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9 社殿前
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他の人だって髪の毛は結んでるだろうから、どれか分からなくなったと言って誤魔化そうか。私は必死で目を凝らして他の髪の毛を探し始める。
だが。
「こんな七不思議やる馬鹿、お前くらいだもんな」
そう言うと、セイは私が結んだ髪の毛をあっさりと見つけてしまった。
「お前のは長いからすぐ分かるんだよ」
セイがフンと鼻で笑うので、それが本当に自分が昨日結んだものかを確認しようと見てみる。確かに周りには私の分以外は一切結ばれておらず、ひらひらと長い私の黒髪が風になびいていた。
――色素の薄いもう一本の髪と一緒に。
「ん? ……これ……え?」
セイが、目を大きく見開いた。その瞬間私はセイから腕を引っこ抜くと、逃げるようにして社殿の方に身体を向ける。
「ほほほほほら! 見たでしょ! もういいでしょ! さあさあいこうか!」
「おい、ちょっと待てよキョウ」
「ほら行くよ!」
目を合わせない様にしてセイの背中に回り込むと、ぐいぐいと背中を押し始めた。もう嫌だ、どうしてこんな恥ずかしい気持ちを味わなければならないのか。
目頭が熱くなり、喉の奥が嗚咽を出しそうにツンと痛くなる。セイが後ろを向いていてよかった。こんな情けない顔を見られたら、また馬鹿にされるだけだ。
情けなくて悔しくて、胃の辺りがぎゅっと締まった。
「おい押すなって!」
振り返って私の顔を見ようとしているセイから隠れる為に、セイの背中に隠れる。なんか色々矛盾してるな、そう思ってもどうしようもない。努めて明るい声を出した。
「いやー本当ごめんねー! こんな馬鹿なことするの、本当私くらいだったねー! あはははっ」
「どうしたんだよ、ちょっと危ねえってこら!」
「ほーら行こうねほらほらほら!」
どうしたって素直になれない臆病者の自分が、心底嫌になった。私にも、もう少しだけでも勇気があればよかった。だけど、その勇気は湧いてきてはくれなかったのだ。
私の中にあるのは、ただひたすら恐怖だったからだ。言ってしまって壊れるもの。我慢出来なかった為に失うものがあまりにも大きすぎて、馬鹿みたいだと分かっていながら神頼みするしか出来ない小心者、それが私だった。
本当、セイが言う通り馬鹿みたいだって分かっている。でも、もしかしたら叶うかなと願って、皆に励まされながら行動に移してしまった。もう毎日が苦しくて切なくて辛かったから。
明るい口調で、笑う様に言う。
「本当さ、もうこんな馬鹿なことこれっきりにするからさあ!」
「お、おいキョウ?」
「セイに迷惑かけるのもこれで最後だから! 本当いつも迷惑かけてごめんね! 残りの夏休みは勉学に励みます! あはっ!」
挙げ句、セイにキスまでさせてしまう体たらくだ。セイの目に嫌悪の色が見られないだけまだマシだったが、見えるのは憐憫と呆れたものばかり。これが情けなくない訳がない。
「セイはさ! 明日になったら今日のことは忘れて、昨日のキスの相手をガッチリ捕まえないとね!」
「――は?」
「さあ行くよー!」
セイが告白されまくっているのを、勿論私だって知っていた。だけど、セイはその全てを断っている。その理由が、好きな人がいるからと言っているのも聞いて知っていた。
何故なら、その相手は誰なのかと幼馴染みの私に何人もの振られた女の子達が尋ねてきたからだ。そういう話はセイとしないんだ、ごめんね、そう謝って慰めて甘いミルクティーの缶を奢ってやるところまでが、私の役目だから。
私がふらふらしてるからセイが安心して好きな人のところに行けないんじゃ、と指摘されたこともある。付き合っている人がいるなら諦めもつくのに。そう愚痴られて、それはそうだよなあと思ったし、私が情けない所為というのもそれはそうかもしれないな、と自覚は少しあった。
私もいい加減、覚悟を決めてセイに頼らない生活に切り替えよう。こんな幼馴染みがいたんじゃ、彼女になる人も嫌だろう。いつもそう思うが、セイが家に来れば笑みが溢れてしまう。甘えているのは、自分でもよく分かっていた。
汗ばんだセイの背中をぐいぐいと押していく。いつの間にこんなに逞しい男の子の背中になっていたんだろう。成長しているのがセイだけに思えて、唇を噛み締めた。
そうだ、セイを真似て品行方正な優等生を目指してみようか。そうしたらきっと、いつかこの気持ちにも整理がつくかもしれないじゃないか。
それはいい考えに思えた。そうだ、そうしよう。ゲームばっかりやっているとどうしたって夜更かししてしまうし、早寝早起きすればセイが毎朝起こしに来ることだってなくなる筈だ。
私は本人に向かって決意表明をすることにした。
「明日からはちゃんと起きるし! あんまり私の面倒ばっかみてると、好きな子逃しちゃうよ!」
「おい、キョウ」
「さ、着きました! 前向いて!」
社殿の前に辿り着くと、セイを無理矢理前に向かせる。私はセイの横に同じ様に社殿に向かって立つと、例の言葉を唱え始めた。
「想いが通じ合ったのでお願いを叶える必要はありません、ありがとうございました!」
涙を必死で堪えながら、隣のセイを笑顔で見上げる。
「ほら! セイも!」
「あ、ああ……。『想いが通じ合ったので』……ええと」
「お願いを叶える必要はありません!」
「『お願いを叶える必要はありません』」
私はご神体があるであろう方向へと向かって、「ありがとうございましたー!」と頭を下げた。
「……ありがとうございました」
セイも同じ様にして頭を下げてくれる。
考えてみればどんな茶番かと思うが、私に耳と尻尾が生えた所為でセイはこんな馬鹿みたいなことに付き合ってくれているのだ。全ては、自分の所為。
ぐ、と唇を噛み締めると、最大限の努力をしつつ顔を上げ、セイに笑いかけた。
「さ、後は残りひとつだね! ここはセイが目を瞑って……え?」
目に映った光景は、同じ様に顔を上げた真剣な眼差しのセイの手が、私の首に向かって伸びているところだった。
だが。
「こんな七不思議やる馬鹿、お前くらいだもんな」
そう言うと、セイは私が結んだ髪の毛をあっさりと見つけてしまった。
「お前のは長いからすぐ分かるんだよ」
セイがフンと鼻で笑うので、それが本当に自分が昨日結んだものかを確認しようと見てみる。確かに周りには私の分以外は一切結ばれておらず、ひらひらと長い私の黒髪が風になびいていた。
――色素の薄いもう一本の髪と一緒に。
「ん? ……これ……え?」
セイが、目を大きく見開いた。その瞬間私はセイから腕を引っこ抜くと、逃げるようにして社殿の方に身体を向ける。
「ほほほほほら! 見たでしょ! もういいでしょ! さあさあいこうか!」
「おい、ちょっと待てよキョウ」
「ほら行くよ!」
目を合わせない様にしてセイの背中に回り込むと、ぐいぐいと背中を押し始めた。もう嫌だ、どうしてこんな恥ずかしい気持ちを味わなければならないのか。
目頭が熱くなり、喉の奥が嗚咽を出しそうにツンと痛くなる。セイが後ろを向いていてよかった。こんな情けない顔を見られたら、また馬鹿にされるだけだ。
情けなくて悔しくて、胃の辺りがぎゅっと締まった。
「おい押すなって!」
振り返って私の顔を見ようとしているセイから隠れる為に、セイの背中に隠れる。なんか色々矛盾してるな、そう思ってもどうしようもない。努めて明るい声を出した。
「いやー本当ごめんねー! こんな馬鹿なことするの、本当私くらいだったねー! あはははっ」
「どうしたんだよ、ちょっと危ねえってこら!」
「ほーら行こうねほらほらほら!」
どうしたって素直になれない臆病者の自分が、心底嫌になった。私にも、もう少しだけでも勇気があればよかった。だけど、その勇気は湧いてきてはくれなかったのだ。
