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48 キラの過去2
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キラが正気に返った時には、相手側の生徒は全員床に倒れ、気を失っていた。
キラの胸には、泣きじゃくるアリアがしがみついていた。一体何が起きたのか。キラは呆然としながら、アリアに問いかけた。
アリアが言うには、キラがカッとなった瞬間、部屋の中に様々な種類の魔法が同時に飛び交い、次々に彼らを襲ったのだという。全員が倒れた後も魔法の暴走が止まらなかった為アリアが必死でキラに呼びかけたところ、ようやく正気を取り戻したのだそうだ。
二人は急いで倒れている生徒らを確認した。幸い大した怪我はなく気絶していただけだった様で、キラは思わず安堵に胸を撫で下ろした。
二人は急いで部屋を出ると、最初に出会った生徒に保険医と教師を呼びに行かせた。慌てて飛んできた彼らに、アリアが恥を物ともせず、この人たちはアリアを襲おうとし、それをキラが助けてくれたのだと必死で説明した。教師はアリアの話を信じた。彼らの素行の悪さは既に有名だった為、疑いの余地はなかったのだろう。
キラたちにとっては不幸中の幸いであったが、ここに至るには何人もの女性が彼の餌食となっている。素直に喜べないというのが本心だった。
これまで人を魔法で傷つけたことなど一度もなかったキラは、少なからず動揺していた。襲われそうになったアリアの方がしっかりしていていたのには驚かされたが、女性とは案外強いものなのだな、と混乱した頭で考えたという。それほどに、その時起きた出来事については非現実感が伴っていた。
気絶した生徒たちは医務室に運ばれ、親が呼ばれて厳重注意を受ける――筈だった。
だが、またしても公爵が寄宿学校側に圧力を掛けてきた。それと同時に、騎士団へも。
国王は、あまり争い事が好きではない。その為、公爵が唾を飛ばしながら主張した「メイテールが国に楯突いている」という話を、ろくな聞き取り調査もせずに受け入れてしまった。
公爵子息を害そうと画策したメイテール領には、本年度の納税金額を倍に。
騎士団に所属する次兄ユーリスについては、退団勧告を。
ユーリスに関しては、事情を知った騎士団長が国王に直談判し、こんなことがまかり通る国ならば騎士団長を辞めると部下を庇い立てしたお陰で、ひと月の謹慎処分で済んだ。
騎士団長は、謹慎すらする必要などないと憤慨していた。だが、婚約者のアリアに関わることだった為、ユーリスはこの処分に素直に従ったそうだ。軽減された処分に従えば、王命に反したとは言われないという魂胆もあったのだろう。
残りあと数ヶ月で卒業というところで、アリアはメイテール領に戻ることになった。卒業が出来ねば、社交界デビューはしづらい。婚約者がいて婚約継続の意思は示しているものの、外聞がよくないのは明白だ。その為、ここでもやはり騎士団長が奔走してくれ、成績が比較的優秀であったアリア嬢は卒業式には出られないものの、きちんと卒業証書が送られることになった。
しかし、何故アリアが早々に寄宿学校を去らねばならなかったのか。
原因は、公爵令息とその取り巻きが、そんなことなどなかったかの様に再び寄宿学校内を自由に闊歩し始めたからだった。アリアに恥をかかされた形になった公爵令息は、アリアの主張を認めた寄宿学校へ、寄付金の減額という形で報復をした。
だが、アリア本人には復讐を遂げていない。権力を振りかざし結局はお咎めなしとなってしまった公爵令息は、今度こそアリアを手篭めにしてしまうに違いない。それを恐れたメイテール側の決断であった。
キラは、そのまま寄宿学校に残った。アリアは就職せずに結婚出来る。だが、キラは就職先を見つけねばならない。その為には、きちんと最後まで通い、どこかから勧誘を受け、卒業までに就職先を見つける必要があった。
