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間違った鬼ごっこ
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「暇。何かして遊ぼうよ」
明日から、高校最初の夏休み。最近になって一緒に過ごす時間が増えた柿本が、だらりとしながら言った。気怠そうな雰囲気と甘めの顔がぴったりの柿本は、告白されて付き合った彼女とつい先日別れたばかりだ。
高校に入って、私が知ってるだけでもう三人目。よくやるもんだ。
「いいね! 私、海に行きたい!」
自分の容姿に自信があるけど柿本に相手にされていない沙羅が、椅子の上に渡した柿本の足の上に座る。チャラい眼鏡男子の矢島が、小声で「わお」と呟いた。気持ちは分かる。
「重い」
柿本がボソリと呟くと、沙羅は私を横目で見て鼻で笑った。
「私が重かったら、愛理が乗ったら柿本の足折れちゃうんじゃない」
「別に塚田は太ってねえだろ」
気怠そうに柿本が返す。沙羅はそれが気に食わなかった様で、続けた。
「でもでかいじゃん」
「格好いいじゃん」
「あだ名が王子だしね!」
「……もういいよ、背の話題は」
沙羅の言う通り、私の背は高くて現在174センチ。あと1センチ伸びると四捨五入して180だねと沙羅に言われ、戦々恐々としている毎日だ。
「愛理も海行こ! この間彼氏と別れたばっかでしょ! 新しい出会いあるかもよ!」
「出会いはもう当分いいかな」
はは、と苦笑いする。
柿本が彼女と別れた前日、偶然にも私も別れていた。高校に入ってすぐに告白されて付き合ったけど、私の背が彼の背を追い越してしまい、「でかい女はちょっと」という理由で振られた。
背ばかりはどうしようもない。怒る気も泣く気も失せた。
「愛理、一緒に海行こうよ」
私の横に椅子を並べて座っていた矢島が、笑顔で見つめる。矢島の距離はいつも近くて、さすがチャラ男だなあと感心していた。
派手な沙羅とは小学校からの腐れ縁で、私は沙羅の引き立て役。沙羅の周りにはチャラ男が集まり、結果カースト上位の三人に囲まれている私という構図が出来ている。
「三人で行ってきなよ。私は今回はパス」
沙羅みたいにスタイルもよくない、板みたいな身体を柿本にも矢島にも見られたくはなかった。
「じゃあ俺も行かない」
柿本がぼそりと言うと、矢島も続ける。
「じゃあ俺も!」
当然、沙羅が不貞腐れた。
「やだ、皆で行きたいもん! ねえ、愛理お願い!」
「可愛い水着は似合わないし、そもそも持ってないし」
すると突然、柿本が椅子から足を下ろし、沙羅が床に投げ出される。
「きゃっ! 痛あい!」
沙羅を無視した柿本が、私を上から下まで眺めた。
「可愛い系より、大人っぽい方が似合うと思う」
「は?」
今度は、矢島が身を乗り出す。
「いや、すらっとしてる中に可愛い水着もいけると思う」
「だから、着ないって……」
だけど、二人は聞いちゃいなかった。
「大人っぽいのだって!」
「可愛いのだよ!」
立ち上がると、阿呆な理由で睨み合いを始める。本当に阿呆だ。
「じゃあ、これから両方着せてみようぜ」
「お、それいいな」
そして唐突の意気投合。
「は? いや、お金も持ってないし」
「俺が買ってやる」
「いや、俺が買う」
じり、と二人が私に迫る。目が怖かった。
二人を迂回しながらバッと教室の外に逃げ出す。振り返ると、二人がこちらに向かって来ていた。怖い。
「待てよ塚田!」
「愛理逃げるな!」
「ちょ、ちょっとお! 誰か起こしてよお!」
「沙羅ごめん!」
倒れている沙羅には悪いけど、玩具にはされたくない。だから逃げることにした。校庭の外に向かう生徒の流れに逆らい、廊下をひた走る。
「塚田!」
「愛理!」
背後から大声で呼ばれたけど、私は走った。足の速さは結構自信がある。
廊下の先の階段から下の階に行って、ぐるっと戻って鞄をひっつかんで帰ろうと考えた。
「見世物なんかになりたくないからー!」
「分かった! じゃあ見るのは俺だけにするから!」
「柿本ずるいぞ! 愛理、柿本には見せない! 俺だけ見るから!」
後ろで何か勝手なことほざいている。私の意見はどこにいった。そして何で追いかけられてるんだろう。
「塚田の水着姿は俺だけが見る!」
「馬鹿柿本! ようやくあのくそ彼氏と別れたから、正々堂々と勝負しようって言ったのはどの口だよ!」
は? と思ったけど、足を止めたら確実に捕まる。捕まったら、水着ショーが始まってしまう。だからひたすら逃げた。
「じゃあ、この鬼ごっこで先に塚田を捕まえた奴に最初の告白の権利を与えるってのはどうだ!」
どうだ、じゃない。
「それいいな!」
そしてよくない。というか、嘘だ。普通は、沙羅みたいな可愛い子を好きになる筈だから、きっと二人とも私をからかっているだけだ。
「からかわないでー!」
「からかってない! 塚田、好きだー!」
「あ! お前狡いぞ! 愛理、俺の方がずっとずっと好きだー!」
間違えて、上り階段に進んでしまう。この先は屋上だ。息を荒げながら取っ手を回すと、鍵が掛けられていることに気付いた。
やってしまった。
「塚田……!」
「愛理……!」
荒い呼吸の鬼二人が背後に迫り、この謎の鬼ごっこは終焉を迎えようとしていた。
