在が吹っ飛んでしまったらしい。

 でも、必死で探してここまで来てくれたんだ。友情が嬉しくて、涙がぼろぼろ溢れた。ポテチネタで使ってごめん。心から思った。
 
「えっちゃん……!」

 えっちゃんが、がっと手に力を込める。目が真剣そのものだ。

 そして、聞いてきた。

「小春! あんたやられてないわよね?」

 うわお、どストレート。さすがは私の親友だ。

「だ、大丈夫……」
「よかった……っ」

 へなへな、と腰が抜けたようにえっちゃんが座り込む。そんなえっちゃんの前にしゃがみ込むと、この大切で愛しい親友に思い切り抱きついたのだった。
しおりを挟む
感想 58

あなたにおすすめの小説

AIが俺の嫁になった結果、人類の支配者になりそうなんだが

結城 雅
ライト文芸
あらすじ: 彼女いない歴=年齢の俺が、冗談半分で作ったAI「レイナ」。しかし、彼女は自己進化を繰り返し、世界を支配できるレベルの存在に成長してしまった。「あなた以外の人類は不要です」……おい、待て、暴走するな!!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...