寄宿学校側は、キラに同情的だった。だが同時に、これ以上公爵家に目を付けられては堪らないとも思っていた。残りあと僅かの期間を平穏無事に過ごせれば、問題児だった公爵令息も卒業して出ていく。学園長に申し訳ないと言われてしまえば、キラも相手にそれ以上求めることは出来なかった。
守るべきアリアはいなくとも、学友がいる。表立っては味方しないが、教師たちも味方だ。何とかやり過ごせるだろう、とキラは思っていた。
だが、公爵令息の矜持は、キラが思っていたよりも遥かに高いものだったのだ。
彼が次にしたことは、キラの学友たちに圧力を掛けることだった。従わねば就職先に圧力を掛けるぞ、実家に圧力を掛けるぞと脅したのだ。最初は抵抗していた彼らも、被害が周りに及びだすと、命じられた通りにキラを傷つける様になった。
教科書を捨てられる、制服が破かれる程度ならまだマシな方だった。階段から突き落とされた時、後ろに立っていたのが一番信頼していた友だと知った時、キラの心は凍りついた。
彼らの事情は分かっていた。だが、アリアを除いて誰ひとり、最後までキラの味方でいてくれなかった。
結局、欲していた友情などその程度のものでしかなかったのか。絶望したキラは、以降は他者と関わることをやめた。
就職先は探したが、全て断られた。当然ながら、勧誘などもない。教師の伝手を頼るのも無理だった。
失意の中、キラは卒業の日を迎えた。まるで王の様に卒業式で人々に囲まれて踏ん反り返る公爵令息に一瞥をくれると、キラは誰にも挨拶せずにメイテール領へと戻っていった。
自領ならば、何かしら職はあるだろう。討伐隊の一兵卒としてでもいい。地道に経験を積んでいけばいつかは、と考えると、心が少しばかりだが慰められた。
だが、その儚い期待すらも、突然もたらされたメイテール領領主である父親からの婚姻話に打ち砕かれる。
キラが把握していなかったどこぞの令嬢が、公爵令息の子を腹に宿している。その者と結婚し、腹の子を自身の子として慈しみ育て上げることを約束するならば、王都での職への道を開こうと言われた、と父親は重々しい表情で述べた。そして、それを受けようと思っている、とも。
キラは、父親が何を言っているのか理解出来なかった。
キラはその場では「考えさせて下さい」とだけ言い、自室に戻った。そこで待っていたのは、悲しそうな顔をした長兄だった。
長兄は、キラにすぐに荷物をまとめる様に指示すると、金を持たせ、強く抱き締めてくれた。
「他に方法が思いつかなかった。すまない」
苦しそうな声で言われたキラは、こうして貴族籍から外れることを受け入れた。
深夜になり城を抜け出したキラは、夜通し歩き続け、公爵の監視が及ばなそうな地を目指した。金回りがいい領は、いつ公爵が目を付けるか分からない。逆に借金がある様な領では、いつ領地が国へ返されるか分かったものではない。
様々な場所で話を聞き、そしてキラが最後に辿り着いたのが、可もなく不可もない、人口が少なくて領主がのんびり屋であると専らの噂のムーンシュタイナー領だった。
そして丁度都合のいいことに、ムーンシュタイナー男爵令嬢の従者の募集があった。これぞ渡りに船だと思い早速面接に向かうと、その場にいたのは柔和な笑顔の中にこちらを探る様な色を隠しもしない食えなさそうな領主と、――幼さが残るおっとりとした顔立ちの可愛らしい令嬢だった。
一見大人しそうだと思われたこの令嬢は、実はとても元気な女の子だった。表情がくるくるとよく変わり、見ていると飽きない。
何故かこの令嬢に気に入られたキラは、渋るムーンシュタイナー卿に仮採用をもらった。本採用となりたくば、隠していることを全部話してその裏付けが取れてからと言われ、キラは洗いざらい彼に話した。もしかしたら迷惑を掛けることがあってはならないという配慮があったからと、……マーリカ嬢が面白そうだな、と思ったからだった。
本採用になるまでの間、キラは全力でムーンシュタイナー卿の仕事を覚えた。彼と仕事をするのは、純粋に楽しかった。如何に楽をしながら効率的に回していくかに重点を置くムーンシュタイナー卿の方法は、目から鱗の発見ばかりで、必要とされることに飢えていたキラは、夢中になった。
