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21 捕獲される
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ホームでも電車内でも、逃げる隙は窺った。
だけど龍は私の手をきつく握り締めたまま、絶対に離そうとしてくれない。
電車が揺れて龍との間に隙間ができる度、龍は手首を引っ張って私を引き戻す。
それを何度か繰り返すと、龍は私の耳元に顔を近付けて、いつもの淡々とした声で囁いた。
「まさか逃げようとしてないよね?」
伊達眼鏡の外は、相変わらず神々しく白に輝いたままだ。オーラと行動が一致してないことがこんなにも怖いなんて、知らなかった。
ごくりと唾を嚥下して、こくこくと頷く。
怯える私を見て龍が小さくフッと笑ったけど、今このタイミングで笑うポイントが一切分からない。また私を「分かってないの? 仕方ないなあ」という上から目線で見下ろしているのかもしれない。
これまで龍は、ずっとそうだったから。
どうして龍は、ここまで私に執着するんだろう。こんな態度を取られたら、好かれてないことなんて分かるだろうに。
どうしても理解できなくて、龍本人にあの時と同じようにもう一度尋ねてみようかとも思った。でも、こちらをじっと見つめる目にいつもの優しさが感じられない。声を発することも怖いし、目を合わせるのも怖い。
どうして、なんで。
心の中だけで自問自答しても、結論が出る筈もない。答えを持っている唯一の人は、目の前にいる。理解不能な存在として。
「ちゃんとくっついてよ。小春ちゃんのこと、疑いたくないんだ」
無言を返すと、龍は私のこけし頭に顎を軽く乗せて僅かに笑ったようだった。緊張で固まる私を、嘲笑ったのかもしれない。
皆が言う通り、私は所詮こけしだ。えっちゃんのようなボリューミーな胸もないし、包み込むような母性もない。隙だらけで、周りに心配ばかりかけている情けない人間だ。
そんな私の何がいいの。知りたくて口を開いても言葉は出てこないまま、また閉じるを繰り返すことしかできない。
同じ男でも、春彦が私のことを気にするのは理解できた。あの事故のように、目先のことだけ考えて突っ走る傾向が強い私は、放っておけば危険にズンズン突き進んでいってしまう。
春彦は付き合いが長いだけあって、迂闊な私がやりそうなことを熟知していた。
いつまで経っても心配で目が離せない幼馴染み、それが春彦の中の私の立ち位置だ。私がこんなだから、春彦になかなか春が訪れないのかもしれない。
だけど、龍は違う。龍は私のことは詳しくは知らない。日頃の私を龍に見せることができなかったから。
それに、私以外に龍に声を掛けた女子はいた。前に何気なく龍に尋ねたら、あははと笑っていた。あれは、相当声を掛けられている反応だ。
なのにどうして、あえて私なんだろう。他の子と私と、何がそんなに違うんだろう。
龍が私に固執する理由が理解できれば、龍の行動も理解できるんじゃないか。この期に及んで、私はまだその可能性を捨て切れていなかった。
電車が駅に停車する。反対側のドアが開き、ホームから人の波が押し寄せてきた。
龍の身体に押され、こちら側のドアに押しつけられて強制的に嗅ぐ、龍の服から香る石鹸の匂い。
以前は確かにドキドキした。だけど今は、その清廉さに恐怖すら感じる。
「次の駅で降りようね」
真上から囁くように言われ、顔を上げることもできず、返事をすることもできず、ただ目の前にある龍のシャツを見つめることしかできなかった。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。春彦の忠告を真摯に聞いておけばよかったのかもしれない。あいつは過保護だけど、言っていることは何も間違っていなかったから。
電車が次の駅に停車し、私の背中側のドアが開く。と、何故か龍が頬を赤らめた。
「家、ちょっと汚れてるけどごめんね」
その言葉で、私はこれから龍の家に連れて行かれるのだと知る。皆に散々行くなと言われたその場所に。
これは拙い。いくら何でも拙すぎる。
「あ、あのね龍くん」
ぐい、と手首を力一杯引っ張られて、私と龍はホームに降り立った。言うなら、周りに人がいる今しかない。
「い、家に帰らないと、親が心配するから!」
「僕も心配したよ」
間髪入れない返答に、総毛立つ。
「変な男がまとわりついていて、本当に心配したんだよ?」
笑顔で振り返る龍。自分は守ってあげたんだよと言っている顔だった。本気でそんなことを信じているとしたら、――どうやって龍を理解したらいいんだろう。
龍が再び私の耳元に顔を近付ける。
「小春ちゃんには痛い思いをさせたくないんだ。分かってくれるよね?」
スタンガンが入っているブレザーのポケットに、龍が手を突っ込んだ。半音下がった声で、続ける。
「君の強気なお友達も、痛いのは嫌いだろうし」
「――ッ」
ついて来なければ、えっちゃんに手を出すぞ。
優しい笑顔のまま暗に告げられた私に、これ以上何ができるだろう。
ふ、と龍が苦笑する。
「そう警戒しないでよ。小春ちゃんと、ただちゃんと話をしたかったんだ。他の人がいないところで」
私の手首を痣ができそうなほど強く掴んだまま、龍は改札へと進んでいった。
話をしたい。だとすれば、龍が何を望んでいるのかを聞き出せば、もしかしたらすぐに解放してくれるんだろうか。
ここで騒げば、私は逃げられるかもしれない。でもえっちゃんはどうなる? ずっと私を観察していた龍だ。もしかしたら、えっちゃんの自宅だって把握している可能性もあるかもしれない。
