マンドラゴラの王様

ミドリ

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第二章 事件発生

23 次の問題が勃発

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 センター長は、自転車と縛られたままの名雲さんを荷台に乗せ、雪道を戻って行った。被害届を出すかどうかまでは、正直まだ考えていない。もしセンター長やその恩師である先生が、名雲さんの行末をきちんと考えて導いてくれるのなら。それに、ゴラくんのことが明るみに出てしまう可能性を考えると、無理に出さなくてもいいかな、と思えた。

 彼の思惑がどうであれ、これまで彼には色々と助けられたのもまた事実だ。もしかしたら、彼なりに新しい人生を歩もうと最初は考えていたのかもしれない。それなのに、簡単に手に入るだろうと思っていた枯れた私が男の存在を匂わせたから、それで逆上してしまった可能性もある。

 それにしたって、勝手な理由だけど。

「――いや、それはないか」

 自分がそんなにもてるという自覚はないし、まあ至って平凡な容姿だ。覇気もなければ馬力もないので、簡単に手に入れやすそうに見えただけと納得しておこう。

「あ! 受け取りサイン……!」

 しまった。センター長の勢いに負け、完全に失念していた。

「まあ……仕方ない仕方ない」

 すっかり底冷えしてしまった腕を摩りながら、家の中へと戻る。ゴラくんが出て来たらどうしようかと思ったけど、テレビ・ヘッドホン作戦でうまいこと大人しくしてくれていたみたいだ。

 ほっと胸を撫で下ろしながら、居間へと続く障子の戸を開けると。

「――うほっ」

 どこかの霊長類の様な声が出てしまった。だけど、これは仕方ない。何故なら、ゴラくんが真剣な眼差しで食い入る様に観ているテレビに映っているのは、サバンナで暮らす動物達の交尾姿だったからだ。

 まずい――。

 一番タイミングが悪い時に戻って来てしまった。でも、廊下から漏れてくる凍てつく空気から温度差を感知したゴラくんは、横目で私の存在を確認してしまった。ふわ、と目が笑ったが、何かを聞きたそうにしていることは一目瞭然だ。

 まずい。まだ私の心の準備が出来ていない。

 ゴラくんが、スローモーションで爽やかにヘッドホンを外しながら、笑顔で私を見上げる。

「美空、『交尾』って何?」

 ああ、遅かった。思わず頭を抱えたくなったけど、嫌な質問をしてしまったと捉えられてもそれはそれで問題だ。大っぴらに語る話題ではないとしても、子をもうけて未来へと繋げていくのは、生物として非常に重要な行動の一つだ。子孫繁栄なくして種の保存はあり得ず、子が生まれなければ、絶滅していくしか道は残されていないのだから。

 そしてそれは、方法はどうであれ、植物にとっても同様だろう。私は遺伝子については詳しくはないけど、基本どの種族も死ではなく生を目指して進んでいる筈だから。

「こ、これはね……」

 どう説明しようか、と考えあぐねる。これまでのゴラくんの局部の様子を見ている限り、彼の生殖機能は正常に働いている様だった。時折洗濯物の下着に跡が付着している時があるので、出し方を教わっていないが故にそういうことになっているのも理解している。

 教えた方がいいのかも、と考えることはあったけど、世の母子家庭で母親が自分の子供にやり方を教えてるかと考えたら、それはないだろう。その結論に達した私は、いずれ自分でその内方法を見つけ出すに違いないという楽観的観測の元、行動に移していなかった。そもそも、私自身がよく分かっていないということもある。

 でも、よく考えたらそういう子達は周りに同い年の友人がいるものだろうし、そういった話は自然と耳に入ってくるに違いない。ゴラくんには友人がいないことを考えると、本来であれば私が最初からきちんと教えてあげるべきだったのかもしれない。だけど、どうしようもない抵抗から、今日までそれを避けてきた。

 そのツケが今、回ってきてしまった。

 ぎゅ、と唇を噛み締め、ついでに拳も握り締める。確か、部屋のどこかに学生時代の教科書があった筈だ。保健体育の教科書も、どこかにある。ついでに気軽に子供を作ったらどうなるかの推測も含め、しっかりと言い聞かせよう。

 なんせゴラくんはいい男だ。一通り一般常識の勉強が終わった後は、覚悟を決めて町に連れて出ることも考えないといけないけど、そうするときっと、彼の周りには女子が群がる。まあ間違いなく溢れ返る。それは様々な誘惑が訪れるだろう。

 そこで貞操観念が欠落したまま片っ端から誘惑に引っかかった場合、修羅場になるのは目に見えている。それに、子供の養育費を出せるほどの甲斐性は私にはない。勿論ゴラくんにもない。二人とも無職の状態で、異母兄弟がわんさか出来てしまったら。

 考えるだけで頭が痛くなった。
「あのねゴラくん。これについては、資料を用意します」
「うん」
「なので、資料の準備が出来たらお勉強しましょう。いいですね?」
「うん、美空、顔赤いけど大丈夫? 具合悪い? こたつ一緒に入ろう」

 私はゴラくんの母代わりだ。だから、ゴラくんに私との距離感もきちんと教えていかなければならない。

 立ち上がったゴラくんが、ちゅ、となんの躊躇いもなしに唇を重ねる。……距離感を、教えなければ。

「美空、冷えてる」

 ひょいと私を抱き抱えると、巣穴の子供を庇護する親鳥の様に、こたつに入れられる。ゴラくんの大きな腕の中に包まれると、名雲さん騒動がようやく終わったのだという実感がじわじわと湧いてきた。ゴラくんの頭からまだ飛び出たままの葉っぱを眺めていると、ゴラくんが優しい微笑みを浮かべながらよしよしと私の頭を撫で始める。

 その大きな手の暖かさにほっとすると、いけないと思いながらも目を閉じた。
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