賽の河原の拾い物

ミドリ

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11 龍の観察

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 えっちゃんの質問に、私は結局答えられなかった。

 困り果ててしまった私に、えっちゃんが「一旦自分の心の中を見つめ直せ」と忠告をくれる。とてもいい考えに思えたので、とりあえず龍の観察を行なうことにした。

 私と龍とでは、明らかに龍の方が熱量が多い。だったら、龍と私の熱量の違いを比べてみたら自分の気持ちがはっきりするんじゃないかと思ったのだ。

 えっちゃんには「見つめ直すのがなんで観察に……いや、何でもない」と呟かれる。

 決していいことを言いたかった訳ではなさそうだけど、相談に乗ってくれただけでも有り難かった。

 苦虫を噛み潰したような顔のえっちゃんに手を振ると、校門で待つ龍の元へ急ぐ。

 私が走って向かうと、龍はそれは爽やかな笑顔で迎え入れてくれた。眼福度で言えば、最高レベルに達する。私はというと、微妙に引き攣った笑顔になっている気がした。

 熱量差その一、笑顔の質と量。心の中のメモ帳に書く。

「小春ちゃん、お疲れ」

 そして当たり前のように手を繋いだ。

 熱量差その二、積極性。私は自分からは絶対手を繋ぐことなんてできない。

 校門を出てすぐの場所だから、正直周りの視線が痛かった。何でお前のようなダサい田舎娘が? という疑問を乗せた視線がビシビシ突き刺さる。全体的に赤系のモヤモヤッとした濁った色合いで、羨望、嫉妬といったところかと睨んでいる。

 だけど、そんなことは私の方こそ知りたい。他にも女は腐るほどいるのに、どうしてピンポイントで私を選んだのか。それとも、これまで周りが王子と騒いで選り取り見取りな状態だったことに、都市伝説の本に夢中になり過ぎて気付かなかったのか。いやでも、告白は沢山されていた筈だ。……理解不能。

 とにかく、龍の家に招待されない為には、時間を潰すしかない。

「龍くん、今日なんだけど、文房具が足りなくなっちゃって。ほら、蛍光ペンってすぐにないと困るでしょ? だから買いに行ってもいい?」

 本当は、別に急ぎでも何でもない。

「勿論。小春ちゃん、どんなの選ぶの? 僕も色違い買っちゃおうかなあ」

 龍は穏やかだ。いつもにこにこしていて、私みたいに突発的に奇声を上げることもない。大体において穏やかな春彦よりも、もっと穏やかだ。――怖くなるくらいに。

「そうしたら、隣の駅まで歩いて行かない?」

 隣の駅はここよりは栄えていて、駅前に大きな雑貨屋があるのだ。私の提案に、龍は笑顔で「いいよ」と頷いてくれた。内心、ほっとする。

 これで、隣の駅まで歩いている間に、龍に質問ができる。自意識過剰の勘違い女か逆に重い女と思われるか、と聞けていなかった質問があったのだ。

 駅の方面ではなく隣の駅方面に続く道に入ると、人通りが減る。聞くなら今だ。

 意を決して、龍に声を掛けた。

「龍くん、あのさ」
「ん?」

 眼福笑顔が、私を熱が籠もった眼差しで見下ろす。

「あの、その……」
「え、なに? どうしたの?」

 聞きにくい。だけど女は度胸だと自分に言い聞かせ、そのこっ恥ずかしい質問を声に出した。

「龍くんて、私のどこが好きなの?」

 言った。言ってしまった。毎回別れる時はキスをしてくるくらいだから、そういった目で見られているのは確かだと思う。

 熱量差その三、龍は毎回キスをしたい。私は――抵抗がある。

 龍の笑顔が、スッと消えた。

「……どうしたのいきなり」

 訝しげに私を見下ろす顔には、ほんの少し悲しみも窺える。

 これだ、この表情。これをされると、途端に謝りたくなってしまう。何だか苛めている気分になってしまうから。

 違う、そういうつもりじゃないんだよ、本当に本気で不思議なんだよと説明しても、果たして龍は理解してくれるのかな。

「いや、だって私ってどうも垢抜けないし」
「それ、誰が言ったの?」

 龍の雰囲気が、ピリッとしたものに変わった。

 毎日一緒に過ごすようになって分かったけど、私が自分を卑下したようなことを言うと、龍はすぐに気分を害する。声を荒げることは絶対にないけど、纏う雰囲気で分かった。

 だけど、オーラは常に真っ白だ。いつも、どんな時だって。

 背筋を、冷や汗が流れていった。

「あ、いや、別に誰がって訳じゃなくて、自分で周りの女子を見ていて思うっていうか」

 何だって私は必死で言い訳をしているんだろう。

 笑顔の消えた龍が、目を逸らさずに淡々と告げる。

「小春ちゃんは可愛いよ。僕が保証する」
「へへっ、ど、どうも……っ」

 時代劇の小役人みたいな笑い方をしてしまったけど、龍は肝心な質問には一切答えていない。

 正直言って頭の出来があまりよろしくない私と違って、龍は頭がいい。そのせいか、気付くといつの間にか龍の話題に変わっていることが多々あった。

 私の話題は大抵がくだらないことなので「ま、いっか」で済ましても問題はないけど、今回は割と重要な話だ。ま、いっかでは済ませられない。

 誤魔化されてなるものか、と私なりに必死に食らいついた。

「でもさ、ほら、龍くんてもてるでしょ? 私は龍くんに告白されるまではもてたことなんて一度もないし、私でいいのかなあなんて」

 龍の目があまりにも真剣で、ついヘラヘラと笑ってしまう。そして気付いた。私はずっと気を遣いながら龍の隣にいるんだと。

 考えてみれば、伊達眼鏡を踏みつけられてから、まだひと月しか経っていない。毎日会っているとは言っても放課後のことだけだし、週末は午前中は課題やら家事手伝いやらがあるので、会うのは午後だけだ。

 本屋に行ったり映画を見たりカラオケに行ったりと、行動的には青春を謳歌している風にしか見えない。だけど実際に話している時間はそう多くはなく、まだ親しさマックスとは言えなかった。

 それは龍も感じているんだろう。家においで、お喋りしようよという龍の誘いをかい潜り続け、現在に至っていた。

 どうやったらうまく伝わるのかな――。

 えっちゃんや春彦といるとああもスムーズに舌が回るのに、龍を前にすると動きが鈍くなる。これが恋かとも思ったけど、如何せんこれまでまともな恋愛をしてこなかったから分からない。

 とりあえず、緊張はしている。それだけは確かだ。

「小春ちゃん、僕のことを疑ってるの?」

 龍の声が、段々と低いものに変わっていく。これは何か拙いぞ、と慌てて首を横に振った。

「そっそんなこと言ってないし思ってない! ただ、どこが好きなのかなあって不思議に思っただけで!」
「僕は」

 龍が立ち止まる。手を繋いでいる私の手をくん、と引っ張り、肩を掴んで正面を向かせた。

 真っ直ぐに私を射抜く、見透かすような目つき。これは、何と表現すればいいんだろう。

 熱量差その四、龍はきっと私のことが、本当に――。

「僕はずっと、永遠に小春ちゃんに見つめられていたい」
「へ……っ」

 歯が浮くような台詞を当たり前のように口にした龍は、他の生徒達だって歩いているというのに、そこがまるで二人だけの世界かのように唇を重ねた。
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