上 下
67 / 100
第十一章 陰る光

67.狗神の言葉足らずについては慣れたつもりだったがまだまだだった

しおりを挟む
 亮太達が夕飯の準備を終え、中に一声断りを入れてから硝子戸をガタガタと開けると、座るアキラの膝の上で狗神が寝ていた。とても気持ちが良さそうで、狗神の頭をアキラが優しく撫でていた。

 亮太の視線に気付いたアキラが言った。

「多分、かなり無理してたんだと思う」

 アキラの背中から漏れる八岐大蛇の瘴気は、それでもアキラに触れると浄化されるのだ。この浄化作用があるからアキラもコウも平気なのだ。八尺瓊勾玉やさかにのまがたまを持っているか浄化作用のある神に触れていなければ、瘴気は蓄積される。亮太の影響のされなさは狗神のお墨付きなので、どうもこの家の中で一番影響を受けているのは狗神の様だった。

「なあアキラ、勾玉を蓮に渡そうか?」
「それは駄目」

 即答だった。

「何でだよ。俺はコウにくっついてられるし、その方がいいんじゃないか」

 一瞬だが、微妙な顔をされた。おっさんの亮太がコウと恋仲になって堂々と接触するのに違和感を感じているのかもしれない。まあ、気持ちは分からなくもない。

「レンが嫌がる」
「? どういうことだ」

 アキラが亮太を静かな目で見返してきた。こういう表情をするアキラは、悟りを開いた僧の様だった。まあこれも仏教だが。

「レンは未だに亮太を巻き込んだことを気に病んでいるから」

 あれだけ思い切り巻き込んでおいてか。

「亮太に万が一のことがあったらって不安みたいだから、それは亮太が持ってて」
「……そうか」

 亮太が無茶をして怒髪天を衝く勢いで怒っていたのは、心配の裏返しだったらしい。心配されているのは分かっていたが、まさかそこまでとは思っていなかった。亮太はアキラの膝の上で気持ちよさそうに寝息を立てている狗神を見た。こいつの好意は分かりにくいのだ。全く。

「アキラ、今夜からお前が一緒に寝てやれ」
「えっ」
「え、じゃねえよ。俺は仕事で早朝まで居ないし、コウとはくっついて欲しくないし、そうしたらお前しかいないだろうが」

 ここだけは絶対譲れなかった。独占欲の塊と言われようがキモいと言われようがコウは亮太の恋人である。他の男には例え狗神でも触らせたくはなかった。

「で、でも」
「俺と触れてる時間だけじゃもう補えなくなってんだろ。だったらその余剰分はお前がやるしかねえだろうが」
「わ、私が」

 目を白黒させているアキラに、亮太がにやりとして言った。

「犬より人間の姿の方がいいなら俺がレンにそう言っておくけど」
「おっさん発言……サイテー」
「いいんだよ、おっさんなんだから」
「亮太はおっさんじゃない、いい男だ」
「そう言ってくれるのはコウだけだよ」
「僕もそう思うのー」
「こっちのコウもか、ははは」

 狗神が寝ているから突っ込む人間がいない。アキラは絶対零度の視線で静かに亮太を見ていた。この軽蔑の目。絶対家主に対する目線じゃない。

「ちゃんとやれよ。こいつの為だ」
「私が今日はしっかりと見ておく。任せてくれ」

 コウが請け負ってくれた。心強い限りである。

「じゃあイヌガミを起こしてくれアキラ。コウ、ちゃっちゃと支度しようか」
「ああ」

 亮太達はさっさと食事の支度を始め、アキラは遠慮がちに狗神を起こしていた。亮太を起こす時のあの勢いは一体どこへ行ったのか。どうでもいいおっさんと恋心を抱く相手との差なのは分かってはいたが、少しだけ自分が憐れに思えた。

 寝ぼけまなこの狗神がふらふらとテーブルまで歩いてきたので、亮太は狗神にもはっきりと言っておくことにした。

「イヌガミ、今夜からアキラにくっついて寝ること。反論は許さねえぞ」
「ひっ」
「ひって何だよ、アキラが可哀想だろ」
「いえ、そ、そういう意味ではなくですね、私の様な者がアキラ様と一緒の寝所でなど恐れ多く」
「寝所って言う程立派なもんでもねえだろうが。それに今の今まで膝枕で寝てたじゃねえか。ほれ、食うぞ」

 犬でも目を大きく開く動作が出来るらしい。狗神は明らかに動揺していたが、これはこいつの健康の為だ。

 亮太は無視して先におかずを取り分け始めた。

 今日はパリッと焼いた鶏肉をみりんと醤油に漬け込んだ物に刻みネギを盛った物と、玉ねぎは何にするつもりだったのか分からなかったので一玉は鶏肉に追加、もう一玉は味噌汁に入れた。

 これだけでは足らないのは目に見えてたので、スライスして細切りにしたじゃがいもとベーコンにカレー粉と塩を一対二の比率で作ったカレー塩を振りかけフライパンでジューッと焼き、つなぎにピザ用チーズを入れてカリカリに焼いた一品も追加し、冷蔵庫の中にトマトがあったのでスライスしてオリーブオイルをかけて乾燥パセリを振りかけた。

