3 / 4
アフター鬼ごっこ その2
しおりを挟む
水着を購入した翌日、私たちは電車で一時間ほどの場所にあるビーチへと来ていた。
真っ青な空。白い入道雲。青緑の海に、白く泡立つ波。
砂浜には海の家ほどではないけど寛げる木造のポーチみたいなのがあって、そこにビーチベッドが並び、パラソルだって完備してある。
砂浜とか海とかそんな呼び方をしちゃいけない。これは紛うことなきビーチだった。
「ビーチだ……」
どこかの南国かの様に煌めく海を見つめながら私が呟くと、同じ様に口をぽかんと開けていた沙羅が尋ねる。
「ちょ、これ、本当にプライベートビーチ?」
苦笑しながらも、ちょっと誇らしげな矢島が頷いた。
「うん。爺ちゃんがこの辺りの地主でさ。母さんは嫁に行って相続権放棄してるから俺はあんまり関係ないんだけど、ここだけは最高だから結構使わせてもらってるんだ」
「使用条件はゴミ拾いだよな」
柿本が大きなゴミ袋と軍手、火ばさみをリュックから取り出すと、私たちに配り始めた。
「結構流れ着くからね」
矢島と柿本は、中学の頃からの付き合いらしい。だから柿本は何度もここを訪れたことがあるらしく、到着してすぐに挨拶をしに行った古くて立派な門がある日本家屋にも勝手知ったる感じで上がっていた。
矢島のお母さんのお姉さんだという女性とも仲良さげに会話していたから、さすがたらしだ。
緩い雰囲気が、人を警戒させずに近寄らせる。私にはない能力だ。
私なんて、辿々しく挨拶して、噛んでしまった。この雲泥の差。
――そんな柿本が、なんで私なんかを。
ゴミ拾いを始めた柿本をちらりと見ると、横から矢島が至近距離で顔を覗かせる。
「わあっ!」
あまりの近さに後ずさると、矢島がチャラいイケメン顔で目を細めた。今日は泳ぐから、とスポーツ用の眼鏡を掛けている。後ろに落下防止の紐が付いているタイプのものだ。
一歩間違えばださい黒縁のその眼鏡も、矢島が掛けるとオシャレに見えるこの不思議。
「愛理、どお? 俺の眼鏡、似合ってる?」
「う、うん。さすが矢島だよなって思ってた」
私が答えると、普段はクールビューティーと言ってもいい矢島の相好が崩れた。
「……愛理って、そういうところなんだよなあ」
「え? どういうところ?」
「打算がないところ。まあ、俺に対してはあってくれた方が本当は嬉しいんだけど」
ちょっと言っている意味が分からない。
私が首を傾げると、矢島は更にくしゃりと笑った。
笑うと、日頃は少し大人っぽい笑顔が途端に子供みたいになる。元彼との別れが近付いてきているのを察し始めた頃、この笑顔に何度も助けられた。
優しい、思いやりのある友人。そう思っていた。
――なのに、まさか矢島まで私を。
「愛理?」
「あ、ご、ゴミ拾いだよねっ!」
パッと距離を取ると、多分真っ赤になっているだろう顔を矢島から隠すべく、くるっと背中を向けた。
すると、今度は柿本と目が合う。ふにゃりと笑いかけられて、もうどうしていいか分からず沙羅のところに逃げる。
沙羅が、ジト目で私を見上げた。
「……あざとくないから腹立つ」
「沙羅、怒らないでよ……」
「別にあんたには怒ってないよ」
ふん、と可愛らしく口を尖らせる沙羅。
「あいつらが愛理をいいなって思っちゃう理由が分かっても自分には真似できないのが腹立つだけ」
見た目にそぐわず、凛々しい意見を述べた。
「……私、女子には嫌われてるしさ。こんなに口悪いのに側にいてくれるの、愛理くらいだし」
確かに、はっきりものを言う沙羅の周りに女子は集わない。
沙羅はきっと、頭がいいんだろう。勉強とかそういうことではなく、よく周りが見えている。
周りが自分に対しどう思っているのかを察してしまうから、うわべだけの付き合いを馬鹿馬鹿しいと思って突き放す。
