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第十二章 いざ退治

77.いつでも一番

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 亮太とコウがお堂に戻ると、板間となっている内部はすっかり綺麗に磨かれており、決して広いとは言えないスペースの片隅には布団が積まれていたが、誰もいなかった。亮太達はまだ居住部分には行っていない。勝手に中を彷徨くよりはここにいた方が良さそうだった。

 入り口付近に二箇所灯油ストーブが置かれており、中はとても温かい。裸足で歩いていたのでコウの手前何も言わなかったがやはり寒かった亮太は、足の泥を落とした後は暫くストーブの前に陣取った。横に座ってきたコウも表面がひんやりしている。

「寒かった?」
「まあ、ちょっとはな」
「亮太は今日はまだ大事な仕事があるんだ、無理しないで」

 そう言うと、胡座をかいて座る亮太の胴に腕を回し抱きついてきた。一瞬冷たかったが、すぐに接している部分が温かく感じ取れる様になった。

「疲れ過ぎて怪我なんてされたくない」

 亮太はコウの背中に腕を回して手で頭を引き寄せた。どうしても不安になるのだろう、いくら声を掛けても何と説得しようが、きっとこれは全ての首の退治が終了するまでついて回る。

「うん」

 だからそれしか言えなかった。二人はストーブの中の小さな炎をぼんやりと見つめていた。段々風が当たる部分がぽかぽかしてきて眠気を誘う。亮太は目を閉じた。頬に当たるコウの頭も温かい。コウのポーチの中にいるみずちもちゃんと温まっているだろうか。

 ボオオ、とストーブが立てる音が何だか懐かしく感じる。母さんはエアコンは乾燥するから、と灯油ストーブ派だった。それに炬燵のセットで冬を超す。いつも亮太を炬燵に入る様誘ってはみかんを持ってくるが、子供の亮太よりも皮むきが下手くそで結局いつも亮太が剥いてやっていた。何故身まで破けるのかいつも謎だったが、亮太が綺麗に剥いたみかんを受け取る母さんの笑顔は好きだった。

 そうだ、今度炬燵を出そう。今使っているテーブルは炬燵だ、マットと布団はきちんと洗って圧縮袋にしまってある筈なので帰ったら出してあげよう。みずちあたりなど大喜びで入るに違いない。食事をしているテーブルだったから炬燵で食事を取るのもな、と思って出していなかったが、この温かさはホッとする温かさだ。

 多分、今皆に必要なものだ。何となくそう思った。

「亮太、コウ様、お待たせ致しました」

 お堂の脇にある木の引き戸がカラカラと音を立てて開き、奥から禰宜姿の蓮と白装束のアキラが入ってきた。

「お疲れ、そっちも支度は出来たか?」
「はい、あとは事前に食事の支度をしておきたいと思いますので、亮太はお手伝いいただけますか? コウ様はアキラ様についていていただきたいのですが」
「分かった」

 コウが頷いた。

「アキラ、まだむずむずはしてないか?」
「うん、まだ普通には出てこないと思う」

 アキラが薄くだが笑った。亮太が立ち上がりたすき掛けをする蓮に並んだ。

「今日の献立は何だ?」
「林の中は冷えますからね、まずは豚汁と、鯖の炊き込みご飯に生姜を入れようかと」
「いいねえ。メインは?」
「肉じゃがと、あとは鮭の塩焼きで。調理道具は皆揃ってましたので洗っておきました」
「了解」

 鮭があればホイル焼きで中に長芋を入れると美味い。あとはマヨネーズを乗せて少し七味も振って焼いても美味いが、普段人が住んでいない場所での調理だ。調味料類は限られるだろう。

 亮太は腕まくりをして蓮が手渡してきたエプロンを身につけた。

 居住部に入ると狭い古臭い廊下があり、その先に昔ながらの台所があった。といっても殆ど亮太の家と同等レベルの代物だ。何ら問題はない。

「ガス水道電気は止めていないそうです」
「じゃあ基本料金払いっぱなしか? 勿体ないな」
「ですがお一人で管理はなかなか大変そうですからね」

 元暴走族の兄はその辺は口出しをしないのだろうか。

「どこの兄貴も役に立たねえな」
「いつの時代も気配りが利き過ぎるのは女性なのでしょうね」
「何だかなあ」

 ぶつくさ言いながらも作業を始める。蓮の言葉通り既に洗ってあった大鍋をコンロに乗せ、こちらも既に洗ってザルに上げてあった野菜を切り始める。お寺で大勢の料理を用意することもあったのだろう、調理道具は大きい物が多く、大人六人前を用意しないとならないこの状況では非常に有難かった。

