マンドラゴラの王様

ミドリ

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第三章 根子神様

28 伝承の続き

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 山崎さんから聞いた伝承は、悲しい出来事の連鎖だった。

 その年も、土砂崩れは起きなかった。やはり人身御供は、山神様に望まれているのだ。そう考えた村長達は、翌年からも毎年順繰りと担当の村から人身御供を選出する。やがて、生まれた子供を最初から山神様への供物として定める流れに変わっていった。それほど長い間、土砂崩れが起きなかったのだ。

 最初の人身御供が命を落としてから、二十年が経った。その頃には土砂崩れがあるなどと信じる村人も少なくなったけど、この習慣は欠かすことなく続けられていた。

 ある年、人身御供として育てられた娘が、死にたくないと崖の上で地べたに這いつくばって拒絶をした。村長達は仕方なく、その娘を皆で抱え、崖の向こうへと放り投げた。

 着物は、出っ張りに引っかからなかった。

 その年、村のすぐ近くで小規模の土砂崩れが起きた。村長達は慌てに慌てた。小規模ではあっても、山を下って別の集落へと繋がる道を塞がれたのは、村人達にとってかなりの衝撃だった。人手を集めて道を開き直すと、これはこれまで二十年守られていた何かが今回は足りなかったからなのではないか、と村長達は考え始める。

 思い当たるのは、人身御供が自らの足で向かわなかったことと、――出っ張りに着物が引っかからなかったことだ。

 山神様はお怒りだ。そう判断した村長達は、翌年、人身御供を二人捧げることにした。その年に担当となっていた人身御供として育てられていた娘は難を逃れ、代わりに村で器量よしと評判の双子の娘達が選ばれた。死ぬ予定でなかった二人が華やかな衣装の切れ端を出っ張りに飾るが、その年も土砂崩れは起きた。その年は例年にない長雨だった。地盤の限界が訪れようとしていたのだろう。

 土砂崩れは、一つの村の一部を呑み込み、村と村の間の山道を塞いだ。今すぐ人身御供を捧げよう。村長達はそう判断した。翌年担当の村と、更にその翌年担当の村からそれぞれ一人ずつ連れて来られ、土砂降りの中、震える人身御供達に今すぐ身を投げるよう村長達は迫った。

 その瞬間、聖域である崖が足許から崩れた。何が起きたのかも把握出来ないまま、土砂に流され埋もれていく人身御供達。土砂崩れは村長達の足元まで迫り、足腰が弱っていた彼らも次々に呑まれていった。

 唯一、今回から参加させられていた一つの村の村長の息子だけが逃げ延びる。自分の足許のすぐ近くで止まった、地面の崩落。頑丈な木の幹にしがみつき眼下を恐る恐る覗くと、土砂が轟音を立てながら濁流となって村に流れ込んでいる光景が広がっていた。

 こうなってしまっては、もう終わりだ。男はその場で、全てが終わるのをただ眺めることしか出来なかった。雨に打たれ底冷えする身体を庇いながら、段々と夜に傾く黒雲の中に龍神が舞う空を見、絶望に打ちひしがれる。もうどうすることも出来ない。男は、その場で朝が明けるのをただひたすら待った。

 目を覚ますと、いつの間にか寝てしまっていたことに気付く。目に飛び込んできた朝日が、雨が止んでいることを告げていた。男は強張った身体を震わせながらも再び眼下を見渡すと、土砂の流れはもう収まり、ほぼ押し流されてはいるものの、僅かながら村にも被害のない箇所があるのが確認出来た。

 三つの村の内、二つは完全に呑まれて土色に染まり、村がどこにあったのかすらもう分からない。だけど、男の村は他の村よりも高台にあったお陰か、一部ではあったけど残ることが出来ていた。

 一晩中木の幹に貼り付いて身も心もくたびれ切っていた男は、力を振り絞り自分の村まで向かった。生きている村人を集め、何とか生活を建て直さねばならない。そして、この村を統治する藩へ被害を報告の上、援助を頼まねばならなかった。全ての村の村長が土に呑まれてしまった以上、その役割は男に託されている。

 何とか村に辿り着くと、考えていたよりも多くの村人が高台に逃げ延びていた。山神様がお怒りになった時はここに逃げるのだと常日頃から言われており、その言葉を信じ従った者だけが生き延びた。

 人数は三十人ほどになってしまったけど、その殆どが若者で元気な者ばかりだ。まずは残った家を男女に分けて割り振り、高台寄りに再び家を作っていくことにした。また、脚力がある別の者達には、山の中で食べられる物を探してくる様指示すると、男は村の再建を始めた。

 作業に追われ数日が経ったある日。流された土砂に何か使える物が残っていないかを探していた村人達が、かつては村があった場所に積もった土砂の中心に、一つの鮮やかな緑の葉があるのを見つけた。夏へと向かう強くなってきた日差しを浴び、艶光りする放射状に開いた葉の中心には、紫色の小さな可愛らしい花の蕾がある。

 一体これはどういった植物なのか。何故ぽつんとこれだけこんな場所に咲いているのか。村人達は首を傾げた。それと同時に、荒れた地に逞しく育つ花は見ていて勇気をもらえた。それからというもの、村人達は毎日様子を見に来て元気に育っているのを確認しては、顔を綻ばせた。

 事態が急変したのは、紫色の小さな花がポンポンと咲いた後のことだった。それまで地に根を這わせていたその植物は、開花を機に上へ上へと根を伸ばしていったのだ。

 土の中からすくすくと伸びる根はまるで人そのもので、根に崖の中腹に絡んでいた布切れが複雑に絡んでいたことから、聖域の崖から山神様の為に身投げを強制された人身御供達の命を吸い取り育っているのでは、と村人が噂する。だからといってどうしようもない。根を抜こうとした者もいたけど、その頑強さに諦めざるを得なかった。

 これから一体何が起こるのか。毎日元気に上へと伸びていく根を見守ることしか出来なかった。

 ある日、子供が一人、顔に土が付いているのは可哀想だと人型の根の顔を拭いてやった。すると、元服前程度の年齢の様に見える根の目がぱちりと開く。そのあまりのあどけなさに、村人達は徐々に警戒を解いていった。

 身体が全て出てきそうになったとある日の早朝、山の木々で寝ていた鳥達が一斉に飛び立つ音で、村人達は飛び起きる。例の植物の方から、空気を震わす振動が感じられたのだ。すわまたもや土砂崩れかと村人達が家を飛び出すと、そこには二本の自由になった足で立っている根の少年の姿があった。

 少年は笑顔になると、その場で目を閉じ、両手を地面に付く。すると、彼を中心に、土色だった地面に次々と緑の芽が顔を出し始めた。これは夢か真か。村人達は、つい先程まで荒れ果てていた村跡が緑一面に変わるのを、口をあんぐりと開けて眺めた。

 少年は、これはその身を捧げてくれた者達の意思なのだと村人に伝える。土砂災害のない緑豊かな土地にする為、その身を山神様に捧げた者達の願いなのだと。だから少年は、その者達の願いを叶える為にこの地に生まれ落ちたのだと告げた。

 夏前に根こそぎ全ての畑が呑まれ、その年の夏を生き延びることすら危ぶまれていた時に現れた生き神様を、村人は根子神様と呼び、仲睦まじく暮らした。やがて成長した根子神様は、自分の顔を最初に拭いてくれた、今や立派な娘に育った女を娶る。二人は沢山の子をもうけ、根子神様の血は脈々と受け継がれていった。

 村は、もう二度と人身御供を出す必要がなくなった。人々は、豊穣を約束されたこの土地で、決して驕らず、質素な生活を心がけ、この土地を守っていくことを誓ったのだった。

 根子神様の伝承には、続きがある。根子神様がお隠れになった後も、その豊穣の効果は続いた。だけど、血が薄まるにつれ子供達の力も減り、やがては他の土地と大差がなくなっていったという。根子神様の子孫は、皆その土地で眠りについた。子孫に引き継がれた根子神様の力が土に還れば、根子神様は再びこの地に降り立つだろうと子孫達は口を揃えて言ったという。

 そして降臨の後は、運命が定めた番と子を沢山もうけ、再びこの地に豊穣をもたらすであろうと。
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