上 下
50 / 100
第八章 とうとう四人目の居候

50.真夜中のダンス

しおりを挟む
 久々の家で誰か他の人間と過ごす晩酌タイムは、正直言って非常に楽しかった。

 狗神に「子供の前ですよ」と注意されなければ、十時を過ぎても延々とコウと飲み続けていたかもしれない。基本はコウに聞かれるがまま質問に答えていたのは亮太の方で、日頃はバーテンダーという職業柄自分の話をするよりも人の話を聞く機会の方が圧倒的に多い亮太にとって、こんなに色々と自分のことを話すのは珍しかった。

「亮太の店はどういった店なんだ?」

 亮太がグラスを片付けていると、ほんのりと頬を赤くしてコウが尋ねてきた。ちらっと時計を見ると、時刻は十時半。アキラはとっくに風呂に入り、のんびりとドライヤーで髪を乾かしているところだ。狗神は今日は悪い気に当たってさすがに疲れたのか、亮太の布団で丸くなっていた。みずちも亮太の枕の上ですやすやと寝ている。瞼がないので赤い目が丸見えだが、亮太にはみずちが寝ているか起きているかは見てすぐ判別することが出来る様になっていた。

「ちょっとだけ行くか?」

 十時を過ぎたのでタケルはもう帰宅中だろうが、シュウヘイがいる。平日の夜なのでそんなに混んではいないだろう。お金をきちっと落とせば、自分の店だろうが飲みに行っても問題はない。

「行く」

 コウが即答した。ノリがよくて非常に結構だ。亮太はアキラに声をかけた。

「アキラ、ちょっと店に行ってくる」
「んー」
「コウ、お前コートは?」

 もう夜は大分冷えるが、コウのバックパッカーの様なリュックの中に入っているのだろうか。すると、首を横に振った。持ってきていないらしい。

 亮太は押入れからブルゾンを取り出すとコウの肩に掛けた。少し大きいみたいだが、コウは何も言わず袖を通した。ブカっとした上着を着ているとまるで女みたいに見える。つくづく惜しいな、とちらっと考えてすぐに取り消した。コウにとっては失礼なことだろう。逆に変なのに絡まれない様にしないといけないな、そんな風に考えた。こんな細い身体では、普通の男に絡まれたら抵抗出来なさそうである。

「早く寝ろよ」
「んー」

 亮太はコウと家を出ると、自分が店主を務めるバーへと向かった。



 店の前の通りは人が少なかった。まあもうこんな時間だ、今から飲みに行く様な人間の方が少ないのだろう。

「この上だ」

 階段を先に登ると、店のドアを開けた。覗くと、奥のテーブルにカップルが一組、カウンターにアキエとトモコがいた。こいつら毎日来てないか? 

「キャー亮太! どうしたの!」
「やだ―珍しい! ねえ一緒に飲もうよお」
「あー今日は、その」

 亮太が酔っぱらい熟女二人の勢いに負けそうになっていると、暇だったのだろう、シュウヘイがニコニコと入り口まで出迎えてくれた。助かった。カウンターの向こう側に居る時は躱せる熟女攻撃も、同じこちら側に来てしまうと対応が難しいものなのだ。

「亮太さん、珍しいっすね」

 そして亮太の後ろにいるコウに気が付くとあからさまに驚いた。

「え!? りょ、亮太さん!? どうしたんですその人」
「あ、えーと、なあコウ」

 そういえばコウを何て説明すればいいんだろうか。亮太はコウを振り返ると助けを求めた。アキラの親戚でもないだろうし、でも関係者ではあるし、どう言おうか。

 すると、コウが口を開いた。

「今日から亮太と同棲を始めたんだ」
「えっっ」

 アキエとトモコがそれを聞いて固まった。亮太が驚いてコウを見ると、一瞬目が合い、目だけで薄っすらと笑った。

 まさかコウの奴、わざと誤解させる様に言ってるのか? だがまあ今日は折角の休みだし、それにコウに店を見せにわざわざ来たので、アキエとトモコに絡まれたくないというのが正直なところだ。よって、亮太はそれに乗ることにした。後で笑い話にすれば済む話だ。

「コウっていうんだ。下北沢はまだ慣れてないから案内がてら。はは」
「亮太、私に亮太のオススメを作って欲しいな」

 コウが上目遣いでそう言い、亮太の上着の肘あたりを小さく掴んだ。これが女だったら確実に亮太は落ちていただろう。コウは男でこれは演技とはいえ、ついドキッとしてしまう。しかしやることが見た目に反して随分とお茶目だ。そして亮太はこういうのは嫌いではなかった。

「おお、任せろ」

 そういうとコウの肩を持って中に案内した。アキエとトモコがポカーンと見ているのが可笑しくて仕方ないが、今笑ったら折角の演技が台無しだ。今日はこのままいこう。

 アキエとトモコが座っているカウンターの席とは離れたカウンターの端の席にコウを座らせた。

「苦手な酒はあるか?」
「なるべく甘くない方がいいかな」
「了解」

 亮太はカウンターの中に入るときっちりと石鹸で手を洗い、グラスに氷を入れてマドラーで混ぜてまずはグラスを冷やす。シェーカーも同様に冷やして水が出ない様にしておく。次いでアイスピックで別の氷を取り出しボール型に削り出していった。

 背中の棚にライトアップされて並べられた酒瓶の中から、アブソルートを選んだ。通常はスミノフを入れるが、亮太はこのアブソルートという種類のウォッカがまろやかで好きだった。

 ジガーというメジャーカップで計って氷から溶け出した水分を切ったシェーカーに入れる。コアントロー、フレッシュライムを絞り、振る。

 まあ格好付けたい訳ではないので普通の二段振りにしておく。格好付けすぎてリズムがずれても恥ずかしい。

 シェーカーのトップを外し、もう一度グラスの中の水を切ってから中身を注いだ。そこにカットライムを差して完成だ。

 カウンターの上からコウの前に手を伸ばしコースターの上に置いた。

「どうぞ。カミカゼ。知ってるか?」
「ううん、知らない……美味しそうだな」

 亮太は自分の分はビールをさっと注ぐと、コウの隣に座った。

「じゃあ改めて乾杯」
「乾杯。――亮太、ありがとう」

 コウはそう微笑み、グラスに口を付け少量を口に含んだ後、唇に付いた酒を舌でペロッと舐めた。男でもヤバいぞこれは。亮太は思わずコウから目が離せなくなっていた。拙い拙い、そう思ってカウンターの中に無理矢理視線を向けると、そんなコウをシュウヘイが食い入る様に見つめていた。顔が赤くなっていた。

「亮太、美味しい」

 コウはそう言うと、隣の亮太の肩に小さく頭を乗せ、アキエ達からは見えない様に上目遣いで亮太にいたずらっ子の様に笑いかけた。

 アキエとトモコの悲鳴が聞こえた気がした。



 コウは二杯目はレモンがいいというので、バラライカを作った。基本はカミカゼと一緒だ。こちらは氷は入れずショートカクテルとなる。コウはどうもアルコールが強めに出る味が好みの様なので、ウォッカを少し濃い目にしたところ、えらく気に入ったらしい。肘を付いてニコニコと亮太をずっと見ていた。

 アキエとトモコはコウが二杯目を飲み始めたあたりで店を出た。今日は軽く席からの挨拶で済ませた。今一緒に居るのはコウであり、今日は亮太も客だ。自分で酒を作ってはいるが。

 コウが飲み終わったところで、帰ることにした。

「じゃあシュウヘイ、また明日」
「はい! 亮太さん、ごゆっくり!」
「? お、おお」

 店を出て暫くの後、シュウヘイが言っていた意味が分かった。シュウヘイは完全に勘違いしているのだ、亮太は可笑しくなってとうとう笑い出した。

 コウが隣でそんな亮太を見上げてつられた様に笑う。

「可笑しかったなあー」
「あれ、大丈夫だったか? 亮太が少し嫌そうだったから、つい同棲なんて言ったんだけど」
「あーいいいい、全然オッケー。今度説明すれば大丈夫だろ」
「なら暫くこのままにしておけばいいんじゃないか?」
「え?」
「そうしたら、私がちょいちょい一人で飲みに行ってもちょっかいは出されないだろう?」
「お、来てくれるのか?」

