44 / 48
第四章 マンドラゴラの王様
44 決死の救出
しおりを挟む
吾郎くんが悲しそうに叫ぶ。
「美空あ!」
やっぱり嫌だ。例え吾郎くんが枯れなくとも、吾郎くんをこの世界にぽつんと置いていきたくない。だってそうしたらきっと、彼は寂しくて泣いてしまう。ようやくこの世界には自分一人じゃないと思えたのに。私の隣で私の心を照らしてくれた彼と、これから一緒に生きていきたいとやっと思えたのに。
「美空!」
「吾郎くん……!」
そして、とうとう足許の地面が音を立てて崩れ落ちていった。ガクン、と身体が大きく揺れる。
「あああっ!」
頭上から落ちてくる土砂を頭から被り、一瞬で視界も息も奪われた。残った感触は、片手に繋がる唯一の命綱の根っこだけ。それが、私の全体重を支えている。土砂の落下が収まると、砂の間から呼吸が可能になった。完全に宙に浮いた形となってしまい、下手に動いたらすぐにでも落ちそうだ。腕が千切れそうに痛いけど、振り子の様な揺れが収まるのを、じっと耐えて待った。
太い木の幹に貼り付く吾郎くんが、涙と血だらけの顔で叫ぶ。
「美空――!」
「だ、大丈夫! 生きてるよ! だけど……っ」
ぷらんとぶら下がった状態の自分の足許を、そうっと見た。地中に埋まっていたと思われる大きな尖った岩が崖となったあちこちから覗き、太い木の根が空中の隙間に這っている。元々登ってきた道を振り返ると、その殆どが崩れ落ち、土砂に埋もれて遥か下へと川の水の様に流れていた。高さはきっと、ビル三階どころじゃない。これは、落ちたら死ぬやつだ。
「美空! 今引き上げる!」
吾郎くんは叫ぶと、ザワザワとその腕から先程までのものよりも数段太い根を出し始めた。突然ぴょこんと頭から飛び出してきたのは、吾郎くんが絡みついている太い木の葉っぱと同じものだ。今度はその木の力を借りているらしい。木に絡みついている方の根が、シュルシュルと収納され始めた。
「吾郎くん! 木を離しちゃ駄目だよ!」
何をしようとしているのか。このままだと、吾郎くんが落ちてしまう。ハラハラしながら見守っている内に、彼の目的が分かった。先程まで繋がっていた細い草の根では、私を持ち上げられない。だから、もっと太い根を出すことが出来るあの木に繋がり直したのだ。乗り換える瞬間は、しがみつけない。一体どうするつもりなのか。
吾郎くんに支えられていた細い木の根が、私を上に引き上げた後、消失する。
「美空!」
私の名を呼びながら、吾郎くんは崩れていく足許の地面を蹴った。彼の両手から物凄い勢いで飛び出した太い根が、片方はもう一度木の幹に、もう片方は私の腰に巻き付き、私と吾郎くんは上下に大きくしなる。その後グン、と力強く持ち上げられると、根は私を抱えながらゆっくりと吾郎くんが巻き付いている木へと近付いていった。
吾郎くんは片手で木の幹にしがみつき、私と繋がっている方の片腕を目一杯私の方に伸ばすと、根を巻きつけながら腕の中に私を収めた。
ぎゅ、と痛いくらいに抱き締められる。
「美空……!」
吾郎くんの顔は土まみれで、涙の筋に沿って焦げ茶の流れが出来ていた。沢山泣かせてしまった。私がこの人を泣かせてしまったのだ。吾郎くんの胸に、ひしとしがみつく。
「吾郎くん、こわ、こわ、怖かったよ……!」
安心させる様な気の利いたことを言いたかったのに、口を突いて出てきたのは甘えた言葉だった。後から、ブルブルと身体の震えが襲ってくる。と思ったら、震えは吾郎くんから伝わってくるものだった。沢山、怖がらせてしまった。反省だ。
「美空、美空……!」
今も、二人して宙に浮いている状態だ。死ぬかと思った。もう吾郎くんに会えなくなるんじゃないかと思ってしまった。それが一番、怖かった。
崩落する地面は、吾郎くんの根っこがあった辺りで一旦は止まっている。だけど、少しずつ地面がえぐれていっているのがこちらからは見えた。でも、そのすぐ近くに根っこを抱えながら立っているウドさんには、それが見えない様だ。
「ウドさん! その根を元の場所に戻して!」
私が必死に叫ぶも、ウドさんはふてぶてしい態度を崩さない。
「オウ、これは偶然デスネ! その証拠に、崩れるのは止まったではないデスカ!」
「止まってないです! まだ崩れてますよ!」