やがて裏付けが取れるとキラは無事に本採用となり、ムーンシュタイナー領に必要な人物として、いつしかどっぷりとはまり込んでいたのだった。
キラの胸には、泣きじゃくるアリアがしがみついていた。一体何が起きたのか。キラは呆然としながら、アリアに問いかけた。
アリアが言うには、キラがカッとなった瞬間、部屋の中に様々な種類の魔法が同時に飛び交い、次々に彼らを襲ったのだという。全員が倒れた後も魔法の暴走が止まらなかった為アリアが必死でキラに呼びかけたところ、ようやく正気を取り戻したのだそうだ。
二人は急いで倒れている生徒らを確認した。幸い大した怪我はなく気絶していただけだった様で、キラは思わず安堵に胸を撫で下ろした。
二人は急いで部屋を出ると、最初に出会った生徒に保険医と教師を呼びに行かせた。慌てて飛んできた彼らに、アリアが恥を物ともせず、この人たちはアリアを襲おうとし、それをキラが助けてくれたのだと必死で説明した。教師はアリアの話を信じた。彼らの素行の悪さは既に有名だった為、疑いの余地はなかったのだろう。
キラたちにとっては不幸中の幸いであったが、ここに至るには何人もの女性が彼の餌食となっている。素直に喜べないというのが本心だった。
これまで人を魔法で傷つけたことなど一度もなかったキラは、少なからず動揺していた。襲われそうになったアリアの方がしっかりしていていたのには驚かされたが、女性とは案外強いものなのだな、と混乱した頭で考えたという。それほどに、その時起きた出来事については非現実感が伴っていた。
気絶した生徒たちは医務室に運ばれ、親が呼ばれて厳重注意を受ける――筈だった。
だが、またしても公爵が寄宿学校側に圧力を掛けてきた。それと同時に、騎士団へも。
国王は、あまり争い事が好きではない。その為、公爵が唾を飛ばしながら主張した「メイテールが国に楯突いている」という話を、ろくな聞き取り調査もせずに受け入れてしまった。
公爵子息を害そうと画策したメイテール領には、本年度の納税金額を倍に。
騎士団に所属する次兄ユーリスについては、退団勧告を。
ユーリスに関しては、事情を知った騎士団長が国王に直談判し、こんなことがまかり通る国ならば騎士団長を辞めると部下を庇い立てしたお陰で、ひと月の謹慎処分で済んだ。
騎士団長は、謹慎すらする必要などないと憤慨していた。だが、婚約者のアリアに関わることだった為、ユーリスはこの処分に素直に従ったそうだ。軽減された処分に従えば、王命に反したとは言われないという魂胆もあったのだろう。
残りあと数ヶ月で卒業というところで、アリアはメイテール領に戻ることになった。卒業が出来ねば、社交界デビューはしづらい。婚約者がいて婚約継続の意思は示しているものの、外聞がよくないのは明白だ。その為、ここでもやはり騎士団長が奔走してくれ、成績が比較的優秀であったアリア嬢は卒業式には出られないものの、きちんと卒業証書が送られることになった。
しかし、何故アリアが早々に寄宿学校を去らねばならなかったのか。
原因は、公爵令息とその取り巻きが、そんなことなどなかったかの様に再び寄宿学校内を自由に闊歩し始めたからだった。アリアに恥をかかされた形になった公爵令息は、アリアの主張を認めた寄宿学校へ、寄付金の減額という形で報復をした。
だが、アリア本人には復讐を遂げていない。権力を振りかざし結局はお咎めなしとなってしまった公爵令息は、今度こそアリアを手篭めにしてしまうに違いない。それを恐れたメイテール側の決断であった。
キラは、そのまま寄宿学校に残った。アリアは就職せずに結婚出来る。だが、キラは就職先を見つけねばならない。その為には、きちんと最後まで通い、どこかから勧誘を受け、卒業までに就職先を見つける必要があった。
寄宿学校側は、キラに同情的だった。だが同時に、これ以上公爵家に目を付けられては堪らないとも思っていた。残りあと僅かの期間を平穏無事に過ごせれば、問題児だった公爵令息も卒業して出ていく。学園長に申し訳ないと言われてしまえば、キラも相手にそれ以上求めることは出来なかった。