沙羅は私に対しても遠慮ないけど、私はちゃんと沙羅に向き合ってるのかな。
考え込んでしまった私に、沙羅が脇腹を肘で小突く。
「あんたはクソ真面目過ぎんのよ。余計なこと考えないで今日は楽しもう」
「――うん!」
背はでかいのにこのウジウジした性格が、自分では好きになれない。
はっきりし過ぎの沙羅に、はっきりしなさ過ぎの私。
沙羅が隣にいてよかった、そう思えた。
◇
矢島と柿本が持参した水鉄砲で、グーパーでチーム分けして戦うことになった。
顔面に当たったら負け。そんな大雑把なルールを決めて、大きな水鉄砲を構える。
私は柿本とチームになった。
「顔は絶対いや! メイク落ちちゃう!」
「仕方ないなー。俺の後ろに隠れてろよ」
「矢島、頼りになるね! これなら愛理を任せられるかも!」
「え? まじ?」
矢島・沙羅チームは、人をネタに盛り上がっている。
「塚田、俺たちは矢島を狙おう」
「うん、それから沙羅だね!」
実質2対1。この後のかき氷の削り担当が掛かっているから、私たちは必死だった。
「――戦闘開始!」
水鉄砲の打撃が飛び交い、私と柿本は背中合わせになる。
「塚田、俺の影から飛び出して狙うんだ!」
「了解!」
今だ! という柿本の号令と共に飛び出す。矢島が私に水鉄砲を発射すると、柿本の腕がスッと伸びて視界を遮った。
水は柿本の腕に当たり、矢島の水鉄砲は弾切れを起こす。
「いけ愛理!」
「うん……う、え!?」
いつもは名字で呼ぶ柿本の名前呼びに動揺し、思わず柿本を見た。耳が赤くなってるのは、日焼けの所為――だろうか?
「隙ありいいい!」
この一瞬の間を見逃さなかったのは、メイクを死守したい沙羅だ。
「ぎゃーっ!」
「ぶへっ!」
水鉄砲は見事に私たち二人の顔面に命中し、沙羅が勝利を収めたのだった。
真っ青な空。白い入道雲。青緑の海に、白く泡立つ波。
砂浜には海の家ほどではないけど寛げる木造のポーチみたいなのがあって、そこにビーチベッドが並び、パラソルだって完備してある。
砂浜とか海とかそんな呼び方をしちゃいけない。これは紛うことなきビーチだった。
「ビーチだ……」
どこかの南国かの様に煌めく海を見つめながら私が呟くと、同じ様に口をぽかんと開けていた沙羅が尋ねる。
「ちょ、これ、本当にプライベートビーチ?」
苦笑しながらも、ちょっと誇らしげな矢島が頷いた。
「うん。爺ちゃんがこの辺りの地主でさ。母さんは嫁に行って相続権放棄してるから俺はあんまり関係ないんだけど、ここだけは最高だから結構使わせてもらってるんだ」
「使用条件はゴミ拾いだよな」
柿本が大きなゴミ袋と軍手、火ばさみをリュックから取り出すと、私たちに配り始めた。
「結構流れ着くからね」
矢島と柿本は、中学の頃からの付き合いらしい。だから柿本は何度もここを訪れたことがあるらしく、到着してすぐに挨拶をしに行った古くて立派な門がある日本家屋にも勝手知ったる感じで上がっていた。
矢島のお母さんのお姉さんだという女性とも仲良さげに会話していたから、さすがたらしだ。
緩い雰囲気が、人を警戒させずに近寄らせる。私にはない能力だ。
私なんて、辿々しく挨拶して、噛んでしまった。この雲泥の差。
――そんな柿本が、なんで私なんかを。
ゴミ拾いを始めた柿本をちらりと見ると、横から矢島が至近距離で顔を覗かせる。
「わあっ!」
あまりの近さに後ずさると、矢島がチャラいイケメン顔で目を細めた。今日は泳ぐから、とスポーツ用の眼鏡を掛けている。後ろに落下防止の紐が付いているタイプのものだ。
一歩間違えばださい黒縁のその眼鏡も、矢島が掛けるとオシャレに見えるこの不思議。
「愛理、どお? 俺の眼鏡、似合ってる?」
「う、うん。さすが矢島だよなって思ってた」
