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(35)忍び寄る影
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レオンの家に戻ると、私達は記録係のホルガーに、購入した材料の説明を始めた。
正直、私もレオンもホルガーほど優れた記憶力は持ってはいないことが判明したので、記憶が失せる前にこれを済ませておかないと、分からなくなってしまうのだ。マヨネーズの実験を繰り返す内に、その事実が鮮明に浮き彫りにされた。だから、私は言い訳はしない。無理だ。
「――はい、これでいいね」
油が入った瓶にラベルを貼ったホルガー。偉い。偉すぎる。私は感動で涙が出そうになった。
「じゃあ、再び実験ね!」
私が笑みを抑えることが出来ずにニタニタしながら宣言すると、レオンが私を手で制した。
「待て、ナタ。先にホルガーにも情報共有すべきだろう」
「あ、そうだった」
マヨネーズのことで、頭が一杯になっていた。しょうがないだろう。だってもうあと少しで、狂おしい程食べたかったマヨネーズを作れそうなんだから。
「情報共有? 何のことだ?」
ホルガーは優しげな表情を浮かべ、訳が分からぬまま微笑んでいる。
レオンが、重々しい面持ちでホルガーに告げた。
「王国騎士団の連中に、尾行されていた」
それを聞いたホルガーの眉が、思い切り歪む。
「王国騎士団? あいつらは基本王都勤務な筈だぞ。王族の命令なしに、勝手な行動は取ることを禁じられている。本当に奴らだったのか?」
王族の命令、というホルガーの言葉に、私はヒヤリとしてしまった。騎士団についてはよく知らなかったが、そうなのか。だとすると、私達の跡を付けていた騎士達は、一体どの王族に何と命令され私達の様子を窺っていたのだろう。
「王国騎士団の指輪を身に付けていたそうだ」
「指輪を……なら、本物の可能性は高いな」
ふむ、とレオンが腕組みをして続けた。
「奴らの目的ははっきりしていないが、俺の部下が、そいつらがナタの名を呼んでいるのを聞いたそうだ」
「ナタの名を!? 一体何の為にナタを!」
ホルガーが、レオンの両腕を掴んだ。レオンは、静かに首を横に振る。
「分からない。引き続き部下に調査はさせるが、ホルガーの方でも王都から何か情報を聞き出せないか?」
「王都……そうだな、叔父様なら知っているかもしれない。帰ったら早速確認を取ってみる」
ホルガーの叔父、つまり私の父は、ホルガーの父親の兄にあたる。父は王の下に位置する元老院の主要メンバーで、三家存在する公爵家が一年毎に持ち回りで長を務めており、昨年は父がその役割を担っていた。
元老院のメンバーである貴族本人は、中立性を保つ為、自宅以外の領地を所有することを許されていない。その為、スチュワート家の領主の座は、弟であるホルガーの父親が跡を継いだ。
このシラウスの地も、ホルガーの父親の所有である。だから、ホルガーはゆくゆくは領主となる立場の人間なのだ。
私の弟のオスカーは、スチュワート家の長男ではあるが、いずれ父の跡を継いで元老院のメンバーになる、というのが流れだ。
なので、王都のことは私の父の方が詳しいというホルガーの判断は、正しい。
ホルガーの言葉に、レオンが頷いた。
「そうしてくれ。後、これからは行き帰りは俺も屋敷までついて行くことにする。俺の護衛が、ナタも一緒に護れるからと提案してきたんだ」
レオンの言葉に、考え込んでいたホルガーが顔を上げる。
「護衛? そういえばさっき部下って言ってたけど、それが君の護衛なのか?」
ホルガーは、ナッシュの存在を知らない。私とて殆ど知らないに等しいが、実際に目の前で話したことがあるかどうかだけでも、感じ方は違うだろう。
なので、私は言った。
「ヘラヘラした人だけど、腕は立つみたいよ」
「へ、ヘラヘラ?」
「そう。ヘラヘラしてて言うことも薄っぺらいけど」
