神隠しの子

ミドリ

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其の十三 帰路

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 俺が自転車を取り出す間、花は後ろで待っていた。周りの目が気になるのか、校庭や校舎をチラチラと見ている。気にするなと言っても、もうこればかりは慣れるのを待つしかないなのかもしれない。とりあえず今日のところは、諦めることにした。

 これも連日続ければ、きっとその内周りも見なくなるし、花も気にしなくなるだろう。

「花、今日は帰ったら勉強な」
「は、はい!」

 勉強に関しては、俺は得意な方だと思う。基本、授業をちゃんと聞いていれば問題はないと思っている。だが、成績の悪い奴らは、これは花を含めだが、どうも授業に集中していない様に見えた。多分、眠いか腹が減ってるか他のことを考えているかだ。

 花は、もしかして授業中に俺のことを考えたりしたのだろうか。花には散々迷惑をかけてきたし、その可能性は大いにある。

 となれば、花の成績が悪い原因のひとつは俺だ。これは、ちゃんと出来たらご褒美に何かしてやらねばならない案件だろう。

 自転車に跨りながら、花に尋ねた。

「花、一日のノルマを達成したら、ご褒美にキスしようか」
「……それってどっちに転んでもするってことじゃない?」
「嫌ならあれだけど」

 花も自転車に座る。俺の腰に回された腕が、朝よりも少しだけ遠慮がなくなった気がした。嬉しくて嬉しくて、意図せず口角が上がっていく。

「意地悪……」
「だって花、すぐ逃げようとするしさ」
「だって、恥ずかしいんだもん!」

 ペダルを踏む足に、ぐっと力を込めた。ゆっくりとよたつきながら、自転車がジャリジャリと音を立てつつ砂地の上を進み始める。

 そうか、恥ずかしさが先に立ってしまうのか。俺は素直に驚いた。何故なら、俺の花に接する際の羞恥心は、花と出会ってすぐに捨て去られている。なのに、花の方は未だ俺に対し羞恥心を持っているのが、意外だったのだ。

 考えてもみろ。小三男子が、ひたすら女子を追いかけて手を繋ぐ姿を。普通はあり得ないだろう。勿論、級友達は噂をした。だが、悪いが級友よりも花に好かれたかったので、一切気にしなかった。ただそれだけだ。

 校門に向かう生徒達が、俺達を見る。そいつらに向かい、叫びたかった。

 見てくれ、俺はやっと花を手に入れたぞ、と。



 駅前のファミレスで花と昼飯を食った後、青い空が広がる中、田んぼの脇を滑走していた。

 熱い風を全面に受けながら考えるのは、あの日のことだ。未だ片鱗すらも思い出せないが、小骨の様に小さく引っかかっている感覚だけはあった。せめて記憶の断片だけでもあれば、そこから芋蔓式いもづるしきに思い出せるかもしれないが、それすらも一切ない。

 腰に回された花の褐色の腕を見た。

 あの場にいたのは、後は花だけだ。だけど、花は思い出さなくてもいいと言う。聞いてもはぐらかそうとする。だから、簡単には聞けなかった。

 花は遠慮がちな性格ではあるが、ある点では非常に頑固だ。一度こうだと思ったら、なかなかその意見を曲げない。太一から聞いた俺の嘘の発言しかり、大して俺のことを知りもしない畑中吉乃の発言然り。他人の、こうだから! という主張に、呑まれ易い性格とも言える。

「なあ花、次に誰かから何か言われたら、思い詰める前に俺に相談しろよ」

 花が顔を上げたのが分かった。花は、俺の背中に頬を付けた。風をはらみ膨らんだ服が押され、汗ばんだ背中と花の頬が布一枚を通して密着する。これは、堪らなくよかった。頭だけじゃなく、全体重をかけられたって構わない。出来たらお姫様抱っこだってしたい。

 よし、今日から改めて鍛えよう、と心に決めた。

「うん」

 小さく答える花の声。これを七年もの間、何でもないことだと思う様に自分に暗示をかけ続けていたのか。太一が失踪した事実が、俺でいられなくなる程に幼かった俺を追い詰めた。

 そしてふと、疑問を覚えた。

 本当にそれだけか? と。

 これだけ大好きで堪らない花が毎晩の様に手を繋ぎながら寝てくれていたのに、花に対しても心を閉ざしたのか。この、頭の中花一色の俺が。言い方は悪いが、太一がいなくなっただけで。

 世間一般に噂される様な双子の神秘的なものは、これまで一切感じたことはない。太一もそんなことを言っていたから、俺達は平凡な双子に過ぎなかったのだ。その辺の喧嘩ばかりしてる兄弟よりは遥かに仲はよかったが、それはひとえにお互いの好みが違っていたからだと思っている。俺達は同じものを好きになることは殆どなかったから、そもそも取り合いにならなかっただけだ。

 太一の好みは、何だったか。

 俺と違って、甘い物が好きだったことは覚えている。太一はアウトドア派で、俺はインドア派。一卵性双生児ではないという割には顔はそっくりだったけど、遺伝子が違うからこそ好みが違ったのかな、と思う。遺伝子は、自分にない要素を相手に求めると聞いたことがある。つまり、互いに必要と感じるものが微妙に違う、それが好みとして現れたのではないか。

 そういえば、俺は根っからの母さんっ子だったけど、太一は父さんっ子だった。俺が太一に成りきっていた期間もなんだかんだで母さんのことばかり心配していたから、その辺りは宗二のままだったということか。

 俺は読書も勉強も好きだったけど、太一は大嫌いで宿題なんかいつもやらなかった。それでいつもこちらの邪魔をしてくすぐったりしてくるから、それを嫌ってよくリビングに逃げていた。そうすると、母さん達が止めてくれたから。

 ただひたすら思い出そうと集中する。些細な出来事なら、いくらでも思い出すことが出来た。だが、俺の、俺自身の太一に対する感情だけは、殆ど思い出せなかった。

 愕然とする。そして、気付いた。

 多分、これが俺が太一になってしまった原因だ、と。
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