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33 成仏
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エレベーターの到着を待つ間、そういえば事故後の春彦の両親のオーラが異様に暗かったことを思い出す。
――そうか、そうだったんだ。春彦が窓枠の中にいるから生きていると勘違いしていたけど、実際の春彦はもうあの時は死んでいたんだ。
巻き込んで殺してしまったのに、肝心の私が春彦が生きているように振る舞うから、周囲の人間はこいつどうしたと思ったに違いない。
えっちゃんに春彦の話をした時、おかしな態度を取られたことを思い出す。あれもきっと、そういうことだったんだ。
はっと気付く。
もしや、春彦が生きていると私が思い込んでいたせいで、春彦が成仏できなかったんじゃ――。
じわりと涙が滲んできた。幽霊になってまで私の心配ばかりする春彦の優しさに、一体何を返せるのか。
それは、これしかない。
「春彦!」
潤んだ瞳で、バッと春彦を見上げる。
春彦は怒鳴るのをやめて黙ると、戸惑ったように私の顔を見つめ返してきた。先程までの怒りのせいか、春彦の頬は紅潮している。幽霊も血色がよくなったりするものらしい。
「な、なに、小春」
珍しく春彦がどもる。私は春彦に向かって一歩近付いた。
「春彦は私のことが心配だったんだよね?」
「そ、そりゃあ当然だろ……俺はお前が……」
春彦が、照れ臭そうにチラチラと目を逸らす。いつも私のことを叱ってばかりなのは、私がふらふらして頼りないからだ。私がこんなだから、それできっと春彦は天国へ旅立てなかったんだ。
なのに春彦に呑気に相談したり、しつこいなあなんて思ってしまっていた自分の能天気さが、ほとほと嫌になる。
「私、決めたの!」
「え、な、何を」
ずい、と更に一歩春彦に近寄ると、すぐ近くから見下ろす春彦の垂れ気味の目が細められ、困った顔になった。
頭をわしゃわしゃと掻き始める。
「な、泣くなよ小春……ええと困ったな……」
「春彦!」
そこにいるのに触れられない春彦の身体に手を触れた。春彦の目が、泳ぎまくっている。
――死んでまで私の心配をしていると本人にばれて、照れ臭いのかな。
春彦はいつだって私の心配ばかりだった。そのせいで現世に縛り付けられていたのなら、春彦の霊を三年も彷徨わせてしまった犯人は私だ。
「私、春彦が成仏できるように、これからは春彦に心配されないような人間になるから!」
「……小春?」
春彦の表情が、無になった。当然だと思う。さぞや驚いたんだろう。これまでは春彦の忠告なんてほぼ無視してきた前科だらけの私がこんな殊勝なことを言うなんて、思ってもみなかったに違いない。
でも、こればっかりは信じてもらうしかない。信じてもらうには、真摯に訴えるのが一番だ。
「私、いつも春彦の言うことをちゃんと聞かないで、心配ばかりかけて、それで春彦をこの世に引き留めちゃってたのかな……!」
「おい、小春待て」
春彦の顔が歪む。やっぱりこれは信じてもらえていないらしい。
私のこれまでの行ないを鑑みれば当然とも言えるけど、ここは信じてもらえるよう努力をしていかなければ。
私は更に訴えることにした。
「春彦のことを殺しちゃったのは、私だよね! 恨まれて当然なのに、なのに私は未だにこうやって春彦を頼って!」
言っていて、どんどん自分が情けなく思えてきた。たかが暑さに耐えられなかった為だけに、原因の私は生き延びて助けてくれた春彦は死んでしまった。どんなにか悔しかっただろう。どんなにか恨めしかっただろう。
私は酷い奴だ――。
「小春!」
春彦が、鼓膜が破れそうな声量で私の名を呼んだ。息など吸えないだろうに、スウ、と息を吸う。
そして、大声と共に吐き出した。
「勝手に人を殺すな! 俺は生きてるから!」
「……えっ?」
春彦の叫びと同時に、チーンと音を立てエレベーターが到着する。
「え……小春ちゃん……?」
エレベーターから降りてきたのは、幾つもの袋を手にぶら下げた龍だった。
「あ……」
思わず一歩後退る。
龍はエレベーターから降りてくると、信じられないといった表情で私を見た。唇がわなわなと震え、ゆっくりと伸ばされる手は小刻みに震えている。
掠れ声で、私を呼んだ。
「小春ちゃん、嘘だよね?」
龍が、もう一歩近付いてくる。と、龍の視線が私の足に注がれた。
「……取れちゃったの? それとも取ったの?」
どうしようという焦りが、私の脳内を駆け巡る。咄嗟に私の隣に立っている春彦に助けを求めようと振り向いた直後、はたと気付いた。
実体のない春彦は、ここでは何の役にも立たない。春彦は私のすぐ横に立っているのに、龍は春彦を見ようともしていない。だから分かった。視えていないんだと。
龍と私を交互に見比べている春彦と、目が合った。ちょっと疑問が含まれている優しいタレ目が見開かれ、これが龍って奴? という意味であることに気付く。
あ、そういや、春彦は龍の顔なんて知らなかった。
私が小さく頷くと、春彦はキュッと唇を噛み締めた。
龍は私の一連の動きをどう受け取ったのか、「信じたくない」と書いてある演技がかった仕草で私の方に一歩近付いてくる。
「小春ちゃん、何で何も答えないの……? まさか僕を裏切るつもりなんてないよね? そんなことない、ある訳がない、小春ちゃんは僕を好きになるんだから……」
