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第四章 マンドラゴラの王様
38 キング・マンドラゴラ
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ウドさんは、にこやかに続ける。
「媚薬は売れまシタ。ただ、効果は長くても一年程度なので、一度に数本買う人が多いデシタ。アーニャの根は、十年で残り半分になりましたネ。お客サマが増えなくても残りあと十年分しかないと、十年後に媚薬の在庫が切れた時に怒るお客サマは絶対いますネ。ですカラそろそろ次の人型マンドラゴラを入手したいと思っていたところに、アーニャが生まれた場所のすぐ近くに別の人型マンドラゴラが生えてきたのデス」
ウドさんが、腕をこたつ板に乗せて身を乗り出した。その重さに、反対側の私達の方のこたつ板が少し持ち上がる。
「デスが、アーニャが怒り狂いましたデス。ワタシは根っこが欲しかっただけなのですガ、アーニャはそのマンドラゴラを、まだ身体半分しか出ていない時に斧で切ってしまったのデス」
「うわ……」
凄まじいほどの嫉妬心だ。横の吾郎くんをちらりと見る。納得した様に頷いているじゃないか。……嘘だろう。
「マンドラゴラは、すぐに枯れましたネ。根っこは無事か確認しましたが、こっちも駄目でしたネ」
ウドさんの推測では、人型が完成して自ら切り離したマンドラゴラの根でなければ、すぐに枯れてしまうそうだ。ウドさんが、肩を落とす。そうしていると、熊がしょげているみたいだ。
「お客サン怒らせると怖いデス。アーニャには、ワタシ達の安全な生活の為と伝えたので次に生えてきた時は大丈夫だと思いますガ、今回次のが生えてくるまでに十年かかりましたネ。それでは遅すぎるので、ワタシは悩んでマシタ」
そのまま逃げるという手段もあったけど、アーニャは引っ越しすればやがては枯れてしまう。アーニャはとても素晴らしい伴侶で離れ難いし、ウドさんだけ逃げたところで、アーニャが捕まってしまうことを考えると逃げられない。世界各国から人型マンドラゴラの噂を集めては調査をしに出かけたりもしたけど、収穫はなかった。
だけど、これまで稀に男性のマンドラゴラがいたという話も、その過程で知ることが出来たのだという。
そんな悩ましい日々を過ごしていたウドさん。ところが数ヶ月前、アーニャさんが突然大騒ぎを始めたそうだ。何事かと思い、話をどうにか聞き出すと、アーニャさんはキングが生まれた、キングが生まれたと繰り返し興奮気味に語った。
キングとは一体何のことか、と更に時間をかけて聞き出すと、数百年に一度の頻度でキング・マンドラゴラが生まれると言われた。ウドさんは、何がどうキングなのかも更に時間をかけて聞き出した。
聖域は、人型マンドラゴラを生み出す度に質が落ちていく。このことにより、人型マンドラゴラは段々と生まれにくくなっていくそうだ。だけど、キング・マンドラゴラが持つ能力は他の通常のマンドラゴラよりも何倍も強い。
キングの力は、弱ってきた各地の聖域を活性化させ、それに伴い人型マンドラゴラの個体数が再び増えるのだという。他の人型マンドラゴラが生まれてもアーニャには感知出来ないけど、キングだけは全人型マンドラゴラは感知出来る。
アーニャさんは、キングの御姿を写真に撮ってきてくれたら一生の宝物にする、と大いにはしゃいだ。どこぞのアイドルのコアファンの様な反応だ。多分、近いものがある。尚、ここの場所は、吾郎くんの存在を感知出来るアーニャさんが、地図アプリで検索して探し出してくれたらしい。随分と近代的なマンドラゴラの様だ。
唖然としながら隣の吾郎くんを仰ぎ見ると、吾郎くんはにこりと笑った。もしやこの反応は、吾郎くんは自分がキング・マンドラゴラだと初めから分かっていたんじゃないか。私がこの世に他にマンドラゴラはいるのかとか、吾郎くんの仲間の存在について一切考えていなかったから、聞かれなかった吾郎くんが話さなかっただけなんじゃ。
「……そうなの?」
「自分が一番強いって感じはあったよ」
あっさりとしたものだった。吾郎くんにとって、自分がキング・マンドラゴラかどうかは些末な問題なのかもしれない。
「キング・マンドラゴラは、他のマンドラゴラよりも沢山パワー強いですネ。だから、始めから大人で生まれるとアーニャが言ってマシタ」
「そうなんですか?」
「ハイ」
ウドさんが、にこやかに頷く。
「キング・マンドラゴラが生まれるには条件があるそうデス。アーニャが言うには、沢山の命が必要言ってましたネ。でもこれ、意味分かりまセーン。美空サン、分かりますカ?」
この地に伝わる根子神様の伝承を聞いた後だったので、もしかして人身御供や根子神様の子孫が死後この地に眠ることか、とすぐに思い至った。でも、ウドさんはにこやかに笑っているけど、どうも目の奥が笑っていない様に見えて仕方ない。眼窩が深いからだけな気もするけど。
