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58 一旦整理
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俺と結婚してと言われたマーリカは、それをどう受け取るべきか迷った。
「ええと……?」
思わず不思議そうにキラを見上げると、キラが顔を歪めながら大仰な溜息を吐く。
「勘弁してくれ……今回はかなりはっきり言ったぞ……」
「ちょっと一旦整理をしていいかしら?」
マーリカの言葉に、キラの目が死んだ魚の様な目になった。一世一代の告白に関し、相手から話の整理を提案される。普通ならまずあり得ない話だろう。
だが、マーリカはムーンシュタイナー領の未来を背負う身だ。キラが領主になるのは、ムーンシュタイナー関係者にとっては諸手を挙げて大歓迎すべき話だ。だからといって、詳細を確認しないままどうぞどうぞという訳にもいかないのも事実。
いざ領主の座引き継ぎとなった段階で「話が違う」となっても困る。初めが肝心でしょう、とマーリカは思ったのだ。
「キラは、ムーンシュタイナー領の領主になりたい」
「……まあそうですね」
キラは何かを諦めたかの様に、呆れた様子で返事をした。
「領主になる為に、爵位を取り戻そうとした」
「その通りです」
つまり、キラは侯爵の身分を取り戻しても、メイテール領に戻るつもりはないということだ。
「そうなのね……! それは嬉しいわ!」
「いや何が? ちょっと怖いからちゃんと何考えてるのか言って」
また失礼なことを言うなと思ったが、確かにここのところ、共通事項だと思っていた事柄に対する理解に差異があることが多い。
ということで、マーリカはキラの要望にきちんと応えることにした。鈍感、強情娘とこれ以上言われたくないという思いも根底にある。
「今のは、キラがこのままムーンシュタイナー領にいてくれるつもりがあることへの喜びを表したのよ」
「なるほど」
ひく、とキラの頬が引きつった。その後、思い出したかの様にマーリカが持っている瓶に目線を向ける。
「あ、お嬢。核をひとつ下さい」
「あ、ええ」
キラに言われ、マーリカはひと粒キラに手渡した。キラは核を手の中に握り締めると、その手でマーリカをぎゅっと引き寄せる。
「……話を続けて下さい」
「喋りながらでも魔具を作れるの?」
「聞きながら程度なら大丈夫です。聞きたい。というか、聞いておかないと落ち着かなくて戦えない」
いつも冷静沈着なキラが落ち着かなくなるほど、ムーンシュタイナー領の跡継ぎ問題はキラにとって重要なことなのだ。よく分かったわ、とマーリカは話を続けることにした。
その間にも、森の奥からドオオオンッ! という爆発音が響いてきては鬨の声が聞こえたりしている。大分近付いてきた様だ。
「キラは、領主になりたいから私と結婚したいのかしら? それとも私と結婚したいから領主になりたいのかしら?」
「それ本気で聞きます?」
「これは非常に重要なことよ、キラ。どちらに重きを置くかによって、意味合いは全く違ってきてしまうのだから」
「頭よさげなこと言ってる風だけどあれだよな……」
また何か失礼なことをぶつくさ言っているが、あれの意味が掴めなかったので反論は控えることにする。
「どちらなの、キラ」
マーリカが尋ねると、キラが半眼をマーリカに向けた。どう見ても呆れ返っている顔だ。それでもキラの手の中の核が魔具に変貌していっているのは、さすがとしか言いようがない。
「お嬢。俺が好きでもない相手にキスすると思ってるんですか?」
あまりにもムスッとした顔で言われると、自分が相手に酷いことを言った気になってきた。
「ご、ごめんなさい。そういうつもりでは」
「謝ってほしい訳じゃなくてですね。俺は結構頑張って好意を見せてきたつもりなんですけど、お嬢には伝わってなかったってことなのかって聞いてるんですよ」
「こ、好意」
「そう。好意です。顔に出ない分、行動に移してみたんですが」
