賽の河原の拾い物

ミドリ

文字の大きさ
上 下
6 / 48

6 過保護の幼馴染み

しおりを挟む
「――ということで、また今日会うことになったんだ」
「昨日の今日って、早くない?」

 予想通り、不機嫌さ丸出しで、春彦が私の報告に口出しをしてきた。

 こいつはいつも、お前は私の保護者か、というくらい私の心配をする。やれ朝ご飯は抜くな、昨日は夜中まで電気が点いていて心配しただの、まあうるさい。

 幸いなことに、春彦は何故かスマホを持たない主義らしいので、そちらに連絡が来ることはない。だけどもし持っていたら、きっと朝から晩まで私を心配するメッセージで溢れていたかもしれない。

 このいわゆる過保護モードに突入すると、春彦のそれまでの柔和な雰囲気は鳴りを潜めてしまう。

 今回もそれは同じで、オーラが見えていたらきっと暗い赤色を撒き散らしているんだろうなあと思わせる、ピリピリとした気配を容赦なく私に浴びせてきた。普通に怖い。

 窓枠に肘をついて顎を乗せる。あからさまに嫌そうに唇を尖らせられても。

「そいつ、どんな奴?」
「だから、荒川龍っていって」

 春彦は、私の答えに「ハッ」と鼻で笑って応えた。……本気で怒ってるな、これ。

「名前を聞いてるんじゃないよ。どんな奴とつるんでるの? 友達は? 彼女は? 家はどこ? 親は何してる人? 評判は?」

 うるさい。とてもうるさいけど、何ひとつ答えられない自分が悔しかった。

 春彦と同じく、私も唇を尖らせる。

「……今日聞く」
「そうしてくれよ。それと――」

 まだあるの、と春彦に話してしまったことを後悔していると、春彦は泣きそうな顔で窓枠の中から必死に訴えてきた。

「人気のない所には行くな。何かあったら、思い切り俺を呼べよ」
「は? 春彦を? スマホも持ってないのに?」

 過保護にもほどがある。さすがに呆れたけど、当の春彦の表情は真剣そのものだった。

 ズキン、と得も言われぬ罪悪感で胸が痛くなる。……本当に、言わなければよかった。そうしたら、春彦にこんな顔をさせることもなかったのに。

「ろくに知らない奴に気を許すなよ。小春がどこにいても飛んでいく。いいな、絶対忘れるなよ」

 事故のあの日、必死で私の足を引っこ抜いた時と今の表情が重なる。

 ここでも私は、無言でこくこくと頷くことしか出来なかった。



 その日の朝の電車では、龍と会わなかった。

 理由は簡単だ。開かずの踏切に思い切り足止めを食らい、見事えっちゃんに置いていかれたからだ。

 スマホにひと言「先に行く」と非常にシンプルなメッセージが届いていたので、私は土下座しているウサギのスタンプを送らざるを得なかった。

 あやつはきっと今頃、龍と同じ電車に乗っている筈だ。「昨日は小春がどうも」なんてしれっと話しかけている可能性だってある。

 警報機の不快な音が止み、ようやく踏切が開いた。眼鏡の外に溢れていた人々が放つ赤色が、徐々に薄れていく。

 イライラや怒りは、赤で表される場合が多い。それが、苛立ちの原因が取り除かれた途端、ふっと自分本来の色に戻るのだ。

 日頃オーラに悩まされてはいるけど、日常をふと思い出すかのようなその瞬間は、ちょっとだけ好きだった。

 それにしても、私の目に視えているこの色は、一体何なんだろう。これまで幾度となく考えたけど、今も答えは出ていない。

 ただ、世間一般で言われているようなオーラじゃないのかなあとは思っていた。

 一般的なオーラは、その人が出す霊的エネルギーだとか読んだことがある。色にもそれぞれ意味があると聞いて、本を一冊図書館で借り、そのあまりのスピリチュアル具合に辟易して即座に挫折した。

 世の中、得た能力との相性の良し悪しはある。私がその駄目な方のいい例だった。占いで一喜一憂できないタイプ、それが私だ。

 学校に着くと、えっちゃんが小突いてきた。可愛らしいサラサラストレートの揺れ方が、微妙に激しい。垂れ気味のいつもは優しい目が、今は少し吊り上がっている。

 もしやと思って伊達眼鏡を少しずらしてえっちゃんのオーラを覗いてみると、案の定、真っ赤に染まっていた。

 原因が分からないと、対処しようがない。ごくりと唾を呑み込むと、私は素直に怒られることにした。

「ちょっと。王子に『小春ちゃんのお友達? これから宜しく』って言われたんだけど、『これから』ってどういうことよ!」
「すみません」

 私は即座に謝罪を口にした。龍との関係については、偶然の産物とはいえ、完全に私が抜け駆けをした形になっている。言い訳のしようもなかった。

 誤魔化したところで、近い内にバレる。私は自ら進んで白状することにした。

「実は、『これから』も会いたいと言われました」
「え、まじで」

 えっちゃんは私の首に腕を回すと、絞めるように抱き寄せる。見た目よりも更にボリューミーな胸部に、思わず笑みが溢れた。

「お客さん、いいもん持ってますね」
「おい」

 パッと離れた。ぬくもりは一瞬だった。

「……まあ、あんたもそのダサい眼鏡なければ実はだもんな。昨日は眼鏡なしだったし」
「え? 実は何? そこを詳しく」

 えっちゃんが、再び私の腕を小突いた。えっちゃんは、結構すぐに手が出るタイプだ。

「そもそもなんでそんなダサい……お、可愛いじゃんそれ」

 ようやく、私の新たな伊達眼鏡に気付いたらしい。

「何色って言うのそれ? アンティーク調なグッズにあるよね」

 私はふふんと昨日仕入れたばかりの知識を披露することにした。

「よくぞ聞いてくれた。これはコッパー色といって、日本語では赤銅色とも言われ……」
「まあそれはどうでもいいからさ、小春」

 えっちゃんが急に真顔に戻る。私の腕をそこそこな力で掴むと、ああん? と凄んだ。

「王子にさ、『小春ちゃんの力、凄いよね』って言われて笑顔で誤魔化した私の涙ぐましい努力、分かってる? 何、あんたの力って」

 まじですか。龍ってば何でそんなにぺらっと喋るかなあと焦り、そういえば口止めなんて一切していなかったことを思い出す。

 完全に自分の不手際だ。詰め甘し、小春よ。

「親友の私が知らなくて、何でぽっと出の王子が知ってるのよ……!」

 伊達眼鏡の外には、濃い赤色のオーラが立ち昇っていた。
しおりを挟む
感想 58

あなたにおすすめの小説

荒川ハツコイ物語~宇宙から来た少女と過ごした小学生最後の夏休み~

釈 余白(しやく)
ライト文芸
 今より少し前の時代には、子供らが荒川土手に集まって遊ぶのは当たり前だったらしい。野球をしたり凧揚げをしたり釣りをしたり、時には決闘したり下級生の自転車練習に付き合ったりと様々だ。  そんな話を親から聞かされながら育ったせいなのか、僕らの遊び場はもっぱら荒川土手だった。もちろん小学生最後となる六年生の夏休みもいつもと変わらず、いつものように幼馴染で集まってありきたりの遊びに精を出す毎日である。  そして今日は鯉釣りの予定だ。今まで一度も釣り上げたことのない鯉を小学生のうちに釣り上げるのが僕、田口暦(たぐち こよみ)の目標だった。  今日こそはと強い意気込みで釣りを始めた僕だったが、初めての鯉と出会う前に自分を宇宙人だと言う女子、ミクに出会い一目で恋に落ちてしまった。だが夏休みが終わるころには自分の星へ帰ってしまうと言う。  かくして小学生最後の夏休みは、彼女が帰る前に何でもいいから忘れられないくらいの思い出を作り、特別なものにするという目的が最優先となったのだった。  はたして初めての鯉と初めての恋の両方を成就させることができるのだろうか。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...