「これだから何も知らない素人は嫌デスネ! マンドラゴラの根にそんな効果はありまセーン! それより早く、二人共こっちに来た方がいいデス!」
まだ言っている。ウドさんには、あの声が聞こえないというのか。私の耳には聞こえるのに。ハヤク、ハヤク戻シテ。山ガ全て崩レル前ニ。そんな叫び声が。
「お願い……皆が戻してって言ってるの……!」
吾郎くんが、木の根を操り私達をまだ地面があるウドさんの方へと連れて行く。私の言葉に、吾郎くんが目を緩ませた。
「美空も聞こえるの?」
「うん。さっきから聞こえる。多分、吾郎くんが聞いてるのと同じかもしれない。私にも、マンドラゴラの血が流れてたって証拠になるかな」
だったら、私が吾郎くんにこんなにも惹かれる理由だって説明がつく。何故なら、吾郎くんはマンドラゴラの王様だからだ。全マンドラゴラが憧れる、マンドラゴラの頂点に立つ人。私の中に流れる僅かながら残ったであろうマンドラゴラの血が、彼が正真正銘の王様であり、私が求めて止まないその人だと告げているのかもしれない。
「マンドラゴラの血? 美空サン何言ってますネ?」
根っこを抱えたウドさんが、不思議そうに首を傾げた。
トン、と足が地面につく。やはり地面は小刻みに振動を繰り返していて、この土砂崩れがこれだけでは済まないことを表していた。ウドさんの正面を向く。
「ウドさん、それを返して下さい。それは貴方の物ではありません」
私にしては強い口調で言うと、初めてウドさんの目が泳いだ。
「美空あ!」
やっぱり嫌だ。例え吾郎くんが枯れなくとも、吾郎くんをこの世界にぽつんと置いていきたくない。だってそうしたらきっと、彼は寂しくて泣いてしまう。ようやくこの世界には自分一人じゃないと思えたのに。私の隣で私の心を照らしてくれた彼と、これから一緒に生きていきたいとやっと思えたのに。
「美空!」
「吾郎くん……!」
そして、とうとう足許の地面が音を立てて崩れ落ちていった。ガクン、と身体が大きく揺れる。
「あああっ!」
頭上から落ちてくる土砂を頭から被り、一瞬で視界も息も奪われた。残った感触は、片手に繋がる唯一の命綱の根っこだけ。それが、私の全体重を支えている。土砂の落下が収まると、砂の間から呼吸が可能になった。完全に宙に浮いた形となってしまい、下手に動いたらすぐにでも落ちそうだ。腕が千切れそうに痛いけど、振り子の様な揺れが収まるのを、じっと耐えて待った。
太い木の幹に貼り付く吾郎くんが、涙と血だらけの顔で叫ぶ。
「美空――!」
「だ、大丈夫! 生きてるよ! だけど……っ」
ぷらんとぶら下がった状態の自分の足許を、そうっと見た。地中に埋まっていたと思われる大きな尖った岩が崖となったあちこちから覗き、太い木の根が空中の隙間に這っている。元々登ってきた道を振り返ると、その殆どが崩れ落ち、土砂に埋もれて遥か下へと川の水の様に流れていた。高さはきっと、ビル三階どころじゃない。これは、落ちたら死ぬやつだ。
「美空! 今引き上げる!」
吾郎くんは叫ぶと、ザワザワとその腕から先程までのものよりも数段太い根を出し始めた。突然ぴょこんと頭から飛び出してきたのは、吾郎くんが絡みついている太い木の葉っぱと同じものだ。今度はその木の力を借りているらしい。木に絡みついている方の根が、シュルシュルと収納され始めた。
「吾郎くん! 木を離しちゃ駄目だよ!」
何をしようとしているのか。このままだと、吾郎くんが落ちてしまう。ハラハラしながら見守っている内に、彼の目的が分かった。先程まで繋がっていた細い草の根では、私を持ち上げられない。だから、もっと太い根を出すことが出来るあの木に繋がり直したのだ。乗り換える瞬間は、しがみつけない。一体どうするつもりなのか。
吾郎くんに支えられていた細い木の根が、私を上に引き上げた後、消失する。
「美空!」
私の名を呼びながら、吾郎くんは崩れていく足許の地面を蹴った。彼の両手から物凄い勢いで飛び出した太い根が、片方はもう一度木の幹に、もう片方は私の腰に巻き付き、私と吾郎くんは上下に大きくしなる。その後グン、と力強く持ち上げられると、根は私を抱えながらゆっくりと吾郎くんが巻き付いている木へと近付いていった。
