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64 キラの風魔法
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熱風に煽られながら、キラの元に駆け寄る。走る勢いのまま、黒竜がいる方向に防御の【マグナム】をひとつ投げた。
ドウウウンッ! という激しい爆発音と共に、青い防御壁が爆風の形となり周囲を覆う。
「またとんでもない物作りましたね」
呆れ顔でキラに言われたが、マーリカは胸を張った。
「発想の転換よ!」
マーリカの返答に、キラはフッと笑う。
「ありがとうございます。何だかんだ言って、実は結構危なかったんです。来てくれて助かりました」
キラはマーリカを背中に庇うと、急に真剣な横顔に切り替わった。
「という訳で、お嬢! 背中から抱きついて下さい! キツめにお願いします!」
「ひえっ」
突然何を言い出したと思ったが、炎の色を映しても、キラの顔色がよくないことに気付く。魔力枯渇が近いのか。肩で息をしていて、かなり苦しそうだ。
「ハア……ッ! ハア……ッ!」
キラの息の荒さに、マーリカは不安になった。日頃何事も完璧にこなすキラの弱点は、魔力量の少なさにある。普通に暮らす分には全く支障はないが、なまじ複雑な魔法を知っているだけに、つい使い過ぎてしまうのかもしれない。先程の同時に二つの魔法など、その最たるものだ。
「早くっ!」
急かされたマーリカは、覚悟を決めてキラに飛びつく。マーリカに出来ることは、魔力の供給だ。だからどんなに恥ずかしかろうが、やらないという選択肢はなかった。
「え、えい!」
片手に核入りの瓶、もう片方に残りの防御の【マグナム】を掴んだままひっつく。途端、マーリカからキラに魔力がぐんぐん流れ始めた。一瞬、くらりと目眩がする。
辺りの空気は炎で温められ、息苦しいくらいだ。だけど、魔魚の鱗の鎧はひんやりとしたままだった。この鱗が持つ可能性は、実は物凄いのでは。こんな状況だが、マーリカは思わず感心してしまった。
魔力を全く有効活用出来ていないマーリカと、技はあるのに魔力量が圧倒的に足りていないキラ。やはり戦闘中はこれ以上離れるのは危険すぎる。マーリカは心の中で小さく頷くと、何としてでもキラについていこうと決めた。
キラの息が、徐々に整っていく。煤だらけの銀髪がさらりとマーリカのまぶたをくすぐった。顔を上げると、肩越しにキラがマーリカを見下ろし笑みを浮かべている。
「ハア……ッ! ああ、助かりました……っ」
キラのこの様子では、本当にギリギリだったみたいだ。間に合ってよかったと、マーリカはホッとする。
「全然問題ないわ! どんどん吸い取って頂戴!」
マーリカも笑顔を向けると、キラが柔らかい笑みを浮かべた。
「あはは。さすがお嬢、頼もしいです」
「ムーンシュタイナーの民は逞しいのよ、キラ!」
「ああ、そうでしたね」
マーリカは、自分が存在することでキラの助けになったと嬉しくなる。
そういえば、とキラにひっついたまま、周囲をぐるりと確認した。
木の枝にいる男の前には、頑丈そうな青い防御壁が相変わらず展開されている。爆風の形に固まっているこちらの防御壁の内側では、兵たちが男に向かって攻撃を続けていた。だが、全て弾かれてしまっている。
一定量キラの方に注がれると、キラの魔力が満杯になったのか、魔力の移動が止まった。キラも同じことを感じたのだろう、やや不安そうな表情で尋ねてくる。
「お嬢、本当にまだ大丈夫?」
マーリカはにっこりと笑い、頷いた。魔力枯渇の経験がないので何とも言えないが、不調は一切感じていない。魔力量が多いと判定されているので、本当に多いのだろう。とりあえず今まで大量に【マグナム】を作っても、先程のキラの様に具合が悪くなったりしたことは一度もなかった。別に余裕、である。
ちなみに、魔力枯渇を起こした場合、昏倒することもあるそうだ。だが、実はその先があり、生命を魔力に変換して使うことも魔力操作に長けた者なら出来ると魔導書に書いてあった。絶体絶命の状況に陥った場合のみ使用すること、何故なら失われた生命力は戻らないから、だそうだ。
