我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ

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第一章 出会いは突然やってきた

5.ちゃんと説明してやるからそう死んだ魚の様な目で俺を見るな

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 亮太は三つ折りのマットレスと布団セットをまずは購入し、若干タイヤの空気が抜け気味な自転車を押しながら坂道を登っていき、布団を袋から出して干しておく様にアキラに言いつけた後、また自転車にまたがり今度は茶沢通り沿いにある薬局へと向かった。

 多少寝れたので若干体力は回復していたが、きついはきつい。今日は仕事を休みにしておいて本当によかった。心からそう思った。

 やはり二十代の頃とは全然違う。昔は一日二日程度寝なくても何とかなったのが、今はもう全く無理が利かなくなってしまった。夜中の三時に店を閉めて飯を食って帰るが、もう帰ったら風呂も入らず寝てしまう様になってしまっていた。

 これではいけない、そう思ってとりあえず筋トレを始めたが、若い頃は少し腹筋すればすぐについた筋肉が今はなかなかつかない。

 これが、老い。

 金もない、結婚もしておらず子供もおらず、賃貸の貧乏暮らし。借金がないのはいいが、一体いつまでこの昼夜逆転の生活を続けられるのか。正直将来が不安ではあった。

 だが、店にたまに来てくれる長年の常連で還暦オーバーのユタカさんが言っていた。「四十代はまだまだ若い、たかが初老」だと。

 たかが初老。まあ考えてみれば人生長ければ百歳。まだ折り返し地点にも来ていないと考えれば十分若い範疇に入るのだろう。

 だからまずは体力の回復。これに集中しよう。

 そんなことをつらつらと考えながら薬局に辿り着いた。心なしか息が上がっているのはあれだ、老いではなく長時間運転のせいだ。きっとそうに違いない。

 自転車に鍵をかけた。この辺りはあっという間に自転車がなくなる。多分酔っ払いが多いせいだろうが、人様のチャリを勝手に持っていった時点で窃盗だということが分かっていない阿呆が多くて困る。

 これだって激安の自転車ではあるが、ようやく一万円を切る程度。貧乏人の一万円がどれだけでかいか、実家暮らしのバイト代が全て自分の小遣いになる様な学生はわかっていないのだ。

 その学生や学生に毛の生えた程度の社会人が落としていく金で生活が出来ている立場としては、あまり声を大にして言いたくはなかったが。

 薬局で指定された物をぽいぽいと買い物カゴの中に放り込んでいった。しかしあの首の痕はどれ位で消えるのだろうか。何でもかんでも亮太に買いに行かせるのも嫌な物もあるだろうし。

 カゴ一杯に化粧水やらヘアブラシやら要は人間一人分の生活用品を詰め込んでレジに並ぶと、女性店員が訝しげな視線で亮太を見てきた。まあ、一度に買う内容としては怪しすぎる。一箇所で買うのは失敗だったか。

 亮太はまたあの嘘くさい笑顔を作った。この眉間に寄りがちな皺さえ隠せば、まあ案外何でもいけることは分かっていた。亮太は第一印象をよくするにはまずは笑顔だと長年の飲食業勤務で学んでいた。

 女性店員も口をにこりとさせるとバーコードリーダーで読み始めた。よしよし。

 店員が手際よくレジ袋に商品を詰めていった。ここも家から近い。また利用することになりそうだったので愛想よくしておくべきだろう。

 亮太は「どうも」と笑顔で軽く会釈をしてレジ袋を掴んで店を出た。自転車の前カゴに荷物を乗せて家へと向かう。

 もう今日は何往復しているのか。いい加減疲れも限界にきていた。あんな少し寝た位では疲れなど取れないのだ。

 だがまたしばらくしたら今度は晩飯を考えねばならない。


 大きな溜息が出た。



「ただいま」

 亮太は玄関を開けてそう口にして、そういや誰かにそんな挨拶をしたのなんていつの事だったか、とふと思った。

 部屋に入ると相変わらずアキラはテレビを観ていたが、一応布団は出してシーツもきちんと敷き終わっていた。

「そういやお前の服を入れる物が必要だな」

 服を剥き出しで置いておくのも埃が溜まるし、第一ジュニア用とはいえ下着を出しっぱなしにしておくのは如何なものか。

 亮太は半分程度中身が入っているクリアケースを押し入れから引っ張り出した。何を入れていたっけか? 思い出せないまま蓋を開けると、中から出てきたのはスケッチブックだった。


 亮太の、諦めた癖に諦めきれない夢。


 いつまでも未練がましくこんな物を取っておいて何になるのか。そう思いながらもスケッチブックをパラパラとめくっていった。

 途端、絵を描いた時の気持ちと記憶が押し寄せてきた。これは実家の窓から見えた光景を、子供の頃の目線で描いたもの。次のページは人物のラフスケッチだった。ひい婆ちゃんの目の皺を描いてみたくて、嫌がる本人を説得して描かせてもらったやつだ。

 後ろからアキラが覗き込んできた。少し驚いた様にひい婆ちゃんの絵を見ていた。

「何だよその顔は」

 亮太はスケッチブックを閉じた。これを捨てることは出来なかった。これは亮太の記憶そのものだったから。

 アキラは指をオーケーの形にして頷いてみせた。

 これはあれか、一応誉められたのか? しかし時折人の背後をチラチラと見ているのは何故だ?