 亮太と蓮は手際よく調理を進めていく。包丁の切れ味が悪かったので砥石か包丁研ぎを探したが見当たらない。探している時間が勿体ないので、食器棚の引き出しにしまわれていたアルミホイルでとりあえず研ぐことにした。アルミホイルでは切れ味は大して長持ちはしないが、今日だけなら問題はない。

 台所の窓の外は段々と赤くなってきている。亮太は急ぎ野菜を切り始めた。

「亮太、生姜をお願いします」
「ん」

 切る担当と調理担当を分けると作業スピードが上がる。それに加えて蓮は痒い所に手が届くかの様に亮太の作業が止まらない様ザルを用意したり配置を変えたりしてくれる。その合間に米を研いでザルで水切りをしているのだから、器用なものだ。

 作業は問題なくさくさく進んでいる。だから亮太はここ暫く聞きたかったがなかなか機会がなかったことを尋ねることにした。

「レン」
「はい、何でしょう」
「アキラの気持ちはどう捉えたんだ?」

 蓮が手に持っていた鍋を床に落とし、台所にクワーン! といい音が鳴り響いた。思わず蓮の顔を見ると、いつもの通りの鉄面皮だ。その表情からは何一つ読めない。が、動揺しているらしい。声が上ずっていた。

「あ、あ、あの、その、私はアキラ様の神使でですね、その」
「そりゃあ分かってるよ。そういうことじゃなくて、お前の気持ちはどうなんだよ」

 あの時の言葉を蓮は気付いていなかったのかなとも思ったが、ちゃんと聞いていたらしい。聞いて理解した上で、何も言わず迷子にならぬ様手を繋いだりする蓮の気持ちが亮太には理解出来なかった。こいつは一体どうしたいのだろうか。

 亮太は肉じゃがの調理を始めながら蓮の回答を待った。蓮は鍋を両手で抱えたまま俯いて突っ立っている。肉じゃがは野菜も肉も炒めず水を入れ沸騰させ、砂糖大さじ3、酒大さじ1、醤油大さじ4を2カップの水に入れる位の甘めが亮太の好みだ。野菜から十分出汁は出るので出汁は入れない。今回は量が多いので単純にこの倍を作り始めた。

 都市ガスではなくプロパンガスだそうで、その所為か火力が強い。大鍋に入った水があっという間に沸騰した。

 ちらりと横に立つ蓮を見たが、唇を噛み締めて動かない。亮太は小さく息を吐いて言った。

「悪かったよ、言いたくないなら言わなくていい」

 蓮がこちらを見る気配を感じたが、余計なお世話でもあったので亮太は敢えて蓮を見ないようにした。

「亮太……その、言いたくない訳ではなく、何と言っていいのか分からないのです」
「アキラは大事か?」

 アキラはきっと待っている。そして淡い期待を持っている。いつか蓮に想いが通じるのではないかと。亮太を巻き込むまいと悪神になるつもりでいた時も、蓮が一緒に居てくれるからいいと言っていた。その言葉にアキラはきっと期待せざるを得ないのだ。それでも傍に居てくれるという言葉の意味に。

「勿論ですよ、亮太」

 蓮は今度ははっきりと答えた。その優しい言い方に亮太は思わず顔を上げて蓮を見ると、蓮も亮太を見ていた。力強い瞳だった。

「アキラ様はいつでも私の一番なのですから」
「……そっか」

 蓮もアキラの気持ちはちゃんと受け止めているのだろう。その上で、主人であるアキラと神使である自分の立場や、これから先年を取るアキラと年を取らない蓮の違いもあり、亮太とコウとは違い軽々と好きだとは本人に言えないのかもしれない。

 アキラもまだ子供だ。リキはアキラと結婚するつもりはなく婚約を破棄することも約束した今、結論は急がなくともよくなった。

 だから、今はまだこの言葉が精一杯なのかもしれなかった。

「さ、急いで作るぞ。そろそろアキラの背中の奴が飛び出すんじゃねえか?」
「そうですね、また二匹出てきたら堪りませんからね」

 蓮が落とした鍋を洗い始めた。亮太は調理に集中することにした。 
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