でも、別に話す必要のない事柄まで、事細かに説明する義理もない。そう判断した私は、首を横に振って微笑んだ。人の命のことを、軽々しく他者に話したくはなかった。何故なら、その中には私の父も含まれているからだ。吾郎くんが生まれる条件に、やはり父の埋葬も一役買っていたのだと思ったから。
――父は、私が父と同様この地を離れられないことを憂い、私に吾郎くんを会わせてくれようとしたんだろうか。
「……いいえ。何のことでしょうかね」
「残念デスネ。美空サンはマンドラゴラは詳しくないデスからね、仕方ないデース」
ウドさんが、おどけた様子で肩を竦めた。これで話はおしまいの様だ。すると。
「という訳で、吾郎サンの写真を撮らせてくだサーイ」
ウドさんが、スマホをポケットから出して掲げる。なるほど、わざわざ写真を撮る為だけに来たのか。だけど、一応保護者としては確認しておかねばなるまい。
「あの、その写真は本当にアーニャさんだけの為にしか使いませんか」
「うん? ワタシが悪いコトに使わないか心配してますカ?」
ウドさんが不機嫌な顔になって正直怖くなったけど、吾郎くんの存在が世界中に知れ渡ったりしたら、いい迷惑だ。ウドさんの眼力に負けそうになりながらも、頷く。
「まだ、貴方のことはよく知りませんから。信用出来るか分かってません」
私がそう言うと、ウドさんは大袈裟な溜息をついてみせた。
「ワタシ、見た目がちょっと怖いですネ。いつもこれで損しマス。でも、信じてくだサーイ。写真は、アーニャに渡したらデータ消しますネ。約束しマス」
「吾郎くん、どう思う?」
写真の存在はもう知っている吾郎くんだったけど、ネットリテラシー的な事柄にはまだ精通していない。
「美空に任せる」
「分かった。――じゃあウドさん、ここまでの情報料ということで、吾郎くんの写真は撮っていいです」
「ありがとゴザイマース!」
私がそう言うと、ウドさんは飛び上がって喜んだ。畳が少し浮いた気がする。
「ですが」
私の言葉に、ウドさんの顔が曇る。
「デスガ?」
「私達の名前やその他個人情報にあたる情報は全て秘匿にてお願いします。吾郎くんの存在を他の人に喋るのも禁止です」
「……用心深いですネ」
ウドさんが、不満げに呟く。これはもしや、祈祷師仲間や顧客に話の種で話すつもりだったんじゃないか。危ない危ない。
「まあ、それは構いませんネ。元々アーニャのことも周りには話してませんカラ」
「絶対ですよ」
念を押すと、ウドさんは真面目な表情になって頷いた。
「媚薬は売れまシタ。ただ、効果は長くても一年程度なので、一度に数本買う人が多いデシタ。アーニャの根は、十年で残り半分になりましたネ。お客サマが増えなくても残りあと十年分しかないと、十年後に媚薬の在庫が切れた時に怒るお客サマは絶対いますネ。ですカラそろそろ次の人型マンドラゴラを入手したいと思っていたところに、アーニャが生まれた場所のすぐ近くに別の人型マンドラゴラが生えてきたのデス」
ウドさんが、腕をこたつ板に乗せて身を乗り出した。その重さに、反対側の私達の方のこたつ板が少し持ち上がる。
「デスが、アーニャが怒り狂いましたデス。ワタシは根っこが欲しかっただけなのですガ、アーニャはそのマンドラゴラを、まだ身体半分しか出ていない時に斧で切ってしまったのデス」
「うわ……」
凄まじいほどの嫉妬心だ。横の吾郎くんをちらりと見る。納得した様に頷いているじゃないか。……嘘だろう。
「マンドラゴラは、すぐに枯れましたネ。根っこは無事か確認しましたが、こっちも駄目でしたネ」
ウドさんの推測では、人型が完成して自ら切り離したマンドラゴラの根でなければ、すぐに枯れてしまうそうだ。ウドさんが、肩を落とす。そうしていると、熊がしょげているみたいだ。
「お客サン怒らせると怖いデス。アーニャには、ワタシ達の安全な生活の為と伝えたので次に生えてきた時は大丈夫だと思いますガ、今回次のが生えてくるまでに十年かかりましたネ。それでは遅すぎるので、ワタシは悩んでマシタ」
そのまま逃げるという手段もあったけど、アーニャは引っ越しすればやがては枯れてしまう。アーニャはとても素晴らしい伴侶で離れ難いし、ウドさんだけ逃げたところで、アーニャが捕まってしまうことを考えると逃げられない。世界各国から人型マンドラゴラの噂を集めては調査をしに出かけたりもしたけど、収穫はなかった。
だけど、これまで稀に男性のマンドラゴラがいたという話も、その過程で知ることが出来たのだという。
そんな悩ましい日々を過ごしていたウドさん。ところが数ヶ月前、アーニャさんが突然大騒ぎを始めたそうだ。何事かと思い、話をどうにか聞き出すと、アーニャさんはキングが生まれた、キングが生まれたと繰り返し興奮気味に語った。