守るべきアリアはいなくとも、学友がいる。表立っては味方しないが、教師たちも味方だ。何とかやり過ごせるだろう、とキラは思っていた。
だが、公爵令息の矜持は、キラが思っていたよりも遥かに高いものだったのだ。
彼が次にしたことは、キラの学友たちに圧力を掛けることだった。従わねば就職先に圧力を掛けるぞ、実家に圧力を掛けるぞと脅したのだ。最初は抵抗していた彼らも、被害が周りに及びだすと、命じられた通りにキラを傷つける様になった。
教科書を捨てられる、制服が破かれる程度ならまだマシな方だった。階段から突き落とされた時、後ろに立っていたのが一番信頼していた友だと知った時、キラの心は凍りついた。
彼らの事情は分かっていた。だが、アリアを除いて誰ひとり、最後までキラの味方でいてくれなかった。
結局、欲していた友情などその程度のものでしかなかったのか。絶望したキラは、以降は他者と関わることをやめた。
就職先は探したが、全て断られた。当然ながら、勧誘などもない。教師の伝手を頼るのも無理だった。
失意の中、キラは卒業の日を迎えた。まるで王の様に卒業式で人々に囲まれて踏ん反り返る公爵令息に一瞥をくれると、キラは誰にも挨拶せずにメイテール領へと戻っていった。
自領ならば、何かしら職はあるだろう。討伐隊の一兵卒としてでもいい。地道に経験を積んでいけばいつかは、と考えると、心が少しばかりだが慰められた。
だが、その儚い期待すらも、突然もたらされたメイテール領領主である父親からの婚姻話に打ち砕かれる。
キラが把握していなかったどこぞの令嬢が、公爵令息の子を腹に宿している。その者と結婚し、腹の子を自身の子として慈しみ育て上げることを約束するならば、王都での職への道を開こうと言われた、と父親は重々しい表情で述べた。そして、それを受けようと思っている、とも。
キラは、父親が何を言っているのか理解出来なかった。
キラはその場では「考えさせて下さい」とだけ言い、自室に戻った。そこで待っていたのは、悲しそうな顔をした長兄だった。
長兄は、キラにすぐに荷物をまとめる様に指示すると、金を持たせ、強く抱き締めてくれた。
「他に方法が思いつかなかった。すまない」
苦しそうな声で言われたキラは、こうして貴族籍から外れることを受け入れた。
深夜になり城を抜け出したキラは、夜通し歩き続け、公爵の監視が及ばなそうな地を目指した。金回りがいい領は、いつ公爵が目を付けるか分からない。逆に借金がある様な領では、いつ領地が国へ返されるか分かったものではない。
様々な場所で話を聞き、そしてキラが最後に辿り着いたのが、可もなく不可もない、人口が少なくて領主がのんびり屋であると専らの噂のムーンシュタイナー領だった。
そして丁度都合のいいことに、ムーンシュタイナー男爵令嬢の従者の募集があった。これぞ渡りに船だと思い早速面接に向かうと、その場にいたのは柔和な笑顔の中にこちらを探る様な色を隠しもしない食えなさそうな領主と、――幼さが残るおっとりとした顔立ちの可愛らしい令嬢だった。
一見大人しそうだと思われたこの令嬢は、実はとても元気な女の子だった。表情がくるくるとよく変わり、見ていると飽きない。
何故かこの令嬢に気に入られたキラは、渋るムーンシュタイナー卿に仮採用をもらった。本採用となりたくば、隠していることを全部話してその裏付けが取れてからと言われ、キラは洗いざらい彼に話した。もしかしたら迷惑を掛けることがあってはならないという配慮があったからと、……マーリカ嬢が面白そうだな、と思ったからだった。
本採用になるまでの間、キラは全力でムーンシュタイナー卿の仕事を覚えた。彼と仕事をするのは、純粋に楽しかった。如何に楽をしながら効率的に回していくかに重点を置くムーンシュタイナー卿の方法は、目から鱗の発見ばかりで、必要とされることに飢えていたキラは、夢中になった。
やがて裏付けが取れるとキラは無事に本採用となり、ムーンシュタイナー領に必要な人物として、いつしかどっぷりとはまり込んでいたのだった。
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