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26 勝手な言い分
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怒りのあまり、半トーン低くなった声で龍に呼びかけた。
「――あのさ、龍くん」
「なあに? 小春ちゃん」
「龍くんはさっきから自分のことばっかりだけど、私、恋愛対象として好きになれなかったって言ったよね?」
龍は、笑顔のまま答えない。まさかの聞こえないふりか。益々苛々が募ってきた。
こうなったら、奥の手だ。怒りのお陰で少し饒舌になってきた私は、龍の間違いを指摘していこうと方向転換を決める。さっきから龍のペースにはまっていたことに、今更ながらに気付いたのだ。
「そもそも、相性ってあると思うんだ。私ズボラだし、龍くんが私にどんな幻想を抱いてるのかは知らないけど、多分それ間違ってるよ」
「はは、小春ちゃんてズボラなの?」
龍が、目を細めてくすくすと笑う。ちっとも信じていなそうだ。どれだけ私に幻想を抱いているんだろうか。
と、私は「待てよ、出すならここじゃないか」とえっちゃんの言葉を自分のものとして捻じ込むことを思いつく。天才的閃きかもしれない。
「そうだよズボラだよ! ポテチはベッドの上で食べる主義だし!」
無事に生還したら、えっちゃんにネタを使わせてもらったお陰で逃げのびたと伝えよう。だからお願い、是非ドン引きして下さい。
「小春ちゃんってば。ふふ、ふふふ……っ」
だけど私の祈りは虚しく、龍は可笑しそうに笑っただけだった。
「ポテチをベッドの上で食べるの? 子供みたいで可愛いね」
目尻から涙がちょっと見えているのが、また腹が立つ。この人、ちょっと私を馬鹿にし過ぎじゃないか。
でもいい。この際、とことん馬鹿にしてもらって、優秀なのだろう龍とは釣り合わない人間だと思ってもらった方が断然いい。
「そうだよ、あり得ないよね! 私はそれくらいダラけてる人間なんだよ!」
「ポテチか。食べたことないけど、小春ちゃんが好きなら買ってこようか?」
ポテチ食べたことないの! という驚きの声が漏れそうになった。いや、どんな生活したらポテチを食さない生活を送れるんだろう。信じられなかった。
「ベッドの上で食べたいなら、ベッドに連れて行って食べさせてあげるよ」
そういうことを言っているんじゃない。間違ってもベッドには連れて行くな。やばい匂いしかしないから。
すると龍は、更にとんでもない提案をしてきた。
「大丈夫だよ小春ちゃん。そんなところもひっくるめて、全部僕が君の面倒を見てあげるから」
「は……?」
介護? 介護でもするつもりか。全く以て意味が分からない。今日私は一体何回「意味が分からない」と思ったんだろう。もう数え切れなかった。
人の腰に腕をべったりと回したまま、フフフと龍が微笑んだ。さり気なくお尻も触られた気がする。
眼福級の笑顔だけど、これはやっぱり眼福で収めておくべき種類のやつだった。初回の直感を信じなかった自分の迂闊さを、心底後悔する。次からは直感を信じよう。次がくるかは分からないけど。
「君はただ僕の隣にいてくれればいいんだ。任せて」
繰り返すけど、そういうことを言ってるんじゃない。やっぱりいつの間にか論点がすり替わっているし。
あまりにも意思の疎通ができないことに呆れ過ぎてしまい、声が出なかった。
「小春ちゃん、どうしたら僕を好きになってくれるかな」
龍の目に、更に熱が宿る。龍は腕に力を込めると私の上半身を引き寄せ、すり、と大してない私の胸部に幸せそうに頬を付けた。ひいっ。
頬で胸を強く押されて、文字通り固まる。私の視線に気付いた龍は、頬を興奮気味に赤らめた。
「小春ちゃん、柔らかくて温かいね」
ない。あり得ない。
嫌悪感と同時に、少しばかり忘れていた恐怖が押し寄せてくる。
いや、いいから。こういうのは好きな人とやるから。とりあえず恐怖を感じている相手とするやつじゃない。
私が更に固まり続けていると、龍はそれをどう受け取ったのか、先を続けた。
「小春ちゃん、僕のこと好きに……」
