賽の河原の拾い物

ミドリ

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24 ポンコツ

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 突然のキスに驚きすぎて、一瞬反応が遅れる。

「!」

 しまった、と思った時にはもう遅い。

 唇の裏の肉が痛くなるくらいに唇を強く押し付けられて、鼻でふんすふんすと必死に息を繰り返すしかできなくなってしまった。お互いの歯がガチりとぶつかる、嫌な音がする。

 顔を左右に逃し、避けようと努力してみた。でも、ソファーの背もたれに顔を押されて、あっという間に逃げ場を失くす。

「んー! んんんん!」

 なんとかキスから抜け出ようと拳で押し戻そうとしたら、あっさりと両手首を片手で摑まれてしまった。驚愕に目を見開くと、私の目を何かを探すように見ている龍と、目が合う。

 ――まさか、これを狙ってたのか。

 もう一本出てきた結束バンドで、抵抗も虚しく手首も拘束された。

 ……どうしよう。非常に拙い状況になってしまった。

 龍はようやく私の手首を離すと、私に跨ったまま上体を起こす。どういう心理からくるものなのか、龍はにこりと目元を緩ませると、仰向けにされた私の顔に両手を伸ばしてきた。

 龍が買ってくれた伊達眼鏡を、スッと取り外す。

「わっ」

 心構えする前に眼鏡を奪われてしまい、龍の眩いオーラを直視してしまった。視界がホワイトアウトして、クラクラと目が回る。

 今、目を閉じたら拙いんじゃ。焦燥感を覚えながらも、他に選択肢はない。早めの視力回復の為に、ぎゅっと目を閉じ瞼の奥が落ち着くまで待った。

 早く、早く、と心の中で祈りながら、ゆっくりと瞼を開く。まだチカチカしているけど、これはオーラの残像じゃなくて今見えているものだろう。

 瞬きを繰り返している私に、龍がクス、と笑いながら声を掛けてきた。

「大丈夫?」

 私の上から退くと、背中に手を差し込み優しく起こす。私の両足をひょいと持ち上げ床に下ろすと、捲れ上がったスカートも直してくれた。――あれ?

 何かそれ系のことをするつもりは、少なくとも今のところはないらしい。焦燥感が少しだけ薄れると同時に、安堵で脱力しそうになった。

 本当に色気がなくてよかった。心の底から自分の色気のなさに感謝した瞬間だった。

 ペラッペラよりもボリューミーな方がやっぱり世の主流なんだ、きっとそうだ、と心の中で小さくガッツポーズを取る。

 龍はそそくさとソファーから降りると、突然私の膝の前に跪いた。

 ……何やってるんだろう。

 龍の脈絡のない行動に、ただ目で追うことしかできない。

 固く握り締めた私の拳を、龍はまるで卵でも包むかのように両手でそっと包み込んだ。神に祈りでも捧げるかのような恍惚とした表情を浮かべながら、私を見上げる。

「小春ちゃん、僕は今何色をしてる?」
「は?」

 この期に及んで、まだ色を聞いてきた。

 龍の意図が全く読めない。

 漫画の王子みたいに涼やかで端正な顔を、そこから何か違う感情が読み取れないかと探ってみる。でもやっぱり龍からは、私に対するわざとらしい好意らしきものしか感じられなかった。

 それだって、龍が目をキラキラさせて私を見ていることから推測しただけにすぎない。後光が眩しくて余計そう見えているだけなのかもしれないけど。

 自分の察知能力の情けなさに、いい加減嫌気が差してきた。オーラを視る能力が使えないと、ここまで人の気持ちを想像することもできないのか。

 オーラが視えるようになって以降、オーラで感情を読み取れなかったのは龍だけだった。春彦はそもそもオーラが見えないけど、あいつの場合は生まれた時からの仲なので、行動パターンからある程度察することができる。

 つまり、今の私にとってこの世で一番読めない人間は、元彼で現ストーカー紛いの龍ひとりだった。ひと月もの間一緒に過ごして、何も知れなかったということになる。自分のポンコツさ加減に、さすがに凹んだ。

「小春ちゃん?」

 だけど、凹んでいても状況は変わらない。私の手足は結束バンドで拘束されていて、龍は瞳を輝かせながら私の手を握り締めている真っ最中なんだから。

 意を決して、会話を進めることにした。龍の考えが分からない以上、会話から探っていくしか私が無事に帰れる方法はない。

「し、白、だよ」

 途端、少し緊張したように見えた龍の顔に、プレゼントを貰って喜んでいるような本当に嬉しそうな笑みが浮かぶ。……あれ、こんな顔もできたんだ。意外。

「本当? よかった、ちょっとビクビクしてたんだよね」

 えへへと照れくさそうに笑う龍は、無邪気な子供みたいだった。

「ビクビク? な、なんで?」

 慎重に、受け答えていく。

 これまで、オーラなんてただ邪魔なものだと思ってた。だけど実際は、相手の感情の起伏を読み取る為にかなり利用していたんだろう。龍が読めないことがこんなにも怖いのは、きっとそれが理由だ。

 オーラが見えない人間には当たり前のことなのに、私は相手の表情や仕草から察する努力を怠っていたのかもしれない。

「だって、しばらく小春ちゃんに会えなかったでしょ?」
「うん……?」

 首を傾げると、龍は私の手を龍の口元に引き寄せ、幸せそうに頬を寄せた。うわ、と思ったけど、手を引いて怒らせたら拙い。必死で引っ込めないように努力した。

「ええと、どういうことか、聞いてもいい?」

 言ってることが全然分からなくて、言葉を選びながら問い返す。龍の言葉はいつも私には理解し辛くて、聞き返しても馬鹿にされる気がして、次第に笑って誤魔化すようになっていた。

 いつの間にか理解することを放棄していたのは、私がぐうたらなせいなのかな。

 そういえば、と春彦の姿を思い浮かべる。春彦のオーラはそもそも見えないけど、あいつはいつも分かりやすい言葉を選んでくれていた気がする。時にはグサッと突き刺さるくらい直接的だけど、伝わらなかったことはないんじゃないか。

 多分、私があまり深読みしないタイプの人間だから、はっきり口に出して言わないと通じないと身を以て知っているんだろう。

 だから春彦は、私に察してくれなんて言わない。毎回遠慮のない言葉と態度で、春彦が何をどう思っているのかを伝えてくれていたから。

 そうでなければ、ただの幼馴染みに対してもっと自分との時間を作ってだなんて言わないだろう。

 だけど、龍は違う。龍の白いオーラは不変で、今も一切ぶれていない。オーラと同様に、龍の感情が昂ったところなんて一度も見たことがなかった。

 こんなことをしている今も、だ。

 常日頃オーラで相手の機嫌をチラ見するのに慣れていた私にとって、龍は全く読めない人間だった。だからこそこの人に興味を持ったのかもしれないなと、本当に今更ながら思った。

 龍は幸せそうに微笑みながら、頬を私の手に押し付けたまま答える。

「うん? だからね、僕のオーラの色が会わない間に変わってたらって心配していたんだ」
「心配? なんで?」

 一応、会話にはなっている。話を沢山しようよと散々誘われて、全て断ってきた代償が今のこの状況なんだとしたら、私はどうすればよかったんだろう。

「前も言ったけど、僕は小春ちゃんにずっと見つめられていたいんだ」
「だから、それはなんで」

 ひとつひとつ、言葉を慎重に選びながら問いを重ねていく。龍は怒らないけど、笑顔のまま何をするか分からない恐ろしさがあるから。

 龍は目元を緩ませながら、私の頬に両手を伸ばしてきた。
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