マーリカは全く以て魔力操作に長けていないので「ふーん」としか思わなかったが、キラは魔力操作が抜群なのに魔力量は普通の量しかない。今の様な危機の際、誰かを守る為に生命を使う可能性も考えられた。
そして、ここメイテールにはキラが守りたいものが沢山ある。だったら、やることは限られた。キラから片時も離れず、術者を捕まえた上で、黒竜に付いている枷を外すのだ。
さっそくマーリカは提案をする。
「キラ! あの木を切り倒しちゃいましょう!」
「……は?」
木がなくなれば、男は地上に降りてこざるを得ない。そうなれば、物理攻撃が届く。
そう、マーリカは気付いていたのだ。この防御壁は、中に入ってしまえばいいのだ、と。
「落ちてきたら、防御壁の中に飛び込んでボコボコにするのよ! 物理攻撃が出来る兵なら、こっちの方が手数はあるわ!」
鼻息の荒いマーリカの提案にキラは目を点にして聞いていたが、やがて「……ふはっ」と笑うと、くるりと振り向きマーリカを腕に掻き抱いた。
「ひゃっ」
「……お嬢、やっぱり最高」
そう囁くと、マーリカの赤味を帯びた髪の毛に鼻先を突っ込みながら、片手をスッと大木の幹に向ける。
「烈風よ、全てを切り裂け――ラファーガ!」
キラが風魔法を唱えた途端、燃え盛っていた炎が全て渦状に立ち昇った。キラの腕の動きに合わせ、剛速で上空に巻き上げられていく。
「おおっ!?」
髪の毛がチリチリになった煤だらけのユーリスやアーガス、それに騎士団の兵たちが、急に目の前から炎が消えた真っ黒な地面の上で、キョロキョロとした。
掲げられていたキラの手が、勢いよく大木に向かって振り下ろされる。
「――いけ」
キラの涼やかな声が頭上から降ってきたと同時に、火炎の風が大木を襲った。
炎と風に包まれた大木は、切り刻まれ燃やされていき、黒い灰を天へ飛ばしていく。
「わ、わっ! ちょっと待って!」
根元から炭に変わっていく大木が、ゆっくりと倒れていった。木の枝の男は立っていることが出来ず、「わああっ!」と情けない甲高い悲鳴を上げながら、燃える葉の中にその姿を消す。
「ひ、ひいいいっ!」
という声が聞こえるので、どうやらまだ無事な様だ。
キラは周囲を見回すと、口をぽかんと開けている兵たちに指示を出した。
「落ちてきたところを確保しろ! 詠唱出来ないよう、口をふさげ!」
「はっ!」
ミシリ、バリバリバリッ! と大木が音を立てて崩れていく。大木がゆっくりと傾いていった。土砂と灰と火花を巻き上げると、ズウウウン……ッ! と地面を振動させ、倒れる。
「捕まえろ!」
「はっ!」
キラの指示で、兵たちが大木を取り囲んだ。兵たちが、火がくすぶる幹の下敷きになった男を発見すると、大木の下から引っ張り出す。
「防御壁がある所為で怪我ひとつしてないぞ」
忌々しげにユーリスが吐き捨てた。
「さっさと縛って口を塞ぐぞ!」
ユーリスの掛け声に、兵たちが駆け寄ってきた。ひとまずはこれで術者の方は何とかなりそうだ。
マーリカが辺りを確認すると、煙が立ち込める防御壁の向こうに黒竜の姿が見えた。キラの袖をツンツンと引っ張ると、黒竜を指差す。
「キラ、枷を外してあげてほしいの」
黒竜はぐったりと頭を地面に投げ出して、口から熱そうな煙を吐いている。弱々しい姿に、憐れみを覚えた。
「お嬢、魔力借りますよ」
「ええ」
キラは魔魚の核をひとつ瓶から掴み取ると、マーリカを腕に抱いたまま暫し集中する。火の属性の【マグナム】が出来上がると、今度は【マグナム】の周りに防御魔法をかけ、軽く黒竜に向かって投げた。
キラの風魔法の操作によって黒竜の枷の前までふよふよと漂って近付いた【マグナム】を、青竜の時と同様に指で宙をツン、と突いて押す。
核に触れた【マグナム】が爆発し、青く光る枷がパラパラと地面に落ちて消えていった。
マーリカは感心してその様子を眺めていたが、黒竜が目をパチパチさせてマーリカを見たことで、自分がすべきことを思い出す。
パッと顔を上げると、キラを見上げた。
「キラ、私あの子に黒竜の鱗から出来た核を渡してくるわ!」
「あ、じゃあ魔泉を閉じる用に核を数個下さい」
キラが瓶の中をひと掴みした後は、残りは三分の一程度の量になる。鱗から生まれた魔魚はまだまだムーンシュタイナー領の湖を泳いでいるし、繁殖もしているから全てを返すことは出来ない。それでも。
「ちょっと行ってくるわ!」
マーリカには、防御の【マグナム】の効果がまだ効いている。仕方ないなあという笑顔で頷いたキラを確認してから、黒竜の元へと駆け足で向かった。
ドウウウンッ! という激しい爆発音と共に、青い防御壁が爆風の形となり周囲を覆う。
「またとんでもない物作りましたね」
呆れ顔でキラに言われたが、マーリカは胸を張った。
「発想の転換よ!」
マーリカの返答に、キラはフッと笑う。
「ありがとうございます。何だかんだ言って、実は結構危なかったんです。来てくれて助かりました」
キラはマーリカを背中に庇うと、急に真剣な横顔に切り替わった。
「という訳で、お嬢! 背中から抱きついて下さい! キツめにお願いします!」
「ひえっ」
突然何を言い出したと思ったが、炎の色を映しても、キラの顔色がよくないことに気付く。魔力枯渇が近いのか。肩で息をしていて、かなり苦しそうだ。
「ハア……ッ! ハア……ッ!」
キラの息の荒さに、マーリカは不安になった。日頃何事も完璧にこなすキラの弱点は、魔力量の少なさにある。普通に暮らす分には全く支障はないが、なまじ複雑な魔法を知っているだけに、つい使い過ぎてしまうのかもしれない。先程の同時に二つの魔法など、その最たるものだ。
「早くっ!」
急かされたマーリカは、覚悟を決めてキラに飛びつく。マーリカに出来ることは、魔力の供給だ。だからどんなに恥ずかしかろうが、やらないという選択肢はなかった。
「え、えい!」
片手に核入りの瓶、もう片方に残りの防御の【マグナム】を掴んだままひっつく。途端、マーリカからキラに魔力がぐんぐん流れ始めた。一瞬、くらりと目眩がする。
辺りの空気は炎で温められ、息苦しいくらいだ。だけど、魔魚の鱗の鎧はひんやりとしたままだった。この鱗が持つ可能性は、実は物凄いのでは。こんな状況だが、マーリカは思わず感心してしまった。
魔力を全く有効活用出来ていないマーリカと、技はあるのに魔力量が圧倒的に足りていないキラ。やはり戦闘中はこれ以上離れるのは危険すぎる。マーリカは心の中で小さく頷くと、何としてでもキラについていこうと決めた。
キラの息が、徐々に整っていく。煤だらけの銀髪がさらりとマーリカのまぶたをくすぐった。顔を上げると、肩越しにキラがマーリカを見下ろし笑みを浮かべている。
「ハア……ッ! ああ、助かりました……っ」
キラのこの様子では、本当にギリギリだったみたいだ。間に合ってよかったと、マーリカはホッとする。
「全然問題ないわ! どんどん吸い取って頂戴!」
マーリカも笑顔を向けると、キラが柔らかい笑みを浮かべた。
「あはは。さすがお嬢、頼もしいです」
「ムーンシュタイナーの民は逞しいのよ、キラ!」
「ああ、そうでしたね」
マーリカは、自分が存在することでキラの助けになったと嬉しくなる。
そういえば、とキラにひっついたまま、周囲をぐるりと確認した。
木の枝にいる男の前には、頑丈そうな青い防御壁が相変わらず展開されている。爆風の形に固まっているこちらの防御壁の内側では、兵たちが男に向かって攻撃を続けていた。だが、全て弾かれてしまっている。
一定量キラの方に注がれると、キラの魔力が満杯になったのか、魔力の移動が止まった。キラも同じことを感じたのだろう、やや不安そうな表情で尋ねてくる。
「お嬢、本当にまだ大丈夫?」
マーリカはにっこりと笑い、頷いた。魔力枯渇の経験がないので何とも言えないが、不調は一切感じていない。魔力量が多いと判定されているので、本当に多いのだろう。とりあえず今まで大量に【マグナム】を作っても、先程のキラの様に具合が悪くなったりしたことは一度もなかった。別に余裕、である。
ちなみに、魔力枯渇を起こした場合、昏倒することもあるそうだ。だが、実はその先があり、生命を魔力に変換して使うことも魔力操作に長けた者なら出来ると魔導書に書いてあった。絶体絶命の状況に陥った場合のみ使用すること、何故なら失われた生命力は戻らないから、だそうだ。
マーリカは全く以て魔力操作に長けていないので「ふーん」としか思わなかったが、キラは魔力操作が抜群なのに魔力量は普通の量しかない。今の様な危機の際、誰かを守る為に生命を使う可能性も考えられた。
そして、ここメイテールにはキラが守りたいものが沢山ある。だったら、やることは限られた。キラから片時も離れず、術者を捕まえた上で、黒竜に付いている枷を外すのだ。
