我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ

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第八章 とうとう四人目の居候

50.真夜中のダンス

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 久々の家で誰か他の人間と過ごす晩酌タイムは、正直言って非常に楽しかった。

 狗神に「子供の前ですよ」と注意されなければ、十時を過ぎても延々とコウと飲み続けていたかもしれない。基本はコウに聞かれるがまま質問に答えていたのは亮太の方で、日頃はバーテンダーという職業柄自分の話をするよりも人の話を聞く機会の方が圧倒的に多い亮太にとって、こんなに色々と自分のことを話すのは珍しかった。

「亮太の店はどういった店なんだ?」

 亮太がグラスを片付けていると、ほんのりと頬を赤くしてコウが尋ねてきた。ちらっと時計を見ると、時刻は十時半。アキラはとっくに風呂に入り、のんびりとドライヤーで髪を乾かしているところだ。狗神は今日は悪い気に当たってさすがに疲れたのか、亮太の布団で丸くなっていた。みずちも亮太の枕の上ですやすやと寝ている。瞼がないので赤い目が丸見えだが、亮太にはみずちが寝ているか起きているかは見てすぐ判別することが出来る様になっていた。

「ちょっとだけ行くか?」

 十時を過ぎたのでタケルはもう帰宅中だろうが、シュウヘイがいる。平日の夜なのでそんなに混んではいないだろう。お金をきちっと落とせば、自分の店だろうが飲みに行っても問題はない。

「行く」

 コウが即答した。ノリがよくて非常に結構だ。亮太はアキラに声をかけた。

「アキラ、ちょっと店に行ってくる」
「んー」
「コウ、お前コートは?」

 もう夜は大分冷えるが、コウのバックパッカーの様なリュックの中に入っているのだろうか。すると、首を横に振った。持ってきていないらしい。

 亮太は押入れからブルゾンを取り出すとコウの肩に掛けた。少し大きいみたいだが、コウは何も言わず袖を通した。ブカっとした上着を着ているとまるで女みたいに見える。つくづく惜しいな、とちらっと考えてすぐに取り消した。コウにとっては失礼なことだろう。逆に変なのに絡まれない様にしないといけないな、そんな風に考えた。こんな細い身体では、普通の男に絡まれたら抵抗出来なさそうである。

「早く寝ろよ」
「んー」

 亮太はコウと家を出ると、自分が店主を務めるバーへと向かった。



 店の前の通りは人が少なかった。まあもうこんな時間だ、今から飲みに行く様な人間の方が少ないのだろう。

「この上だ」

 階段を先に登ると、店のドアを開けた。覗くと、奥のテーブルにカップルが一組、カウンターにアキエとトモコがいた。こいつら毎日来てないか? 

「キャー亮太! どうしたの!」
「やだ―珍しい! ねえ一緒に飲もうよお」
「あー今日は、その」

 亮太が酔っぱらい熟女二人の勢いに負けそうになっていると、暇だったのだろう、シュウヘイがニコニコと入り口まで出迎えてくれた。助かった。カウンターの向こう側に居る時は躱せる熟女攻撃も、同じこちら側に来てしまうと対応が難しいものなのだ。

「亮太さん、珍しいっすね」

 そして亮太の後ろにいるコウに気が付くとあからさまに驚いた。

「え!? りょ、亮太さん!? どうしたんですその人」
「あ、えーと、なあコウ」

 そういえばコウを何て説明すればいいんだろうか。亮太はコウを振り返ると助けを求めた。アキラの親戚でもないだろうし、でも関係者ではあるし、どう言おうか。

 すると、コウが口を開いた。

「今日から亮太と同棲を始めたんだ」
「えっっ」

 アキエとトモコがそれを聞いて固まった。亮太が驚いてコウを見ると、一瞬目が合い、目だけで薄っすらと笑った。

 まさかコウの奴、わざと誤解させる様に言ってるのか? だがまあ今日は折角の休みだし、それにコウに店を見せにわざわざ来たので、アキエとトモコに絡まれたくないというのが正直なところだ。よって、亮太はそれに乗ることにした。後で笑い話にすれば済む話だ。

「コウっていうんだ。下北沢はまだ慣れてないから案内がてら。はは」
「亮太、私に亮太のオススメを作って欲しいな」

 コウが上目遣いでそう言い、亮太の上着の肘あたりを小さく掴んだ。これが女だったら確実に亮太は落ちていただろう。コウは男でこれは演技とはいえ、ついドキッとしてしまう。しかしやることが見た目に反して随分とお茶目だ。そして亮太はこういうのは嫌いではなかった。

「おお、任せろ」

 そういうとコウの肩を持って中に案内した。アキエとトモコがポカーンと見ているのが可笑しくて仕方ないが、今笑ったら折角の演技が台無しだ。今日はこのままいこう。

 アキエとトモコが座っているカウンターの席とは離れたカウンターの端の席にコウを座らせた。

「苦手な酒はあるか?」
「なるべく甘くない方がいいかな」
「了解」

 亮太はカウンターの中に入るときっちりと石鹸で手を洗い、グラスに氷を入れてマドラーで混ぜてまずはグラスを冷やす。シェーカーも同様に冷やして水が出ない様にしておく。次いでアイスピックで別の氷を取り出しボール型に削り出していった。

 背中の棚にライトアップされて並べられた酒瓶の中から、アブソルートを選んだ。通常はスミノフを入れるが、亮太はこのアブソルートという種類のウォッカがまろやかで好きだった。

 ジガーというメジャーカップで計って氷から溶け出した水分を切ったシェーカーに入れる。コアントロー、フレッシュライムを絞り、振る。

 まあ格好付けたい訳ではないので普通の二段振りにしておく。格好付けすぎてリズムがずれても恥ずかしい。

 シェーカーのトップを外し、もう一度グラスの中の水を切ってから中身を注いだ。そこにカットライムを差して完成だ。

 カウンターの上からコウの前に手を伸ばしコースターの上に置いた。

「どうぞ。カミカゼ。知ってるか?」
「ううん、知らない……美味しそうだな」

 亮太は自分の分はビールをさっと注ぐと、コウの隣に座った。

「じゃあ改めて乾杯」
「乾杯。――亮太、ありがとう」

 コウはそう微笑み、グラスに口を付け少量を口に含んだ後、唇に付いた酒を舌でペロッと舐めた。男でもヤバいぞこれは。亮太は思わずコウから目が離せなくなっていた。拙い拙い、そう思ってカウンターの中に無理矢理視線を向けると、そんなコウをシュウヘイが食い入る様に見つめていた。顔が赤くなっていた。

「亮太、美味しい」

 コウはそう言うと、隣の亮太の肩に小さく頭を乗せ、アキエ達からは見えない様に上目遣いで亮太にいたずらっ子の様に笑いかけた。

 アキエとトモコの悲鳴が聞こえた気がした。



 コウは二杯目はレモンがいいというので、バラライカを作った。基本はカミカゼと一緒だ。こちらは氷は入れずショートカクテルとなる。コウはどうもアルコールが強めに出る味が好みの様なので、ウォッカを少し濃い目にしたところ、えらく気に入ったらしい。肘を付いてニコニコと亮太をずっと見ていた。

 アキエとトモコはコウが二杯目を飲み始めたあたりで店を出た。今日は軽く席からの挨拶で済ませた。今一緒に居るのはコウであり、今日は亮太も客だ。自分で酒を作ってはいるが。

 コウが飲み終わったところで、帰ることにした。

「じゃあシュウヘイ、また明日」
「はい! 亮太さん、ごゆっくり!」
「? お、おお」

 店を出て暫くの後、シュウヘイが言っていた意味が分かった。シュウヘイは完全に勘違いしているのだ、亮太は可笑しくなってとうとう笑い出した。

 コウが隣でそんな亮太を見上げてつられた様に笑う。

「可笑しかったなあー」
「あれ、大丈夫だったか? 亮太が少し嫌そうだったから、つい同棲なんて言ったんだけど」
「あーいいいい、全然オッケー。今度説明すれば大丈夫だろ」
「なら暫くこのままにしておけばいいんじゃないか?」
「え?」
「そうしたら、私がちょいちょい一人で飲みに行ってもちょっかいは出されないだろう?」
「お、来てくれるのか?」

 コウが頷いた。

「一人で晩酌もつまらないからな」
「それは分かる」

 二人は顔を見合わせると、笑った。亮太は声を出して笑った。こんなに楽しいのは久々だった。すると、コウは酔っているのか、くるくると楽しそうに踊りだした。実に楽しそうに、回転する度に亮太を見て微笑む。その姿は、まるで天を舞踊る天女の様だった。男だが。

「亮太! 私は自由だ!」
「……ああ、そうだな」

 ようやくしがらみから解放されたのだ、自由を噛み締めているのだろう。

「亮太は好きだ!」

 コウは亮太の手を取ると、一緒に回りだした。亮太はビールしか飲んでないからそこまで酔ってないが、コウはこんなに動いて酔いが回らないのだろうかと心配になった。

「はは、そりゃどうも」

 あまりにもコウが嬉しそうなので、亮太も笑顔になった。男二人が酔っ払って夜の道端でくるくる回ってたら世話ないが、まあ誰が見ている訳でもないし今日位はいいだろう。

 それに、少なくとも、コウだけは帰りたくないと言ってくれた。いつまでいるかは分からない、案外すぐ帰ってしまうかもしれない。


 それでも、コウの言葉が亮太は嬉しかった。
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