キラからの好意は、最近はそこそこ感じる。特にムーンシュタイナー領が水没して以降、顕著に感じられる様になってきた。態度が露骨になったのは、サイファに頬をキスされたことがキラにバレて以降だ。キラに贈り物をした日、ご褒美だと言ってされた初めてのキスを思い出す。
「た、確かに……」
「あれでも伝わらなかった?」
「いえ、そのう、だって、前までそんな素振りは……」
サイファに対抗意識を燃やしたのかな、とは思う。だが、サイファが現れる前から自分を憎からず思っていたのかと考えると、「そうだったっけ?」という印象なのである。
このまま一向に進まない会話を続けている間にも、魔泉に着いてしまう。
マーリカは、思い切って聞いてみることにした。
「だ、だからどっちなの!?」
すると、キラが非常に低い声で唸る様に呟く。
「鈍感の塊……」
「し、失礼ね! だって、わ、分からないんだもの!」
「何が分からないんです」
「だって、キラはしっかりとした完璧な従者だったじゃないの! 私はいつも子供扱いだったし!」
分からないものは分からないのだ。マーリカはいつもがむしゃらに努力はしているが、それでもどんなに背伸びしてもキラにはちっとも追いつかない。
マーリカが走って追いかけても、キラは軽やかにどんどん先へと進んで行ってしまう。
そんなマーリカのことを、放っておけなくてというなら理解も出来る。だけど好意となると、――マーリカは自信がなかったのだ。
「わ、私は……いつも駄目なことばかりしてるから、キラに呆れられてるって……」
段々と小さくなっていくマーリカの声に、キラは鼻で息を吐いた。マーリカは身体を縮こませる。いつも駄目なのは、マーリカなのだ。迷惑をかけて、失敗ばかりして、キラに嫌われても仕方ないことばかりを繰り返しているから。
「……ムーンシュタイナー卿が提示した条件は、四つでした」
「条件……」
ずっと二人が言っていたものだ。マーリカが顔を上げると、キラが口角を少し上げながら教えてくれた。
「その一。ムーンシュタイナー領の長期的な経営改善。要不要を明確にし、他領から脅かされない程度の安定的収入を得る」
涼やかな目でマーリカの目を見つめながら、続ける。
「その二。俺の貴族籍の復活」
手のひらをゆっくりと広げると、光り輝く聖属性の【マグナム】が出てきた。
「その三。お嬢の笑顔を守り続けること」
マーリカが目を瞠ると、キラが微笑む。
「そしてその四。お嬢を心から愛すること」
すう、と息を吸うと、キラは言った。
「お嬢、俺はお嬢を愛してます。お嬢をナイワールやどこの馬の骨とも分からない令息に奪われるなんて、考えられなかった」
愛しているという言葉の意味がマーリカの心に届くまで、少し時間が掛かった。愛している――つまり、キラはマーリカのことが……好き?
キラが、マーリカを熱い眼差しで見つめる。
「お嬢。お嬢はどう? 俺のことを好き? キスしても逃げないのに、入婿がどうのって平気で口にするから不安なんです」
「わ、わた、私、でも、私なんかのどこが……っ」
こんな自分を、完璧従者だったキラが好いていてくれたとはなかなか素直に信じられない。すると、キラが眩しそうにマーリカを見た。それはそれは、幸せそうに。
「俺はお嬢の、まっすぐで明るくて逞しいところが眩しくて可愛くて楽しくて大好きなんです。ずっと隣で一緒にお嬢が見ているものと同じものを見て経験して、苦楽を共有していきたいんです」
マーリカが目を見開くことしか出来ていないと、キラがねだる様に囁く。
「顔にはあんまり出ないけど、信じてお嬢。俺はお嬢を愛してる。ずっと一緒に生きていたい」
お嬢は? というキラの問いに。
「す……好きよ……っ」
じわ、と目頭が熱くなり、視界一杯に映るキラの顔が滲む。
「ずっと、ずっと好きだったわ……!」
「――お嬢……っ!」
マーリカの告白を聞いたキラの顔には、見事な笑顔が咲き。
「キラ、ずっと一緒にいてくれるかしら……?」
「ええ、当然です。一生共にいることを誓います、マーリカ……!」
