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荷物を取りに

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 ソラが、明るい茶色の目をキラキラさせて私を見つめる。手は握られたままで、距離は近い。ソラの肩より少し長いサラサラの栗色の髪が、風が吹くと私の頬にサワサワと触れた。

 こんなの、至近距離で見続けたら惚れてしまうこと間違いなしだ。いけない、これは見てはいけない部類のものだ。見るな危険。だけどもう遅い。先程手首に噛みつかれたのなんて、私の頭の中から飛んで行ってしまっていた。それを忘れさせる程、目を惹く綺麗な子だった。

「ハルは何でこんな所に転がってたんだ?」
「いや、転がってたのはどっちかっていうと、ええと、ソラくんの方でしょ」
「ソラ」

 ソラが言い直した。日本に来たばかりだと言っていた。外国では呼び捨てが主流だろうから、くん付けは違和感があるのかもしれない。

 ま、いいか。人を呼び捨てなどしたことがない私だったが、本人が望むのなら大した問題じゃない筈だ。

「ソラ」
「ハル、ふふ」

 何が嬉しいのか、ソラはニコニコと笑っている。可愛いじゃない、と私はつい微笑んだ。ていうか可愛い。文句なしに可愛い。これで男って嘘でしょ。

 これが神崎だったら絶対に思わないのに、不思議なものだ。バイトのコウジもこんな感じの人懐っこい雰囲気なので、男で平気なのはこれで二人目。男臭くなければ平気だと証明された訳だ。とりあえず神埼は苦手。以上。

「ハルの笑顔、いいね」
「あ、ありがとう」

 それ以外何と言ったらいいか分からず、私はハハ、と軽く笑った。可愛い子に褒められると照れてしまうのは、男も女も一緒だと思う。

 それにしても、改めて見るとソラの格好は酷い。血まみれなだけでなく、刃物か何かで裂かれたのか、前は斜めに破れていた。

 裂けた隙間から見える真っ白の肌は、男の子だというのにやけになまめかしい。

 私はハッとした。私が女の子だと思い込んでいた位の可愛さだ。そして今日の人の多さ。もしかしてこの子は、女の子に間違われて襲われたんじゃ……?

 途端、私は目の前のこの子が不憫に思えてしまった。貞操の方は大丈夫だっただろうか。

「ソラ、荷物はある?」
「さっき逃げる時に、公園っぽい所に置いてきちゃった」
「そっか……うーん」

 今夜はハロウィンだ。だから仮装と言えばこれで街は歩けるかもしれない。可愛いのに肌がチラ見えだから妙な色気がぷんぷんしていたが、まあ色気のない私といれば大丈夫だろう。

「よし、じゃあ今から荷物を取りに行こう」

 私がポンと手を叩いて言うと、ソラが嬉しそうに目を輝かせた。うは。可愛い。

「え? ハルも一緒に行ってくれるの?」
「だって、ほっとけないでしょ! それに泊まる所は? 家族は?」

 矢継ぎ早の私の質問にソラはキョトンとしていたが、ブハッと急に笑い出した。苦しそうにお腹を腕で押さえ、涙を浮かべて笑っている。何かおかしかっただろうか。

「ハル、滅茶苦茶いい人だね」
「え? これ位当たり前でしょ? それに子供をこんな所に放っておけるわけないじゃない」

 少なくとも、怪我をしてボロボロの子供を放っておける程、私は非情ではない。時折怪我をした猫を拾っては病院に連れて行き、治療費を払って里親に引き渡すまで面倒を見てしまう位には。それにソラはどう考えても置いてったら駄目な部類の可愛さだから、私の中にソラをこの町に置いていくなんて選択肢はなかった。

 私が返すと、ソラは微妙な表情になった。

「……子供?」
「まだ未成年でしょ?」
「日本て何歳から大人?」
「二十歳だけど」
「じゃあ俺、大人なんだけど」
「え?」

 嘘だ。私が訝しむ様な目つきでソラを見ると、ソラがぷくっと頬を膨らませた。

「本当だし」

 ぐはっ可愛い! ソラの仕草がえらく可愛かったので、私は笑ってしまった。

「分かった分かった。とりあえず荷物取りに行ったら、今夜は私の家に泊めてあげるね」
「信じてないだろ?」
「信じてる信じてる」

 正直十代半ばか後半にしか見えないソラが成人なんて絶対ウソだと思ったが、この子をハロウィンで異様な盛り上がりを見せている街にやっぱり絶対置いていけない。この外見じゃ、また襲われるかもしれないし。こんな地味女だって声を掛けられる位、今日の町は異様な雰囲気にあるのだ。男と分かっても、これだけ可愛かったら何をされることか。

 ソラの履いているスニーカーを見ると、親指の部分に穴が空いている。……やっぱり、帰る場所がないのは確かな様だった。

 私はそうっと路地から顔を覗かせた。あのフランケンシュタインに会ったら、ソラごと何をされるか分かったもんじゃない。ソラを守る為なら、触りたくもないあそこに蹴りを入れてやろうかとは思ったが。

「ハル?」
「いやね、さっき男に追いかけられたから念の為用心しないと」

 私の返事に、ソラがぎゅっと手を握ってきた。思わず振り返ると、目をキラキラさせ私をじっと見ている。はうう、可愛い。

「ハルは、俺が守ってあげるから!」
「う、うん、ありがと」

 正直私と大して変わらない細っこい身体じゃ守るも何もと思ったが、その心意気はありがたく頂戴することにした。

「――こっち」

 ソラが、私の横をすり抜けて先に路地から出る。動きは風の様にしなやかだった。ソラは私の手を引っ張り、センター街を駅の方へと進む。

 道端で酒を飲みながら騒ぐ人々が、ソラに注目した。皆一様に仮装をしており、まるでホラーの世界からソラが私を引っ張り出している様な錯覚を覚える。

 こんなに可愛いから、てっきり誰かに絡まれると思ったが、ソラを見る人々の目には畏怖の様なものが感じられた。――人間、美しすぎるものには近寄り難いのかもしれない。

「公園の場所は覚えてるの?」
「なんか、階段がいっぱいあった。その上にあった所」
「階段? ……ああ、宮下公園だ!」
「名前はよく分かんない」
「多分そうだよ!」

 元は薄暗い、汚い入りにくい公園だったそうだ。それを、商業施設の屋上に公園という何とも近未来的なものに作り変えた。ぼーっとするにはいい場所で、スタバのコーヒーを片手に時折彷徨くこともある場所だ。

 センター街をさあ出ようというところで、私達の前に人の壁が立ちはだかった。スクランブル交差点を渡ろうとする人の群れだ。なんでたかが交差点にこんなに興奮する人間がこんなにも多いのか、私には到底理解出来なかった。

「ここっていつもこんなに混んでるのか?」
「いつもはここまでじゃないよ。今日はハロウィンだから」
「ハロウィン……もうそんなか」

 ぽつりとソラが呟いた。

「ソラ、日本に来てどれくらいなの?」
「んんと、二ヶ月位」
「二ヶ月の間、どうしてたの?」
「基本は野宿。泊めてくれるっていうおじさんとかいたけど、あいつら俺を女だと思ってたのか襲ってくるからさー、そういう奴らはぼこぼこにしてちょっと財布からお金もらっていったりして、へへ」

 それってカツアゲとか強盗っていうんじゃないかな? と思ったが、こんな細い子が大人の男性をぼこぼこに出来るとも思えない。きっと気丈に振る舞おうと誇張して言ってるんだろう、と私はソラの背中を見ながら不憫に思った。

 信号が青になり、人の波が移動を始める。私達はそこに出来た隙間へ身体を滑り込ませ、高架下の方へと進んだのだった。
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