 コウが頷いた。

「一人で晩酌もつまらないからな」
「それは分かる」

 二人は顔を見合わせると、笑った。亮太は声を出して笑った。こんなに楽しいのは久々だった。すると、コウは酔っているのか、くるくると楽しそうに踊りだした。実に楽しそうに、回転する度に亮太を見て微笑む。その姿は、まるで天を舞踊る天女の様だった。男だが。

「亮太! 私は自由だ!」
「……ああ、そうだな」

 ようやくしがらみから解放されたのだ、自由を噛み締めているのだろう。

「亮太は好きだ!」

 コウは亮太の手を取ると、一緒に回りだした。亮太はビールしか飲んでないからそこまで酔ってないが、コウはこんなに動いて酔いが回らないのだろうかと心配になった。

「はは、そりゃどうも」

 あまりにもコウが嬉しそうなので、亮太も笑顔になった。男二人が酔っ払って夜の道端でくるくる回ってたら世話ないが、まあ誰が見ている訳でもないし今日位はいいだろう。

 それに、少なくとも、コウだけは帰りたくないと言ってくれた。いつまでいるかは分からない、案外すぐ帰ってしまうかもしれない。


 それでも、コウの言葉が亮太は嬉しかった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

こちら夢守市役所あやかしよろず相談課

木原あざみ
キャラ文芸
異動先はまさかのあやかしよろず相談課!? 変人ばかりの職場で始まるほっこりお役所コメディ ✳︎✳︎ 三崎はな。夢守市役所に入庁して三年目。はじめての異動先は「旧館のもじゃおさん」と呼ばれる変人が在籍しているよろず相談課。一度配属されたら最後、二度と異動はないと噂されている夢守市役所の墓場でした。 けれど、このよろず相談課、本当の名称は●●よろず相談課で――。それっていったいどういうこと? みたいな話です。 第7回キャラ文芸大賞奨励賞ありがとうございました。

Halloween Corps! -ハロウィンコープス-

詩月 七夜
キャラ文芸
■イラスト作成:魔人様(SKIMAにて依頼:https://skima.jp/profile?id=10298) この世とあの世の狭間にあるという異世界…「幽世(かくりょ)」 そこは、人間を餌とする怪物達が棲む世界 その「幽世」から這い出し「掟」に背き、人に仇成す怪物達を人知れず退治する集団があった その名を『Halloween Corps(ハロウィンコープス)』! 人狼、フランケンシュタインの怪物、吸血鬼、魔女…個性的かつ実力派の怪物娘が多数登場! 闇を討つのは闇 魔を狩るのは魔 さりとて、人の世を守る義理はなし ただ「掟」を守るが使命 今宵も“夜の住人(ナイトストーカー)”達の爪牙が、深い闇夜を切り裂く…!

フリーの祓い屋ですが、誠に不本意ながら極道の跡取りを弟子に取ることになりました

あーもんど
キャラ文芸
腕はいいが、万年金欠の祓い屋────小鳥遊 壱成。 明るくていいやつだが、時折極道の片鱗を見せる若頭────氷室 悟史。 明らかにミスマッチな二人が、ひょんなことから師弟関係に発展!? 悪霊、神様、妖など様々な者達が織り成す怪奇現象を見事解決していく! *ゆるゆる設定です。温かい目で見守っていただけると、助かります*

キャベツの妖精、ぴよこ三兄弟 〜自宅警備員の日々〜

ほしのしずく
キャラ文芸
キャベツの中から生まれたひよこ? たちのほっこりほのぼのLIFEです🐥🐤🐣

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

Between the Life and the Death

かみつ
キャラ文芸
死んだと思ったのだけど、 意識が戻ると僕は、庭の綺麗な日本家屋にいて。 お日さまの匂いのするお布団の中にいた。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

処理中です...