吾郎くんは片手で木の幹にしがみつき、私と繋がっている方の片腕を目一杯私の方に伸ばすと、根を巻きつけながら腕の中に私を収めた。
ぎゅ、と痛いくらいに抱き締められる。
「美空……!」
吾郎くんの顔は土まみれで、涙の筋に沿って焦げ茶の流れが出来ていた。沢山泣かせてしまった。私がこの人を泣かせてしまったのだ。吾郎くんの胸に、ひしとしがみつく。
「吾郎くん、こわ、こわ、怖かったよ……!」
安心させる様な気の利いたことを言いたかったのに、口を突いて出てきたのは甘えた言葉だった。後から、ブルブルと身体の震えが襲ってくる。と思ったら、震えは吾郎くんから伝わってくるものだった。沢山、怖がらせてしまった。反省だ。
「美空、美空……!」
今も、二人して宙に浮いている状態だ。死ぬかと思った。もう吾郎くんに会えなくなるんじゃないかと思ってしまった。それが一番、怖かった。
崩落する地面は、吾郎くんの根っこがあった辺りで一旦は止まっている。だけど、少しずつ地面がえぐれていっているのがこちらからは見えた。でも、そのすぐ近くに根っこを抱えながら立っているウドさんには、それが見えない様だ。
「ウドさん! その根を元の場所に戻して!」
私が必死に叫ぶも、ウドさんはふてぶてしい態度を崩さない。
「オウ、これは偶然デスネ! その証拠に、崩れるのは止まったではないデスカ!」
「止まってないです! まだ崩れてますよ!」
「これだから何も知らない素人は嫌デスネ! マンドラゴラの根にそんな効果はありまセーン! それより早く、二人共こっちに来た方がいいデス!」
まだ言っている。ウドさんには、あの声が聞こえないというのか。私の耳には聞こえるのに。ハヤク、ハヤク戻シテ。山ガ全て崩レル前ニ。そんな叫び声が。
「お願い……皆が戻してって言ってるの……!」
吾郎くんが、木の根を操り私達をまだ地面があるウドさんの方へと連れて行く。私の言葉に、吾郎くんが目を緩ませた。
「美空も聞こえるの?」
「うん。さっきから聞こえる。多分、吾郎くんが聞いてるのと同じかもしれない。私にも、マンドラゴラの血が流れてたって証拠になるかな」
だったら、私が吾郎くんにこんなにも惹かれる理由だって説明がつく。何故なら、吾郎くんはマンドラゴラの王様だからだ。全マンドラゴラが憧れる、マンドラゴラの頂点に立つ人。私の中に流れる僅かながら残ったであろうマンドラゴラの血が、彼が正真正銘の王様であり、私が求めて止まないその人だと告げているのかもしれない。
「マンドラゴラの血? 美空サン何言ってますネ?」
根っこを抱えたウドさんが、不思議そうに首を傾げた。
トン、と足が地面につく。やはり地面は小刻みに振動を繰り返していて、この土砂崩れがこれだけでは済まないことを表していた。ウドさんの正面を向く。
「ウドさん、それを返して下さい。それは貴方の物ではありません」
私にしては強い口調で言うと、初めてウドさんの目が泳いだ。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
百合系サキュバス達に一目惚れされた
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~
硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚
多くの人々があやかしの血を引く現代。
猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。
けれどある日、雅に縁談が舞い込む。
お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。
絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが……
「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」
妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。
しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる