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62 黒竜再び
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聖属性の【マグナム】が、地面に溜まった泥水を撒き散らしながら爆発する。
ビシャビシャッ! と水礫が飛んできたが、マーリカとキラは防御魔法で事なきを得た。だが、防御されていなかったユーリスは、泥水の攻撃を思い切りその身に受ける。
「イタタタッ!」
キラが、全身泥だらけになったユーリスを見た。
「あ、すみません」
大して済まないとも思っていなそうな涼やかな表情だった。ユーリスが、ちょっぴり寂しそうな表情を見せる。
魔魚の鱗の鎧はさすがと言うべきか、すぐに泥が落ちそこだけ七色に光り輝いていた。
ユーリスは、感心した様に鎧を見下ろす。ちなみに基本弟に激甘なので、こんなことでは怒らないらしい。
「まあ、俺はいい。他の者も怪我はないか!?」
魔泉の周囲を警戒していた兵たちに声を掛けた。マーリカとキラが引き連れてきた青竜をただあんぐりと口を開けて眺めていた彼らは、この爆発でようやく正気を取り戻した様だ。
「だ、大丈夫です!」
「問題ありません!」
「さすが精霊の御子様とその奥方だ……!」
いつの間にか奥方になっているが、今はそこに食いついている場合ではない。
聖属性の爆発を受けた魔泉の大きさを確認する。相変わらず闇の球体はそこに存在しているが――。
マーリカが、小首を傾げた。
「少し小さくなったかしら?」
「若干、というとこかな?」
ユーリスが答えると、キラは再び聖属性の【マグナム】を取り出した。
「ガンガン投げましょ」
「私もやるわ!」
マーリカが【マグナム】に手をさっと伸ばすと、キラは咄嗟に背中を向けてそれを阻止する。
「ちょっとキラ!」
「お嬢が持っただけで爆発しそうで」
「さ、さすがにしないわよ!」
多分、と付け加えると、ユーリスが笑いながらキラに近寄り、【マグナム】を掴んでは投げ、掴んでは投げを始めた。
ドウウウウンッ! バアアアンッ! と爆発音が連続し、辺りが白い光に包まれる。空気中にキラキラと光の粒子が舞い、魔魚の湖が朝日を受け輝く光景を思い起こさせた。
皆、今頃必死で作業をしているのだろうか。ならば自分もまだまだ頑張らないと、とマーリカはやる気に火を点けた。ムーンシュタイナーの民は逞しいのだから、自分も共に踏ん張らねばと思う。
光の散乱と砂煙が落ち着いてきた。
宙には相変わらず魔泉の闇の球体が浮かんではいるが、半分程度まで縮小している。
キラが安堵の息を吐いた。推測はしていたがやはり不安だったのだろう、今は肩の力が抜けている。
「――大分小さくなりましたね」
「やっぱり効果があるんだわ!」
聖属性の【マグナム】を大量消費することにはなるが、恐らくは使われた闇属性の魔力分を注げば、閉じるに違いない。これならいける、メイテール領を救える筈、とマーリカは嬉しくなった。無理を押して来て正解だった。そのことが分かり、キラに負担を掛けていたのではという罪悪感が薄れていく。
「キラ、まだあるか?」
ユーリスが手を伸ばした。キラはふるふると首を横に振る。
「また作ります。お嬢、核を――」
再びマーリカの背後に回ると、キラが腰に手を回してきた。【マグナム】を作る為とはいえ、大勢の兵たちに見られながらのこの体勢は、かなり恥ずかしい。
「へっは、はいっ」
あがると変な声を出すのはマーリカの常だ。背後でキラが口角を上げているなど気付いていないマーリカは、きゅぽっと瓶の蓋を開けた。
すると。
「……あれは何だ!?」
ユーリスの叫びにも近い怒鳴り声に、周囲の兵たちがキラとマーリカに向けていた生ぬるくも羨望を含んだ目線を、小さくなった魔泉に一斉に向ける。
「あれは……っ!」
キラが、驚きの声を上げた。
闇の中から、ヌッと現れた鱗に覆われた黒い手。かぎ爪は鋭く、先程の青竜のものよりもひと回りは大きい。