私が答えると、普段はクールビューティーと言ってもいい矢島の相好が崩れた。
「……愛理って、そういうところなんだよなあ」
「え? どういうところ?」
「打算がないところ。まあ、俺に対してはあってくれた方が本当は嬉しいんだけど」
ちょっと言っている意味が分からない。
私が首を傾げると、矢島は更にくしゃりと笑った。
笑うと、日頃は少し大人っぽい笑顔が途端に子供みたいになる。元彼との別れが近付いてきているのを察し始めた頃、この笑顔に何度も助けられた。
優しい、思いやりのある友人。そう思っていた。
――なのに、まさか矢島まで私を。
「愛理?」
「あ、ご、ゴミ拾いだよねっ!」
パッと距離を取ると、多分真っ赤になっているだろう顔を矢島から隠すべく、くるっと背中を向けた。
すると、今度は柿本と目が合う。ふにゃりと笑いかけられて、もうどうしていいか分からず沙羅のところに逃げる。
沙羅が、ジト目で私を見上げた。
「……あざとくないから腹立つ」
「沙羅、怒らないでよ……」
「別にあんたには怒ってないよ」
ふん、と可愛らしく口を尖らせる沙羅。
「あいつらが愛理をいいなって思っちゃう理由が分かっても自分には真似できないのが腹立つだけ」
見た目にそぐわず、凛々しい意見を述べた。
「……私、女子には嫌われてるしさ。こんなに口悪いのに側にいてくれるの、愛理くらいだし」
確かに、はっきりものを言う沙羅の周りに女子は集わない。
沙羅はきっと、頭がいいんだろう。勉強とかそういうことではなく、よく周りが見えている。
周りが自分に対しどう思っているのかを察してしまうから、うわべだけの付き合いを馬鹿馬鹿しいと思って突き放す。
沙羅は私に対しても遠慮ないけど、私はちゃんと沙羅に向き合ってるのかな。
考え込んでしまった私に、沙羅が脇腹を肘で小突く。
「あんたはクソ真面目過ぎんのよ。余計なこと考えないで今日は楽しもう」
「――うん!」
背はでかいのにこのウジウジした性格が、自分では好きになれない。
はっきりし過ぎの沙羅に、はっきりしなさ過ぎの私。
沙羅が隣にいてよかった、そう思えた。
◇
矢島と柿本が持参した水鉄砲で、グーパーでチーム分けして戦うことになった。
顔面に当たったら負け。そんな大雑把なルールを決めて、大きな水鉄砲を構える。
私は柿本とチームになった。
「顔は絶対いや! メイク落ちちゃう!」
「仕方ないなー。俺の後ろに隠れてろよ」
「矢島、頼りになるね! これなら愛理を任せられるかも!」
「え? まじ?」
矢島・沙羅チームは、人をネタに盛り上がっている。
「塚田、俺たちは矢島を狙おう」
「うん、それから沙羅だね!」
実質2対1。この後のかき氷の削り担当が掛かっているから、私たちは必死だった。
「――戦闘開始!」
水鉄砲の打撃が飛び交い、私と柿本は背中合わせになる。
「塚田、俺の影から飛び出して狙うんだ!」
「了解!」
今だ! という柿本の号令と共に飛び出す。矢島が私に水鉄砲を発射すると、柿本の腕がスッと伸びて視界を遮った。
水は柿本の腕に当たり、矢島の水鉄砲は弾切れを起こす。
「いけ愛理!」
「うん……う、え!?」
いつもは名字で呼ぶ柿本の名前呼びに動揺し、思わず柿本を見た。耳が赤くなってるのは、日焼けの所為――だろうか?
「隙ありいいい!」
この一瞬の間を見逃さなかったのは、メイクを死守したい沙羅だ。
「ぎゃーっ!」
「ぶへっ!」
水鉄砲は見事に私たち二人の顔面に命中し、沙羅が勝利を収めたのだった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】


婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる