生意気従者とマグナム令嬢

ミドリ

文字の大きさ
上 下
60 / 76

59 心臓の音

しおりを挟む
 晴れて恋人同士となったキラとマーリカであったが、だからといってそのままいちゃついていられる訳ではない。

 ドオオオオンッ! という激しい爆発音と共に、木々が大きく揺れる。兵のひとりが【マグナム】で攻撃したのだろう。

「グアアアアアッ!!!!」

 続いて、地を揺らす様な魔物の咆哮が鳴り響いた。空気が揺り動かされるほどの振動に、馬たちが慄き暴れ出す。軍馬なので多少のことでは動じない筈だが、姿は見えなくとも森の奥で暴れる魔物の強大さは感じ取れるのだろう。

 二人が跨る白馬も、ヒヒイインッといななき前脚を掲げた。マーリカの身体がキラにぶつかり、二人一緒に宙へ投げ出されそうになる。

「きゃっ!」
「お嬢!」

 キラは咄嗟にマーリカを捕まえると、足の力だけで馬上に留まった。マーリカもキラにしがみつき、辛うじて落馬を免れる。白馬はイヤイヤをする様に首を左右に振りながら、じりじりと後退していった。

「落ち着け!」

 宥めようとキラが白馬の首を叩いても、興奮しており暴れるのをやめない。これはもうこの先進むのは無理そうだ。

「く……っ!」

 キラが馬の頭を後ろに向けると、白馬はようやく少しだけ落ち着きを見せた。

「くそっ! 皆! 状況はどうだ!?」

 キラの声に、ユーリスが答える。

「こりゃ駄目だ! 怯えてしまって役に立たない!」

 背後の様子は、どれも似た様な状況だった。馬のいななきがあちこちから響いてきており、隊列は乱れまくっている。戦場に慣れている筈の馬たちが右往左往し、中には主人を落馬させ駆け戻ってしまっている馬もいるくらいだった。

 それほどに、竜という存在は畏怖の対象なのだろう。一旦恐れをなした以上、容易にそれを克服することは無理だった。

 ユーリスがキラに向かって叫ぶ。

「キラ! こりゃ駄目だ! 馬が興奮してこれ以上進めないぞ!」
「チッ! 仕方ない、馬を降りて向かいましょう!」
「分かった!」

 キラの言葉を聞き、ザッカの指示で魔泉まで先導していたアーガスはメイテールの討伐隊に、ユーリスは自分の部下たちに各々指示を下す。

 キラとマーリカは白馬から降りると、駆け寄った兵に手綱を受け渡した。

「キラ、早く【マグナム】を作らないと!」
「まあ、そうなんですけどね……」

 必死に訴えるマーリカを見て、キラは何とも言えない表情に変わる。やっぱり連れて行きたくはないのだな、とマーリカはその表情から読み取った。勿論、だからといってマーリカは考えを変えるつもりは毛頭なかったが。

 代わりに、瓶から核を数個取り出すと、励ます為にあえて笑顔を浮かべて言った。

「そうだわキラ! 貴方の制御能力なら、複数まとめて作れるんじゃないかしら?」
「へ!?」

 マーリカの提案に、キラは感心した様に頷く。

「それは考えてもみませんでしたね。さすがお嬢、発想が突飛です」

 突飛という言い方に素直に喜べない何かを感じたが、今は言い争っている場合ではない。マーリカが期待を込めた目でキラを見ていると、キラは小さく頷いた。

「まあやってみましょ」

 あっさりそう言うと、当然とばかりにマーリカの背後に回る。そして、身体を密着させた。

「ひうっ」

 マーリカの小さな悲鳴などお構いなく、キラは腰から前に手を回していく。隙間がなくなるくらいに密着すると、核を持ったマーリカの手を下から支える様に包み込んだ。

「――いきますよ」
「え、ええっ」

 突然後ろから抱き締められ、マーリカの心臓は今にも飛び出しそうなくらい激しく鼓動を繰り返す。魔魚の鱗の鎧が二人の間に挟まれているので、心臓の音はキラに届いていないと思ったら。
 
「……ふふ、お嬢ドキドキしてますね。嬉しいです」

 手の中の核が同時にどんどん膨れ上がっていく中、キラはこんな状況でもまだ余裕なのか、マーリカの頬に熱い息を吹きかけながらのたまった。

「ど、どうしてそれを!」

 思わずマーリカが尋ねると、「くく……っ」と耐え切れないといった様子の笑いが漏らす。そして、物凄く愉快そうに続けた。

「触れてる部分が物凄いドクドクいってるから、分かりますって」
「う、うそ……っ」

 まさかの事実に、マーリカは目も口も大きく開く。

「【マグナム】を作る時も、いっつもそうでしたよね。……可愛いんだから」

 まさか、今までのも全部バレていたのか。しかも、今、もしかして「可愛い」と言ったのだろうか。キラが自分を「可愛い」などと言うなんて、とマーリカは益々混乱に陥る。

「かっか、か……っ!?」
「お嬢大丈夫? 息はちゃんとして下さいね。……本当、凄い心臓の音」
「や、やめてえ……っ」

 あまりの恥ずかしさにマーリカの声が掠れた。その間にも、手の上の核は火属性の【マグナム】に変貌を遂げていく。

 ぽん、と球の中心に種火のような火が灯ると、キラはユーリスを呼んだ。

「兄様!」
「おお! 相変わらずお前の魔力操作は凄いな……!」

 ユーリスは【マグナム】を二人の手の中から取っていくと、部下を名指しで呼び手渡す。

「次いきますよ、お嬢」
「は、はいぃ……っ」

 心臓がうるさすぎて何が何だか分からなくなっている間に、キラはどんどん火と聖属性の【マグナム】を作り出していった。

「――よし、ひとまずはこんなところでいいでしょう。……お嬢?」

 続く密着に息も絶え絶えになっていたマーリカは、真っ赤な顔でキラを振り返る。それを見たキラは、きょとんとした後、破顔した。

「ふは……っ! お嬢、俺に興奮しすぎですって!」
「し、仕方ないじゃないの!」

 ようやく密着を解いてくれたキラを、マーリカは涙目で頬を膨らませながら睨む。

「す……好きなんだもの!」
「え……っ」

 ぐう、とまた変な音がキラの喉から聞こえてきた。これは一体何の音か、とマーリカが訝しんでいると。

「……俺も、お嬢とくっついてるとドキドキいってますよ」

 キラはそう言って微笑むと、マーリカの手を取り自分の首筋へと導いた。キラの肌は熱くなっていて、確かに血管がドクドクといっている。

「俺も、負けないくらいお嬢が好きなんで」
「……!」

 マーリカが口をパクパクさせると、キラは実に可笑しそうに「ははっ!」と笑った後、マーリカの口にチョンと口づけた。

 これ以上ないくらい大きく目を開いたマーリカの肩を抱くと、告げる。

「さあ、どんどん爆発させにいきましょ。――俺から離れちゃ絶対駄目ですからね?」
「え、ええ……」

 もう、掠れ声しか出せないマーリカであった。
しおりを挟む
感想 100

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

[完結] 私を嫌いな婚約者は交代します

シマ
恋愛
私、ハリエットには婚約者がいる。初めての顔合わせの時に暴言を吐いた婚約者のクロード様。 両親から叱られていたが、彼は反省なんてしていなかった。 その後の交流には不参加もしくは当日のキャンセル。繰り返される不誠実な態度に、もう我慢の限界です。婚約者を交代させて頂きます。

処理中です...