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56 森の中へ
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激しく揺れる馬上で、マーリカは必死でキラにしがみついていた。足の支えがない所為で、馬足が着地する度に身体が浮き上がる。それをキラが片腕の力だけで繋ぎ留めている状態だった。
まずは、森の手前に布陣している隊の元に向かうらしい。遠目では近くある様に見えたが、実際には森が広大過ぎてそう見えただけだった。
キラの肩越しには、二人が騎乗する白馬が巻き上げる砂塵が見える。その後ろに付き従うのは、騎乗した無数の兵たちだ。地が唸る様な音を立てていて、圧巻のひと言しかない。
それにしても、「ここにおわす我が未来の妻」とは一体どういうつもりなのか。すごく聞きたい。もう今すぐにでも問い質したい。でないと落ち着かない。ドキドキが収まらない。心臓があり得ない早鐘を打っている。このままだと死ぬ。まさか本気で言ったのかとか、いやいやキラのことだからからかってるんだろうとか、マーリカの頭の中で色んな可能性がぐるぐるしていた。
なのですぐにでも問い詰めようとしたマーリカだったが、キラに「舌を噛むから黙って」と身体をぎゅっと抱き寄せられてしまった。密着度が半端ない。そして油断すると馬から落ちそうになるから、離すことも出来ない。
という訳で、極度の密着によりマーリカはさらなる混乱状態に陥った。このままだと魔泉に到着する前にひっくり返りかねない。ひとまず落ち着こう、意識をキラの存在から別のことに切り替えることにする。といっても、結局考えるのはキラのことだが。恋愛初心者なマーリカにとって、心がキラで占められている所為との認識は、残念ながらない。
先程の、キラの言葉。キラが冗談であんなことを言うとは思えないが、キラは爵位を取り戻すべく司令官の名を拝命した。公爵は、マーリカの様な男爵家とは比べ物にならないくらい高位な貴族だ。だから、男爵令嬢であるマーリカと結婚したいが為に爵位を取り戻したと考えるのは、無理がある。
となると、別の目的がある筈。マーリカは考えに考え、ひとつの考えに到達する。そうだ、【マグナム】の有用性を軍に知らしめる為に、手っ取り早く求心を試みたのでは、と。
キラは『御子』と崇められている存在だ。片田舎の男爵令嬢では舐められることもあるだろうから、きっとそれで「勝利の女神」だの「我が未来の妻」だの言って、兵たちの協力を仰ごうとしたのだろう。
なんだ、そういうことか。スッキリしたマーリカは、心の中で「期待に沿える様、頑張って爆発させてみせるわ!」と決意を新たにした。ムーンシュタイナー領を支えてくれたキラには、最大の恩返しとなるだろうから。
マーリカがそんなことを考えている間にも、馬は森へと近付いていく。
すると突然、森の奥から上空に向けて青い光が打ち上がった。首が痛くなるほどの高さまで来ると、パンッと甲高い音を立てて爆ぜる。
マーリカたちの横を並走していたザッカとユーリスが、同時に反応した。
「捕虜確保!? どういうことだ!?」
と、これはまだ最新情報を知らないユーリスの言葉だ。これに対し、ザッカが声を張って答える。
「先程キーラム様が、魔泉の近くに敵の魔導士が隠れている筈だと!」
「ということは、ゴルゴアの魔導士か! クソッ! こんなところまで入られるとは!」
ユーリスが苛立つと、ザッカは「申し訳ございません!」と悔しそうに唇を噛んだ。メイテールは国防の要だ。ゴルゴアとは敵対関係になかったとはいえ、簡単に侵入を許してしまったのは彼らにとっては恥なのかもしれなかった。
それにしても、さっきの青い光は最初は何のことかと思ったが、どうやら「捕虜確保」という意味があるらしい。つまりは、自分たちの読みが当たっていたということだ。
キラは大きくひとつ頷くと、ザッカに指示を出す。
「ザッカ、魔泉はひとつとは限らない! 捕虜を尋問にかけ、他に仲間がいないかを確認しろ!」
「はっ!」
キラが反対側を振り向く。
「ユーリス兄様は、一緒に来て下さい!」
「ああ!」
ユーリスは剣を掲げると、後ろを馬蹄を轟かせながら従う部下に合図を送った。兵たちが、雄叫びで応える。鼓膜が破れそうな音の嵐に、マーリカは目を白黒させるしか出来なかった。
森の手前で布陣していたメイテールの討伐隊の前を、軍馬の群れが轟音を立てて通り過ぎる。待機していた兵たちは各々槍や剣を掲げ、「キーラム様!」「御子様!」と歓声を上げた。
馬の速度を緩めたザッカが、キラに向かって叫ぶ。
「あの者の後に続いて下さい! ――アーガス! キーラム様を案内せよ!」
「はっ!」
森の入り口で警戒中だった兵が馬の腹を蹴り、森の中へと先に駆けていく。
ユーリスが、剣を掲げながら背後に向かって怒鳴った。
「司令官の後に続け!」
「オオオオオ!」
討伐隊と騎士団の兵団は、馬蹄を轟かせながら、共に広大な森の中へと次々と飛び込んでいく。
「お嬢、大丈夫!?」
しがみつくしか出来ないマーリカに、キラが声を掛けた。
「だ、大丈夫!」
無力な自分が情けなかったが、人間には得手不得手というものがある。今はとにかくなるべく足手まといにならない様にするしかなかった。
森の中に入ると、如何に古い森なのかが分かる。見渡す限り、見事な大木ばかりなのだ。空を探して見上げると、遥か遠い場所に広がっていた。一本一本が大きい為、葉に視界を邪魔されることはないのが救いだ。森内部の見通しは悪くないので、急に魔物に襲われても、この広さなら剣を振り回して充分戦えるだろう。
だが、さすがに全速力で駆け抜けるほど先が見えている訳ではない。
馬の足が、全速力の襲歩から緩やかな駈歩に切り替わった。
ガクガク上下に揺れるが、身体が飛んでいくほどではなくなる。すると、キラがマーリカに言った。
「お嬢、【マグナム】を作っていきましょ。核を取り出して持って下さい」
「わ、分かったわ!」
馬を操りながら魔具制作するなどどれだけ器用なのかと内心驚いたが、魔泉に到着する前にある程度在庫を持っておきたいのは分かる。
だったらメイテールに来るまでの道中に作っておけばよかったのではと気付いたが、そういえばいつも魔具を制作している間は、キラはほぼ無言だった。多分だが、喋りながらだとさすがに集中出来ないのだろう。
行きはキラが過去を語ってくれていたから、それで作れなかったのだ。
ならば、今は余計なことは聞かずに、キラを集中させてあげよう。
マーリカは足の間に瓶を挟んで固定すると、蓋を開けてひと粒取り出した。
まずは、森の手前に布陣している隊の元に向かうらしい。遠目では近くある様に見えたが、実際には森が広大過ぎてそう見えただけだった。
キラの肩越しには、二人が騎乗する白馬が巻き上げる砂塵が見える。その後ろに付き従うのは、騎乗した無数の兵たちだ。地が唸る様な音を立てていて、圧巻のひと言しかない。
それにしても、「ここにおわす我が未来の妻」とは一体どういうつもりなのか。すごく聞きたい。もう今すぐにでも問い質したい。でないと落ち着かない。ドキドキが収まらない。心臓があり得ない早鐘を打っている。このままだと死ぬ。まさか本気で言ったのかとか、いやいやキラのことだからからかってるんだろうとか、マーリカの頭の中で色んな可能性がぐるぐるしていた。
なのですぐにでも問い詰めようとしたマーリカだったが、キラに「舌を噛むから黙って」と身体をぎゅっと抱き寄せられてしまった。密着度が半端ない。そして油断すると馬から落ちそうになるから、離すことも出来ない。
という訳で、極度の密着によりマーリカはさらなる混乱状態に陥った。このままだと魔泉に到着する前にひっくり返りかねない。ひとまず落ち着こう、意識をキラの存在から別のことに切り替えることにする。といっても、結局考えるのはキラのことだが。恋愛初心者なマーリカにとって、心がキラで占められている所為との認識は、残念ながらない。
先程の、キラの言葉。キラが冗談であんなことを言うとは思えないが、キラは爵位を取り戻すべく司令官の名を拝命した。公爵は、マーリカの様な男爵家とは比べ物にならないくらい高位な貴族だ。だから、男爵令嬢であるマーリカと結婚したいが為に爵位を取り戻したと考えるのは、無理がある。
となると、別の目的がある筈。マーリカは考えに考え、ひとつの考えに到達する。そうだ、【マグナム】の有用性を軍に知らしめる為に、手っ取り早く求心を試みたのでは、と。
キラは『御子』と崇められている存在だ。片田舎の男爵令嬢では舐められることもあるだろうから、きっとそれで「勝利の女神」だの「我が未来の妻」だの言って、兵たちの協力を仰ごうとしたのだろう。
なんだ、そういうことか。スッキリしたマーリカは、心の中で「期待に沿える様、頑張って爆発させてみせるわ!」と決意を新たにした。ムーンシュタイナー領を支えてくれたキラには、最大の恩返しとなるだろうから。
マーリカがそんなことを考えている間にも、馬は森へと近付いていく。
すると突然、森の奥から上空に向けて青い光が打ち上がった。首が痛くなるほどの高さまで来ると、パンッと甲高い音を立てて爆ぜる。
マーリカたちの横を並走していたザッカとユーリスが、同時に反応した。
「捕虜確保!? どういうことだ!?」
と、これはまだ最新情報を知らないユーリスの言葉だ。これに対し、ザッカが声を張って答える。
「先程キーラム様が、魔泉の近くに敵の魔導士が隠れている筈だと!」
「ということは、ゴルゴアの魔導士か! クソッ! こんなところまで入られるとは!」
ユーリスが苛立つと、ザッカは「申し訳ございません!」と悔しそうに唇を噛んだ。メイテールは国防の要だ。ゴルゴアとは敵対関係になかったとはいえ、簡単に侵入を許してしまったのは彼らにとっては恥なのかもしれなかった。
それにしても、さっきの青い光は最初は何のことかと思ったが、どうやら「捕虜確保」という意味があるらしい。つまりは、自分たちの読みが当たっていたということだ。
キラは大きくひとつ頷くと、ザッカに指示を出す。
「ザッカ、魔泉はひとつとは限らない! 捕虜を尋問にかけ、他に仲間がいないかを確認しろ!」
「はっ!」
キラが反対側を振り向く。
「ユーリス兄様は、一緒に来て下さい!」
「ああ!」
ユーリスは剣を掲げると、後ろを馬蹄を轟かせながら従う部下に合図を送った。兵たちが、雄叫びで応える。鼓膜が破れそうな音の嵐に、マーリカは目を白黒させるしか出来なかった。
森の手前で布陣していたメイテールの討伐隊の前を、軍馬の群れが轟音を立てて通り過ぎる。待機していた兵たちは各々槍や剣を掲げ、「キーラム様!」「御子様!」と歓声を上げた。
馬の速度を緩めたザッカが、キラに向かって叫ぶ。
「あの者の後に続いて下さい! ――アーガス! キーラム様を案内せよ!」
「はっ!」
森の入り口で警戒中だった兵が馬の腹を蹴り、森の中へと先に駆けていく。
ユーリスが、剣を掲げながら背後に向かって怒鳴った。
「司令官の後に続け!」
「オオオオオ!」
討伐隊と騎士団の兵団は、馬蹄を轟かせながら、共に広大な森の中へと次々と飛び込んでいく。
「お嬢、大丈夫!?」
しがみつくしか出来ないマーリカに、キラが声を掛けた。
「だ、大丈夫!」
無力な自分が情けなかったが、人間には得手不得手というものがある。今はとにかくなるべく足手まといにならない様にするしかなかった。
森の中に入ると、如何に古い森なのかが分かる。見渡す限り、見事な大木ばかりなのだ。空を探して見上げると、遥か遠い場所に広がっていた。一本一本が大きい為、葉に視界を邪魔されることはないのが救いだ。森内部の見通しは悪くないので、急に魔物に襲われても、この広さなら剣を振り回して充分戦えるだろう。
だが、さすがに全速力で駆け抜けるほど先が見えている訳ではない。
馬の足が、全速力の襲歩から緩やかな駈歩に切り替わった。
ガクガク上下に揺れるが、身体が飛んでいくほどではなくなる。すると、キラがマーリカに言った。
「お嬢、【マグナム】を作っていきましょ。核を取り出して持って下さい」
「わ、分かったわ!」
馬を操りながら魔具制作するなどどれだけ器用なのかと内心驚いたが、魔泉に到着する前にある程度在庫を持っておきたいのは分かる。
だったらメイテールに来るまでの道中に作っておけばよかったのではと気付いたが、そういえばいつも魔具を制作している間は、キラはほぼ無言だった。多分だが、喋りながらだとさすがに集中出来ないのだろう。
行きはキラが過去を語ってくれていたから、それで作れなかったのだ。
ならば、今は余計なことは聞かずに、キラを集中させてあげよう。
マーリカは足の間に瓶を挟んで固定すると、蓋を開けてひと粒取り出した。
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