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27 演技
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龍の明るい声が私を呼ぶ。
「小春ちゃん、ミートソースとペペロンチーノ、どっちがいい?」
キッチンにいる龍の方を見た。漫画に出てくる王子様やアイドルみたいに涼やかな見た目に立ち振る舞い。私のことを好きだと言い、頭がよくて怒ったりもしない。
箇条書きにすれば、とてもいい条件だ。普通だったら、飛びついてでも手に入れたくなるかもしれない。
だけど、私はいらなかった。こんなことをした龍を、どう頑張っても心から好きになんてなれない。
だったら、ふりをするのはどうだろう。考えてみたけど、今の状態で私が従う素振りを見せても、龍は嘘なんてすぐに見抜くかもしれない。
見抜いたらきっと、龍は私が本心から従っていると龍が納得するまで、同じことを繰り返すんだろう。今度こそ、完膚なきまでに征服するべく。
鍋に水を注ぐ龍に、もう一度伝えた。もう耐え難かった。
「……お願い、家に帰して」
「制服が汚れたら嫌だもんね、ペペロンチーノにしよう」
また涙が零れそうになり、慌てて顔を背ける。
部長とえっちゃんに手を出されたくなくて、のこのこ付いてきてしまった。家の中に入ってしまったのは、完全に失敗だ。
もっとちゃんと考えるべきだったのに。春彦に隙だらけだ迂闊だって言われても仕方ない。
でも、部長は私が龍に連れ去られたことを知っている。部長が学校か警察に飛び込んで私の家に連絡をしてくれていたら、えっちゃんに辿り着くんじゃないか。
えっちゃんは、龍の名前も住んでいるマンションも知っている。だから頑張って粘れば、その内助けが現れる。うん、きっとそうだ。
ない頭をフル回転させて、どうしたらここから出られるかを考え続けた。反抗的なことを言っても、龍はなかったことのようにスルーする。ここはやっぱり、龍に従うふりをしてみた方がいいのかもしれない。
恋人に戻ったふりをすれば、騙されて解放してくれるんじゃないか。
この場から問題なく出られる最善で最短の方法のような気がしてきた。私は心の中でひとつ頷くと、今度こそ失敗しないように手順を考えていく。
龍に逆らわず、従順に従っている風に見えるには、どうしたらいいだろう。怖がってないよ、龍に好意を持っているんだよ、と振る舞うには。
――そう、笑顔だ。
「小春ちゃん、お待たせ」
大皿にホカホカのペペロンチーノを乗せて、龍が戻ってきた。取皿とフォークも持ってくると、ソファーに寝転がっていた私を支え起こす。
取皿にペペロンチーノを盛ると、様子を窺っている笑みを浮かべつつ、私の口にフォークを近付けた。
「その手じゃ食べられないもんね。はい、あーん」
あくまで手の拘束は取らないつもりらしい。お腹が空いているのは事実だったし、演技をするなら焦りは禁物だ。
私は意を決して大人しく口を開けると、龍の目に明らかに歓喜が宿るのが分かった。
――だけど、オーラは相変わらずの白。どうしてなんだろう。この白の意味は、何なんだろう。
口に入れられたペペロンチーノは思ったよりも辛くて、思わずむせる。すると龍はペットボトルのキャップを開け、私の口に当てた。
入り込んでくる水の勢いが強すぎて、口の端から垂れる。と、龍はこれまた嬉しそうに顎まで垂れた水を指の腹で掬い取ると、自分の口に含んでしまった。
う、という嫌悪の声は、幸いにもペペロンチーノの辛さでむせている風に見せかけることができた。
この人、大分変態だ。まごうことない変態だ。奇声を発したくなったけど、辛うじて堪える。
どうにかペペロンチーノを完食すると、微笑みながら食器を片付けにキッチンへ向かった龍が、不気味な崇拝するような微笑みを浮かべながら足早に戻ってきてしまった。
……そんなに急がなくていいよ。
ルンルンという擬音が聞こえてきそうな歩き方に、もう何度目かの嫌悪感に襲われる。落ち着いているのかと思えば途端に子供みたいな一面を見せられても、龍を可愛いとは思えなかった。
勿論こういうギャップが好きな人もいるんだろうけど、少なくとも私は遠慮願いたい。背伸びはいいけど、退化はちょっと。
龍は私の前に躊躇なく座ると、さっきと同じように人の胸に頬をくっつける。ヒイッと小さな悲鳴が漏れそうになったけど、必死で耐え抜いた。頑張った、私。
自分の胸に心を許していない人間の顔が押し付けられるのは、はっきり言って不快でしかない。反対を言えば、一体何を以て龍は私に心を許しているんだろうか。
龍のことだから、私なら何をしても許されるとでも思っているのかもしれない。だって、きっと私をコントロール下に置けると思っているだろうから。
私の心情とは対照的に、龍は幸せそうなうっとりとした表情で私を上目遣いで見る。眼福顔だけに、不気味で仕方なかった。ああ、叫びながらこの顔を思い切り突き飛ばして今すぐに逃げたい。
でもそれをやった途端、きっと龍は私を征服するべく即行動に移すんだろう。
もう分かっていた。龍は私に好かれるつもりはない。支配するつもりでいるんだと。
とにかく今は、従順になったフリを貫くしかない。私は覚悟を決めた。いけ、名女優になるんだ、小春!
「……僕、小春ちゃんといるとすごく安心するんだ」
「そ、そうなの?」
お、なかなか優しい声を出せたかもしれない。
私の声のトーンが変わったのが、龍にも分かったんだろう。期待が込められていそうな目で、私をじっと見上げる。あんまり見られると、嘘がバレそうだ。早くどこか他を見てほしい。
「小春ちゃん。もしかして、僕とのことを考え直してくれたのかな」
「う、うん」
息をする様に嘘を吐くんだ、私の口よ。微妙かもしれないけど努力して笑みを浮かべると、龍がキラキラした瞳で嬉しそうに笑い返した。おお、成功した。
これまで私は、はっきり言って殆ど引きつった愛想笑いしか龍に見せてこなかった。その蓄積が、今の状況に役立っているんじゃないか。いいんだか悪いんだかは、正直微妙だけど。
「もう一回、僕とやり直してくれる?」
「う、うん」
「本当!?」
満面の笑みを浮かべた龍は、私の大してない胸にぐりぐりと頬を擦り付ける。ひ、ひいいっ! ……これはもしかして、甘えているのか。嫌だ、気持ち悪い。私に母性を期待しないでほしい。
「嬉しい……! 小春ちゃん、僕さ、最初の時は格好つけちゃって、君に全然自分を見せようとしてなかった。でも、今度はちゃんと見せるから!」
あれは格好つけていたのか。相変わらず、胸には龍の顔が押し付けられている。もうどうしたらいいか分からなくて、とにかく心を無にしようと思った。心頭滅却すれば火もまた涼しだ。
でも、龍が喋る度に胸に生暖かい息が吹きかけられて、気持ち悪くて泣きそうだ。無理、やっぱり無理。
「僕さ、子供の頃から勉強しか取り柄がなくて、親に褒められたくて、その為だけに頑張ってきたんだ」
龍が突然、何かを語り出した。
「小春ちゃん、ミートソースとペペロンチーノ、どっちがいい?」
キッチンにいる龍の方を見た。漫画に出てくる王子様やアイドルみたいに涼やかな見た目に立ち振る舞い。私のことを好きだと言い、頭がよくて怒ったりもしない。
箇条書きにすれば、とてもいい条件だ。普通だったら、飛びついてでも手に入れたくなるかもしれない。
だけど、私はいらなかった。こんなことをした龍を、どう頑張っても心から好きになんてなれない。
だったら、ふりをするのはどうだろう。考えてみたけど、今の状態で私が従う素振りを見せても、龍は嘘なんてすぐに見抜くかもしれない。
見抜いたらきっと、龍は私が本心から従っていると龍が納得するまで、同じことを繰り返すんだろう。今度こそ、完膚なきまでに征服するべく。
鍋に水を注ぐ龍に、もう一度伝えた。もう耐え難かった。
「……お願い、家に帰して」
「制服が汚れたら嫌だもんね、ペペロンチーノにしよう」
また涙が零れそうになり、慌てて顔を背ける。
部長とえっちゃんに手を出されたくなくて、のこのこ付いてきてしまった。家の中に入ってしまったのは、完全に失敗だ。
もっとちゃんと考えるべきだったのに。春彦に隙だらけだ迂闊だって言われても仕方ない。
でも、部長は私が龍に連れ去られたことを知っている。部長が学校か警察に飛び込んで私の家に連絡をしてくれていたら、えっちゃんに辿り着くんじゃないか。
えっちゃんは、龍の名前も住んでいるマンションも知っている。だから頑張って粘れば、その内助けが現れる。うん、きっとそうだ。
ない頭をフル回転させて、どうしたらここから出られるかを考え続けた。反抗的なことを言っても、龍はなかったことのようにスルーする。ここはやっぱり、龍に従うふりをしてみた方がいいのかもしれない。
恋人に戻ったふりをすれば、騙されて解放してくれるんじゃないか。
この場から問題なく出られる最善で最短の方法のような気がしてきた。私は心の中でひとつ頷くと、今度こそ失敗しないように手順を考えていく。
龍に逆らわず、従順に従っている風に見えるには、どうしたらいいだろう。怖がってないよ、龍に好意を持っているんだよ、と振る舞うには。
――そう、笑顔だ。
「小春ちゃん、お待たせ」
大皿にホカホカのペペロンチーノを乗せて、龍が戻ってきた。取皿とフォークも持ってくると、ソファーに寝転がっていた私を支え起こす。
取皿にペペロンチーノを盛ると、様子を窺っている笑みを浮かべつつ、私の口にフォークを近付けた。
「その手じゃ食べられないもんね。はい、あーん」
