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第一章 出会いは突然やってきた
7.おっさんと少女、同居二日目は雨模様から始まった
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久々に泥の様に眠った。
ふ、と目が覚めて壁掛けの時計を見ると、時刻は九時半過ぎ。
昼夜逆転の生活をしているのでここにだけはしっかりとお金をかけようと思って買った遮光カーテンは、亮太の物を見る目がなかったのか外の明かりが透けて見える。
どうも遮光具合にもレベルがあった様だということに後程気付いたが、これぞ後の祭り。少しでも出費を抑えようと返品不可のセール品に手を出したのが拙かった。
にしても、九時半にしては随分と暗い。
亮太はのそのそと起き上がってマットレスに腰掛けると、まずは大きな伸びをした。ゆっくりと立ち上がり窓の方に向かうと、何かを踏んで転びそうになった。
「うわ」
寝ぼけまなこで足元を見ると、華奢な足の指が見えた。
そうだ、アキラがいるんだった。忘れていた。
アキラも昨日はなんだかんだ言って大冒険の一日だったのだろう、足の指を大の大人が踏んでもピクリともせず、布団で隠れた頭の方からはスピースピーという呑気な寝息が聞こえてきていた。
亮太はアキラの布団を大きく跨いで窓に辿り着いた。カーテンをなるべく静かにそうっと開けた。
暗い筈だ。空はどんよりしている。そういえば昨日テレビの天気予報で、今日は雨だと言っていた。まだ雨は降っていない様だが、今日は洗濯しようと思っていたのに誤算だった。
アキラの顔に外の光が直接当たらない様片側のカーテンだけを開け、窓も空気の入れ替えの為少しだけ開けた。
隣家との隙間にある庭と呼ぶのもおこがましい洗濯機置き場と物干しスペースは、窓の右側にこっそり付いているアルミ製のドアから行けることが出来る。
隣家は金持ちの家なので庭が広く、互いの敷地は塀で分けられているが、比較的開放感がある様に見えるのもこのアパートのいいところだった。
数年前に洗濯物の盗難が頻発した際、大家が渋々取り付けた隣の部屋からの侵入を防ぐ為の柵。亮太の部屋は角部屋なのですぐ右は何の木だか分からない木が植えられているが、左側は隣の学生の敷地と区切られている。
昨日のうちに水につけて泥をひと通り落としておいたアキラの服を、風呂桶から取り出して洗濯機の脇にジップロックに入れておいた洗濯石鹸をゴシゴシと擦り付けた。これを洗濯機に放り込めば、まあ大体落ちるだろう。
婆ちゃんちにいる間は洗濯はしなかったので、亮太の洗濯物も溜まっている。とりあえず回してしまおう。亮太はそう思い、さっさと洗濯をする事にした。
まだ部屋で爆睡しているアキラがいる方向をチラリと見る。
あいつはおっさんの服と一緒に洗われても構わないんだろうか? 普通あれぐらいの年頃の女子だと、そういうことも気にしそうだが、今のところあまりアキラにそういう素振りはなかった。
まあいい。文句があるなら今後は自分でやればいいだけの話だ。
「あ、おはようございます」
隣の部屋の学生がひょっこりと顔を覗かせて、柵越しに話しかけてきた。
「お、タケル。なんか久々だな」
「亮太さん帰ってたんですね」
「ん、昨日な」
タケルは、ひょろりとした眼鏡の、大きな少し釣り上がった目が子供っぽさを残す、真面目そうで色白な大学一年生だ。だがあまりやる気がないのか、しょっちゅう家にいる。というかほぼいる。
バイトは漫喫の受付をしていると聞いたが、あまりにも動きが静かでいつ出て行っているのかも分からない。
「そういえば亮太さん、家に他に誰かいます?」
そして物音にも敏感だった。アキラの存在をこいつには話しておいた方がいいかもしれない、亮太はそう思った。
内緒にしておいて、後で存在を知られて大家にでもちくられると面倒だった。
亮太は少しはにかんだ様な笑顔を作った。
「実は田舎から姪っ子が来てるんだけど、ちょっと訳ありでさ。後で紹介するから、これからちょいちょい困った時は面倒を見てもらえないかな?」
拝む様に手を合わせる。
「出来れば大家には内緒で」
これが重要だ。一人暮らしの部屋に他の住人がいるとばれると非常に拙かった。
「訳あり? 面倒なのは勘弁ですよ」
基本がものぐさのこの大学生は、面倒なことは極力避けるタイプだ。それ故面倒事を避ける為に最低限の常識はきっちりと守り、息を潜めて物陰から様子を伺う。
であれば、始めから巻き込んでしまえばいい。
「別にべったりくっついてろって言ってる訳じゃないよ。しっかりしてる子だけど、ちょっと可愛いから変な虫が付かないか心配でさ」
「えっ! か、可愛い?」
亮太はタケルが奥手なのも知っていた。話していると分かる。とにかく初心なのだ。だからアキラがいくら可愛くとも、未成年と分かれば絶対に手を出さない、筈だ。
でも釘は刺しておく。
「まだ子供だぞ。絶対に手を出すなよ」
タケルは首をブルブルと横に振った。
「そ、そんな、亮太さんの姪っ子ちゃんに手を出すなんて恐ろしくて無理ですってば」
何がそんなに恐ろしいのか。こいつもそこそこ失礼な奴だ。
「でも亮太さんみたいに眉間に皺は寄ってないですよね? あはは」
「しめるぞ」
「すみません」
タケルは素直に謝った。亮太は軽く息を吐いた。
「今はまだ寝てるから、ま、その内に紹介する」
「はい。あ、亮太さん」
「ん?」
タケルは安堵した様な表情を浮かべて言った。
「昨晩、こっち側から亮太さんちの洗濯機のあたりに人影があってびびったんですけど、それって姪っ子ちゃんだったんですね」
「人影?」
亮太は爆睡していて記憶はない。もしかしたらアキラがドアの外が気になって見たのかもしれないが、あいつも相当疲れていた風だったが夜中に起きたのだろうか。
タケルが軽く頷いた。なかなかに可愛い顔をしているのだが、この全体的に気弱そうな雰囲気が台無しにしていた。
「少し腰が曲がってたからお婆ちゃんでも来てるのかな、なんて思ってたんですけどね。びっくりして損しちゃいましたよ」
「……お、おお、そりゃ済まなかったな」
亮太は洗濯機を回すと、軽く挨拶をして家の中に戻った。どうもタケルは亮太が表に出てきたので、その話をする為に出てきたらしかった。
多分、その夜中の人影について聞く為に。
人影は、腰が曲がっていた? アキラの腰は別に曲がっちゃいない。そしてそんな腰が曲がった様な婆さんが入って来れる程低い柵ではない。
昨日、アキラがチラチラと見ていた亮太の背後。ぽん、と叩かれた様に思えた肩。
亮太はそーっと背後を振り返った。勿論そこには誰もいない。いる訳がないのだ。
「……何だってんだよ」
頭をぼりぼりと掻いた。
アキラが来てから何かが少しおかしい気がするが、亮太も慣れない未成年との交流にもしかしたら自分で思っている以上に戸惑っているのかも知れなかった。
亮太のマットレスとは少し離れた場所に布団を敷いてまだ寝ているアキラを見た。もういい加減起こそう。そろそろ十時になる。いくらなんでも寝過ぎだった。
亮太はアキラの横に膝をついてアキラの肩の辺りを軽く揺すった。
「アキラ、起きろ。もう十時になるぞ」
「んー……」
亮太は暫く待った。すると、ぐう、と寝息が聞こえ始めた。
亮太はアキラが被っている布団を剥いだ。ボサボサの頭が出てきた。
「おい」
亮太は胡座をかいて肘をつき、再び暫し待った。
「おーい」
そういえば昨日トランクの中でもなかなか起きなかった。アキラは寝起きが悪いのかもしれない。
「なあ、いい加減起きないか?」
声をかけるが反応はない。少し大きめな声で、アキラの耳元で言った。
「おいアキラ。お前昨日の夜外に出たのか?」
「……うるさい……」
アキラの目が不機嫌そうにだがようやく開いた。
「お、ようやく起きたな。今の質問、聞こえてたか?」
「質問て、なに」
聞こえてなかったらしい。亮太はもう一度言った。
「お前、昨日の夜に外に出たか?」
アキラの不機嫌そうな目線が、また亮太の背後にふらりと向いた気がした。亮太が目線を追うが、何もない。何なんだ、昨日から。
「……うん、そう、出た。外の空気吸いたくて」
「何だ、やっぱりお前だったのか」
亮太はほっと息を吐いた。
「隣んちの学生がビビってたぞ。お婆さんがいるって」
「暗かったから」
「そっか。あ、そいつにも後で挨拶しような」
「分かった」
両腿をパン、と叩いて、亮太は立ち上がった。今日は掃除機もかけたかった。
「よし、起きて布団畳めよ。雨が降る前に掃除洗濯を済ましちまうからな」
「……ん」
アキラがのそのそと起き出した。それを眺めて軽く微笑むと、亮太は家事を済ますべくエプロンを取りにキッチンへと向かうのだった。
ふ、と目が覚めて壁掛けの時計を見ると、時刻は九時半過ぎ。
昼夜逆転の生活をしているのでここにだけはしっかりとお金をかけようと思って買った遮光カーテンは、亮太の物を見る目がなかったのか外の明かりが透けて見える。
どうも遮光具合にもレベルがあった様だということに後程気付いたが、これぞ後の祭り。少しでも出費を抑えようと返品不可のセール品に手を出したのが拙かった。
にしても、九時半にしては随分と暗い。
亮太はのそのそと起き上がってマットレスに腰掛けると、まずは大きな伸びをした。ゆっくりと立ち上がり窓の方に向かうと、何かを踏んで転びそうになった。
「うわ」
寝ぼけまなこで足元を見ると、華奢な足の指が見えた。
そうだ、アキラがいるんだった。忘れていた。
アキラも昨日はなんだかんだ言って大冒険の一日だったのだろう、足の指を大の大人が踏んでもピクリともせず、布団で隠れた頭の方からはスピースピーという呑気な寝息が聞こえてきていた。
亮太はアキラの布団を大きく跨いで窓に辿り着いた。カーテンをなるべく静かにそうっと開けた。
暗い筈だ。空はどんよりしている。そういえば昨日テレビの天気予報で、今日は雨だと言っていた。まだ雨は降っていない様だが、今日は洗濯しようと思っていたのに誤算だった。
アキラの顔に外の光が直接当たらない様片側のカーテンだけを開け、窓も空気の入れ替えの為少しだけ開けた。
隣家との隙間にある庭と呼ぶのもおこがましい洗濯機置き場と物干しスペースは、窓の右側にこっそり付いているアルミ製のドアから行けることが出来る。
隣家は金持ちの家なので庭が広く、互いの敷地は塀で分けられているが、比較的開放感がある様に見えるのもこのアパートのいいところだった。
数年前に洗濯物の盗難が頻発した際、大家が渋々取り付けた隣の部屋からの侵入を防ぐ為の柵。亮太の部屋は角部屋なのですぐ右は何の木だか分からない木が植えられているが、左側は隣の学生の敷地と区切られている。
昨日のうちに水につけて泥をひと通り落としておいたアキラの服を、風呂桶から取り出して洗濯機の脇にジップロックに入れておいた洗濯石鹸をゴシゴシと擦り付けた。これを洗濯機に放り込めば、まあ大体落ちるだろう。
婆ちゃんちにいる間は洗濯はしなかったので、亮太の洗濯物も溜まっている。とりあえず回してしまおう。亮太はそう思い、さっさと洗濯をする事にした。
まだ部屋で爆睡しているアキラがいる方向をチラリと見る。
あいつはおっさんの服と一緒に洗われても構わないんだろうか? 普通あれぐらいの年頃の女子だと、そういうことも気にしそうだが、今のところあまりアキラにそういう素振りはなかった。
まあいい。文句があるなら今後は自分でやればいいだけの話だ。
「あ、おはようございます」
隣の部屋の学生がひょっこりと顔を覗かせて、柵越しに話しかけてきた。
「お、タケル。なんか久々だな」
「亮太さん帰ってたんですね」
「ん、昨日な」
タケルは、ひょろりとした眼鏡の、大きな少し釣り上がった目が子供っぽさを残す、真面目そうで色白な大学一年生だ。だがあまりやる気がないのか、しょっちゅう家にいる。というかほぼいる。
バイトは漫喫の受付をしていると聞いたが、あまりにも動きが静かでいつ出て行っているのかも分からない。
「そういえば亮太さん、家に他に誰かいます?」
そして物音にも敏感だった。アキラの存在をこいつには話しておいた方がいいかもしれない、亮太はそう思った。
内緒にしておいて、後で存在を知られて大家にでもちくられると面倒だった。
亮太は少しはにかんだ様な笑顔を作った。
「実は田舎から姪っ子が来てるんだけど、ちょっと訳ありでさ。後で紹介するから、これからちょいちょい困った時は面倒を見てもらえないかな?」
拝む様に手を合わせる。
「出来れば大家には内緒で」
これが重要だ。一人暮らしの部屋に他の住人がいるとばれると非常に拙かった。
「訳あり? 面倒なのは勘弁ですよ」
基本がものぐさのこの大学生は、面倒なことは極力避けるタイプだ。それ故面倒事を避ける為に最低限の常識はきっちりと守り、息を潜めて物陰から様子を伺う。
であれば、始めから巻き込んでしまえばいい。
「別にべったりくっついてろって言ってる訳じゃないよ。しっかりしてる子だけど、ちょっと可愛いから変な虫が付かないか心配でさ」
「えっ! か、可愛い?」
亮太はタケルが奥手なのも知っていた。話していると分かる。とにかく初心なのだ。だからアキラがいくら可愛くとも、未成年と分かれば絶対に手を出さない、筈だ。
でも釘は刺しておく。
「まだ子供だぞ。絶対に手を出すなよ」
タケルは首をブルブルと横に振った。
「そ、そんな、亮太さんの姪っ子ちゃんに手を出すなんて恐ろしくて無理ですってば」
何がそんなに恐ろしいのか。こいつもそこそこ失礼な奴だ。
「でも亮太さんみたいに眉間に皺は寄ってないですよね? あはは」
「しめるぞ」
「すみません」
タケルは素直に謝った。亮太は軽く息を吐いた。
「今はまだ寝てるから、ま、その内に紹介する」
「はい。あ、亮太さん」
「ん?」
タケルは安堵した様な表情を浮かべて言った。
「昨晩、こっち側から亮太さんちの洗濯機のあたりに人影があってびびったんですけど、それって姪っ子ちゃんだったんですね」
「人影?」
亮太は爆睡していて記憶はない。もしかしたらアキラがドアの外が気になって見たのかもしれないが、あいつも相当疲れていた風だったが夜中に起きたのだろうか。
タケルが軽く頷いた。なかなかに可愛い顔をしているのだが、この全体的に気弱そうな雰囲気が台無しにしていた。
「少し腰が曲がってたからお婆ちゃんでも来てるのかな、なんて思ってたんですけどね。びっくりして損しちゃいましたよ」
「……お、おお、そりゃ済まなかったな」
亮太は洗濯機を回すと、軽く挨拶をして家の中に戻った。どうもタケルは亮太が表に出てきたので、その話をする為に出てきたらしかった。
多分、その夜中の人影について聞く為に。
人影は、腰が曲がっていた? アキラの腰は別に曲がっちゃいない。そしてそんな腰が曲がった様な婆さんが入って来れる程低い柵ではない。
昨日、アキラがチラチラと見ていた亮太の背後。ぽん、と叩かれた様に思えた肩。
亮太はそーっと背後を振り返った。勿論そこには誰もいない。いる訳がないのだ。
「……何だってんだよ」
頭をぼりぼりと掻いた。
アキラが来てから何かが少しおかしい気がするが、亮太も慣れない未成年との交流にもしかしたら自分で思っている以上に戸惑っているのかも知れなかった。
亮太のマットレスとは少し離れた場所に布団を敷いてまだ寝ているアキラを見た。もういい加減起こそう。そろそろ十時になる。いくらなんでも寝過ぎだった。
亮太はアキラの横に膝をついてアキラの肩の辺りを軽く揺すった。
「アキラ、起きろ。もう十時になるぞ」
「んー……」
亮太は暫く待った。すると、ぐう、と寝息が聞こえ始めた。
亮太はアキラが被っている布団を剥いだ。ボサボサの頭が出てきた。
「おい」
亮太は胡座をかいて肘をつき、再び暫し待った。
「おーい」
そういえば昨日トランクの中でもなかなか起きなかった。アキラは寝起きが悪いのかもしれない。
「なあ、いい加減起きないか?」
声をかけるが反応はない。少し大きめな声で、アキラの耳元で言った。
「おいアキラ。お前昨日の夜外に出たのか?」
「……うるさい……」
アキラの目が不機嫌そうにだがようやく開いた。
「お、ようやく起きたな。今の質問、聞こえてたか?」
「質問て、なに」
聞こえてなかったらしい。亮太はもう一度言った。
「お前、昨日の夜に外に出たか?」
アキラの不機嫌そうな目線が、また亮太の背後にふらりと向いた気がした。亮太が目線を追うが、何もない。何なんだ、昨日から。
「……うん、そう、出た。外の空気吸いたくて」
「何だ、やっぱりお前だったのか」
亮太はほっと息を吐いた。
「隣んちの学生がビビってたぞ。お婆さんがいるって」
「暗かったから」
「そっか。あ、そいつにも後で挨拶しような」
「分かった」
両腿をパン、と叩いて、亮太は立ち上がった。今日は掃除機もかけたかった。
「よし、起きて布団畳めよ。雨が降る前に掃除洗濯を済ましちまうからな」
「……ん」
アキラがのそのそと起き出した。それを眺めて軽く微笑むと、亮太は家事を済ますべくエプロンを取りにキッチンへと向かうのだった。
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