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28 白磁の城での悪巧み
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一羽の鳥が、白磁の城の露台に降りてきた。
白磁の城に似つかわしくない、尾の長い黒鳥である。露台に設けられた止り木から優雅に尾を垂らすと、ピュルル、と透き通った特徴のある鳴き声で鳴く。
露台の奥にある部屋から、ひとりの男が出てきた。着用している服は白を基調としたゆったりとしたもので、身分の高さがありありと分かる見事な刺繍が施されている。男はほっそりとした体格の持ち主で、年齢は二十代前半といったところか。褐色よりもやや薄めの肌は健康的にピンと張り、背中で真っ直ぐに切り揃えられた黒い黒髪は毎日手入れをされているのか、日光を浴びて輝いている。
端正といってもいい顔は、一見柔和にも見える。だが、緩やかに弧を描いた目の奥には、温かみは窺えなかった。
「セルム。伝書が届いたぞ」
男が、部屋の中に向かって声を掛ける。すると中から、声を掛けた男と同じ声が返ってきた。
「やっときたの!? 遅かったなあ。何て書いてあるんだ?」
セルムと呼ばれた男が、露台に姿を現す。こちらの男は淡い黄色の服を着用しているが、それ以外は全て最初に露台に出てきた男と同一であった。
「アルム、伝書を取ってくれよ。あんなものに近付きたくない」
セルムが、白い服の男に呼びかける。アルムと呼ばれた男が、不貞腐れた顔をして黒鳥の元へと向かった。
「セルム、お前は本当に鳥が苦手なのだな」
「僕は動物は全部嫌いなのさ」
セルムは露台の柵にもたれかかりながら、うそぶく。アルムは黒鳥の足に括り付けられていた小筒の蓋を開けると、中から小さく折り畳まれた紙を取り出した。
「魔物は随分とお気に召したみたいに見えるのだがな」
紙を破かぬ様慎重に広げながら、アルムはセルムの元へと向かう。アルムの言葉に、セルムは鼻で笑いを返した。
「あれは人や動物と違っていいよ。殺したところで、感謝されても非難されることもないからな」
「俺は鳥の足より女の肌をずっと触っていたいよ」
「僕からしたら、そっちの方が気持ち悪い」
悍ましそうに自分の半身を見て身震いしてみせたセルムが、アルムの手元にある紙を覗き込む。
中身は、逃げ出した実験体の行方を追わせていた者からの報告だった。
帝国メグダボルでの次の皇帝決めである『英雄の称号』集めの儀式が終わり、二年。次期皇帝の座を見事獲得した第二皇子の傍らには常に精霊たちが侍っており、歴代最強の皇太子と謳われている。第二皇子と妃との間には子がひとりいたが、不義の子であるとして妃と子は皇都から追放された。
何故判明したのか。それは、第二皇子が男色家であることを公言したからである。現在は闇の精霊を自身の伴侶としていた。
ここで問題となってくるのが後継者についてであるが、本来精霊には明確な性別が存在せず、精霊自身の選択にて性別を定めている。人と精霊との間に子供を作ることも可能な為、どういう方法を取ったのかは謎であるが、現在闇の精霊の腹には第二皇子の子が宿っているという噂だった。
未来の皇配がまさかの精霊の上、次期皇帝の子は精霊の血を引くとなれば、帝国の地位は盤石である。精霊たちが守るこの国の未来は明るい、と国民の表情は明るいそうだ。
第一及び第三皇子は、『英雄の称号』集めの際に行方不明となり、現在も消息は不明のまま。第四及び第五皇子は母親の祖国であるゴルゴア王国に遊学しており、愚鈍な癖に気位だけが高い第六皇子は『英雄の称号』集めの際に味方と諍いを起こした結果負傷し、現在も眠り続けているらしい。旅の最中、あまりの暴君ぶりに仲間に毒を盛られた後遺症では、との噂があるが、真偽のほどははっきりとしていない。
第七皇子は、第二皇子に次ぐ『英雄の称号』を手に入れることが出来た。それまでのハズレ皇子との評判から一転、現在は第二皇子の補佐役として活躍しているのだとか。第八、第九、第十皇子については、まだ十代前半と若すぎることから、第七皇子が後見人として導いているとの話だった。
「あっちが精霊なら、こっちは魔物を味方につけるしかないからな」
そうアルムがうそぶく。アルムは、現在ゴルゴア王国に遊学中である帝国メグダボルの第四皇子であった。双子の弟であるセルムは、第五皇子にあたる。
「まさか実験体が逃げ出すとは思ってなかったけど、報告が事実だったら、僕たちの実験の内容が漏れることはなさそうだね!」
「不幸中の幸いだな。しかしこれだともう回収は無理だな。使いみちがひとつ増えたのはいい報告だったが……」