「キラ……!」
二人はヒシと抱き締め合うと、ようやくの恋愛成就に幸せを噛み締めたのだった。
「ええと……?」
思わず不思議そうにキラを見上げると、キラが顔を歪めながら大仰な溜息を吐く。
「勘弁してくれ……今回はかなりはっきり言ったぞ……」
「ちょっと一旦整理をしていいかしら?」
マーリカの言葉に、キラの目が死んだ魚の様な目になった。一世一代の告白に関し、相手から話の整理を提案される。普通ならまずあり得ない話だろう。
だが、マーリカはムーンシュタイナー領の未来を背負う身だ。キラが領主になるのは、ムーンシュタイナー関係者にとっては諸手を挙げて大歓迎すべき話だ。だからといって、詳細を確認しないままどうぞどうぞという訳にもいかないのも事実。
いざ領主の座引き継ぎとなった段階で「話が違う」となっても困る。初めが肝心でしょう、とマーリカは思ったのだ。
「キラは、ムーンシュタイナー領の領主になりたい」
「……まあそうですね」
キラは何かを諦めたかの様に、呆れた様子で返事をした。
「領主になる為に、爵位を取り戻そうとした」
「その通りです」
つまり、キラは侯爵の身分を取り戻しても、メイテール領に戻るつもりはないということだ。
「そうなのね……! それは嬉しいわ!」
「いや何が? ちょっと怖いからちゃんと何考えてるのか言って」
また失礼なことを言うなと思ったが、確かにここのところ、共通事項だと思っていた事柄に対する理解に差異があることが多い。
ということで、マーリカはキラの要望にきちんと応えることにした。鈍感、強情娘とこれ以上言われたくないという思いも根底にある。
「今のは、キラがこのままムーンシュタイナー領にいてくれるつもりがあることへの喜びを表したのよ」
「なるほど」
ひく、とキラの頬が引きつった。その後、思い出したかの様にマーリカが持っている瓶に目線を向ける。
「あ、お嬢。核をひとつ下さい」
「あ、ええ」
キラに言われ、マーリカはひと粒キラに手渡した。キラは核を手の中に握り締めると、その手でマーリカをぎゅっと引き寄せる。
「……話を続けて下さい」
「喋りながらでも魔具を作れるの?」
「聞きながら程度なら大丈夫です。聞きたい。というか、聞いておかないと落ち着かなくて戦えない」
いつも冷静沈着なキラが落ち着かなくなるほど、ムーンシュタイナー領の跡継ぎ問題はキラにとって重要なことなのだ。よく分かったわ、とマーリカは話を続けることにした。
その間にも、森の奥からドオオオンッ! という爆発音が響いてきては鬨の声が聞こえたりしている。大分近付いてきた様だ。
「キラは、領主になりたいから私と結婚したいのかしら? それとも私と結婚したいから領主になりたいのかしら?」
「それ本気で聞きます?」
「これは非常に重要なことよ、キラ。どちらに重きを置くかによって、意味合いは全く違ってきてしまうのだから」
「頭よさげなこと言ってる風だけどあれだよな……」
また何か失礼なことをぶつくさ言っているが、あれの意味が掴めなかったので反論は控えることにする。
「どちらなの、キラ」
マーリカが尋ねると、キラが半眼をマーリカに向けた。どう見ても呆れ返っている顔だ。それでもキラの手の中の核が魔具に変貌していっているのは、さすがとしか言いようがない。
「お嬢。俺が好きでもない相手にキスすると思ってるんですか?」
あまりにもムスッとした顔で言われると、自分が相手に酷いことを言った気になってきた。
「ご、ごめんなさい。そういうつもりでは」
「謝ってほしい訳じゃなくてですね。俺は結構頑張って好意を見せてきたつもりなんですけど、お嬢には伝わってなかったってことなのかって聞いてるんですよ」
「こ、好意」
「そう。好意です。顔に出ない分、行動に移してみたんですが」
キラからの好意は、最近はそこそこ感じる。特にムーンシュタイナー領が水没して以降、顕著に感じられる様になってきた。態度が露骨になったのは、サイファに頬をキスされたことがキラにバレて以降だ。キラに贈り物をした日、ご褒美だと言ってされた初めてのキスを思い出す。
「た、確かに……」
「あれでも伝わらなかった?」
「いえ、そのう、だって、前までそんな素振りは……」
サイファに対抗意識を燃やしたのかな、とは思う。だが、サイファが現れる前から自分を憎からず思っていたのかと考えると、「そうだったっけ?」という印象なのである。
このまま一向に進まない会話を続けている間にも、魔泉に着いてしまう。
マーリカは、思い切って聞いてみることにした。
「だ、だからどっちなの!?」
すると、キラが非常に低い声で唸る様に呟く。
「鈍感の塊……」
「し、失礼ね! だって、わ、分からないんだもの!」
「何が分からないんです」
「だって、キラはしっかりとした完璧な従者だったじゃないの! 私はいつも子供扱いだったし!」
分からないものは分からないのだ。マーリカはいつもがむしゃらに努力はしているが、それでもどんなに背伸びしてもキラにはちっとも追いつかない。
マーリカが走って追いかけても、キラは軽やかにどんどん先へと進んで行ってしまう。
そんなマーリカのことを、放っておけなくてというなら理解も出来る。だけど好意となると、――マーリカは自信がなかったのだ。
「わ、私は……いつも駄目なことばかりしてるから、キラに呆れられてるって……」
段々と小さくなっていくマーリカの声に、キラは鼻で息を吐いた。マーリカは身体を縮こませる。いつも駄目なのは、マーリカなのだ。迷惑をかけて、失敗ばかりして、キラに嫌われても仕方ないことばかりを繰り返しているから。
「……ムーンシュタイナー卿が提示した条件は、四つでした」
「条件……」
ずっと二人が言っていたものだ。マーリカが顔を上げると、キラが口角を少し上げながら教えてくれた。
「その一。ムーンシュタイナー領の長期的な経営改善。要不要を明確にし、他領から脅かされない程度の安定的収入を得る」
涼やかな目でマーリカの目を見つめながら、続ける。
「その二。俺の貴族籍の復活」
手のひらをゆっくりと広げると、光り輝く聖属性の【マグナム】が出てきた。
「その三。お嬢の笑顔を守り続けること」
マーリカが目を瞠ると、キラが微笑む。
「そしてその四。お嬢を心から愛すること」
すう、と息を吸うと、キラは言った。
「お嬢、俺はお嬢を愛してます。お嬢をナイワールやどこの馬の骨とも分からない令息に奪われるなんて、考えられなかった」
愛しているという言葉の意味がマーリカの心に届くまで、少し時間が掛かった。愛している――つまり、キラはマーリカのことが……好き?
キラが、マーリカを熱い眼差しで見つめる。
「お嬢。お嬢はどう? 俺のことを好き? キスしても逃げないのに、入婿がどうのって平気で口にするから不安なんです」
「わ、わた、私、でも、私なんかのどこが……っ」
こんな自分を、完璧従者だったキラが好いていてくれたとはなかなか素直に信じられない。すると、キラが眩しそうにマーリカを見た。それはそれは、幸せそうに。
「俺はお嬢の、まっすぐで明るくて逞しいところが眩しくて可愛くて楽しくて大好きなんです。ずっと隣で一緒にお嬢が見ているものと同じものを見て経験して、苦楽を共有していきたいんです」
マーリカが目を見開くことしか出来ていないと、キラがねだる様に囁く。
「顔にはあんまり出ないけど、信じてお嬢。俺はお嬢を愛してる。ずっと一緒に生きていたい」
お嬢は? というキラの問いに。
「す……好きよ……っ」
じわ、と目頭が熱くなり、視界一杯に映るキラの顔が滲む。
「ずっと、ずっと好きだったわ……!」
「――お嬢……っ!」
マーリカの告白を聞いたキラの顔には、見事な笑顔が咲き。
「キラ、ずっと一緒にいてくれるかしら……?」
「ええ、当然です。一生共にいることを誓います、マーリカ……!」
「キラ……!」
二人はヒシと抱き締め合うと、ようやくの恋愛成就に幸せを噛み締めたのだった。
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