「お嬢! 下がりましょう!」
「ひえっ」
マーリカの腰を抱えると、キラは一目散に魔泉から離れていった。
「総員撤退! 巨大な魔物だ!」
キラの指示に、アーガスとユーリスも自身の部下たちを急かして魔泉から距離を置く。
魔魚の鱗の盾を構えたユーリスが、叫んだ。
「キラ! 早く【マグナム】を!」
「ええ! お嬢、核を!」
「わ、分かったわ!」
マーリカは瓶に手を突っ込み、核をキラに手渡す。
「急いで作ります!」
キラが集中し始めたその時。
魔泉から、突然ズン! と黒い鼻面が飛び出してきた。
「危ない!」
「きゃっ!」
それは、黒竜の頭だった。ぐりぐりと魔泉を広げるようにして顔を覗かせると、マーリカを正面に捉える。
「な……っ!? お嬢を見てる!?」
攻撃を仕掛ける様子はなく、黒竜はただマーリカをじっと見ているだけだ。
「グアアア」
低い鳴き声が、黒竜の口から漏れた。火属性なのだろう、鼻息すら熱く、蒸気で髪の毛がチリチリになってしまいそうだ。
「クアアア」
黒竜が、鼻をスンスンさせながら鼻先をマーリカに近づけてくる。
「お嬢、もっと下がろう!」
キラがマーリカを後ろに引こうとしたが、マーリカはそれを止めた。この黒竜からは、敵意を感じないのだ。それよりも、何かを探している様な気がしてならない。
「待って、この子……っ」
黒竜は出来るだけ顔を伸ばすと、マーリカの腕の中にある瓶に鼻を近づけた。
「お嬢……っ」
「まさかこの子、魔魚の核の匂いが気になってるんじゃ」
「……え?」
考えてみれば、ムーンシュタイナー領の魔魚は、黒竜の鱗が水に溶けたものから生まれている。
「あの時の黒竜より、大分大きいわ。もしかして親だったりするのかも……」
異界に行ってしまい、戻ってこない我が子を探していた。そして開いた魔泉から、子の匂いが香ってきたから顔を覗かせた。そういうことだったなら。
「……核、持って帰る?」
マーリカが黒竜に問いかけると、黒竜は小さな鼻息を吐きながら、「クアアア」と返事をする。
黒竜が、口を小さく開けた。
「お嬢……っ」
キラが焦り声を出したが、マーリカは構わず瓶を黒竜の口に運ぶ。燃やすなら即座に燃やせるのだ。それでもやらないのは、黒竜に敵意がなく、マーリカの話を理解しているからだと思えた。
瓶を黒竜の口の中に置こうとした、その瞬間。
キイイインッという空間が軋む様な甲高い音が、マーリカと黒竜に迫ってきた。
「えっ!?」
一体何事かとマーリカが振り返ろうする。だが、突然ドンッ! と固いもので身体が押し飛ばされ、叶わなかった。
「きゃああっ!」
「うわっ!」
マーリカの背後にいたキラが、マーリカをひしと受け止めながら共に吹き飛ばされる。
「ぐあっ!」
背中を木の幹に殴打したが、防御魔法のお陰で大した痛みを覚えずに済んだ。
「な、なんだ……!?」
瓶の蓋が開いていた為、ぶつかった勢いで辺りに核が散らばっている。
「拾わなくちゃ!」
マーリカが慌ててしゃがみ込んだ。
「待ってお嬢!」
そんなマーリカの鎧の襟首を、キラが遠慮なく掴んで引き戻す。キラは時折扱いが雑だった。
「うぐっ」
「あ、済まない」
ユーリスの時よりは感情が込められた謝罪に、マーリカは喉を押さえながら「大丈夫」と頷く。腰を持って支えられたマーリカが、前方を見た。同じくキラも、前方に目線をやり――。
「な……っ!」
「ど、どうして!?」
グアア、ゴアアと低い咆哮を続けているのは、狭い魔泉から首をありったけ伸ばした黒竜だった。その首の付け根には、見覚えのある魔法陣が煌めいている。
先程のとは違い、白に近い青に光る魔法陣だった。
「わあい! すっごい大物手に入れちゃった!」
「は……?」
場違いに明るい声の源を探す。キョロキョロと見回していると、上の方からケラケラという笑い声が響いてきた。
「あそこだ!」
兵たちが指を差した先にあったのは、大木だ。その上の方に生えた太い枝から、足が二本プラプラと楽しそうに動いている。
「あ、見つかっちゃったあ!」
