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王子は、荒川龍と名乗った。
見た目よりも遥かに勇ましい名前に、ちょっと驚く。龍はそういう反応には慣れているのか、「名前負けしてるよね、あはは」と爽やかな笑顔で頭を掻いた。
爽やかさも王子級だ。
それにしても、地味系女子代表みたいな私が、どうやって龍の名前を入手できたのかというと。
答えは簡単。私の伊達眼鏡をバキバキに壊した龍が、放課後に待ち合わせて弁償してくれることになったからだ。
なし崩し的に連絡先も交換すると、えっちゃんを筆頭とした沿線女子の呪い殺せそうな視線が遠慮なく刺さって、横顔が痛かった。そんなに赤い色を発せられても、一応伊達眼鏡を壊された被害者は私の方だから不可抗力なんだけどな。
伊達眼鏡がない状態で町に出るのは億劫なので、普段なら理由をつけて断ってしまう。でも今回は、状況が違った。
今まで見たことのない色の龍のオーラが、気になって仕方がない。だからもう一度、今度はきちんと伊達眼鏡を通して龍を見たかった。
あれは本当だったのかな。見間違いじゃないのかな。本当なら、あれの意味ってなんだろうと考えると、何故か落ち着かない。一体私はどうしちゃったんだろう。分からないから、知りたくなった。
これこそ怪我の功名だよね、なんて悔しそうに言うえっちゃんの腕にしがみつく。目眩みたいに感じる視界の揺らぎに耐えながら、学校に向かった。
伊達眼鏡がないと、大勢の人のオーラが渦巻く学校で過ごすのは、普通に拷問だ。
三時間目が終わるまでは辛うじて耐えたけど、やがて限界がくる。体育の授業中、大勢のオーラにあてられ、とうとうふらつき倒れてしまった。早い話が、目が回ってしまったのだ。
そんな私を見たえっちゃんは、細いのに私の腕を肩に抱え、保健室まで連れて行ってくれる。
フウフウという、私が重くて辛そうな親友の息遣いに、胸が熱くなった。
その後は放課後を迎えるまで保健室の住民と化し、今はよく寝てすっきり爽快だ。
鞄を持って保健室に来てくれた心配そうな青いオーラのえっちゃんが、「そんなので王子とデートできるの?」と尋ねてきたので、親指を立てて応える。
直後、うまいことやりやがって、と肘で脇腹をそこそこ強く小突かれた。その後「無理しちゃ駄目だからね」とやっぱり心配そうに言われ、思わずキュンとなる。
やっぱりえっちゃんはいい奴だ。
龍と待ち合わせている駅で私が降りると、えっちゃんが「報告しなさいよ!」と手を振った。私はそれにまた親指を立てて応える。
脇腹をさすりながら改札を出た所で待っていると、後光を背負った龍が丁度こちらに向かって走ってくるところだった。……やっぱり白い。
「小春ちゃん、お待たせ」
「あ、いえ」
眩いばかりの白い後光だけど、他の色が混じっていないからか、比較的見やすい。後ろから照明で照らされている感じ、と言えば近いかもしれない。
周りの人のごちゃまぜなオーラを消し去る勢いの龍のオーラは、伊達眼鏡がない私の目にもまだ優しく映った。
目に優しいのはいいことだ。ついでに顔もいいので、尚更いい。間近で見る眼福対象の迫力は、さすがのものがあった。
「ええと……眼鏡屋でいいんだよね? ブランドとかある?」
微妙な笑みを浮かべた龍が、若干気不味そうに尋ねる。気持ちは分かる。私もほぼ赤の他人と買い物なんて、滅茶苦茶気不味い。
「あの、あれ伊達なんで、その辺の安いやつで全然オッケーです」
残念ながら、あれはファストファッションの店で買った千円の代物だ。ブランドと呼ぶのもおこがましいものがある。
「え? 伊達?」
龍が驚いた。そりゃそうか。毎日学校にあんなダサい伊達眼鏡をわざわざかけようなんて、普通は思わない。
「あー……。その、色々事情がありまして」
「事情って……聞いてもいい?」
思ったよりも、興味を示す龍。まさか私自身にも興味が……とは、割と自分を客観視できていると自負している私は思わない。多分、単純に不思議に思っただけなんだろう。
「ええと……」
「あ、嫌なら全然いいんだけど!」
グイグイこない。王子は対応も王子並みの紳士だった。リアルな王子がどんなものかは知らないけど。
これくらい配慮ができる人なら、話しても大丈夫かな。
「……笑わないですか?」
「話してくれるの? 嬉しいな。勿論笑ったりなんかしないよ! 安心して!」
まあきっと、この先龍とは関わることもない。変わった子だったなあと思われても、痛くも痒くもない筈だ。
そう考えた私は、臨死体験からオーラの話まで、調子に乗ってそれはもうぺらぺらと喋ったのだった。
◇
結論から言うと、龍は信じてくれた。
買ってもらった伊達眼鏡を掛けながら、龍と並んで駅へと向かう。
「え……! 小春ちゃん、もう怪我は大丈夫なの?」
「うん。ありがと」
ほっとしたような龍の笑顔に、私もつられてにへらと笑う。このタイミングで三年前の怪我の心配なんて、さすがは王子。人間ができている。
興味深げに尋ねてきた。
「ちなみに聞いていい? 僕って何色なの?」
「あ、それなんですけど」
私は素直に答える。白だと。こんな人見たことがなくて、それで放課後に会うことにしたんだと。
どれだけ上から目線だと思われても仕方ないけど、これが事実だから仕方がない。
白、と小さく呟いた龍が、重ねて尋ねる。
「白ってどういう意味があるの?」
「さあ……プロじゃないので分かんないです」
とりあえずどどめ色の人に比べたらいいんじゃないすかと答えたら、どどめ色って何、と楽しそうに笑った。その笑顔が思ったよりも幼くて、不覚ながら見惚れる。
やがて龍は笑顔を引っ込めると、真剣な眼差しで真っ直ぐ射抜くように私を見つめた。
「小春ちゃん。君にまた会いたいって言ったら、信じてくれる?」
「へ?」
まぬけな声が出る。
ぽかんと口を開けて背の高い龍を見上げると、龍は照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
「その……小春ちゃんといるの、楽しかったから」
龍が選んでくれたコッパー色の縁をした伊達眼鏡の外は、龍から溢れる白く神々しいオーラが余りにも眩しく。
私は何も言えないまま、ただこくこくと頷くことしかできなかった。
見た目よりも遥かに勇ましい名前に、ちょっと驚く。龍はそういう反応には慣れているのか、「名前負けしてるよね、あはは」と爽やかな笑顔で頭を掻いた。
爽やかさも王子級だ。
それにしても、地味系女子代表みたいな私が、どうやって龍の名前を入手できたのかというと。
答えは簡単。私の伊達眼鏡をバキバキに壊した龍が、放課後に待ち合わせて弁償してくれることになったからだ。
なし崩し的に連絡先も交換すると、えっちゃんを筆頭とした沿線女子の呪い殺せそうな視線が遠慮なく刺さって、横顔が痛かった。そんなに赤い色を発せられても、一応伊達眼鏡を壊された被害者は私の方だから不可抗力なんだけどな。
伊達眼鏡がない状態で町に出るのは億劫なので、普段なら理由をつけて断ってしまう。でも今回は、状況が違った。
今まで見たことのない色の龍のオーラが、気になって仕方がない。だからもう一度、今度はきちんと伊達眼鏡を通して龍を見たかった。
あれは本当だったのかな。見間違いじゃないのかな。本当なら、あれの意味ってなんだろうと考えると、何故か落ち着かない。一体私はどうしちゃったんだろう。分からないから、知りたくなった。
これこそ怪我の功名だよね、なんて悔しそうに言うえっちゃんの腕にしがみつく。目眩みたいに感じる視界の揺らぎに耐えながら、学校に向かった。
伊達眼鏡がないと、大勢の人のオーラが渦巻く学校で過ごすのは、普通に拷問だ。
三時間目が終わるまでは辛うじて耐えたけど、やがて限界がくる。体育の授業中、大勢のオーラにあてられ、とうとうふらつき倒れてしまった。早い話が、目が回ってしまったのだ。
そんな私を見たえっちゃんは、細いのに私の腕を肩に抱え、保健室まで連れて行ってくれる。
フウフウという、私が重くて辛そうな親友の息遣いに、胸が熱くなった。
その後は放課後を迎えるまで保健室の住民と化し、今はよく寝てすっきり爽快だ。
鞄を持って保健室に来てくれた心配そうな青いオーラのえっちゃんが、「そんなので王子とデートできるの?」と尋ねてきたので、親指を立てて応える。
直後、うまいことやりやがって、と肘で脇腹をそこそこ強く小突かれた。その後「無理しちゃ駄目だからね」とやっぱり心配そうに言われ、思わずキュンとなる。
やっぱりえっちゃんはいい奴だ。
龍と待ち合わせている駅で私が降りると、えっちゃんが「報告しなさいよ!」と手を振った。私はそれにまた親指を立てて応える。
脇腹をさすりながら改札を出た所で待っていると、後光を背負った龍が丁度こちらに向かって走ってくるところだった。……やっぱり白い。
「小春ちゃん、お待たせ」
「あ、いえ」
眩いばかりの白い後光だけど、他の色が混じっていないからか、比較的見やすい。後ろから照明で照らされている感じ、と言えば近いかもしれない。
周りの人のごちゃまぜなオーラを消し去る勢いの龍のオーラは、伊達眼鏡がない私の目にもまだ優しく映った。
目に優しいのはいいことだ。ついでに顔もいいので、尚更いい。間近で見る眼福対象の迫力は、さすがのものがあった。
「ええと……眼鏡屋でいいんだよね? ブランドとかある?」
微妙な笑みを浮かべた龍が、若干気不味そうに尋ねる。気持ちは分かる。私もほぼ赤の他人と買い物なんて、滅茶苦茶気不味い。
「あの、あれ伊達なんで、その辺の安いやつで全然オッケーです」
残念ながら、あれはファストファッションの店で買った千円の代物だ。ブランドと呼ぶのもおこがましいものがある。
「え? 伊達?」
龍が驚いた。そりゃそうか。毎日学校にあんなダサい伊達眼鏡をわざわざかけようなんて、普通は思わない。
「あー……。その、色々事情がありまして」
「事情って……聞いてもいい?」
思ったよりも、興味を示す龍。まさか私自身にも興味が……とは、割と自分を客観視できていると自負している私は思わない。多分、単純に不思議に思っただけなんだろう。
「ええと……」
「あ、嫌なら全然いいんだけど!」
グイグイこない。王子は対応も王子並みの紳士だった。リアルな王子がどんなものかは知らないけど。
これくらい配慮ができる人なら、話しても大丈夫かな。
「……笑わないですか?」
「話してくれるの? 嬉しいな。勿論笑ったりなんかしないよ! 安心して!」
まあきっと、この先龍とは関わることもない。変わった子だったなあと思われても、痛くも痒くもない筈だ。
そう考えた私は、臨死体験からオーラの話まで、調子に乗ってそれはもうぺらぺらと喋ったのだった。
◇
結論から言うと、龍は信じてくれた。
買ってもらった伊達眼鏡を掛けながら、龍と並んで駅へと向かう。
「え……! 小春ちゃん、もう怪我は大丈夫なの?」
「うん。ありがと」
ほっとしたような龍の笑顔に、私もつられてにへらと笑う。このタイミングで三年前の怪我の心配なんて、さすがは王子。人間ができている。
興味深げに尋ねてきた。
「ちなみに聞いていい? 僕って何色なの?」
「あ、それなんですけど」
私は素直に答える。白だと。こんな人見たことがなくて、それで放課後に会うことにしたんだと。
どれだけ上から目線だと思われても仕方ないけど、これが事実だから仕方がない。
白、と小さく呟いた龍が、重ねて尋ねる。
「白ってどういう意味があるの?」
「さあ……プロじゃないので分かんないです」
とりあえずどどめ色の人に比べたらいいんじゃないすかと答えたら、どどめ色って何、と楽しそうに笑った。その笑顔が思ったよりも幼くて、不覚ながら見惚れる。
やがて龍は笑顔を引っ込めると、真剣な眼差しで真っ直ぐ射抜くように私を見つめた。
「小春ちゃん。君にまた会いたいって言ったら、信じてくれる?」
「へ?」
まぬけな声が出る。
ぽかんと口を開けて背の高い龍を見上げると、龍は照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
「その……小春ちゃんといるの、楽しかったから」
龍が選んでくれたコッパー色の縁をした伊達眼鏡の外は、龍から溢れる白く神々しいオーラが余りにも眩しく。
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