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第八章 とうとう四人目の居候

48. もうこれ以上は入らない

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 亮太の家は、元々大して物もなく亮太の綺麗好きに更に狗神の家事能力の高さも相まって、非常に整っていた。

 よって、狭くともごちゃごちゃしていない分広くは見える。がしかし、田舎の家の広さと比べてはならないのだ。

「こ、ここに人間四人……?」

 コウが台所で立ち尽くした。まあ気持ちは分かる。

「私はなるべく犬の姿でおりますので」

 蓮が慰める様に言うと、アキラは少し不服そうな顔になったが、だがまあスペースの問題上我慢してもらうしかない。これでコウにやっぱりホテルにでも泊まれと言った途端、確実にこの辺り一帯を豪雨が襲うだろう。

「元々俺一人で住んでたんだよ。そこにアキラが転がり込んできて、その後イヌガミが転がり込んで、コウもきて。まあコウは場所取らないけどなー」
「ねー」

 ポケットの中から亮太の手のひらの上に移動したみずちが嬉しそうに亮太を見上げた。

「僕、夢みたいなのー」
「ご主人様に会いたかったんだもんなあ」
「しかも亮太も一緒ー」
「あはは」
「うふふー」

 思わず目尻が下がる亮太についてはアキラも犬の姿に戻った狗神も、もう反応しない。またやってるな、そういう視線すらも感じなくなった。

 だから違和感満載の視線を感じるのは久々だった。

「お前達は随分と仲良くなったんだな……」

 コウの半ば呆れた様な冷たい目線を感じ、あまりご主人様の前で大っぴらに仲良くしない方がよかったのか? と亮太が少し自戒の念を覚えた時、みずちが言った。

「コウ様と亮太も仲良しになってねー」
「お、おお」

 他に答えようもない。亮太は頷いた。

「コウ様も、ねー?」

 コウの戸惑いが分かった。おっさんと仲良くしろと言われてはいそうですかといきなり仲良くなれる訳もない。アキラが何となく様子を窺ってるのが分かったが、アキラのことなので勿論助け舟は出さない。

「……まあ、そうだな、うん」

 コウも頷くと、アキラが目を大きく開けてコウと亮太を見比べてた。あれは一体どういう意味だろうか。

 まだコウのことは知らなさ過ぎて亮太にはわからなかった。

 コウが亮太を見上げた。

「亮太、描いた絵を見たい」
「別に滅茶苦茶上手い訳でもないからな、あんまり期待するなよ」

 上手い下手の前に、まだ感覚を取り戻している段階だった。後は皆を記録するのが目的だ。これも口が裂けても言えやしない。言ったら最後、アキラの揶揄う様なニヤニヤが止まらなくなるのは目に見えていた。

 亮太は押し入れの中のスケッチブック立てからとりあえずは三冊取り出した。昔描いた物はやはり描きまくっていた時期だけあって我ながら上手く描けていると思う。なのでその頃の物が一冊。後は最近描いた物だった。

 コウは素直にそれを受け取ると、キョロキョロと辺りを見回した。

「そこ座っていいぞ」

 亮太の寝床を指差した。どうせ今夜からここで一緒に寝るのだ。まあ、仕事がある日は亮太は夜殆どいないことを考えると、そこまで一緒に寝ることはないだろう。

 あふ、と欠伸が出た。今朝も早くから叩き起こされ、八岐大蛇の首と戦って、更にマックで腹一杯。眠くなるなという方が無理な話だろう。

 とりあえずみずちを枕の上に置くと、亮太は泥だらけの服を着替えるべく一旦脱衣所へと向かい、そこに畳んでおいた部屋着にさっと着替えて戻った。

「わりい、寝かせてくれ」
「では夕方に起こしますね」
「頼む」
「僕も寝るー」
「おーこいこい」
「うふふー」

 マットレスの端にコウが腰掛けているので、枕の方から入って布団に転がった。チラリと目に入ったコウは、亮太のスケッチブックを食い入る様に見ており亮太など全く目に入ってないようだった。

 亮太は口の端で小さく笑うと、仰向けに寝転んだ。狗神がとことことやってきて亮太の腕枕に顎を乗せる。みずちが頭の上の方にとぐろを巻く。亮太は空いた方の手で布団を掛けようとして、端をコウが踏んでいることに気付き引っ張るのを止めた。

 そのまま暖を取る為狗神にくっつくと、今日もあっという間に睡魔が襲ってきた。

 暫くの後、パラ、パラとゆっくりとスケッチブックをめくっていたコウが全て見終わると、紅潮した頬をして後ろの亮太を振り返る。

「亮太!」

 亮太は勿論もう寝ている。亮太にぴったりとくっついている狗神が薄く目を開け、また閉じた。

「亮太は一度寝ると起きないよ」

 テレビの音量を下げながら観ていたアキラが言った。

「……そうか」

 肩を落としたコウが、自分のお尻で掛け布団を踏んでいたことに気が付く。そうっとマットレスからどくと、亮太と狗神にふわっと布団を掛けた。

 コウは、そのまま暫く亮太の寝顔を静かに眺めていた。



 ふわり、と冷たい滑らかな指先が額に触れた。

 何だ何だ。これまでにない違和感を感じまくり、亮太はぱちっと目を開けた。すると、真上からコウが黄銅色の瞳で亮太を覗き込んでいた。

 亮太が目を開けたからだろう、コウがぱっと顔を上げて別の方向を見た。

「アキラ、起きたぞ。これでいいのか?」
「ん」

 ん、じゃねえ。あいつ、亮太を起こす役をコウに振りやがった。亮太はむくりと起き上がるとアキラを探した。振り返りもせず自分で腕枕をしながらチー鱈を食いながらテレビを観ていた。なんて奴だ。

「普通に起きたじゃないか」

 亮太を見ながらコウがアキラに話しかけているが、アキラは話半分だ。あいつの好きな韓流ドラマが流れているので、恐らく半分以上耳に入ってきちゃあいないだろう。

 亮太はキョロキョロと居心地悪そうにしているコウに教えた。

「コウ、無駄だ。あいつは三度の飯の次に韓流ドラマが好きなんだ」
「そ、そうか」

 亮太は頭をぼりぼりと掻きながら時計を確認すると、四時。大分寝てしまった。風呂場の方からガサガサと音がするのは、恐らく蓮が着替えているのだろう。

「レン」
「はい?」

 案の定脱衣所から蓮が顔を覗かせた。

「今日は買い物は俺が行くよ」
「ですがお疲れでは」

 コウを見て言った。

「下北沢は初めてだろ?」
「あ、ああ」

 コウが頷く。

「買い物がてら下北沢の案内をしようか。面白いぞ、この街は」

 アートに興味があるなら、きっとコウは好きになるに違いない、そう思ったのだ。下北沢のエスニカルで雑多とした雰囲気が。

「……見たい!」
「おし、じゃあ行こうか」

 興味津々といった表情のコウを見て、亮太は思わずコウの頭をわしゃわしゃと撫でた。すると、撫でた先にあるコウの目が白黒している。

 しまった、偉い奴っぽいからこんなことされたら怒るか? 亮太が慌てて手を離そうとすると、コウの目だけが少し、ほんの少しだけ嬉しそうに笑った。

 怒っている訳ではないらしい。成程、きっと立場的に甘やかされる機会も少なかったのかもしれない。
 亮太はそう思い、もう少しだけ頭を撫でて笑いかけた。まるで警戒してる猫を手懐ける様な気持ちになった。

 コウが言った。

「私のコウが懐く理由がよく分かった」
「そうそう、いつも私のコウって呼んでんのか?」

 亮太がコウの頭から手を離し、枕元でまだとぐろを巻いているみずちを見た。やはり室温が低下しているからか、動きが鈍い様だ。そろそろエアコンを入れた方がいいかもしれなかった。

 亮太は服を出しながら会話を続けた。

「言いにくくないか?」
「だってコウとコウじゃ分かりにくいだろう?」
「まあな。コウは蛟龍のコウだろ? コウの『コウ』は何のコウだ?」
「ん? 亮太は知ってたんじゃないのか?」
「は?」

 アキラはテレビに夢中。蓮はまだ脱衣所。まあいいか、そう思って亮太はその場で上を脱いだ。

 さっとコウが目を逸らした。そんなにもうぷよってない筈なのだが、そんなに見苦しいのだろうか。一応背中を向けることにした。

「知ってたって、どういうことだ?」
「いや、だって私を始めに見た時に言ったじゃないか」

 明後日の方向を見つめながらコウが言った。始め? コウが結界の中に入ってきて、柔らかい金色の様な色彩が見えて、何と言ったか。

 そう、まるで光の塊に見えたのだ。だからつい、「光」と口走った記憶が蘇る。

 亮太は下も履き替えながら答えた。

「光か! 光って書いてコウなんだな」
「……知らないで言ったのか?」

 亮太が着替え終わったのを目の端で確認したのか、コウがようやく目線を戻した。

「あの時はコウが綺麗な光の塊に見えたんだよ。じゃあ間違ってなかったってことだな、はは」

 亮太がニカッと笑った。

「さ、行こう行こう」
「あ……ああ」
「コウ……は寝てるか。アキラ! エアコン入れておいてくれ」
「んー」
「ほらコウ、行くぞ」
「……うん」

 バタバタと亮太が急かして二人が出て行った。ようやく脱衣所から出てきた蓮が、アキラに尋ねた。

「アキラ様、いいのですか?」

 蓮を無言で見つめていたアキラは、暫くの後ボソリと言った。

「触らぬ神に祟りなし」
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