「……話が終わったら、家に帰らせて」
「うん、勿論」
龍の手に引っ張られ、龍が住む高層マンションへと向かった。
だけど龍は私の手をきつく握り締めたまま、絶対に離そうとしてくれない。
電車が揺れて龍との間に隙間ができる度、龍は手首を引っ張って私を引き戻す。
それを何度か繰り返すと、龍は私の耳元に顔を近付けて、いつもの淡々とした声で囁いた。
「まさか逃げようとしてないよね?」
伊達眼鏡の外は、相変わらず神々しく白に輝いたままだ。オーラと行動が一致してないことがこんなにも怖いなんて、知らなかった。
ごくりと唾を嚥下して、こくこくと頷く。
怯える私を見て龍が小さくフッと笑ったけど、今このタイミングで笑うポイントが一切分からない。また私を「分かってないの? 仕方ないなあ」という上から目線で見下ろしているのかもしれない。
これまで龍は、ずっとそうだったから。
どうして龍は、ここまで私に執着するんだろう。こんな態度を取られたら、好かれてないことなんて分かるだろうに。
どうしても理解できなくて、龍本人にあの時と同じようにもう一度尋ねてみようかとも思った。でも、こちらをじっと見つめる目にいつもの優しさが感じられない。声を発することも怖いし、目を合わせるのも怖い。
どうして、なんで。
心の中だけで自問自答しても、結論が出る筈もない。答えを持っている唯一の人は、目の前にいる。理解不能な存在として。
「ちゃんとくっついてよ。小春ちゃんのこと、疑いたくないんだ」
無言を返すと、龍は私のこけし頭に顎を軽く乗せて僅かに笑ったようだった。緊張で固まる私を、嘲笑ったのかもしれない。
皆が言う通り、私は所詮こけしだ。えっちゃんのようなボリューミーな胸もないし、包み込むような母性もない。隙だらけで、周りに心配ばかりかけている情けない人間だ。
そんな私の何がいいの。知りたくて口を開いても言葉は出てこないまま、また閉じるを繰り返すことしかできない。
同じ男でも、春彦が私のことを気にするのは理解できた。あの事故のように、目先のことだけ考えて突っ走る傾向が強い私は、放っておけば危険にズンズン突き進んでいってしまう。
春彦は付き合いが長いだけあって、迂闊な私がやりそうなことを熟知していた。
いつまで経っても心配で目が離せない幼馴染み、それが春彦の中の私の立ち位置だ。私がこんなだから、春彦になかなか春が訪れないのかもしれない。
だけど、龍は違う。龍は私のことは詳しくは知らない。日頃の私を龍に見せることができなかったから。
それに、私以外に龍に声を掛けた女子はいた。前に何気なく龍に尋ねたら、あははと笑っていた。あれは、相当声を掛けられている反応だ。
なのにどうして、あえて私なんだろう。他の子と私と、何がそんなに違うんだろう。
龍が私に固執する理由が理解できれば、龍の行動も理解できるんじゃないか。この期に及んで、私はまだその可能性を捨て切れていなかった。
電車が駅に停車する。反対側のドアが開き、ホームから人の波が押し寄せてきた。
龍の身体に押され、こちら側のドアに押しつけられて強制的に嗅ぐ、龍の服から香る石鹸の匂い。
以前は確かにドキドキした。だけど今は、その清廉さに恐怖すら感じる。
「次の駅で降りようね」
真上から囁くように言われ、顔を上げることもできず、返事をすることもできず、ただ目の前にある龍のシャツを見つめることしかできなかった。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。春彦の忠告を真摯に聞いておけばよかったのかもしれない。あいつは過保護だけど、言っていることは何も間違っていなかったから。
電車が次の駅に停車し、私の背中側のドアが開く。と、何故か龍が頬を赤らめた。
「家、ちょっと汚れてるけどごめんね」
その言葉で、私はこれから龍の家に連れて行かれるのだと知る。皆に散々行くなと言われたその場所に。
これは拙い。いくら何でも拙すぎる。
「あ、あのね龍くん」
ぐい、と手首を力一杯引っ張られて、私と龍はホームに降り立った。言うなら、周りに人がいる今しかない。
「い、家に帰らないと、親が心配するから!」
「僕も心配したよ」
間髪入れない返答に、総毛立つ。
「変な男がまとわりついていて、本当に心配したんだよ?」
笑顔で振り返る龍。自分は守ってあげたんだよと言っている顔だった。本気でそんなことを信じているとしたら、――どうやって龍を理解したらいいんだろう。
龍が再び私の耳元に顔を近付ける。
「小春ちゃんには痛い思いをさせたくないんだ。分かってくれるよね?」
スタンガンが入っているブレザーのポケットに、龍が手を突っ込んだ。半音下がった声で、続ける。
「君の強気なお友達も、痛いのは嫌いだろうし」
「――ッ」
ついて来なければ、えっちゃんに手を出すぞ。
優しい笑顔のまま暗に告げられた私に、これ以上何ができるだろう。
ふ、と龍が苦笑する。
「そう警戒しないでよ。小春ちゃんと、ただちゃんと話をしたかったんだ。他の人がいないところで」
私の手首を痣ができそうなほど強く掴んだまま、龍は改札へと進んでいった。
話をしたい。だとすれば、龍が何を望んでいるのかを聞き出せば、もしかしたらすぐに解放してくれるんだろうか。
ここで騒げば、私は逃げられるかもしれない。でもえっちゃんはどうなる? ずっと私を観察していた龍だ。もしかしたら、えっちゃんの自宅だって把握している可能性もあるかもしれない。
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