アハハ、と笑ったその声の持ち主は、褐色の肌をしたゴルゴア王国民と思われる若い男だった。
ビシャビシャッ! と水礫が飛んできたが、マーリカとキラは防御魔法で事なきを得た。だが、防御されていなかったユーリスは、泥水の攻撃を思い切りその身に受ける。
「イタタタッ!」
キラが、全身泥だらけになったユーリスを見た。
「あ、すみません」
大して済まないとも思っていなそうな涼やかな表情だった。ユーリスが、ちょっぴり寂しそうな表情を見せる。
魔魚の鱗の鎧はさすがと言うべきか、すぐに泥が落ちそこだけ七色に光り輝いていた。
ユーリスは、感心した様に鎧を見下ろす。ちなみに基本弟に激甘なので、こんなことでは怒らないらしい。
「まあ、俺はいい。他の者も怪我はないか!?」
魔泉の周囲を警戒していた兵たちに声を掛けた。マーリカとキラが引き連れてきた青竜をただあんぐりと口を開けて眺めていた彼らは、この爆発でようやく正気を取り戻した様だ。
「だ、大丈夫です!」
「問題ありません!」
「さすが精霊の御子様とその奥方だ……!」
いつの間にか奥方になっているが、今はそこに食いついている場合ではない。
聖属性の爆発を受けた魔泉の大きさを確認する。相変わらず闇の球体はそこに存在しているが――。
マーリカが、小首を傾げた。
「少し小さくなったかしら?」
「若干、というとこかな?」
ユーリスが答えると、キラは再び聖属性の【マグナム】を取り出した。
「ガンガン投げましょ」
「私もやるわ!」
マーリカが【マグナム】に手をさっと伸ばすと、キラは咄嗟に背中を向けてそれを阻止する。
「ちょっとキラ!」
「お嬢が持っただけで爆発しそうで」
「さ、さすがにしないわよ!」
多分、と付け加えると、ユーリスが笑いながらキラに近寄り、【マグナム】を掴んでは投げ、掴んでは投げを始めた。
ドウウウウンッ! バアアアンッ! と爆発音が連続し、辺りが白い光に包まれる。空気中にキラキラと光の粒子が舞い、魔魚の湖が朝日を受け輝く光景を思い起こさせた。
皆、今頃必死で作業をしているのだろうか。ならば自分もまだまだ頑張らないと、とマーリカはやる気に火を点けた。ムーンシュタイナーの民は逞しいのだから、自分も共に踏ん張らねばと思う。
光の散乱と砂煙が落ち着いてきた。
宙には相変わらず魔泉の闇の球体が浮かんではいるが、半分程度まで縮小している。
キラが安堵の息を吐いた。推測はしていたがやはり不安だったのだろう、今は肩の力が抜けている。
「――大分小さくなりましたね」
「やっぱり効果があるんだわ!」
聖属性の【マグナム】を大量消費することにはなるが、恐らくは使われた闇属性の魔力分を注げば、閉じるに違いない。これならいける、メイテール領を救える筈、とマーリカは嬉しくなった。無理を押して来て正解だった。そのことが分かり、キラに負担を掛けていたのではという罪悪感が薄れていく。
「キラ、まだあるか?」
ユーリスが手を伸ばした。キラはふるふると首を横に振る。
「また作ります。お嬢、核を――」
再びマーリカの背後に回ると、キラが腰に手を回してきた。【マグナム】を作る為とはいえ、大勢の兵たちに見られながらのこの体勢は、かなり恥ずかしい。
「へっは、はいっ」
あがると変な声を出すのはマーリカの常だ。背後でキラが口角を上げているなど気付いていないマーリカは、きゅぽっと瓶の蓋を開けた。
すると。
「……あれは何だ!?」
ユーリスの叫びにも近い怒鳴り声に、周囲の兵たちがキラとマーリカに向けていた生ぬるくも羨望を含んだ目線を、小さくなった魔泉に一斉に向ける。
「あれは……っ!」
キラが、驚きの声を上げた。
闇の中から、ヌッと現れた鱗に覆われた黒い手。かぎ爪は鋭く、先程の青竜のものよりもひと回りは大きい。
「お嬢! 下がりましょう!」
「ひえっ」
マーリカの腰を抱えると、キラは一目散に魔泉から離れていった。
「総員撤退! 巨大な魔物だ!」
キラの指示に、アーガスとユーリスも自身の部下たちを急かして魔泉から距離を置く。