キングとは一体何のことか、と更に時間をかけて聞き出すと、数百年に一度の頻度でキング・マンドラゴラが生まれると言われた。ウドさんは、何がどうキングなのかも更に時間をかけて聞き出した。
聖域は、人型マンドラゴラを生み出す度に質が落ちていく。このことにより、人型マンドラゴラは段々と生まれにくくなっていくそうだ。だけど、キング・マンドラゴラが持つ能力は他の通常のマンドラゴラよりも何倍も強い。
キングの力は、弱ってきた各地の聖域を活性化させ、それに伴い人型マンドラゴラの個体数が再び増えるのだという。他の人型マンドラゴラが生まれてもアーニャには感知出来ないけど、キングだけは全人型マンドラゴラは感知出来る。
アーニャさんは、キングの御姿を写真に撮ってきてくれたら一生の宝物にする、と大いにはしゃいだ。どこぞのアイドルのコアファンの様な反応だ。多分、近いものがある。尚、ここの場所は、吾郎くんの存在を感知出来るアーニャさんが、地図アプリで検索して探し出してくれたらしい。随分と近代的なマンドラゴラの様だ。
唖然としながら隣の吾郎くんを仰ぎ見ると、吾郎くんはにこりと笑った。もしやこの反応は、吾郎くんは自分がキング・マンドラゴラだと初めから分かっていたんじゃないか。私がこの世に他にマンドラゴラはいるのかとか、吾郎くんの仲間の存在について一切考えていなかったから、聞かれなかった吾郎くんが話さなかっただけなんじゃ。
「……そうなの?」
「自分が一番強いって感じはあったよ」
あっさりとしたものだった。吾郎くんにとって、自分がキング・マンドラゴラかどうかは些末な問題なのかもしれない。
「キング・マンドラゴラは、他のマンドラゴラよりも沢山パワー強いですネ。だから、始めから大人で生まれるとアーニャが言ってマシタ」
「そうなんですか?」
「ハイ」
ウドさんが、にこやかに頷く。
「キング・マンドラゴラが生まれるには条件があるそうデス。アーニャが言うには、沢山の命が必要言ってましたネ。でもこれ、意味分かりまセーン。美空サン、分かりますカ?」
この地に伝わる根子神様の伝承を聞いた後だったので、もしかして人身御供や根子神様の子孫が死後この地に眠ることか、とすぐに思い至った。でも、ウドさんはにこやかに笑っているけど、どうも目の奥が笑っていない様に見えて仕方ない。眼窩が深いからだけな気もするけど。
でも、別に話す必要のない事柄まで、事細かに説明する義理もない。そう判断した私は、首を横に振って微笑んだ。人の命のことを、軽々しく他者に話したくはなかった。何故なら、その中には私の父も含まれているからだ。吾郎くんが生まれる条件に、やはり父の埋葬も一役買っていたのだと思ったから。
――父は、私が父と同様この地を離れられないことを憂い、私に吾郎くんを会わせてくれようとしたんだろうか。
「……いいえ。何のことでしょうかね」
「残念デスネ。美空サンはマンドラゴラは詳しくないデスからね、仕方ないデース」
ウドさんが、おどけた様子で肩を竦めた。これで話はおしまいの様だ。すると。
「という訳で、吾郎サンの写真を撮らせてくだサーイ」
ウドさんが、スマホをポケットから出して掲げる。なるほど、わざわざ写真を撮る為だけに来たのか。だけど、一応保護者としては確認しておかねばなるまい。
「あの、その写真は本当にアーニャさんだけの為にしか使いませんか」
「うん? ワタシが悪いコトに使わないか心配してますカ?」
ウドさんが不機嫌な顔になって正直怖くなったけど、吾郎くんの存在が世界中に知れ渡ったりしたら、いい迷惑だ。ウドさんの眼力に負けそうになりながらも、頷く。
「まだ、貴方のことはよく知りませんから。信用出来るか分かってません」
私がそう言うと、ウドさんは大袈裟な溜息をついてみせた。
「ワタシ、見た目がちょっと怖いですネ。いつもこれで損しマス。でも、信じてくだサーイ。写真は、アーニャに渡したらデータ消しますネ。約束しマス」
「吾郎くん、どう思う?」
写真の存在はもう知っている吾郎くんだったけど、ネットリテラシー的な事柄にはまだ精通していない。
「美空に任せる」
「分かった。――じゃあウドさん、ここまでの情報料ということで、吾郎くんの写真は撮っていいです」
「ありがとゴザイマース!」
私がそう言うと、ウドさんは飛び上がって喜んだ。畳が少し浮いた気がする。
「ですが」
私の言葉に、ウドさんの顔が曇る。
「デスガ?」
「私達の名前やその他個人情報にあたる情報は全て秘匿にてお願いします。吾郎くんの存在を他の人に喋るのも禁止です」
「……用心深いですネ」
ウドさんが、不満げに呟く。これはもしや、祈祷師仲間や顧客に話の種で話すつもりだったんじゃないか。危ない危ない。
「まあ、それは構いませんネ。元々アーニャのことも周りには話してませんカラ」
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