私がそう言うと、横でレオンが腕組みしながらうんうんと何度も頷いている。余程思い当たる節があるのだろう。レオンの背後でレオンに向かって親指で差してたなんて聞いたら、レオンはどう思うのだろうか。ちょっと気になったが、聞いたら長くなりそうなので止めておいた。
「で、そのヘラヘラした人が腕の立つ護衛で、その護衛の人が私達を護衛する為にレオンに屋敷まで送り迎えさせろって言うから」
「……その護衛、ご主人様をいいように使ってないか?」
先程私が感じたものと同じ意見を、ホルガーははっきりと口にした。言語化すると、また随分と情けない感じがしてならない。
レオンが肩を竦めてみせた。
「あいつのおかしな言動には、大分慣れた」
主が従に合わせるとは変わった話だが、そこら辺は二人のこれまでの長い歴史があるのかもしれなかった。特に知りたくはないが。
ホルガーが、目を細めながらレオンを見る。
「にしても、護衛の部下までつけて隣国に滞在しているって、君は一体何者なんだ?」
すると、レオンがにやりと笑ってみせた。
「その件は、先程ナタにも言ったがな、マヨネーズが完成したらその時に伝えることにする。――楽しみにしててくれ」
「楽しみ……? まあ、分かった。いずれ話す気なら、それでいい」
レオンの言い方では、犯罪歴ではなさそうだ。犯罪歴だったら、楽しんで話すようなものではないだろうし。
レオンが、私達を交互に見てから言った。
「ま、そういうことだ。今日の帰りから俺が送る。明日から、卵が届けられ次第お前達の屋敷の前で待ってる」
「じゃあ門番に言っておかないとだな」
「レオンが追い払われちゃったら可哀想だものね」
「おい」
レオンが下唇を出し、不貞腐れた顔になる。私達三人は顔を見合わせ。
「ぷっ! なんだよレオン、その顔は!」
「あはっうふふふっレオンてばすぐいじけるんだから!」
「ぶっ! ちょっと二人とも、笑わせるなよ!」
偶然に知り合ってこの長いマヨネーズ道を辿ってきた私達に生まれた、仲間という絆。
王国騎士団の影が彷徨く中でも、私達三人の絆は解くことは出来やしない。きっと。
正直、私もレオンもホルガーほど優れた記憶力は持ってはいないことが判明したので、記憶が失せる前にこれを済ませておかないと、分からなくなってしまうのだ。マヨネーズの実験を繰り返す内に、その事実が鮮明に浮き彫りにされた。だから、私は言い訳はしない。無理だ。
「――はい、これでいいね」
油が入った瓶にラベルを貼ったホルガー。偉い。偉すぎる。私は感動で涙が出そうになった。
「じゃあ、再び実験ね!」
私が笑みを抑えることが出来ずにニタニタしながら宣言すると、レオンが私を手で制した。
「待て、ナタ。先にホルガーにも情報共有すべきだろう」
「あ、そうだった」
マヨネーズのことで、頭が一杯になっていた。しょうがないだろう。だってもうあと少しで、狂おしい程食べたかったマヨネーズを作れそうなんだから。
「情報共有? 何のことだ?」
ホルガーは優しげな表情を浮かべ、訳が分からぬまま微笑んでいる。
レオンが、重々しい面持ちでホルガーに告げた。
「王国騎士団の連中に、尾行されていた」
それを聞いたホルガーの眉が、思い切り歪む。
「王国騎士団? あいつらは基本王都勤務な筈だぞ。王族の命令なしに、勝手な行動は取ることを禁じられている。本当に奴らだったのか?」
王族の命令、というホルガーの言葉に、私はヒヤリとしてしまった。騎士団についてはよく知らなかったが、そうなのか。だとすると、私達の跡を付けていた騎士達は、一体どの王族に何と命令され私達の様子を窺っていたのだろう。
「王国騎士団の指輪を身に付けていたそうだ」
「指輪を……なら、本物の可能性は高いな」
ふむ、とレオンが腕組みをして続けた。
「奴らの目的ははっきりしていないが、俺の部下が、そいつらがナタの名を呼んでいるのを聞いたそうだ」
「ナタの名を!? 一体何の為にナタを!」
ホルガーが、レオンの両腕を掴んだ。レオンは、静かに首を横に振る。
