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17 真実
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アリスタの目を見て、伝える。
「……俺は身分を捨てて逃げるから、その前に婚約破棄をしようって」
「あー。なるほどな。それが影武者から伝わった訳か。何がどう伝わったか、本物のアリスタ王子が言ったことになってしまったんだろうなあ。ティナは単純だから」
そうティナのことを語るアリスタには、嫌悪の色はなかった。――あれ?
「影武者の方のティナは、俺が影武者の方だって分かってたみたいだけど」
「それを主人にきちんと伝えたかまでは分からないがな」
そうか、その可能性もあった。でも、どうしてだろう。
本物の婚約破棄の話が進んでしまう前に、それを阻止しなければならなかったからか。そう考え、タチアナは婚儀日程決定後は影武者の任が解かれることを知っていたからではないかと気付く。
俺が師匠の工房で働きたがっていたのも知っていたタチアナだ。一気に成婚まで進めてしまえば、俺たちは任務から開放されるからではないか。
明日タチアナに聞いてみようと思った。
これが本当なら、タチアナの働きがなければ俺は今もグズグズと王城にいて、アリスタにお前は本物じゃないと言われて衝撃を受け落ち込んでいる可能性が高かったんじゃないか。
タチアナの機転と、それに乗ったアリスタ。俺は、知らず二人に救われていたのだ。
「そうそう。イリスは顔に出ちゃうから、ティナと会う時は常に影武者の方を呼ぶように指示してあったんだよ」
「そりゃああれは驚くよね……」
本物は、驚くほど欲を丸出しにしていた。あれをしょっちゅう見ていたら、確かに俺は思い切り顔に出していたかもしれない。
そうしたらもっと早く婚約破棄を言い出して、俺の周りはしっちゃかめっちゃかになっていた可能性もある。
「イリスが出ない時の夜会は、私が出ていただろう? あれは本物のティナが来る時だった」
「……なんだ、俺はてっきり俺が嫌がるからだとばかり」
「だから、お前はすぐ顔に出るから」
「……」
そんなに顔に出るだろうか。……出るかもしれない。
だけどそれ以上に気になったことがあった。これだけは、どうしても最後にアリスタに確認しておきたい。
「なあアリスタ……!」
「うん?」
「あのティナと、本当に結婚するのか?」
俺が真剣に尋ねると、一瞬きょとんとした顔になったアリスタが、次の瞬間破顔した。俺の手を握ったままだから、身体が前後に揺れる度に俺の身体も前後に揺れる。
ひいひい言いながら暫く笑っていたが、やがて笑いを収めると、可笑しそうに頷いた。
「するよ、あのティナと」
「え……でもあんなの抱かないって言ってたじゃないか」
「あの時はな。その時が来たらちゃんと抱く。それが俺の仕事のひとつだし、それに」
それに。なんだろうか。
「方向性は違っても、あれだけ自分に真っ直ぐな人間を見てると、女版イリスみたいで可愛いとすら思えるよ」
「え……」
あれが俺と似てる? 冗談じゃない。
俺があまりにも酷い顔をしていたのだろう、アリスタはあははと笑った後、真剣な顔つきに戻ると再び身を乗り出してきた。
「イリス、ずっと騙してて、黙っててごめん。ずっとそれが言いたくて、父様にはもう会うなって言われてたんだけど、結局はこうして追いかけてきてしまった」
「……俺がこの場所にいるって、知ってたのか?」
「ああ。……どんな人が面倒を見ているのか、イリスのことを大事にしてくれているのか気になって、実は何度もイリスがいない時にお前の師匠に会いに行った」
「……嘘……」
師匠は、全くそんな素振りは見せなかった。
「なあイリス。その……許してくれる……か?」
上目遣いで聞くアリスタの手は、相変わらず冷たい。そしてぎゅっと力が込められている。アリスタの緊張の原因は、これだった。
一国の王子様が、たかが影武者ひとりの許しを得られるかを不安に思っているのだ。
――馬鹿だなあ。
そう思った。こいつは頭はいいが、人の気持ちに相変わらず疎いところがある。そんなもの、ずっと一緒にいた俺のことなんだから分かってよ。
だけど、本当に分からないのだろう。逆に俺は、人のそういう雰囲気を察するのが得意だ。
だからアリスタが俺を熱い目で見始めた時も、あれこれ本気じゃないかと思った訳なのだが、あれは俺を自主的に出て行かせる為の演技だった訳だから、だったら俺も案外人の雰囲気を正確に察していなかったのかもしれない。
「当たり前だろ。それくらい聞かなくても分かれよ」
不安げな表情だったアリスタに笑いながら言ってやると、アリスタが握ったままの俺の手をぐいっと自分の方に引き寄せる。香の匂いが鼻孔をくすぐった。
「あっ! おいっ」
引き寄せられた先にあったのは、柔らかいアリスタの唇。それが俺の唇に重なり、俺は驚愕のあまり目なんて閉じられる訳もなく、パチパチと瞬いていた。
余裕で十を数えられる長さの間触れていたそこを、アリスタがゆっくりと離す。
「イリス。ずっとずっと、愛してた」
アリスタの瞳は潤んでおり、熱っぽい。
――あれ、これってまじなやつだろうか。
俺は余程焦った顔をしていたのだろう。アリスタは楽しそうにハハハと笑うと、半分冗談だよ、と俺に言った。
半分てなんだ、半分て。
動けなくなった俺を見て、アリスタは幸せそうに微笑んだ。
「……俺は身分を捨てて逃げるから、その前に婚約破棄をしようって」
「あー。なるほどな。それが影武者から伝わった訳か。何がどう伝わったか、本物のアリスタ王子が言ったことになってしまったんだろうなあ。ティナは単純だから」
そうティナのことを語るアリスタには、嫌悪の色はなかった。――あれ?
「影武者の方のティナは、俺が影武者の方だって分かってたみたいだけど」
「それを主人にきちんと伝えたかまでは分からないがな」
そうか、その可能性もあった。でも、どうしてだろう。
本物の婚約破棄の話が進んでしまう前に、それを阻止しなければならなかったからか。そう考え、タチアナは婚儀日程決定後は影武者の任が解かれることを知っていたからではないかと気付く。
俺が師匠の工房で働きたがっていたのも知っていたタチアナだ。一気に成婚まで進めてしまえば、俺たちは任務から開放されるからではないか。
明日タチアナに聞いてみようと思った。
これが本当なら、タチアナの働きがなければ俺は今もグズグズと王城にいて、アリスタにお前は本物じゃないと言われて衝撃を受け落ち込んでいる可能性が高かったんじゃないか。
タチアナの機転と、それに乗ったアリスタ。俺は、知らず二人に救われていたのだ。
「そうそう。イリスは顔に出ちゃうから、ティナと会う時は常に影武者の方を呼ぶように指示してあったんだよ」
「そりゃああれは驚くよね……」
本物は、驚くほど欲を丸出しにしていた。あれをしょっちゅう見ていたら、確かに俺は思い切り顔に出していたかもしれない。
そうしたらもっと早く婚約破棄を言い出して、俺の周りはしっちゃかめっちゃかになっていた可能性もある。
「イリスが出ない時の夜会は、私が出ていただろう? あれは本物のティナが来る時だった」
「……なんだ、俺はてっきり俺が嫌がるからだとばかり」
「だから、お前はすぐ顔に出るから」
「……」
そんなに顔に出るだろうか。……出るかもしれない。
だけどそれ以上に気になったことがあった。これだけは、どうしても最後にアリスタに確認しておきたい。
「なあアリスタ……!」
「うん?」
「あのティナと、本当に結婚するのか?」
俺が真剣に尋ねると、一瞬きょとんとした顔になったアリスタが、次の瞬間破顔した。俺の手を握ったままだから、身体が前後に揺れる度に俺の身体も前後に揺れる。
ひいひい言いながら暫く笑っていたが、やがて笑いを収めると、可笑しそうに頷いた。
「するよ、あのティナと」
「え……でもあんなの抱かないって言ってたじゃないか」
「あの時はな。その時が来たらちゃんと抱く。それが俺の仕事のひとつだし、それに」
それに。なんだろうか。
「方向性は違っても、あれだけ自分に真っ直ぐな人間を見てると、女版イリスみたいで可愛いとすら思えるよ」
「え……」
あれが俺と似てる? 冗談じゃない。
俺があまりにも酷い顔をしていたのだろう、アリスタはあははと笑った後、真剣な顔つきに戻ると再び身を乗り出してきた。
「イリス、ずっと騙してて、黙っててごめん。ずっとそれが言いたくて、父様にはもう会うなって言われてたんだけど、結局はこうして追いかけてきてしまった」
「……俺がこの場所にいるって、知ってたのか?」
「ああ。……どんな人が面倒を見ているのか、イリスのことを大事にしてくれているのか気になって、実は何度もイリスがいない時にお前の師匠に会いに行った」
「……嘘……」
師匠は、全くそんな素振りは見せなかった。
「なあイリス。その……許してくれる……か?」
上目遣いで聞くアリスタの手は、相変わらず冷たい。そしてぎゅっと力が込められている。アリスタの緊張の原因は、これだった。
一国の王子様が、たかが影武者ひとりの許しを得られるかを不安に思っているのだ。
――馬鹿だなあ。
そう思った。こいつは頭はいいが、人の気持ちに相変わらず疎いところがある。そんなもの、ずっと一緒にいた俺のことなんだから分かってよ。
だけど、本当に分からないのだろう。逆に俺は、人のそういう雰囲気を察するのが得意だ。
だからアリスタが俺を熱い目で見始めた時も、あれこれ本気じゃないかと思った訳なのだが、あれは俺を自主的に出て行かせる為の演技だった訳だから、だったら俺も案外人の雰囲気を正確に察していなかったのかもしれない。
「当たり前だろ。それくらい聞かなくても分かれよ」
不安げな表情だったアリスタに笑いながら言ってやると、アリスタが握ったままの俺の手をぐいっと自分の方に引き寄せる。香の匂いが鼻孔をくすぐった。
「あっ! おいっ」
引き寄せられた先にあったのは、柔らかいアリスタの唇。それが俺の唇に重なり、俺は驚愕のあまり目なんて閉じられる訳もなく、パチパチと瞬いていた。
余裕で十を数えられる長さの間触れていたそこを、アリスタがゆっくりと離す。
「イリス。ずっとずっと、愛してた」
アリスタの瞳は潤んでおり、熱っぽい。
――あれ、これってまじなやつだろうか。
俺は余程焦った顔をしていたのだろう。アリスタは楽しそうにハハハと笑うと、半分冗談だよ、と俺に言った。
半分てなんだ、半分て。
動けなくなった俺を見て、アリスタは幸せそうに微笑んだ。
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