アルムがクツクツと笑った。セルムは不思議そうに首を傾げる。
「使いみち?」
「セルムは頭がいい癖に、こういうことには頭が回らないのだな」
アルムはセルムの耳に口を近づけると、ヒソヒソと喋り始めた。アルムの言葉を聞いている内に、セルムの顔に残虐な笑みが浮かぶ。
「なるほどね……さすが兄様だ。天才的な閃きだね」
「そうだろう? これなら敵に手の内を明かさずとも済むしな」
くくく、とアルムが楽しそうな笑いを漏らした。セルムがうーん、と唸る。
「だけど、これだと発動条件が明確になっていないよ。これまで死んだ魔物でこんな風になった個体はいなかったし」
セルムは納得がいかないといった様に首を傾げた。アルムが、そんなセルムの首に腕を巻き、引き寄せる。
「ならば、実験をしてみたらいいんじゃないか? 本番の前に実験をするのは普通だろう?」
「実験?」
「こういうのはどうだろう? 伯父様はどうも臆病でいけないから、俺たちが実験の結果を見せつけてあげたら重い腰も上がるんじゃないかと思ってね」
ごにょごにょ、と再び小声でアルムがセルムに耳打ちすると、セルムの顔にパアアアッと笑みが広がった。
「うん! いいんじゃないかな!?」
「となれば、早速準備に取り掛からないとな」
アルムがにやりと笑うと、セルムは「あ」と疑問を口にする。
「そういや、実験体の跡はどうしよう? 放っておく? 魔物も湧き出してるみたいだし」
他国のことなどどうでもいいし、とセルムが言うと、アルムが興味なさげに返答した。
「どうせ弱小国の弱小領だろう? あ、ならいいことを思いついた。――セルム、闇属性の魔具をいくつか作ってくれないか?」
「うん? いいけど、どうするの?」
「魔泉に投げ込めば、穴が広がる。広がった穴からは、大物の魔物が現れる。俺たちが実験でやったことと、同じことをすればいい」
そうしたら、とアルムが目を剥いて笑う。
「弱小領なんてひと晩で消し去る魔物が現れるだろ」
「さすがアルム! 頭いいね!」
セルムはキャッキャとはしゃいだ。
「魔具をあの男に渡して後処理が終わったら、こっちに戻ってこさせよう。妙に正義感を振りかざすアイツには、もっと悪役になってもらわないとね」
「ふふ、アルムってば悪い顔してるよ」
「俺はああいう奴が一番嫌いなんだよ」
「僕も一緒! さすが双子だね!」
セルムがアルムに抱きつくと、アルムはセルムの頭を撫でながら、くつくつと堪えきれない笑いを漏らしたのだった。
白磁の城に似つかわしくない、尾の長い黒鳥である。露台に設けられた止り木から優雅に尾を垂らすと、ピュルル、と透き通った特徴のある鳴き声で鳴く。
露台の奥にある部屋から、ひとりの男が出てきた。着用している服は白を基調としたゆったりとしたもので、身分の高さがありありと分かる見事な刺繍が施されている。男はほっそりとした体格の持ち主で、年齢は二十代前半といったところか。褐色よりもやや薄めの肌は健康的にピンと張り、背中で真っ直ぐに切り揃えられた黒い黒髪は毎日手入れをされているのか、日光を浴びて輝いている。
端正といってもいい顔は、一見柔和にも見える。だが、緩やかに弧を描いた目の奥には、温かみは窺えなかった。
「セルム。伝書が届いたぞ」
男が、部屋の中に向かって声を掛ける。すると中から、声を掛けた男と同じ声が返ってきた。
「やっときたの!? 遅かったなあ。何て書いてあるんだ?」
セルムと呼ばれた男が、露台に姿を現す。こちらの男は淡い黄色の服を着用しているが、それ以外は全て最初に露台に出てきた男と同一であった。
「アルム、伝書を取ってくれよ。あんなものに近付きたくない」
セルムが、白い服の男に呼びかける。アルムと呼ばれた男が、不貞腐れた顔をして黒鳥の元へと向かった。
「セルム、お前は本当に鳥が苦手なのだな」
「僕は動物は全部嫌いなのさ」
セルムは露台の柵にもたれかかりながら、うそぶく。アルムは黒鳥の足に括り付けられていた小筒の蓋を開けると、中から小さく折り畳まれた紙を取り出した。
「魔物は随分とお気に召したみたいに見えるのだがな」
紙を破かぬ様慎重に広げながら、アルムはセルムの元へと向かう。アルムの言葉に、セルムは鼻で笑いを返した。
「あれは人や動物と違っていいよ。殺したところで、感謝されても非難されることもないからな」
「俺は鳥の足より女の肌をずっと触っていたいよ」
「僕からしたら、そっちの方が気持ち悪い」
悍ましそうに自分の半身を見て身震いしてみせたセルムが、アルムの手元にある紙を覗き込む。
中身は、逃げ出した実験体の行方を追わせていた者からの報告だった。
帝国メグダボルでの次の皇帝決めである『英雄の称号』集めの儀式が終わり、二年。次期皇帝の座を見事獲得した第二皇子の傍らには常に精霊たちが侍っており、歴代最強の皇太子と謳われている。第二皇子と妃との間には子がひとりいたが、不義の子であるとして妃と子は皇都から追放された。
何故判明したのか。それは、第二皇子が男色家であることを公言したからである。現在は闇の精霊を自身の伴侶としていた。
ここで問題となってくるのが後継者についてであるが、本来精霊には明確な性別が存在せず、精霊自身の選択にて性別を定めている。人と精霊との間に子供を作ることも可能な為、どういう方法を取ったのかは謎であるが、現在闇の精霊の腹には第二皇子の子が宿っているという噂だった。
未来の皇配がまさかの精霊の上、次期皇帝の子は精霊の血を引くとなれば、帝国の地位は盤石である。精霊たちが守るこの国の未来は明るい、と国民の表情は明るいそうだ。
第一及び第三皇子は、『英雄の称号』集めの際に行方不明となり、現在も消息は不明のまま。第四及び第五皇子は母親の祖国であるゴルゴア王国に遊学しており、愚鈍な癖に気位だけが高い第六皇子は『英雄の称号』集めの際に味方と諍いを起こした結果負傷し、現在も眠り続けているらしい。旅の最中、あまりの暴君ぶりに仲間に毒を盛られた後遺症では、との噂があるが、真偽のほどははっきりとしていない。
第七皇子は、第二皇子に次ぐ『英雄の称号』を手に入れることが出来た。それまでのハズレ皇子との評判から一転、現在は第二皇子の補佐役として活躍しているのだとか。第八、第九、第十皇子については、まだ十代前半と若すぎることから、第七皇子が後見人として導いているとの話だった。
「あっちが精霊なら、こっちは魔物を味方につけるしかないからな」
そうアルムがうそぶく。アルムは、現在ゴルゴア王国に遊学中である帝国メグダボルの第四皇子であった。双子の弟であるセルムは、第五皇子にあたる。
「まさか実験体が逃げ出すとは思ってなかったけど、報告が事実だったら、僕たちの実験の内容が漏れることはなさそうだね!」
「不幸中の幸いだな。しかしこれだともう回収は無理だな。使いみちがひとつ増えたのはいい報告だったが……」
アルムがクツクツと笑った。セルムは不思議そうに首を傾げる。
「使いみち?」
「セルムは頭がいい癖に、こういうことには頭が回らないのだな」
アルムはセルムの耳に口を近づけると、ヒソヒソと喋り始めた。アルムの言葉を聞いている内に、セルムの顔に残虐な笑みが浮かぶ。
「なるほどね……さすが兄様だ。天才的な閃きだね」
「そうだろう? これなら敵に手の内を明かさずとも済むしな」
くくく、とアルムが楽しそうな笑いを漏らした。セルムがうーん、と唸る。
「だけど、これだと発動条件が明確になっていないよ。これまで死んだ魔物でこんな風になった個体はいなかったし」
セルムは納得がいかないといった様に首を傾げた。アルムが、そんなセルムの首に腕を巻き、引き寄せる。
「ならば、実験をしてみたらいいんじゃないか? 本番の前に実験をするのは普通だろう?」
「実験?」
「こういうのはどうだろう? 伯父様はどうも臆病でいけないから、俺たちが実験の結果を見せつけてあげたら重い腰も上がるんじゃないかと思ってね」
ごにょごにょ、と再び小声でアルムがセルムに耳打ちすると、セルムの顔にパアアアッと笑みが広がった。
「うん! いいんじゃないかな!?」
「となれば、早速準備に取り掛からないとな」
アルムがにやりと笑うと、セルムは「あ」と疑問を口にする。
「そういや、実験体の跡はどうしよう? 放っておく? 魔物も湧き出してるみたいだし」
他国のことなどどうでもいいし、とセルムが言うと、アルムが興味なさげに返答した。
「どうせ弱小国の弱小領だろう? あ、ならいいことを思いついた。――セルム、闇属性の魔具をいくつか作ってくれないか?」
「うん? いいけど、どうするの?」
「魔泉に投げ込めば、穴が広がる。広がった穴からは、大物の魔物が現れる。俺たちが実験でやったことと、同じことをすればいい」
そうしたら、とアルムが目を剥いて笑う。
「弱小領なんてひと晩で消し去る魔物が現れるだろ」
「さすがアルム! 頭いいね!」
セルムはキャッキャとはしゃいだ。
「魔具をあの男に渡して後処理が終わったら、こっちに戻ってこさせよう。妙に正義感を振りかざすアイツには、もっと悪役になってもらわないとね」
「ふふ、アルムってば悪い顔してるよ」
「俺はああいう奴が一番嫌いなんだよ」
「僕も一緒! さすが双子だね!」
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