 カレーのいい香りにアキラの目線が食卓に釘付けになっている。恐らくもう一分と待てまい。

 亮太はコウも取り終わるのを確認後、号令をかけた。

「はい、いただきます」
「いただきます!」

 アキラが真っ先にチーズカレーポテトを持っていった。せめて取皿に取ればいいのに、と思いながら亮太はそれ以上見ないことにした。まあこれも八岐大蛇の所為ならば、あまり凝視しても憐れである。

「それで、少し考えたんだが」

 コウが口の中の物をゆっくりと噛み砕いて呑み込んでから話し始めた。

「明らかにこの先、戦うには人手が足りていない」
「確かにそうだな。俺も次の一匹位なら何とかなると思うけど、残りが減れば減る程頑丈になるなら正直もう少しサポートが欲しい」

 なんせ攻撃できるメンバーが余りにも少な過ぎる。今の状態は言うならば、RPGでのパーティーメンバーなら勇者の亮太以外は全員サポートメンバーの魔導士の様なものだ。

 みずちの攻撃がもう少し効けばいいのだが、今までの感じを見ていると一瞬怯ませられる程度である。まだ子供だから仕方ないのかもしれないが、亮太が駄目だと一気に攻撃力が落ちてしまう。例えば亮太が体勢を整える間、敵の動きを止めておく位出来ると助かるのが正直なところだった。

「そこでだ。もういい加減、須佐之男命スサノオノミコトを探そうかと思う」
「え!」

 食事中だというのにアキラが茶碗から口を離した。咀嚼も止まっている。そこまで嫌なのか。だがコウは笑った。苦笑いだが、コウはそこまで須佐之男命スサノオノミコトを毛嫌いしている訳ではないのか。

「そう嫌がるな。まあ困った奴だけどな」
「コウ、須佐之男命スサノオノミコトはアキラの首を痕が付く程強く絞めたんだぞ」

 亮太が口を挟んだ。コウはあのアキラの首の痕を実際に見ていないから笑えるのかもしれない。亮太が見て思わずゾッとしてしまう程度には、あれは酷いものだった。

「分かっている、アキラも亮太も勿論イヌガミも嫌なのも分かっている。だが、あいつの力はこの先必要だ。そうは思わないか? イヌガミ」
「……まあ、コウ様の言うことならば聞かれるとは思いますが、私はあの行為を許した訳ではございませんよ」
「あれは悪かった。私から謝る」

 コウが狗神とアキラに向かって頭を下げた。ちょっと待て、どういうことだ? 何故須佐之男命スサノオノミコトがやらかしたことを、コウが当たり前の様に代わりに頭を下げているのだろうか。

 亮太のその視線に気付いたのだろう、コウが亮太に話しかけてきた。

「亮太は知らなかった様だな。イヌガミはやっぱり説明していなかったんだな」

 していない、全く聞いていない。やっぱりということは、狗神の説明不足はコウ達の間でも共通認識なのか。亮太が狗神を見ると、ちらりと亮太を見て言い訳がましく言った。

「……言う必要も当初はありませんでしたので」
「お前はいつもそうだ」
「申し訳ありません」

 そういえば、狗神は元から随分とコウには気安い。コウも一緒に正座させられていたりと、今更ながらにその距離の近さに亮太は気付いた。

 亮太が混乱した様子でキョロキョロと二人を見比べていると、コウが亮太に教えてくれた。

「亮太、須佐之男命スサノオノミコトは私の兄なんだ」
「――何だって?」

 また、耳の遠い爺さんの様な台詞が口をついて出た。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

Halloween Corps! -ハロウィンコープス-

詩月 七夜
キャラ文芸
■イラスト作成:魔人様(SKIMAにて依頼:https://skima.jp/profile?id=10298) この世とあの世の狭間にあるという異世界…「幽世(かくりょ)」 そこは、人間を餌とする怪物達が棲む世界 その「幽世」から這い出し「掟」に背き、人に仇成す怪物達を人知れず退治する集団があった その名を『Halloween Corps(ハロウィンコープス)』! 人狼、フランケンシュタインの怪物、吸血鬼、魔女…個性的かつ実力派の怪物娘が多数登場! 闇を討つのは闇 魔を狩るのは魔 さりとて、人の世を守る義理はなし ただ「掟」を守るが使命 今宵も“夜の住人(ナイトストーカー)”達の爪牙が、深い闇夜を切り裂く…!

フリーの祓い屋ですが、誠に不本意ながら極道の跡取りを弟子に取ることになりました

あーもんど
キャラ文芸
腕はいいが、万年金欠の祓い屋────小鳥遊 壱成。 明るくていいやつだが、時折極道の片鱗を見せる若頭────氷室 悟史。 明らかにミスマッチな二人が、ひょんなことから師弟関係に発展!? 悪霊、神様、妖など様々な者達が織り成す怪奇現象を見事解決していく! *ゆるゆる設定です。温かい目で見守っていただけると、助かります*

キャベツの妖精、ぴよこ三兄弟 〜自宅警備員の日々〜

ほしのしずく
キャラ文芸
キャベツの中から生まれたひよこ? たちのほっこりほのぼのLIFEです🐥🐤🐣

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

Between the Life and the Death

かみつ
キャラ文芸
死んだと思ったのだけど、 意識が戻ると僕は、庭の綺麗な日本家屋にいて。 お日さまの匂いのするお布団の中にいた。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...