熱っぽい目で龍がそう尋ねてきた瞬間。
私の腹がギュルルルルルル、と物凄い音を立てた。
至近距離で腹の虫が鳴く声を聞かされた龍の目が、点になった。次いでフッと可笑しそうに笑うと、私から離れていく。
――離れてくれた。
安堵のあまり、崩れ落ちそうになった。
よくやった、私の腹の虫。恥ずかしさよりも、健康的な自分の身体への感謝が上回った瞬間だった。
「ご飯作ってあげるよ。パスタくらいしかないけど」
今がチャンスだとばかりに、平然を装い短く答える。
「家に帰ってご飯食べる」
本当は、身を縮こまらせて膝を抱えて内に閉じこもりたかった。もう無理、家に帰して解放してと、泣いて懇願したかった。
だけどそれをやったらもう龍から逃げられない気がして、全力で虚勢を張り続ける。
「これ、解いて」
龍は私のすぐ目の前に立つと、私の顎を持ち上げて上を向かせた。
「話し合い、終わってないでしょ」
「長引くなら、また今度にしようよ」
とりあえず何か提案したらもしかして乗ってくれないかと淡い期待を抱きつつ、怖がる素振りなんておくびにも出さずに言う。
龍が片膝をソファーに乗せた。ゆっくりと顔を近付けてくる。
またされる――! 咄嗟に口をぎゅっとつぐんで力を込めると、龍は私を見て少し悲しそうな表情になった。でも、オーラは相変わらず真っ白のままだ。
これはもしかして、悲しそうな顔をしているだけなんじゃ。そんな考えが脳裏をよぎる。
龍の手が離れていった。
「十分話し合って、君が僕を好きになってくれるって約束してくれたらおうちに帰してあげるよ」
龍の勝手すぎる言葉に唖然とする。
「な……っ! 話が違うじゃない!」
「ご飯、食べさせてあげるね」
全く話を聞かない龍の態度に、本気で目眩がしてきた。
龍は鼻歌を歌いながらキッチンへと向かう。龍の後ろ姿を見ている内にじわりと涙が込み上げてきてしまい、涙を隠す為にバフッとソファーに顔を押し付けた。
どうしよう。どうしたらいいんだろう。このまま龍に、また付き合うと、貴方のことを好きになるからと約束すれば解放してもらえるんだろうか。
考えても、やっぱり何も分からなかった。
「――あのさ、龍くん」
「なあに? 小春ちゃん」
「龍くんはさっきから自分のことばっかりだけど、私、恋愛対象として好きになれなかったって言ったよね?」
龍は、笑顔のまま答えない。まさかの聞こえないふりか。益々苛々が募ってきた。
こうなったら、奥の手だ。怒りのお陰で少し饒舌になってきた私は、龍の間違いを指摘していこうと方向転換を決める。さっきから龍のペースにはまっていたことに、今更ながらに気付いたのだ。
「そもそも、相性ってあると思うんだ。私ズボラだし、龍くんが私にどんな幻想を抱いてるのかは知らないけど、多分それ間違ってるよ」
「はは、小春ちゃんてズボラなの?」
龍が、目を細めてくすくすと笑う。ちっとも信じていなそうだ。どれだけ私に幻想を抱いているんだろうか。
と、私は「待てよ、出すならここじゃないか」とえっちゃんの言葉を自分のものとして捻じ込むことを思いつく。天才的閃きかもしれない。
「そうだよズボラだよ! ポテチはベッドの上で食べる主義だし!」
無事に生還したら、えっちゃんにネタを使わせてもらったお陰で逃げのびたと伝えよう。だからお願い、是非ドン引きして下さい。
「小春ちゃんってば。ふふ、ふふふ……っ」
だけど私の祈りは虚しく、龍は可笑しそうに笑っただけだった。
「ポテチをベッドの上で食べるの? 子供みたいで可愛いね」
目尻から涙がちょっと見えているのが、また腹が立つ。この人、ちょっと私を馬鹿にし過ぎじゃないか。
でもいい。この際、とことん馬鹿にしてもらって、優秀なのだろう龍とは釣り合わない人間だと思ってもらった方が断然いい。
「そうだよ、あり得ないよね! 私はそれくらいダラけてる人間なんだよ!」
「ポテチか。食べたことないけど、小春ちゃんが好きなら買ってこようか?」
ポテチ食べたことないの! という驚きの声が漏れそうになった。いや、どんな生活したらポテチを食さない生活を送れるんだろう。信じられなかった。