「分からない。引き続き部下に調査はさせるが、ホルガーの方でも王都から何か情報を聞き出せないか?」
「王都……そうだな、叔父様なら知っているかもしれない。帰ったら早速確認を取ってみる」
ホルガーの叔父、つまり私の父は、ホルガーの父親の兄にあたる。父は王の下に位置する元老院の主要メンバーで、三家存在する公爵家が一年毎に持ち回りで長を務めており、昨年は父がその役割を担っていた。
元老院のメンバーである貴族本人は、中立性を保つ為、自宅以外の領地を所有することを許されていない。その為、スチュワート家の領主の座は、弟であるホルガーの父親が跡を継いだ。
このシラウスの地も、ホルガーの父親の所有である。だから、ホルガーはゆくゆくは領主となる立場の人間なのだ。
私の弟のオスカーは、スチュワート家の長男ではあるが、いずれ父の跡を継いで元老院のメンバーになる、というのが流れだ。
なので、王都のことは私の父の方が詳しいというホルガーの判断は、正しい。
ホルガーの言葉に、レオンが頷いた。
「そうしてくれ。後、これからは行き帰りは俺も屋敷までついて行くことにする。俺の護衛が、ナタも一緒に護れるからと提案してきたんだ」
レオンの言葉に、考え込んでいたホルガーが顔を上げる。
「護衛? そういえばさっき部下って言ってたけど、それが君の護衛なのか?」
ホルガーは、ナッシュの存在を知らない。私とて殆ど知らないに等しいが、実際に目の前で話したことがあるかどうかだけでも、感じ方は違うだろう。
なので、私は言った。
「ヘラヘラした人だけど、腕は立つみたいよ」
「へ、ヘラヘラ?」
「そう。ヘラヘラしてて言うことも薄っぺらいけど」
私がそう言うと、横でレオンが腕組みしながらうんうんと何度も頷いている。余程思い当たる節があるのだろう。レオンの背後でレオンに向かって親指で差してたなんて聞いたら、レオンはどう思うのだろうか。ちょっと気になったが、聞いたら長くなりそうなので止めておいた。
「で、そのヘラヘラした人が腕の立つ護衛で、その護衛の人が私達を護衛する為にレオンに屋敷まで送り迎えさせろって言うから」
「……その護衛、ご主人様をいいように使ってないか?」
先程私が感じたものと同じ意見を、ホルガーははっきりと口にした。言語化すると、また随分と情けない感じがしてならない。
レオンが肩を竦めてみせた。
「あいつのおかしな言動には、大分慣れた」
主が従に合わせるとは変わった話だが、そこら辺は二人のこれまでの長い歴史があるのかもしれなかった。特に知りたくはないが。
ホルガーが、目を細めながらレオンを見る。
「にしても、護衛の部下までつけて隣国に滞在しているって、君は一体何者なんだ?」
すると、レオンがにやりと笑ってみせた。
「その件は、先程ナタにも言ったがな、マヨネーズが完成したらその時に伝えることにする。――楽しみにしててくれ」
「楽しみ……? まあ、分かった。いずれ話す気なら、それでいい」
レオンの言い方では、犯罪歴ではなさそうだ。犯罪歴だったら、楽しんで話すようなものではないだろうし。
レオンが、私達を交互に見てから言った。
「ま、そういうことだ。今日の帰りから俺が送る。明日から、卵が届けられ次第お前達の屋敷の前で待ってる」
「じゃあ門番に言っておかないとだな」
「レオンが追い払われちゃったら可哀想だものね」
「おい」
レオンが下唇を出し、不貞腐れた顔になる。私達三人は顔を見合わせ。
「ぷっ! なんだよレオン、その顔は!」
「あはっうふふふっレオンてばすぐいじけるんだから!」
「ぶっ! ちょっと二人とも、笑わせるなよ!」
偶然に知り合ってこの長いマヨネーズ道を辿ってきた私達に生まれた、仲間という絆。
王国騎士団の影が彷徨く中でも、私達三人の絆は解くことは出来やしない。きっと。
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