 亮太はアキラの目線の先を追ったが、空間には何も見えない。

「……何だよ」
「なんでも、ない」

 会った時よりは大分声が出るようになってきたみたいだ。

「よく、描けてるね」
「……そりゃどうも」

 亮太は押入れの奥に畳んでしまってあった紙袋を取り出し、その中にスケッチブックを縦に詰め始めた。捨てることは出来ないが、コンパクトにしまうことは出来る。

 描いた物を、後で見てみようか。ふと、そんな気が湧いた。

 スケッチブックを紙袋二袋に分けて入れると、クリアケースは空になった。亮太は雑巾を絞って持ってくると中を拭く。

「ほれ、この中に服を入れておけ」
「ん」

 アキラは素直にクリアケースを受け取り、服を畳んで中に詰め始めた。少なくとも甘やかされて自分じゃ何も出来ない種類の子供ではなさそうだった。正直それだけでも亮太のストレスは大分減るのですこし安心した。やれやれ、と小さく笑うと、ふと背中をぽん、と叩かれた気がして亮太は後ろを振り返った。

 勿論誰も居ない。

「ん?」

 何だったんだろう、今のは。まるで「ご苦労様」と労われた様な温かい「ぽん」だったが。首を傾げている亮太を、アキラがちらりと見てすぐに視線をクリアケースに戻した。不審に思われたのかもしれない。

「そうだ、近々合鍵も作るけど、今日はもう勘弁してくれ。さすがに疲れた。な?」
「分かった」

 アキラは思ったよりも素直なのかもしれない。始めは随分と偉そうだと思ったが、これなら共同生活もうまくやっていけそうだった。

 開け放たれた窓の外を見ると、空はもう夕陽の色に染まり始めていた。風も気持ち涼しくなってきた気がする。

「晩飯は何か食べたい物あるか? あ、俺、一応料理は出来るぞ」

 この痣がくっきりついた喉を晒した状態で外食は行けない。テイクアウトばかりでもすぐに飽きるだろうから近々自炊開始は必須だろう。

「ピザ」

 亮太の頭の中にそのチョイスはなかった。昼はマックに夜はピザ。胃もたれしそうなチョイスだったが、アキラは若者だ。きっと余裕なのだろう。

 そして一つの可能性を思いついた。

「もしかしてピザ屋も近所になかったとかか?」

 アキラが深々と頷いた。成程。要はずっと食べてみたかった物を順に言っていっているだけなのかもしれなかった。

「……分かった。もういいか、今日はピザで」

 ビールも販売しているピザチェーン店なら、今日はもう外に出なくて済む。

 亮太はキッチンの冷蔵庫の上に置いてある、貰ったはいいが使用用途を思いつかずチラシ入れとなっている硝子の花瓶にくるくると丸めて差し込まれているチラシを取り出した。確かピザの物は取っておいた筈だった。ピザのチラシは二枚あった。後は寿司と釜飯だった。飲み物のメニューを確認すると片方はアルコールあり、もう片方はソフトドリンクのみだった。

 亮太はアルコールメニューありの方のチラシを持って部屋に戻った。

「アキラ、何食いたい?」

 アキラにメニューを渡す。アキラはピザのメニューをじっと見ていたが、しばらくして絶望した目で亮太を見た。

「カタカナだらけで、全く分からん」

 若干訛りがあった。聞き覚えのある訛りだった。

「メニュー貸してみろ」

 アキラは力がない目で亮太を見つつ、大人しくメニューを返した。亮太はメニューを見る。字が細かいのでよく見えないが、大きい字は読めた。ギガミートクアトロ、ミートラバー、アメリカン、トロピカルなどのメニューが載っている。

 ちらりとアキラを見る。相変わらず絶望した様な目をしていた。確かにピザを一度も食べたことがなければ、理解出来ないただのカタカナの羅列に見えるのかもしれなかった。

 亮太は溜息をついた。

「分かった分かった。嫌いな物はあるか?」
「たくあん」
「ピザにたくあんは入ってねえよ。じゃあ一般的な物を頼んでやる。届いたらちゃんと説明してやるから、そう死んだ魚の様な目で俺を見るな」

 返事がない。自分の田舎者っぷりに打ちひしがれたのか。

「な?」

 もう一度言った。アキラはようやくかったるそうに頷いた。全く。

 またもや小さな溜息をつきつつ、亮太はメニューをきちんと見るべくテレビの横に置いてある老眼鏡を取りに向かったのだった。
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