あくまで手の拘束は取らないつもりらしい。お腹が空いているのは事実だったし、演技をするなら焦りは禁物だ。
私は意を決して大人しく口を開けると、龍の目に明らかに歓喜が宿るのが分かった。
――だけど、オーラは相変わらずの白。どうしてなんだろう。この白の意味は、何なんだろう。
口に入れられたペペロンチーノは思ったよりも辛くて、思わずむせる。すると龍はペットボトルのキャップを開け、私の口に当てた。
入り込んでくる水の勢いが強すぎて、口の端から垂れる。と、龍はこれまた嬉しそうに顎まで垂れた水を指の腹で掬い取ると、自分の口に含んでしまった。
う、という嫌悪の声は、幸いにもペペロンチーノの辛さでむせている風に見せかけることができた。
この人、大分変態だ。まごうことない変態だ。奇声を発したくなったけど、辛うじて堪える。
どうにかペペロンチーノを完食すると、微笑みながら食器を片付けにキッチンへ向かった龍が、不気味な崇拝するような微笑みを浮かべながら足早に戻ってきてしまった。
……そんなに急がなくていいよ。
ルンルンという擬音が聞こえてきそうな歩き方に、もう何度目かの嫌悪感に襲われる。落ち着いているのかと思えば途端に子供みたいな一面を見せられても、龍を可愛いとは思えなかった。
勿論こういうギャップが好きな人もいるんだろうけど、少なくとも私は遠慮願いたい。背伸びはいいけど、退化はちょっと。
龍は私の前に躊躇なく座ると、さっきと同じように人の胸に頬をくっつける。ヒイッと小さな悲鳴が漏れそうになったけど、必死で耐え抜いた。頑張った、私。
自分の胸に心を許していない人間の顔が押し付けられるのは、はっきり言って不快でしかない。反対を言えば、一体何を以て龍は私に心を許しているんだろうか。
龍のことだから、私なら何をしても許されるとでも思っているのかもしれない。だって、きっと私をコントロール下に置けると思っているだろうから。
私の心情とは対照的に、龍は幸せそうなうっとりとした表情で私を上目遣いで見る。眼福顔だけに、不気味で仕方なかった。ああ、叫びながらこの顔を思い切り突き飛ばして今すぐに逃げたい。
でもそれをやった途端、きっと龍は私を征服するべく即行動に移すんだろう。
もう分かっていた。龍は私に好かれるつもりはない。支配するつもりでいるんだと。
とにかく今は、従順になったフリを貫くしかない。私は覚悟を決めた。いけ、名女優になるんだ、小春!
「……僕、小春ちゃんといるとすごく安心するんだ」
「そ、そうなの?」
お、なかなか優しい声を出せたかもしれない。
私の声のトーンが変わったのが、龍にも分かったんだろう。期待が込められていそうな目で、私をじっと見上げる。あんまり見られると、嘘がバレそうだ。早くどこか他を見てほしい。
「小春ちゃん。もしかして、僕とのことを考え直してくれたのかな」
「う、うん」
息をする様に嘘を吐くんだ、私の口よ。微妙かもしれないけど努力して笑みを浮かべると、龍がキラキラした瞳で嬉しそうに笑い返した。おお、成功した。
これまで私は、はっきり言って殆ど引きつった愛想笑いしか龍に見せてこなかった。その蓄積が、今の状況に役立っているんじゃないか。いいんだか悪いんだかは、正直微妙だけど。
「もう一回、僕とやり直してくれる?」
「う、うん」
「本当!?」
満面の笑みを浮かべた龍は、私の大してない胸にぐりぐりと頬を擦り付ける。ひ、ひいいっ! ……これはもしかして、甘えているのか。嫌だ、気持ち悪い。私に母性を期待しないでほしい。
「嬉しい……! 小春ちゃん、僕さ、最初の時は格好つけちゃって、君に全然自分を見せようとしてなかった。でも、今度はちゃんと見せるから!」
あれは格好つけていたのか。相変わらず、胸には龍の顔が押し付けられている。もうどうしたらいいか分からなくて、とにかく心を無にしようと思った。心頭滅却すれば火もまた涼しだ。
でも、龍が喋る度に胸に生暖かい息が吹きかけられて、気持ち悪くて泣きそうだ。無理、やっぱり無理。
「僕さ、子供の頃から勉強しか取り柄がなくて、親に褒められたくて、その為だけに頑張ってきたんだ」
龍が突然、何かを語り出した。
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