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(22)足を掴んではいけません
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レオンは、私に興味が湧いたと宣言した。
「は?」
私が思い切り睨みつけると、レオンはにやりと笑った。
「異端な公爵令嬢ってのも面白い」
人を、珍獣の様に言わないで欲しい。
「はい? ちょっと、人のことを面白いとか……」
私が文句を言おうとしたその時、ようやくホルガーが水が入ったバケツを持って部屋に入ってきた。
「ナタごめん! 井戸端にいたおばちゃん達に捕まっちゃって!」
「ホルガー! 遅いわよ!」
私が半泣きになってホルガーに言った。ホルガーが私とレオンの近すぎる距離にすぐさま気付き、それまでの柔和な笑顔が一変、こんな顔出来たんだ、という位恐ろしい顔になる。こめかみの血管がびきびきいっているのが、実に怖い。般若面みたいだ。
「レオン! 君はまたナタにそんなに近付いて……!」
「ホルガー、いいところに来た。お前も手伝ってくれ」
「は?」
レオンは強メンタルの持ち主の様で、ホルガーの凄んだ姿などスルーし、当たり前の様にホルガーを呼び寄せた。
「お前は前を持ってくれ。俺はこいつの首からエプロンを外す」
「え? あ、ああ」
ホルガーが、素直にレオンの手から内側に折り畳まれたエプロンを受け取る。ホルガー、素直過ぎるんじゃないか? さっきこいつは、私の首を弄んでいたんだぞ。そう伝えようかとも思ったが、こいつが所持する泡立て器は必須だ。それに元々ホルガーは、レオンに対し好印象を持っていない。
私は小さく溜息をついて、ホルガーに愚痴ることを諦めた。代わりに、レオンに掴まれていた手を剥ぎ取り、自分の胸元に引き寄せた。その時の、レオンのからかう様な目つき。正直むかついたが、私はレオンの顔に泡立て器を当てはめることで、その怒りをやり過ごした。レオンは泡立て器、レオンは泡立て器だ。ついでに撹拌担当。
レオンは今度は肌に触れないように両手を使って私の首からエプロンを外すと、汚れたそれをホルガーに押し付けた。
「井戸で洗ってきてくれ」
「わ、分かった」
素直に聞くんかい。私が背中を向けてしまったホルガーを引き留めようと手を伸ばすと、レオンが私の二の腕を掴んで引き止めた。
「お前はその足をどうにかしないと駄目だ」
「じゃ、じゃあ井戸で洗ってくるわ」
「歩いて行って、俺んちの床を油まみれにする気か?」
「……」
私は黙った。
「椅子を持ってくるから、動くな」
レオンはそう言うと、私の返事も待たずに居間に向かってしまった。その俺んちの床を油まみれにする原因を作ったのはレオンな筈だが、いつの間にか私の所為になっている様な気がするのは、気の所為だろうか。
レオンはすぐに椅子を持って戻ってくると、私を座らせた。ホルガーが汲んできた水入りのバケツを私の目の前に運んでくると、私の正面にしゃがみ込み、なんと私の足首を持ってしまった。そして。
「ちょちょちょちょちょっと!」
「うるせえな」
この世界では、淑女たるものふくらはぎなんて男性に見せちゃいけない。見せていいのはせいぜい足首までだ。前世では足なんかガンガン出していたが、私は記憶を持つだけで基本この世界の人間だ。十六年間公爵令嬢として生きてきた私にとって、足を男性に曝け出すなど、あり得ないことだった。
それを、この男は膝までスカートの裾を思い切り捲くり上げたのだ。私は慌ててスカートを押さえると、足を引っこ抜きにかかる。ああもう、びくともしない。またもや顔だけでなく耳も首も猛烈に火照ってきた。
そうこうしている間に、レオンは私の靴を脱がせて脇に置くと、私の足を引っ張ってバケツの中に突っ込んでしまった。
「こら、暴れるな」
「レオン! いくらなんでもこれはちょっとないからっ!」
レオンは手で油を洗い流していく。指の間に指が入り込んでくるのが、いやこれは首よりもゾワゾワくるかもしれない。
そして、レオンは人の話なんざ聞いちゃいなかった。
「ほっそい足だなあ。お前はもっと食え。な?」
「余計なお世話よ! 言われなくても食べますから!」
「本当意地っ張りだよな」
「人のスカートを捲くりながら何言ってんのよ!」
「人聞きの悪いことを言うなよ。俺がお前を襲ってるみたいじゃないか」
「襲っ……」
とうとう、涙が溢れてしまった。可憐な十六歳の女性に向かって、こいつは言いたい放題、やりたい放題が過ぎる。
レオンは丁寧に私の足を洗っていたが、黙り込んでしまった私に気付くと、私を見上げた。そして、しまった、という顔になった。
「あー……泣くなよ。これは本当に洗いたかっただけなんだって」
「もう離してよ」
「怒るなって。俺が汚したから、これでも一応気を使ったんだぞ」
そうだったのか。にやにやしたりしてるから、てっきり面白がっているのだと思ったが。
すると、レオンが余計なことを呟いた。
「まあ眼福は眼福だがな、俺としてはもうちょい肉が付いている方がそそるかな」
「レオーン……?」
私が思い切り低い声を出しつつ睨むと、レオンが「ははっ」と引きつり笑いをしながら、足をタオルで拭き始めた。そういえば、こいつは育ちが良さそうな割に、大して知らない女の足を洗ったりする程度には気位が低い。
「……変な人」
思わず呟くと、レオンが顔を上げて鮮やかな青い瞳を少しだけ笑わせつつ、答えた。
「お互い様だろ」
マヨネーズ開発に突き進む公爵令嬢と、場所と道具提供だけでなく手伝いも買って出る隣国の育ちの良さそうな男性。――まあ、変だ。
レオンが足を拭き終わると、バケツを横にどけてスカートを降ろした。ポン、と私の膝を軽く叩き、立ち上がる。
「お前の靴を買わないとだな。ホルガーの奴、ちっとも戻ってこないから二人で行くか?」
またそういうことを言う。私がレオンを軽く睨めつけると、レオンが笑いながら井戸の方へと向かって行った。
「俺もこれを洗ってくるから、ついでにお前の憐れなお守り役を呼んでくるさ」
そう言って、私の返事も待たずに消えてしまった。
「憐れ? ホルガーが?」
私のホルガーの扱いは、そんなに乱雑だろうか。一応気は使って……いないな、と頷く。まあ確かに傍から見ても、いいようにこき使われている様にしか見えないのだろう。
私はその場で二人が戻ってくるのを待つ間、ホルガーの立場改善にはどうすべきかと頭を悩ませたのだった。
「は?」
私が思い切り睨みつけると、レオンはにやりと笑った。
「異端な公爵令嬢ってのも面白い」
人を、珍獣の様に言わないで欲しい。
「はい? ちょっと、人のことを面白いとか……」
私が文句を言おうとしたその時、ようやくホルガーが水が入ったバケツを持って部屋に入ってきた。
「ナタごめん! 井戸端にいたおばちゃん達に捕まっちゃって!」
「ホルガー! 遅いわよ!」
私が半泣きになってホルガーに言った。ホルガーが私とレオンの近すぎる距離にすぐさま気付き、それまでの柔和な笑顔が一変、こんな顔出来たんだ、という位恐ろしい顔になる。こめかみの血管がびきびきいっているのが、実に怖い。般若面みたいだ。
「レオン! 君はまたナタにそんなに近付いて……!」
「ホルガー、いいところに来た。お前も手伝ってくれ」
「は?」
レオンは強メンタルの持ち主の様で、ホルガーの凄んだ姿などスルーし、当たり前の様にホルガーを呼び寄せた。
「お前は前を持ってくれ。俺はこいつの首からエプロンを外す」
「え? あ、ああ」
ホルガーが、素直にレオンの手から内側に折り畳まれたエプロンを受け取る。ホルガー、素直過ぎるんじゃないか? さっきこいつは、私の首を弄んでいたんだぞ。そう伝えようかとも思ったが、こいつが所持する泡立て器は必須だ。それに元々ホルガーは、レオンに対し好印象を持っていない。
私は小さく溜息をついて、ホルガーに愚痴ることを諦めた。代わりに、レオンに掴まれていた手を剥ぎ取り、自分の胸元に引き寄せた。その時の、レオンのからかう様な目つき。正直むかついたが、私はレオンの顔に泡立て器を当てはめることで、その怒りをやり過ごした。レオンは泡立て器、レオンは泡立て器だ。ついでに撹拌担当。
レオンは今度は肌に触れないように両手を使って私の首からエプロンを外すと、汚れたそれをホルガーに押し付けた。
「井戸で洗ってきてくれ」
「わ、分かった」
素直に聞くんかい。私が背中を向けてしまったホルガーを引き留めようと手を伸ばすと、レオンが私の二の腕を掴んで引き止めた。
「お前はその足をどうにかしないと駄目だ」
「じゃ、じゃあ井戸で洗ってくるわ」
「歩いて行って、俺んちの床を油まみれにする気か?」
「……」
私は黙った。
「椅子を持ってくるから、動くな」
レオンはそう言うと、私の返事も待たずに居間に向かってしまった。その俺んちの床を油まみれにする原因を作ったのはレオンな筈だが、いつの間にか私の所為になっている様な気がするのは、気の所為だろうか。
レオンはすぐに椅子を持って戻ってくると、私を座らせた。ホルガーが汲んできた水入りのバケツを私の目の前に運んでくると、私の正面にしゃがみ込み、なんと私の足首を持ってしまった。そして。
「ちょちょちょちょちょっと!」
「うるせえな」
この世界では、淑女たるものふくらはぎなんて男性に見せちゃいけない。見せていいのはせいぜい足首までだ。前世では足なんかガンガン出していたが、私は記憶を持つだけで基本この世界の人間だ。十六年間公爵令嬢として生きてきた私にとって、足を男性に曝け出すなど、あり得ないことだった。
それを、この男は膝までスカートの裾を思い切り捲くり上げたのだ。私は慌ててスカートを押さえると、足を引っこ抜きにかかる。ああもう、びくともしない。またもや顔だけでなく耳も首も猛烈に火照ってきた。
そうこうしている間に、レオンは私の靴を脱がせて脇に置くと、私の足を引っ張ってバケツの中に突っ込んでしまった。
「こら、暴れるな」
「レオン! いくらなんでもこれはちょっとないからっ!」
レオンは手で油を洗い流していく。指の間に指が入り込んでくるのが、いやこれは首よりもゾワゾワくるかもしれない。
そして、レオンは人の話なんざ聞いちゃいなかった。
「ほっそい足だなあ。お前はもっと食え。な?」
「余計なお世話よ! 言われなくても食べますから!」
「本当意地っ張りだよな」
「人のスカートを捲くりながら何言ってんのよ!」
「人聞きの悪いことを言うなよ。俺がお前を襲ってるみたいじゃないか」
「襲っ……」
とうとう、涙が溢れてしまった。可憐な十六歳の女性に向かって、こいつは言いたい放題、やりたい放題が過ぎる。
レオンは丁寧に私の足を洗っていたが、黙り込んでしまった私に気付くと、私を見上げた。そして、しまった、という顔になった。
「あー……泣くなよ。これは本当に洗いたかっただけなんだって」
「もう離してよ」
「怒るなって。俺が汚したから、これでも一応気を使ったんだぞ」
そうだったのか。にやにやしたりしてるから、てっきり面白がっているのだと思ったが。
すると、レオンが余計なことを呟いた。
「まあ眼福は眼福だがな、俺としてはもうちょい肉が付いている方がそそるかな」
「レオーン……?」
私が思い切り低い声を出しつつ睨むと、レオンが「ははっ」と引きつり笑いをしながら、足をタオルで拭き始めた。そういえば、こいつは育ちが良さそうな割に、大して知らない女の足を洗ったりする程度には気位が低い。
「……変な人」
思わず呟くと、レオンが顔を上げて鮮やかな青い瞳を少しだけ笑わせつつ、答えた。
「お互い様だろ」
マヨネーズ開発に突き進む公爵令嬢と、場所と道具提供だけでなく手伝いも買って出る隣国の育ちの良さそうな男性。――まあ、変だ。
レオンが足を拭き終わると、バケツを横にどけてスカートを降ろした。ポン、と私の膝を軽く叩き、立ち上がる。
「お前の靴を買わないとだな。ホルガーの奴、ちっとも戻ってこないから二人で行くか?」
またそういうことを言う。私がレオンを軽く睨めつけると、レオンが笑いながら井戸の方へと向かって行った。
「俺もこれを洗ってくるから、ついでにお前の憐れなお守り役を呼んでくるさ」
そう言って、私の返事も待たずに消えてしまった。
「憐れ? ホルガーが?」
私のホルガーの扱いは、そんなに乱雑だろうか。一応気は使って……いないな、と頷く。まあ確かに傍から見ても、いいようにこき使われている様にしか見えないのだろう。
私はその場で二人が戻ってくるのを待つ間、ホルガーの立場改善にはどうすべきかと頭を悩ませたのだった。
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