7 / 18
7 いよいよあの日が到来
しおりを挟む
工房の昼休み。
土色の壁の合間に出来た日陰に置かれた丸太に、俺とタチアナは横並びに座って昼飯を食べていた。
パンに肉団子と野菜を挟み込んだ、最近この辺りの屋台で流行っているお手軽料理だ。
甘酸っぱいタレが食欲をそそると評判で、我も我もと屋台がこぞって真似をし始め、あそこの屋台はうまい、あそこはタレがいまいちだなんて俺たちの間で日々議論されている。
それにしても逞しい。いいものはすぐに取り込むその商売根性は、これぞ庶民の底力というものなのかもしれなかった。
泣いている暇があるなら考えて工夫しろ。それは工房での仕事にも共通することで、俺はこの地域の人々の逞しさが好きだった。
「アリス、ずっとここに住むことになったんだって?」
タチアナが、エプロンの上に落ちたパンくずを摘んでパクリと口に放り込みながら俺に尋ねる。
「うん、そうだよ。タチアナもだよね?」
「うん」
俺が師匠の家で寝泊まりする様になって比較的すぐ後から、タチアナの姿を毎日見かける様になったのだ。
これまではちょくちょく見ないこともあったが、師匠にそれとなく尋ねたら、タチアナはハンナおばさんの家で暮らすことになったと教えてくれた。
こんな偶然あるだろうか。これは運命かな、そんな風に俺が密かに浮かれていても、これはちょっと仕方ないだろう。
タチアナの長かった茶色い髪は、今は肩の上でばっさりと切られて風になびいている。もう要らないから、と笑うタチアナは相変わらず化粧っ気がなく、俺はそんなタチアナの笑顔が大好きだった。
日焼けをすると痒くなるんだよね、と言って首元はいつも詰まった服を着ており、短くなった髪の上にぐるりと巻かれた布は如何にも職人という風情で、その女性らしさをとことん削った姿が俺の目には恐ろしく可愛く見えるんだから重症だ。
ちなみにこの頭に巻く布は、確かに髪の毛が邪魔にならないし日差しにも強いので、これは是非俺も真似しようと思って早速実践している。
タチアナとお揃いがいいから、なんて口が裂けても言えないが、師匠もハンナおばさんも何も言わずにニヤニヤしているから、きっと俺の浅はかな考えなんてお見通しなんだろう。
「急に決まったの?」
「うん。実家の仕事がいきなりお役御免になったから、これまで頑張ってた分、ここで好きなことをやらせてもらうことにしたんだ」
前から時折聞くことのあった家の仕事、というのが何かは分からなかったが、タチアナが触れないので俺も触れないことにしていた。もう過ぎたことは、知らなくても問題ない。大事なのは、これからの未来だ。――タチアナと俺の。
「へえー。よかったな!」
「うん、ありがとう」
と、このように、俺たちは休みの時間になると互いの近況を話し合う仲になっていた。タチアナが、大きく口を開いて最後のパンを口に放り込んだ後、美味しそうに目を細めながら俺を見る。
「それにしても、髪の毛が茶色いと変な感じだね」
「そう? タチアナみたいで結構気に入ってるんだけど」
「え?」
「あ! あは、ははは……」
俺の金髪は、この辺りでは目立つらしい。そういえばあまり金髪を見たことがないと師匠に言うと、この辺りに住んでいる人間は元々この地域に住んでいた人間の血が濃いのだと教えてくれた。
それを言われ、なるほど、と俺は即座に納得する。
俺たち王族は、遥か昔にここからは大分離れた場所からやって来て、この土地を自分たちのものとしたと歴史で習った。
領土拡大はどこにでもある話とはいえ、侵略された側からしてみれば、勝手にやって勝手に侵略し、勝手に王様を名乗られた訳である。勝手をするにもほどがあると思われても、言い訳のしようがない。
だから、俺のこの金髪は、侵略者の血が含まれている証明だってことだ。勿論、全員が全員そうな訳じゃない。
色んな肌の人もいるし、様々な土地から人が流入している。だが、目立つは目立つだろう。そして目立ってもいいことがないことくらい、分かった。
ということで、俺は髪の毛を木の葉で染めることにした。
俺が家出してきたことを知った師匠は、きっと探されるだろうと俺が躊躇いつつも伝えると、すぐに染色屋から染髪料を入手してくれた。
また余計なお金を使わせてしまったなと後悔したが、「今更弟子を盗られる気はないからな」と照れくさそうに言われては、遠慮など出来る筈もない。
師匠もタチアナもハンナおばさんも近所の人々も、皆大好きだ。余所者の俺を当たり前の様に受け入れてくれる度量の深さに、次第に俺は、自分もいつかこうなりたいと思う様になっていた。
そしてある日、師匠とハンナおばさんが一向に進展しない俺たちの仲にいよいよ痺れを切らしたのか、工房を同時に休みにして俺たちの休みを合わせてくれた。
私たちは用事があるから二人で出かけるようにと言い渡された時の、タチアナの表情。あれは多分、意味を分かっている。
――いよいよか。
俺は、自分がこれから、告白という一世一代の大勝負に出る日が来たことを知った。
土色の壁の合間に出来た日陰に置かれた丸太に、俺とタチアナは横並びに座って昼飯を食べていた。
パンに肉団子と野菜を挟み込んだ、最近この辺りの屋台で流行っているお手軽料理だ。
甘酸っぱいタレが食欲をそそると評判で、我も我もと屋台がこぞって真似をし始め、あそこの屋台はうまい、あそこはタレがいまいちだなんて俺たちの間で日々議論されている。
それにしても逞しい。いいものはすぐに取り込むその商売根性は、これぞ庶民の底力というものなのかもしれなかった。
泣いている暇があるなら考えて工夫しろ。それは工房での仕事にも共通することで、俺はこの地域の人々の逞しさが好きだった。
「アリス、ずっとここに住むことになったんだって?」
タチアナが、エプロンの上に落ちたパンくずを摘んでパクリと口に放り込みながら俺に尋ねる。
「うん、そうだよ。タチアナもだよね?」
「うん」
俺が師匠の家で寝泊まりする様になって比較的すぐ後から、タチアナの姿を毎日見かける様になったのだ。
これまではちょくちょく見ないこともあったが、師匠にそれとなく尋ねたら、タチアナはハンナおばさんの家で暮らすことになったと教えてくれた。
こんな偶然あるだろうか。これは運命かな、そんな風に俺が密かに浮かれていても、これはちょっと仕方ないだろう。
タチアナの長かった茶色い髪は、今は肩の上でばっさりと切られて風になびいている。もう要らないから、と笑うタチアナは相変わらず化粧っ気がなく、俺はそんなタチアナの笑顔が大好きだった。
日焼けをすると痒くなるんだよね、と言って首元はいつも詰まった服を着ており、短くなった髪の上にぐるりと巻かれた布は如何にも職人という風情で、その女性らしさをとことん削った姿が俺の目には恐ろしく可愛く見えるんだから重症だ。
ちなみにこの頭に巻く布は、確かに髪の毛が邪魔にならないし日差しにも強いので、これは是非俺も真似しようと思って早速実践している。
タチアナとお揃いがいいから、なんて口が裂けても言えないが、師匠もハンナおばさんも何も言わずにニヤニヤしているから、きっと俺の浅はかな考えなんてお見通しなんだろう。
「急に決まったの?」
「うん。実家の仕事がいきなりお役御免になったから、これまで頑張ってた分、ここで好きなことをやらせてもらうことにしたんだ」
前から時折聞くことのあった家の仕事、というのが何かは分からなかったが、タチアナが触れないので俺も触れないことにしていた。もう過ぎたことは、知らなくても問題ない。大事なのは、これからの未来だ。――タチアナと俺の。
「へえー。よかったな!」
「うん、ありがとう」
と、このように、俺たちは休みの時間になると互いの近況を話し合う仲になっていた。タチアナが、大きく口を開いて最後のパンを口に放り込んだ後、美味しそうに目を細めながら俺を見る。
「それにしても、髪の毛が茶色いと変な感じだね」
「そう? タチアナみたいで結構気に入ってるんだけど」
「え?」
「あ! あは、ははは……」
俺の金髪は、この辺りでは目立つらしい。そういえばあまり金髪を見たことがないと師匠に言うと、この辺りに住んでいる人間は元々この地域に住んでいた人間の血が濃いのだと教えてくれた。
それを言われ、なるほど、と俺は即座に納得する。
俺たち王族は、遥か昔にここからは大分離れた場所からやって来て、この土地を自分たちのものとしたと歴史で習った。
領土拡大はどこにでもある話とはいえ、侵略された側からしてみれば、勝手にやって勝手に侵略し、勝手に王様を名乗られた訳である。勝手をするにもほどがあると思われても、言い訳のしようがない。
だから、俺のこの金髪は、侵略者の血が含まれている証明だってことだ。勿論、全員が全員そうな訳じゃない。
色んな肌の人もいるし、様々な土地から人が流入している。だが、目立つは目立つだろう。そして目立ってもいいことがないことくらい、分かった。
ということで、俺は髪の毛を木の葉で染めることにした。
俺が家出してきたことを知った師匠は、きっと探されるだろうと俺が躊躇いつつも伝えると、すぐに染色屋から染髪料を入手してくれた。
また余計なお金を使わせてしまったなと後悔したが、「今更弟子を盗られる気はないからな」と照れくさそうに言われては、遠慮など出来る筈もない。
師匠もタチアナもハンナおばさんも近所の人々も、皆大好きだ。余所者の俺を当たり前の様に受け入れてくれる度量の深さに、次第に俺は、自分もいつかこうなりたいと思う様になっていた。
そしてある日、師匠とハンナおばさんが一向に進展しない俺たちの仲にいよいよ痺れを切らしたのか、工房を同時に休みにして俺たちの休みを合わせてくれた。
私たちは用事があるから二人で出かけるようにと言い渡された時の、タチアナの表情。あれは多分、意味を分かっている。
――いよいよか。
俺は、自分がこれから、告白という一世一代の大勝負に出る日が来たことを知った。
0
お気に入りに追加
89
あなたにおすすめの小説
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。
呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました
しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。
そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。
そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。
全身包帯で覆われ、顔も見えない。
所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。
「なぜこのようなことに…」
愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。
同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!
悪役令嬢のビフォーアフター
すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。
腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ!
とりあえずダイエットしなきゃ!
そんな中、
あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・
そんな私に新たに出会いが!!
婚約者さん何気に嫉妬してない?
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
根暗令嬢の華麗なる転身
しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」
ミューズは茶会が嫌いだった。
茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。
公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。
何不自由なく、暮らしていた。
家族からも愛されて育った。
それを壊したのは悪意ある言葉。
「あんな不細工な令嬢見たことない」
それなのに今回の茶会だけは断れなかった。
父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。
婚約者選びのものとして。
国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず…
応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*)
ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。
同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。
立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。
一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。
描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。
ゆるりとお楽しみください。
こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。


醜い傷ありと蔑まれてきた私の顔に刻まれていたのは、選ばれし者の証である聖痕でした。今更、態度を改められても許せません。
木山楽斗
恋愛
エルーナの顔には、生まれつき大きな痣がある。
その痣のせいで、彼女は醜い傷ありと蔑まれて生きてきた。父親や姉達から嫌われて、婚約者からは婚約破棄されて、彼女は、痣のせいで色々と辛い人生を送っていたのである。
ある時、彼女の痣に関してとある事実が判明した。
彼女の痣は、聖痕と呼ばれる選ばれし者の証だったのだ。
その事実が判明して、彼女の周囲の人々の態度は変わった。父親や姉達からは媚を売られて、元婚約者からは復縁を迫られて、今までの態度とは正反対の態度を取ってきたのだ。
流石に、エルーナもその態度は頭にきた。
今更、態度を改めても許せない。それが彼女の素直な気持ちだったのだ。
※5話目の投稿で、間違って別の作品の5話を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。既に修正済みです。
【完結】リクエストにお答えして、今から『悪役令嬢』です。
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「断罪……? いいえ、ただの事実確認ですよ。」
***
ただ求められるままに生きてきた私は、ある日王子との婚約解消と極刑を突きつけられる。
しかし王子から「お前は『悪』だ」と言われ、周りから冷たい視線に晒されて、私は気づいてしまったのだ。
――あぁ、今私に求められているのは『悪役』なのだ、と。
今まで溜まっていた鬱憤も、ずっとしてきた我慢も。
それら全てを吐き出して私は今、「彼らが望む『悪役』」へと変貌する。
これは従順だった公爵令嬢が一転、異色の『悪役』として王族達を相手取り、様々な真実を紐解き果たす。
そんな復讐と解放と恋の物語。
◇ ◆ ◇
※カクヨムではさっぱり断罪版を、アルファポリスでは恋愛色強めで書いています。
さっぱり断罪が好み、または読み比べたいという方は、カクヨムへお越しください。
カクヨムへのリンクは画面下部に貼ってあります。
※カクヨム版が『カクヨムWeb小説短編賞2020』中間選考作品に選ばれました。
選考結果如何では、こちらの作品を削除する可能性もありますので悪しからず。
※表紙絵はフリー素材を拝借しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる