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第十二章 いざ退治

83.空中散歩

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 台所へ戻ると、亮太は急いでグリルに鮭をセットして焼いた。炊き込みご飯はまるで合宿所の炊飯器程でかい炊飯器で、これでもかという量が炊いてある。おかずが鮭と豚汁だけになってしまったが、まあ後は酒で誤魔化そう。

 亮太が情けなく眉尻を垂らしていると、蓮がスーパーの袋をガサッと持ち上げてみせた。

「亮太。おつまみは沢山購入しております」
「でかした! 蓮!」
「こういうこともあろうかと多めに買いましたので、何とかなりましょう」

 蓮と支度をしていると、コウが食器類を取りに来た。

「そこに置いてあるのを持っていってくれ」
「分かった」

 後ろから椿とリキも来るかと思ったが、来ない。亮太はコウに尋ねた。

「リキさん達は?」
「リキの手のひらに豆が出来て痛いって言うから、椿さんに絆創膏を貼ってもらってる」
「そ、そうか」

 ベソをかいているリキの姿が脳裏に浮かんだ。あれと親戚になるのか。かなり面倒くさそうではあるが、でもコウとは結婚したい。であればもうありのままを受け入れるしかないのだろう。きっとこれも慣れだ、慣れ。

 炊飯器の電源を引っこ抜き、蓮が抱えて消えた。コウが亮太に笑いかける。

「あれはあれで慣れたら可愛いものだ。いつまで経っても小さな女の子なんだ」
「成程ね」

 見た目がでかい男性だから違和感を感じるが、まあ小さい女の子がでかい男性のモビルスーツでも着ていると思えばいいのか。中にいて操縦しているのは小さな女の子。よし、インプット完了だ。

「俺もそう思うようにする」
「亮太のそういう柔軟なところも好きだよ」

 さらっとそう言うと、コウも取皿を持って台所から出て行った。

 胸ポケットにいるみずちがひょっこりと顔を出して言った。

「亮太、顔赤いのー」

 さもありなんだ。亮太はみずちに答える。そういえば、前は焦点が合わずぼやけていたこの距離でもみずちの顔が比較的はっきりと見える。まさか八尺瓊勾玉は老眼すらも治すのか。勾玉様様である。

「コウ、お前のご主人様は格好いいなあ」

 凛としていて、亮太をぐいぐい引っ張る。追い抜かれてどんどん先に行かれて追いつけなくならない様に、自分も全力でコウと向き合わないとな、そう思った。

 その先に待ち受ける未来はどんなものだろうか。そこには、今ここにいる仲間達も皆いるといい。亮太はそう願った。



 肉じゃがを大鍋ひとつ分食べ尽くしていたアキラだが、まだまだ足りなかったらしい。大量に炊いた鯖の炊き込みご飯も炊飯器の半分以上はアキラの腹の中に消えた。

 リキと椿が唖然として見守る中、アキラはようやく満足したのだろう、手をパン、と合わせて「ご馳走様」というと、取っておいたらしいチー鱈をまた食べだした。

 あまりの食べっぷりに亮太が笑う。

「今日はいつにも増して食うな」
「そう?」

 アキラが事もなげに返答した。個人の年間チー鱈消費量はもしかしたら全国でアキラが一位かもしれない。

 亮太も一通り食べ終え、今はおつまみのイカの一夜干しを肴にビールを飲んでいる。コウはまだもぐもぐ食べていた。

「かなり神力を振り分けられた首が一匹半も出てしまいましたからね、消費もかなり激しいかと思われますよ」

 こちらも食べ終わり、ちびちびと冷酒を嗜む蓮が言った。蓮は掃除からの調理に結界だ、疲れたのだろう、すでに目の下が大分赤くなっていた。

「そうだ、残りはニ匹半だろ? 封印は今どうなってんだろうな?」
「後で風呂の時に私が見るよ」

 コウが請け負う。

「お願い致します」
「あ」

 亮太は肝心なことを思い出した。アキラが何? という顔で亮太を見ている。

「リキさんと椿さんは知らないと思うから言っておくが、今夜はくっついて寝るようにな」
「ああ、そういえばそうだな」

 コウも頷く。あれから毎晩狗神はアキラにくっついて寝る様になり、その後は八岐大蛇の影響は受けることなく済んでいる。今夜ここで一泊する以上、椿に影響がないとは言えない。亮太はコウにくっついて寝るし、狗神はアキラと決まっている。結果として余っている神は須佐之男命スサノオノミコトのリキしかいない。

 すると、リキが真っ赤になった。

「えっ私が椿くんとくっついて寝るってどういうこと!?」

 そう言うともじもじし始めた。亮太は丁寧に説明してやることにした。

「封印されている八岐大蛇から瘴気が漏れているんだよ。神の皆は浄化出来るから影響がないんだけど、俺と蓮は多少なりとも影響があるから、寝る時はそれぞれにくっついて寝てるんだよ」

 すると椿がからかった。

「えー蓮くん、アキラちゃんと寝てるの? やーらしー!」
「わっ私は犬の姿になっておりますから! いやらしくなどありません!」
「どうだかー。実は嬉しいんだろー」
「うっうっ嬉し……」

 蓮の顔が真っ赤になって伏せてしまった。椿はそれを見て指を差して笑い転げている。強い。あまりにも蓮が憐れになったので、亮太は話を戻してあげることにした。

「椿さんはそれで別に問題ないかな?」

 リキは男の身体に少女の心を持っているが、そういえば椿の心はどっち寄りなんだろうか。見た感じは男寄りだが、女の身体に違和感はないと言っていたからただ女性が好きな女性なのか。

「いいよー別にリキなら」
「だ! だって椿くん!」
「え? リキ俺のこと嫌い?」
「えっそんなこと絶対にない! 大好きよ!」
「じゃあいいじゃーん」
「でも、だって!」
「えーなになに、俺が魅力的で襲っちゃいそう?」
「えっそんな私から襲うなんてことしないわよ!」
「えーじゃあ俺が襲ったらリキは」

 照れるリキに椿が畳み掛ける様にからかい続けると、それを聞いていた蓮がピシャリと言った。

「お二人共! 子供の前ですよ!」
「は、はい! ゴメンナサイ!」

 蓮に怒れられ慣れしているのだろう、リキがピシッと正座になった。椿は胡座をかいて呑気に笑っている。凄いのひと言だった。この強靭なメンタル、是非少し分けてもらいたい。

「とにかく、今日はお願い致します!」

 そう言うと、蓮は食器をまとめて持ち台所へと怒りながら行ってしまった。完全に怒らせてしまったらしい。亮太はコウを見ると、コウも呆れた様に亮太を見返した。そしてすすす、と亮太の横に寄ってくると、

「空の散歩、行く?」

 と言った。亮太は小さく頷いた。行くなら酒が入ってぽかぽかしている今だろう。帰ってきて冷えたら風呂に入ればいい。善は急げだ。

「ちょっと俺達出てくるから」
「ちょっと、この状況で置いていくの?」

 アキラが冷めた目で見てきたが、今日は譲れない。亮太は大きく頷いてみせた。

「たまには蓮を慰めてやれよ。お前の神使だろ」

 途端アキラの顔も赤くなった。よし、これで黙った。
 亮太とコウは上着を着ると靴を履き、表へ出る。空気は冷え、見上げると満点の星空がそこにあった。コウが八咫鏡を取り出し唱えると、亮太とコウの周りを温かい光と空気が包む。

「私のコウ、お願い出来るか?」
「はいなのー」

 亮太の胸ポケットから出てきたみずちは、亮太達が手を繋がなくともすぐにするりと宙に浮かび上がり大きくなり始めた。やはり成獣になったのでコントロールが利くようになったらしい。

「乗ってなのー」

 亮太はコウに手を貸してみずちの角の後ろに跨って座った。コウは初めてなので、落ちないよう亮太の前だ。

「いいぞ、コウ」
「はあい」

 みずちがふわりと浮き上がり、上空へとゆっくり向かった。

「結界ないけど大丈夫なのー?」
「夜だし都会じゃないから、まあ大丈夫だろ」

 見られる可能性はあったが、幸いみずちの身体は水の様に透けているから闇に紛れやすい。

 角度を付けすぎない様に気を使ってくれているのだろう、くるくると旋回する様に徐々に上空へと昇っていくと、お寺の明かりがポツンと小さな一粒の明かりにしか見えなくなった頃、みずちが宙で停止した。

「亮太、上を見て」
「……おおー!」

 雲ひとつない天には、星が無数に瞬いていた。

みずちの方のコウも見てるか?」
「見てるのー綺麗なのー」

 腕の中のコウが笑顔で星空を眺めている。それを見て亮太も笑顔になった。

「結婚したらさ」
「ん?」
「何ー?」

 二人が反応する。可愛くて可愛くて、亮太は破顔した。

「結婚したら、俺達は家族だな」
「僕も? 僕も?」
「当たり前だ。なあ亮太?」
「そりゃそうだ」

 みずちだって大事な家族だ。例え血は繋がっていなくとも、例え人間でなくとも、子供みたいなものだから。

 するとみずちがぽつりと呟いた。

「僕、飛んでいった方向間違わなくてよかったの」
「飛んでいった方向?」

 リキに飛ばされた時のことだろうか。

「こっちだって思ったの。間違ってなくてよかったのー!」

 するとみずちが急発進した。途端、風がびゅんびゅんと音を立てて通り過ぎて行く。

「ちょ、コウ!」
「うふふふふ―! わーい家族家族!」

 満天の星空の下。

 一匹の水龍が天に祈りを捧げるかの様に舞った。
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