魔魚の鱗の盾を構えたユーリスが、叫んだ。
「キラ! 早く【マグナム】を!」
「ええ! お嬢、核を!」
「わ、分かったわ!」
マーリカは瓶に手を突っ込み、核をキラに手渡す。
「急いで作ります!」
キラが集中し始めたその時。
魔泉から、突然ズン! と黒い鼻面が飛び出してきた。
「危ない!」
「きゃっ!」
それは、黒竜の頭だった。ぐりぐりと魔泉を広げるようにして顔を覗かせると、マーリカを正面に捉える。
「な……っ!? お嬢を見てる!?」
攻撃を仕掛ける様子はなく、黒竜はただマーリカをじっと見ているだけだ。
「グアアア」
低い鳴き声が、黒竜の口から漏れた。火属性なのだろう、鼻息すら熱く、蒸気で髪の毛がチリチリになってしまいそうだ。
「クアアア」
黒竜が、鼻をスンスンさせながら鼻先をマーリカに近づけてくる。
「お嬢、もっと下がろう!」
キラがマーリカを後ろに引こうとしたが、マーリカはそれを止めた。この黒竜からは、敵意を感じないのだ。それよりも、何かを探している様な気がしてならない。
「待って、この子……っ」
黒竜は出来るだけ顔を伸ばすと、マーリカの腕の中にある瓶に鼻を近づけた。
「お嬢……っ」
「まさかこの子、魔魚の核の匂いが気になってるんじゃ」
「……え?」
考えてみれば、ムーンシュタイナー領の魔魚は、黒竜の鱗が水に溶けたものから生まれている。
「あの時の黒竜より、大分大きいわ。もしかして親だったりするのかも……」
異界に行ってしまい、戻ってこない我が子を探していた。そして開いた魔泉から、子の匂いが香ってきたから顔を覗かせた。そういうことだったなら。
「……核、持って帰る?」
マーリカが黒竜に問いかけると、黒竜は小さな鼻息を吐きながら、「クアアア」と返事をする。
黒竜が、口を小さく開けた。
「お嬢……っ」
キラが焦り声を出したが、マーリカは構わず瓶を黒竜の口に運ぶ。燃やすなら即座に燃やせるのだ。それでもやらないのは、黒竜に敵意がなく、マーリカの話を理解しているからだと思えた。
瓶を黒竜の口の中に置こうとした、その瞬間。
キイイインッという空間が軋む様な甲高い音が、マーリカと黒竜に迫ってきた。
「えっ!?」
一体何事かとマーリカが振り返ろうする。だが、突然ドンッ! と固いもので身体が押し飛ばされ、叶わなかった。
「きゃああっ!」
「うわっ!」
マーリカの背後にいたキラが、マーリカをひしと受け止めながら共に吹き飛ばされる。
「ぐあっ!」
背中を木の幹に殴打したが、防御魔法のお陰で大した痛みを覚えずに済んだ。
「な、なんだ……!?」
瓶の蓋が開いていた為、ぶつかった勢いで辺りに核が散らばっている。
「拾わなくちゃ!」
マーリカが慌ててしゃがみ込んだ。
「待ってお嬢!」
そんなマーリカの鎧の襟首を、キラが遠慮なく掴んで引き戻す。キラは時折扱いが雑だった。
「うぐっ」
「あ、済まない」
ユーリスの時よりは感情が込められた謝罪に、マーリカは喉を押さえながら「大丈夫」と頷く。腰を持って支えられたマーリカが、前方を見た。同じくキラも、前方に目線をやり――。
「な……っ!」
「ど、どうして!?」
グアア、ゴアアと低い咆哮を続けているのは、狭い魔泉から首をありったけ伸ばした黒竜だった。その首の付け根には、見覚えのある魔法陣が煌めいている。
先程のとは違い、白に近い青に光る魔法陣だった。
「わあい! すっごい大物手に入れちゃった!」
「は……?」
場違いに明るい声の源を探す。キョロキョロと見回していると、上の方からケラケラという笑い声が響いてきた。
「あそこだ!」
兵たちが指を差した先にあったのは、大木だ。その上の方に生えた太い枝から、足が二本プラプラと楽しそうに動いている。
「あ、見つかっちゃったあ!」
アハハ、と笑ったその声の持ち主は、褐色の肌をしたゴルゴア王国民と思われる若い男だった。
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