また一歩、龍が近付いてきた。
龍に呼応するように私が一歩下がると、ドン、と背中が壁に付いた。
――そうか、そうだったんだ。春彦が窓枠の中にいるから生きていると勘違いしていたけど、実際の春彦はもうあの時は死んでいたんだ。
巻き込んで殺してしまったのに、肝心の私が春彦が生きているように振る舞うから、周囲の人間はこいつどうしたと思ったに違いない。
えっちゃんに春彦の話をした時、おかしな態度を取られたことを思い出す。あれもきっと、そういうことだったんだ。
はっと気付く。
もしや、春彦が生きていると私が思い込んでいたせいで、春彦が成仏できなかったんじゃ――。
じわりと涙が滲んできた。幽霊になってまで私の心配ばかりする春彦の優しさに、一体何を返せるのか。
それは、これしかない。
「春彦!」
潤んだ瞳で、バッと春彦を見上げる。
春彦は怒鳴るのをやめて黙ると、戸惑ったように私の顔を見つめ返してきた。先程までの怒りのせいか、春彦の頬は紅潮している。幽霊も血色がよくなったりするものらしい。
「な、なに、小春」
珍しく春彦がどもる。私は春彦に向かって一歩近付いた。
「春彦は私のことが心配だったんだよね?」
「そ、そりゃあ当然だろ……俺はお前が……」
春彦が、照れ臭そうにチラチラと目を逸らす。いつも私のことを叱ってばかりなのは、私がふらふらして頼りないからだ。私がこんなだから、それできっと春彦は天国へ旅立てなかったんだ。
なのに春彦に呑気に相談したり、しつこいなあなんて思ってしまっていた自分の能天気さが、ほとほと嫌になる。
「私、決めたの!」
「え、な、何を」
ずい、と更に一歩春彦に近寄ると、すぐ近くから見下ろす春彦の垂れ気味の目が細められ、困った顔になった。
頭をわしゃわしゃと掻き始める。
「な、泣くなよ小春……ええと困ったな……」
「春彦!」
そこにいるのに触れられない春彦の身体に手を触れた。春彦の目が、泳ぎまくっている。
――死んでまで私の心配をしていると本人にばれて、照れ臭いのかな。
春彦はいつだって私の心配ばかりだった。そのせいで現世に縛り付けられていたのなら、春彦の霊を三年も彷徨わせてしまった犯人は私だ。
「私、春彦が成仏できるように、これからは春彦に心配されないような人間になるから!」
「……小春?」
春彦の表情が、無になった。当然だと思う。さぞや驚いたんだろう。これまでは春彦の忠告なんてほぼ無視してきた前科だらけの私がこんな殊勝なことを言うなんて、思ってもみなかったに違いない。
でも、こればっかりは信じてもらうしかない。信じてもらうには、真摯に訴えるのが一番だ。
「私、いつも春彦の言うことをちゃんと聞かないで、心配ばかりかけて、それで春彦をこの世に引き留めちゃってたのかな……!」
「おい、小春待て」
春彦の顔が歪む。やっぱりこれは信じてもらえていないらしい。
私のこれまでの行ないを鑑みれば当然とも言えるけど、ここは信じてもらえるよう努力をしていかなければ。
私は更に訴えることにした。
「春彦のことを殺しちゃったのは、私だよね! 恨まれて当然なのに、なのに私は未だにこうやって春彦を頼って!」
言っていて、どんどん自分が情けなく思えてきた。たかが暑さに耐えられなかった為だけに、原因の私は生き延びて助けてくれた春彦は死んでしまった。どんなにか悔しかっただろう。どんなにか恨めしかっただろう。
私は酷い奴だ――。
「小春!」
春彦が、鼓膜が破れそうな声量で私の名を呼んだ。息など吸えないだろうに、スウ、と息を吸う。
そして、大声と共に吐き出した。
「勝手に人を殺すな! 俺は生きてるから!」
「……えっ?」
春彦の叫びと同時に、チーンと音を立てエレベーターが到着する。
「え……小春ちゃん……?」
エレベーターから降りてきたのは、幾つもの袋を手にぶら下げた龍だった。
「あ……」
思わず一歩後退る。
龍はエレベーターから降りてくると、信じられないといった表情で私を見た。唇がわなわなと震え、ゆっくりと伸ばされる手は小刻みに震えている。
掠れ声で、私を呼んだ。
「小春ちゃん、嘘だよね?」
龍が、もう一歩近付いてくる。と、龍の視線が私の足に注がれた。
「……取れちゃったの? それとも取ったの?」
どうしようという焦りが、私の脳内を駆け巡る。咄嗟に私の隣に立っている春彦に助けを求めようと振り向いた直後、はたと気付いた。
実体のない春彦は、ここでは何の役にも立たない。春彦は私のすぐ横に立っているのに、龍は春彦を見ようともしていない。だから分かった。視えていないんだと。
龍と私を交互に見比べている春彦と、目が合った。ちょっと疑問が含まれている優しいタレ目が見開かれ、これが龍って奴? という意味であることに気付く。
あ、そういや、春彦は龍の顔なんて知らなかった。
私が小さく頷くと、春彦はキュッと唇を噛み締めた。
龍は私の一連の動きをどう受け取ったのか、「信じたくない」と書いてある演技がかった仕草で私の方に一歩近付いてくる。
「小春ちゃん、何で何も答えないの……? まさか僕を裏切るつもりなんてないよね? そんなことない、ある訳がない、小春ちゃんは僕を好きになるんだから……」
また一歩、龍が近付いてきた。
龍に呼応するように私が一歩下がると、ドン、と背中が壁に付いた。
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