「ベッドの上で食べたいなら、ベッドに連れて行って食べさせてあげるよ」
そういうことを言っているんじゃない。間違ってもベッドには連れて行くな。やばい匂いしかしないから。
すると龍は、更にとんでもない提案をしてきた。
「大丈夫だよ小春ちゃん。そんなところもひっくるめて、全部僕が君の面倒を見てあげるから」
「は……?」
介護? 介護でもするつもりか。全く以て意味が分からない。今日私は一体何回「意味が分からない」と思ったんだろう。もう数え切れなかった。
人の腰に腕をべったりと回したまま、フフフと龍が微笑んだ。さり気なくお尻も触られた気がする。
眼福級の笑顔だけど、これはやっぱり眼福で収めておくべき種類のやつだった。初回の直感を信じなかった自分の迂闊さを、心底後悔する。次からは直感を信じよう。次がくるかは分からないけど。
「君はただ僕の隣にいてくれればいいんだ。任せて」
繰り返すけど、そういうことを言ってるんじゃない。やっぱりいつの間にか論点がすり替わっているし。
あまりにも意思の疎通ができないことに呆れ過ぎてしまい、声が出なかった。
「小春ちゃん、どうしたら僕を好きになってくれるかな」
龍の目に、更に熱が宿る。龍は腕に力を込めると私の上半身を引き寄せ、すり、と大してない私の胸部に幸せそうに頬を付けた。ひいっ。
頬で胸を強く押されて、文字通り固まる。私の視線に気付いた龍は、頬を興奮気味に赤らめた。
「小春ちゃん、柔らかくて温かいね」
ない。あり得ない。
嫌悪感と同時に、少しばかり忘れていた恐怖が押し寄せてくる。
いや、いいから。こういうのは好きな人とやるから。とりあえず恐怖を感じている相手とするやつじゃない。
私が更に固まり続けていると、龍はそれをどう受け取ったのか、先を続けた。
「小春ちゃん、僕のこと好きに……」
熱っぽい目で龍がそう尋ねてきた瞬間。
私の腹がギュルルルルルル、と物凄い音を立てた。
至近距離で腹の虫が鳴く声を聞かされた龍の目が、点になった。次いでフッと可笑しそうに笑うと、私から離れていく。
――離れてくれた。
安堵のあまり、崩れ落ちそうになった。
よくやった、私の腹の虫。恥ずかしさよりも、健康的な自分の身体への感謝が上回った瞬間だった。
「ご飯作ってあげるよ。パスタくらいしかないけど」
今がチャンスだとばかりに、平然を装い短く答える。
「家に帰ってご飯食べる」
本当は、身を縮こまらせて膝を抱えて内に閉じこもりたかった。もう無理、家に帰して解放してと、泣いて懇願したかった。
だけどそれをやったらもう龍から逃げられない気がして、全力で虚勢を張り続ける。
「これ、解いて」
龍は私のすぐ目の前に立つと、私の顎を持ち上げて上を向かせた。
「話し合い、終わってないでしょ」
「長引くなら、また今度にしようよ」
とりあえず何か提案したらもしかして乗ってくれないかと淡い期待を抱きつつ、怖がる素振りなんておくびにも出さずに言う。
龍が片膝をソファーに乗せた。ゆっくりと顔を近付けてくる。
またされる――! 咄嗟に口をぎゅっとつぐんで力を込めると、龍は私を見て少し悲しそうな表情になった。でも、オーラは相変わらず真っ白のままだ。
これはもしかして、悲しそうな顔をしているだけなんじゃ。そんな考えが脳裏をよぎる。
龍の手が離れていった。
「十分話し合って、君が僕を好きになってくれるって約束してくれたらおうちに帰してあげるよ」
龍の勝手すぎる言葉に唖然とする。
「な……っ! 話が違うじゃない!」
「ご飯、食べさせてあげるね」
全く話を聞かない龍の態度に、本気で目眩がしてきた。
龍は鼻歌を歌いながらキッチンへと向かう。龍の後ろ姿を見ている内にじわりと涙が込み上げてきてしまい、涙を隠す為にバフッとソファーに顔を押し付けた。
どうしよう。どうしたらいいんだろう。このまま龍に、また付き合うと、貴方のことを好きになるからと約束すれば解放してもらえるんだろうか。
考えても、やっぱり何も分からなかった。
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