私の中にあるのは、ただひたすら恐怖だったからだ。言ってしまって壊れるもの。我慢出来なかった為に失うものがあまりにも大きすぎて、馬鹿みたいだと分かっていながら神頼みするしか出来ない小心者、それが私だった。
本当、セイが言う通り馬鹿みたいだって分かっている。でも、もしかしたら叶うかなと願って、皆に励まされながら行動に移してしまった。もう毎日が苦しくて切なくて辛かったから。
明るい口調で、笑う様に言う。
「本当さ、もうこんな馬鹿なことこれっきりにするからさあ!」
「お、おいキョウ?」
「セイに迷惑かけるのもこれで最後だから! 本当いつも迷惑かけてごめんね! 残りの夏休みは勉学に励みます! あはっ!」
挙げ句、セイにキスまでさせてしまう体たらくだ。セイの目に嫌悪の色が見られないだけまだマシだったが、見えるのは憐憫と呆れたものばかり。これが情けなくない訳がない。
「セイはさ! 明日になったら今日のことは忘れて、昨日のキスの相手をガッチリ捕まえないとね!」
「――は?」
「さあ行くよー!」
セイが告白されまくっているのを、勿論私だって知っていた。だけど、セイはその全てを断っている。その理由が、好きな人がいるからと言っているのも聞いて知っていた。
何故なら、その相手は誰なのかと幼馴染みの私に何人もの振られた女の子達が尋ねてきたからだ。そういう話はセイとしないんだ、ごめんね、そう謝って慰めて甘いミルクティーの缶を奢ってやるところまでが、私の役目だから。
私がふらふらしてるからセイが安心して好きな人のところに行けないんじゃ、と指摘されたこともある。付き合っている人がいるなら諦めもつくのに。そう愚痴られて、それはそうだよなあと思ったし、私が情けない所為というのもそれはそうかもしれないな、と自覚は少しあった。
私もいい加減、覚悟を決めてセイに頼らない生活に切り替えよう。こんな幼馴染みがいたんじゃ、彼女になる人も嫌だろう。いつもそう思うが、セイが家に来れば笑みが溢れてしまう。甘えているのは、自分でもよく分かっていた。
汗ばんだセイの背中をぐいぐいと押していく。いつの間にこんなに逞しい男の子の背中になっていたんだろう。成長しているのがセイだけに思えて、唇を噛み締めた。
そうだ、セイを真似て品行方正な優等生を目指してみようか。そうしたらきっと、いつかこの気持ちにも整理がつくかもしれないじゃないか。
それはいい考えに思えた。そうだ、そうしよう。ゲームばっかりやっているとどうしたって夜更かししてしまうし、早寝早起きすればセイが毎朝起こしに来ることだってなくなる筈だ。
私は本人に向かって決意表明をすることにした。
「明日からはちゃんと起きるし! あんまり私の面倒ばっかみてると、好きな子逃しちゃうよ!」
「おい、キョウ」
「さ、着きました! 前向いて!」
社殿の前に辿り着くと、セイを無理矢理前に向かせる。私はセイの横に同じ様に社殿に向かって立つと、例の言葉を唱え始めた。
「想いが通じ合ったのでお願いを叶える必要はありません、ありがとうございました!」
涙を必死で堪えながら、隣のセイを笑顔で見上げる。
「ほら! セイも!」
「あ、ああ……。『想いが通じ合ったので』……ええと」
「お願いを叶える必要はありません!」
「『お願いを叶える必要はありません』」
私はご神体があるであろう方向へと向かって、「ありがとうございましたー!」と頭を下げた。
「……ありがとうございました」
セイも同じ様にして頭を下げてくれる。
考えてみればどんな茶番かと思うが、私に耳と尻尾が生えた所為でセイはこんな馬鹿みたいなことに付き合ってくれているのだ。全ては、自分の所為。
ぐ、と唇を噛み締めると、最大限の努力をしつつ顔を上げ、セイに笑いかけた。
「さ、後は残りひとつだね! ここはセイが目を瞑って……え?」
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