明日から、高校最初の夏休み。最近になって一緒に過ごす時間が増えた柿本が、だらりとしながら言った。気怠そうな雰囲気と甘めの顔がぴったりの柿本は、告白されて付き合った彼女とつい先日別れたばかりだ。
高校に入って、私が知ってるだけでもう三人目。よくやるもんだ。
「いいね! 私、海に行きたい!」
自分の容姿に自信があるけど柿本に相手にされていない沙羅が、椅子の上に渡した柿本の足の上に座る。チャラい眼鏡男子の矢島が、小声で「わお」と呟いた。気持ちは分かる。
「重い」
柿本がボソリと呟くと、沙羅は私を横目で見て鼻で笑った。
「私が重かったら、愛理が乗ったら柿本の足折れちゃうんじゃない」
「別に塚田は太ってねえだろ」
気怠そうに柿本が返す。沙羅はそれが気に食わなかった様で、続けた。
「でもでかいじゃん」
「格好いいじゃん」
「あだ名が王子だしね!」
「……もういいよ、背の話題は」
沙羅の言う通り、私の背は高くて現在174センチ。あと1センチ伸びると四捨五入して180だねと沙羅に言われ、戦々恐々としている毎日だ。
「愛理も海行こ! この間彼氏と別れたばっかでしょ! 新しい出会いあるかもよ!」
「出会いはもう当分いいかな」
はは、と苦笑いする。
柿本が彼女と別れた前日、偶然にも私も別れていた。高校に入ってすぐに告白されて付き合ったけど、私の背が彼の背を追い越してしまい、「でかい女はちょっと」という理由で振られた。
背ばかりはどうしようもない。怒る気も泣く気も失せた。
「愛理、一緒に海行こうよ」
私の横に椅子を並べて座っていた矢島が、笑顔で見つめる。矢島の距離はいつも近くて、さすがチャラ男だなあと感心していた。
派手な沙羅とは小学校からの腐れ縁で、私は沙羅の引き立て役。沙羅の周りにはチャラ男が集まり、結果カースト上位の三人に囲まれている私という構図が出来ている。
「三人で行ってきなよ。私は今回はパス」
沙羅みたいにスタイルもよくない、板みたいな身体を柿本にも矢島にも見られたくはなかった。
「じゃあ俺も行かない」
柿本がぼそりと言うと、矢島も続ける。
「じゃあ俺も!」
当然、沙羅が不貞腐れた。
「やだ、皆で行きたいもん! ねえ、愛理お願い!」
「可愛い水着は似合わないし、そもそも持ってないし」
すると突然、柿本が椅子から足を下ろし、沙羅が床に投げ出される。
「きゃっ! 痛あい!」
沙羅を無視した柿本が、私を上から下まで眺めた。
「可愛い系より、大人っぽい方が似合うと思う」
「は?」
今度は、矢島が身を乗り出す。
「いや、すらっとしてる中に可愛い水着もいけると思う」
「だから、着ないって……」
だけど、二人は聞いちゃいなかった。
「大人っぽいのだって!」
「可愛いのだよ!」
立ち上がると、阿呆な理由で睨み合いを始める。本当に阿呆だ。
「じゃあ、これから両方着せてみようぜ」
「お、それいいな」
そして唐突の意気投合。
「は? いや、お金も持ってないし」
「俺が買ってやる」
「いや、俺が買う」
じり、と二人が私に迫る。目が怖かった。
二人を迂回しながらバッと教室の外に逃げ出す。振り返ると、二人がこちらに向かって来ていた。怖い。
「待てよ塚田!」
「愛理逃げるな!」
「ちょ、ちょっとお! 誰か起こしてよお!」
「沙羅ごめん!」
倒れている沙羅には悪いけど、玩具にはされたくない。だから逃げることにした。校庭の外に向かう生徒の流れに逆らい、廊下をひた走る。
「塚田!」
「愛理!」
背後から大声で呼ばれたけど、私は走った。足の速さは結構自信がある。
廊下の先の階段から下の階に行って、ぐるっと戻って鞄をひっつかんで帰ろうと考えた。
「見世物なんかになりたくないからー!」
「分かった! じゃあ見るのは俺だけにするから!」
「柿本ずるいぞ! 愛理、柿本には見せない! 俺だけ見るから!」
後ろで何か勝手なことほざいている。私の意見はどこにいった。そして何で追いかけられてるんだろう。
「塚田の水着姿は俺だけが見る!」
「馬鹿柿本! ようやくあのくそ彼氏と別れたから、正々堂々と勝負しようって言ったのはどの口だよ!」
は? と思ったけど、足を止めたら確実に捕まる。捕まったら、水着ショーが始まってしまう。だからひたすら逃げた。
「じゃあ、この鬼ごっこで先に塚田を捕まえた奴に最初の告白の権利を与えるってのはどうだ!」
どうだ、じゃない。
「それいいな!」
そしてよくない。というか、嘘だ。普通は、沙羅みたいな可愛い子を好きになる筈だから、きっと二人とも私をからかっているだけだ。
「からかわないでー!」
「からかってない! 塚田、好きだー!」
「あ! お前狡いぞ! 愛理、俺の方がずっとずっと好きだー!」
間違えて、上り階段に進んでしまう。この先は屋上だ。息を荒げながら取っ手を回すと、鍵が掛けられていることに気付いた。
やってしまった。
「塚田……!」
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荒い呼吸の鬼二人が背後に迫り、この謎の鬼ごっこは終焉を迎えようとしていた。
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