賽の河原の拾い物

ミドリ

文字の大きさ
上 下
8 / 48

8 初デート

しおりを挟む
 放課後になり、待ち合わせの駅の改札で龍を待つ。

 龍の高校がある駅から、上りにひと駅行った所だ。先日龍に伊達眼鏡を買ってもらった店がある大きな町で、沿線の高校の制服姿をよく見かける。

 学生カップルも多くて、少し前まではえっちゃんと並んで「いつか彼氏と歩いてみたいねえ」なんて夢を語っていた。

 その夢を、田舎風女子である私が先に叶えてしまった。恨めしそうだった親友の顔を、思い出す。

「思い切りやるんだもんなあ……いてて」

 あっさり付き合うなんてどれだけチョロいんだ、と先程えっちゃんに小突かれた脇腹をさすった。まだ少し痛む。

 あいつの一発は、ピンポイントでリンパの詰まりに効くのだ。

 そこへ、龍が息を上らせながら、何故か駅の外から走ってきた。

「こ、小春ちゃん、はあ、はあ……っ! ごめん! 待った?」

 白い滑らかそうな肌には、汗が滲んでいる。見目麗しいと、汗すらも輝いて見えると今初めて知った。だけど眼福対象にすぐ隣で色気を無自覚に振り撒かれ過ぎて、目のやり場に困る。

 これ以上直視に耐えられず、チラチラと龍を見た。向こうからしたら、怪しさ満載かもしれない。

「いや、さっき来たばっかりです」
「そうなんだ? よかった……!」

 こめかみを伝う汗を手の甲で拭う仕草すら、絵になる。さすがは王子だ。是非一度、絵のモデルにお願いしたくなった。題材がいいと、腕がいまいちでもそこそこなものが描ける気がする。

 季節はもうすぐ梅雨に差し掛かる頃。湿気も増えているから、汗も乾きにくい。ぱたぱたとブレザーの胸元を仰ぐ龍は、とても暑そうだった。

 息を整えようとしている龍に、気になって尋ねる。

「まさか隣の駅から走って来たんですか?」
「電車に乗り遅れて、走って……っ」

 なんて律儀な人だろう。ほぼ毎朝待ち合わせに遅刻してえっちゃんを怒らせている私に、爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

「連絡すればよかったんじゃ」
「あ……っ」

 肩で息をしている龍が、驚き顔で声を上げた。あはは、と恥ずかしそうに頭を掻いて笑うと、そのまま咳き込む。

「あ、ちょっと待って下さい」

 鞄の中に突っ込んであったペットボトルの水を取り出すと、龍に手渡した。

「大丈夫です? これ飲んで下さい」

 ペットボトルを素直に受け取った龍の指が、私の指に重なる。

「あっ」
「ありがとう!」

 輝かんばかりの笑顔に、私の心拍数が一瞬で上がった。だけど、それを悟られるのは恥ずかしい。だから、極力平然を装った。

「いえ」

 龍は水を受け取ると、グビグビ、と喉を大きく鳴らしながら一気飲みする。

 あ、そういえばこれ、飲みかけだった。

 あげた後に気付いたけど、それには龍も気付いていたらしい。ぷはーっと気持ちよさそうな息を吐くと、まだ赤い顔をふわ、と緩ませた。

「……間接キスだ」
「だあ!」

 おかしな雄叫びを上げ、急ぎ空のペットボトルを奪おうとする。龍はペットボトルを高々と掲げると、伸ばした私の手を反対の手で掴んだ。

 ほわりと笑う。伊達眼鏡の外側は、やっぱり今日も白い。

「……映画、観に行こっか」

 握り返せない私の手を、龍がしっかりと握り締めた。

「はい……」

 これは、春彦に報告したらいけないやつかもしれない。春彦に言ったら、すぐ触るような男は何とかと言って、目を三角にして怒り出しそうだ。

 龍が、照れくさそうに笑いかける。

「あは、同い年なんだから、そろそろ敬語はやめてよ」
「え、あ、いやその……」
「だって……僕は小春ちゃんの彼氏でしょ?」
「――ッ!」

 顔がカアッと火照った。これ、身体から湯気が出てるんじゃないか。

「ね? だから今からタメ口ね」
「はい……あっ、うん」
「えへ、嬉しいな」

 キラキラした龍が、本当に嬉しそうに微笑みかけるから。

「い! 行こうか!」
「うん、そうだね」

 何これ、何これ! と完全にキャパオーバーになった私は、それ以上龍の顔を見ていることができなくなってしまった。ガチガチになりながら龍に手を引かれ、映画館へと向かう。

 映画の間もずっと手を握られていて、内容なんて入ってなかった。

 結局その日、電車内で別れ龍が先に降りるその時まで、龍は私の手を握り続けた。



「――ということで、昨日はホラー映画を観たせいでなかなか寝付けなくて、この通り寝不足だよ。いや、怖かったのなんのって」

 嘘だ。内容はほぼ頭に入っていない。昨日寝付けなかったのは、龍に手を握られ続けたのを思い出しては悶絶していたからだ。

「なんでホラー苦手なのに観ちゃったわけ?」

 春彦の機嫌は、すこぶる悪い。龍とのデートの話を振ってきたのは春彦からなのに、それはないんじゃないか。

「龍くんがホラーとかオカルト系好きなんだって」
「初デートで自分に合わせるのかよ、駄目な男だなソイツ」

 まるで唾でも吐きそうな口調だ。

「何でもいいって私が言ったからだよ」

 緊張し過ぎて、本気で何も考えられなかった。だからこれは事実だ。

 だけど、私には収穫があった。

「春彦!」
「……なに」
「ちゃんと聞いてきたよ!」

 あの状況で、よく聞けたと自分を褒めてやりたい。

「……言ってみて」

 大きく頷くと、私はさっそく得た情報を春彦に披露し始めた。

「普段つるんでるのは高校の同級生なんだけど、駅が反対方面なのと、進学校で塾通いしてる人が多いから、龍くんは放課後はいつも読書をしたりして過ごしてるんだって」
「ただのぼっちじゃないか」

 春彦に言われたくはないと思ったけど、春彦は龍とはまた違う属性のイケメンだ。イケメンが二人とも友人と遊ばないのなら、イケメン実は孤独説が有力なのでは。

 だけど、春彦にお前はイケメンだと言うのも癪なので、やめた。

「家は、いつも乗ってくる駅の駅前にある高層マンションだって。あそこのエントランス、凄い豪華なんだよね。コンシェルジュって人がいるらしいよ」
「ただの受付係だろ」

 ここまでくると、ただの捻くれにしか聞こえない。だけど私は、更に情報を仕入れてきていた。私だって、やろうと思えばできるのだ。

「親は、お父さんが海外赴任中で、お母さんはそれについて行っていて、今は広い家にひとり暮らしなんだって!」
「お前絶対それ中に入るなよ!」

 春彦が噛み付きそうな勢いで言った。

「お前は胸はあんまないし色気もまあないけど、やたらと隙だけはあるんだからな! おい、小春! 話はまだ途中だ!」

 春彦の失礼な喚き声を背に、そそくさと階下へ向かう。春彦は、玄関の外まで追いかけては来ない。なので、家を出てしまえばこちらのものだった。

「……小春――ッ!」

 さすがに、手を繋ぎっ放しだったことは言えなかった。言ったら、今度こそ春彦のあの穏やかな目から涙が溢れちゃうんじゃないか。

 何故か、そう思えて仕方なかったから。
しおりを挟む
感想 58

あなたにおすすめの小説

AIが俺の嫁になった結果、人類の支配者になりそうなんだが

結城 雅
ライト文芸
あらすじ: 彼女いない歴=年齢の俺が、冗談半分で作ったAI「レイナ」。しかし、彼女は自己進化を繰り返し、世界を支配できるレベルの存在に成長してしまった。「あなた以外の人類は不要です」……おい、待て、暴走するな!!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...