賽の河原の拾い物

ミドリ

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23 拘束

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 龍が、私の両足を抱えた。

 私に背中を見せながら、腰でぐいぐい私をソファーの背もたれに押しつけていく。

 龍の背中が上から私の上半身を押し潰してしまい、私はソファーから抜け出せなくなってしまった。

「ちょっと!」

 必死で龍の背中を叩いても、びくともしない。見た目はほっそりしているのに、何て馬鹿力だ。

 龍は細いから、何となく頑張ればパワーでも勝てるかもしれないと思っていた。だけど、本気を出した男性相手に勝てる訳がなかったんだ。

 考えてみればすぐに分かったことなのに、ここでも私は迂闊さを露見させる。

 事故に遭った際の中一の時の春彦の力だって、とんでもないものがあったのに。

 春彦と違って、自分と同じくらいの重さの人間を抱えて走るなんて、私にはきっとできない。今になってそんな簡単なことに気付くんだから、春彦が私を心配する筈だ。

 隙だらけだと散々言われたことが、骨身に染みる。ごめんなさいと謝りたくても、春彦は私の隣にいない。

 春彦がいる窓を覗ける自分の部屋が、狂おしいほどに恋しくなった。

「――離して!」

 バシバシと、龍の背中を叩き続ける。でも、龍の拘束する力は弱まらない。

 思い切り叩かれているのに、にっこりと笑われるこの恐怖。

「小春ちゃん、暴れないでってば」
「やだってば!」

 一見穏やかそうで乱暴なんて無縁そうな外見の龍だって、しっかり男性だった。一旦気付いてしまうと、麻痺していた恐怖心が怒涛のように押し寄せてくる。

 暴れて身体は熱を発している筈なのに、冷水を浴びたようにひやりと感じ、非現実感に襲われた。

 どうしよう、泣きたい。でもきっと、泣いたら龍は勝ち誇る。ぐっと腹筋に力を込めて堪えると、泣く力を暴れる力に変換した。

「やめてって言ってるでしょ!」
「落ち着いてよ小春ちゃん」

 落ち着けるか馬鹿! と心の中で叫んだ。でも、いくら叩いてもやっぱり効果は見えない。ふと、思いついた。手で駄目なら、足の力ならいけるんじゃないか。

 まだ諦めたくない。目一杯足をバタバタさせると、膝をあっさりと龍の脇の下に抱えられてしまった。完全に身動きが取れなくなってしまい、叫びたいし泣きたいし、頭の中はぐちゃぐちゃだ。

 万事休すとはこのことかもしれない――。春彦の心配そうな顔が、脳裏をよぎった。

 しかも、暴れたことでスカートが捲れ上がっているじゃないか。スースーする腿の感触で分かった。色んな意味で、肝が冷える。

 肩越しに、龍が苦笑する顔が覗き込んできた。でた、僕は余裕ですからなその表情。噛みついてやりたい。

 キッと睨みつけると、龍が悲しそうな溜息を吐いた。

「何もしないよ、話をする準備をしているだけだから」
「話をするのに押さえつけなくたっていいでしょ! いい加減、離してよ!」

 足が駄目なら全力で暴れてやる! と私が全身を使って暴れ出すと、ここにきて初めて龍のこめかみが苛ついたようにピクリと反応する。――ひっ。

「――大人しくしないと、痛くなっちゃうよ」

 冷え冷えとした声に、身体が固まった。思わず動きを止めた私の足首に、いつの間に用意していたんだろう、龍が持っていたタオルをぐるぐると巻きつけ始める。

「ちょ……っ」
「動かないでね。痛くしたくないから」

 いやいやいや、発想が危なすぎる。縛る気満々じゃないの。ゾゾゾ、と背筋から脳天まで悪寒が走った。

 拘束から逃れなくちゃ。再び暴れた膝が龍に強く当たると、龍が片腕で両足を締め付ける。

 龍の視線が、まくれたスカートの中に注がれた。色気もくそもないストライプのショーツだ。このまま色気がないと思ってほしい、と切実に願った。願うしかできなかった。

「小春ちゃん、下着が見えちゃってるよ。大人しくしないと、ね?」

 大して興奮した様子もなく、足首にぎゅうぎゅうにタオルを巻きつけてくる。

 ゴソゴソ、とポケットをまさぐっていたかと思うと、取り出されたのは白いプラスチックの紐らしきもの。――結束バンドだ。

 龍は細い結束バンドを、タオルで巻いた足首の上に巻きつけ始めた。

「りゅ……」
「ちょっと待ってね」

 本気で拘束する気だ。心底ゾッとする。

 自分の色気のなさには感謝したけど、これはどうもそう単純な問題じゃなさそうだった。

「タオルを挟めば、多分痛くならないと思うんだよね」

「や、やめて……。話はちゃんとするから、逃げないから……」

 情けないほどに、声が震えた。反対に、龍の声は少し弾んでいる。

「どうしたの? 声が震えてるよ」
「――ッ!」

 恐怖を悟られたくなくて、怒り任せに龍の背中を叩き続けることで、必死に涙を堪えた。バンバン、と重い音が響いて、叩いている私の拳の方が痛くなってくる。

 ぎゅ、と結束バンドを縛ると、龍がくるりと振り返った。

「痛いよ、小春ちゃん」

 相変わらずの怒りなど微塵も感じられない端正な顔に、更に恐怖を煽られる。

「こ、こんなことしていいと思ってるの! こんなの……犯罪だよ!」

 私の叫び声も、龍の心までは届かなかったらしい。

 龍は切れ長な瞳を朗らかに緩ませると、いきなりガバッと私の上に跨り、肘で私の肩を押さえつけながら唇を奪ってきた。
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