さっそくマーリカは提案をする。
「キラ! あの木を切り倒しちゃいましょう!」
「……は?」
木がなくなれば、男は地上に降りてこざるを得ない。そうなれば、物理攻撃が届く。
そう、マーリカは気付いていたのだ。この防御壁は、中に入ってしまえばいいのだ、と。
「落ちてきたら、防御壁の中に飛び込んでボコボコにするのよ! 物理攻撃が出来る兵なら、こっちの方が手数はあるわ!」
鼻息の荒いマーリカの提案にキラは目を点にして聞いていたが、やがて「……ふはっ」と笑うと、くるりと振り向きマーリカを腕に掻き抱いた。
「ひゃっ」
「……お嬢、やっぱり最高」
そう囁くと、マーリカの赤味を帯びた髪の毛に鼻先を突っ込みながら、片手をスッと大木の幹に向ける。
「烈風よ、全てを切り裂け――ラファーガ!」
キラが風魔法を唱えた途端、燃え盛っていた炎が全て渦状に立ち昇った。キラの腕の動きに合わせ、剛速で上空に巻き上げられていく。
「おおっ!?」
髪の毛がチリチリになった煤だらけのユーリスやアーガス、それに騎士団の兵たちが、急に目の前から炎が消えた真っ黒な地面の上で、キョロキョロとした。
掲げられていたキラの手が、勢いよく大木に向かって振り下ろされる。
「――いけ」
キラの涼やかな声が頭上から降ってきたと同時に、火炎の風が大木を襲った。
炎と風に包まれた大木は、切り刻まれ燃やされていき、黒い灰を天へ飛ばしていく。
「わ、わっ! ちょっと待って!」
根元から炭に変わっていく大木が、ゆっくりと倒れていった。木の枝の男は立っていることが出来ず、「わああっ!」と情けない甲高い悲鳴を上げながら、燃える葉の中にその姿を消す。
「ひ、ひいいいっ!」
という声が聞こえるので、どうやらまだ無事な様だ。
キラは周囲を見回すと、口をぽかんと開けている兵たちに指示を出した。
「落ちてきたところを確保しろ! 詠唱出来ないよう、口をふさげ!」
「はっ!」
ミシリ、バリバリバリッ! と大木が音を立てて崩れていく。大木がゆっくりと傾いていった。土砂と灰と火花を巻き上げると、ズウウウン……ッ! と地面を振動させ、倒れる。
「捕まえろ!」
「はっ!」
キラの指示で、兵たちが大木を取り囲んだ。兵たちが、火がくすぶる幹の下敷きになった男を発見すると、大木の下から引っ張り出す。
「防御壁がある所為で怪我ひとつしてないぞ」
忌々しげにユーリスが吐き捨てた。
「さっさと縛って口を塞ぐぞ!」
ユーリスの掛け声に、兵たちが駆け寄ってきた。ひとまずはこれで術者の方は何とかなりそうだ。
マーリカが辺りを確認すると、煙が立ち込める防御壁の向こうに黒竜の姿が見えた。キラの袖をツンツンと引っ張ると、黒竜を指差す。
「キラ、枷を外してあげてほしいの」
黒竜はぐったりと頭を地面に投げ出して、口から熱そうな煙を吐いている。弱々しい姿に、憐れみを覚えた。
「お嬢、魔力借りますよ」
「ええ」
キラは魔魚の核をひとつ瓶から掴み取ると、マーリカを腕に抱いたまま暫し集中する。火の属性の【マグナム】が出来上がると、今度は【マグナム】の周りに防御魔法をかけ、軽く黒竜に向かって投げた。
キラの風魔法の操作によって黒竜の枷の前までふよふよと漂って近付いた【マグナム】を、青竜の時と同様に指で宙をツン、と突いて押す。
核に触れた【マグナム】が爆発し、青く光る枷がパラパラと地面に落ちて消えていった。
マーリカは感心してその様子を眺めていたが、黒竜が目をパチパチさせてマーリカを見たことで、自分がすべきことを思い出す。
パッと顔を上げると、キラを見上げた。
「キラ、私あの子に黒竜の鱗から出来た核を渡してくるわ!」
「あ、じゃあ魔泉を閉じる用に核を数個下さい」
キラが瓶の中をひと掴みした後は、残りは三分の一程度の量になる。鱗から生まれた魔魚はまだまだムーンシュタイナー領の湖を泳いでいるし、繁殖もしているから全てを返すことは出来ない。それでも。
「ちょっと行ってくるわ!」
マーリカには、防御の【マグナム】の効果がまだ効いている。仕方ないなあという笑顔で頷いたキラを確認してから、黒竜の元へと駆け足で向かった。
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